第7章 第196話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ㉙
もう一度アンデッドたちに戦いを挑むことを決意した日から―――翌日。早朝。
俺は床に敷いた毛布から起き上がり、腕を上げ、伸びをする。
周囲を窺うと、昨日四人で会議した部屋には、ぐっすりと眠る弟子たち三人の姿があった。
向かい合わせの二つのソファーを占領して眠るロザレナとルナティエ。
壁の端で毛布を被り、剣を持ったまま座り込んで眠るグレイ。
俺はそんな弟子たちの姿に笑みを浮かべると、静かに立ち上がった。
「……二週間、か」
大事を取り、三人には昨日、まる一日休息を与えておいた。
本来であれば完全に傷が塞がるまで、休んで貰いたいところなのだが……最早、そんな猶予はない。
今日から一週間と六日。弟子三人に、俺は、本気で稽古を課す。
特にルナティエには、過酷な訓練になることだろう。
彼女の怪我は本来、一週間は安静にしていなければならない程のダメージだ。
だけど、時間は待ってはくれない。相手は【剣神】だ。休んでいる暇など、一分足りともない。
「……さぁ、起きてください!」
俺は腰に手を当て、三人にそう声を掛ける。
だが、全員、ぐーすかと眠ったままだ。起きる気配が一切感じられない。
俺は大きくため息を吐くと、部屋の外へと出る。
そして、教会のキッチンから拝借してきた鍋とおたまを手に持ち、鍋をガンガンと鳴らした。
「おらぁー!! 起きろゴラァー!!」
「な、何なの!? う、うるさいわねぇ!!」
「うぎゃぁーっ!! あ、朝から耳に響きますわーっ!! や、やめてくださいまし!!」
「ふわぁ……あ、おはようございます、師匠! くっ!! オレとしたことが、師を先に起こしてしまうとは……!! 今度からは師匠よりも早く起き、身支度を整えねばならんな!!」
飛び上がるように起床した三人。
俺はそんな彼らの前に立ち、コホンと咳払いをする。
「おはようございます、皆さん。さて、分かっているとは思いますが……今日から私は、貴方たち三人を、ビシバシと教育していこうと思います。これから決戦までの二週間、私の言うことは絶対です。よろしいですね?」
「え? う、うん、分かったわ」
「分かり、ましたわ……?」
「勿論です!! というよりも、オレは常日頃より師のことを敬愛しており、師の言うことに異を唱えたことは一度もな――」
「了承も得られたことですし……今からランニングをしましょう。目的地は、フランシアの御屋敷です」
「え、御屋敷!?」
「あそこの稽古場でなければ、私は、人目を気にしてまともに剣を振ることもできませんからね。ほら、早く立って! 身支度は五分で済ませてください!」
俺はそう言って、弟子三人を無理矢理起こし、急いで身支度をさせた。
そして教会の外へと出ると、まだ眠そうな様子の三人に、大きく声を掛ける。
「さぁ! 気合を入れて走りますよー! 屋敷を目指していざランニングスタートです!!」
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「はぁはぁ……な、何で、朝からこんなことに……」
「ルナティエ! 遅れていますよ! 私よりも遅れたら箒丸でお尻を叩かせていただきますからね!」
「ひ、ひぃぃっ!? お尻叩きは嫌ですわぁ!!!!」
いつ何が起きても良いように、昨日の内に持ってきていた箒丸。
そんな愛刀を構えると、目の前を走っているルナティエは顔を青ざめさせ、賢明に走って行った。
―――現在、俺たちは教会を出て、なだらかな丘の上を降りながらフランシアの屋敷を目指していた。
最後尾に俺が付き、その数メートル先を息を切らしたルナティエが走り、最前列をグレイとロザレナが競って走っている。
競っていると言っても……グレイの方がかなり優勢と見えるな。
まぁ、そこは【速剣型】ということもあり、三人の中で群を抜いてグレイが速いのは、最初から分かっていたことだが。
それとロザレナは瞬発力はあるが、スタミナがない。
何とか食らいついているが、【縮地】を使用していないグレイにも、全然追いつけていない様子だった。
「フハハハハハハハハハ!! どうした、ロザレナ! そんなものか!!」
「……ぜぇぜぇ……み、耳障りな笑い声上げてんじゃないわよ!! 変態マフラー男!!」
「フン。やはり、オレこそが師の一番弟子に相応しい存在といえるな……!! 潔く負けを認めるんだな、ロザレナ!!」
「調子乗ってんじゃないわよ!! すぐに追いついて、その長ったらしい前髪引きちぎってやるんだから!!」
「…………前髪……やはり、切った方が良いのか? この前髪は、おかしいのか……?」
騒がしく喧嘩しながら、走って行く二人。
そんな二人を微笑を浮かべて眺めていると、突如、ルナティエが足を止めた。
「……酷い有様ですわね」
疲れて足を止めたのかとも思ったが、そうではないらしい。
丘の下に広がる光景。
そこには、各所に煙が上がっている、荒れたフランシアの街並みが広がっていた。
先日までは美しい街並みが広がっていたというのに、最早、その姿はない。
戦場とも呼ぶべき風景が、崖下には存在している。
「……昨日、教会の者から聞いた話では、共和国の兵は、アンデッドの退却と同時に何処かへ去っていったようですわ。だから、今あそこに、敵兵はおりません。……壊すだけ壊して置いて、すぐに去るなんて。腹立たしくて仕方ありませんわね……」
「そうですね。敵は、占領せずに撤退した……橋を破壊したことからも、援軍要請には時間がかかる。故に敵兵たちは、いつでもフランシアを奪えると見ているのでしょうね。残された領民には、何もできない。恐らくは、そう考えているのでしょう」
「……二週間。二週間で、全てが決まる。お父様……待っていてください」
ルナティエは、そう言って悔しそうに下唇を噛む。
その時。
急に足を止めた俺とルナティエを不思議に思ったのか、ロザレナとグレイがこちらにやってきた。
ロザレナは息を切らしながら袖で額の汗を拭い、俺たちに声を掛けてくる。
「はぁはぁ……ねぇ、思ったんだけど、アンデッドを使役している奴と、共和国の兵士たちは同じ目的を持ってフランシアを襲ったのかしら? 奴らは仲間と見て良いのよね?」
そんな彼女の疑問に、グレイは静かに答える。
「あぁ。恐らくそれは正解だ。同時に現れ、同時に去って行ったのだからな。仲間、もしくは協力関係にあるというのが無難な線だろう」
「じゃあ、アンデッドの他にも、共和国の兵士も一緒に倒さなきゃいけないのかしら?」
荒廃した街を見下ろして会話する三人に、俺は口を開く。
「いえ。今は、倒すべき敵のことだけを考えてください。他の事は気にしないでください。貴方たちが倒すべきは、アンデッドのみです。些事は、私にお任せを」
「そうですわね。雑兵のことは、一旦、後で考えるとしましょう。今は、アンデッド討滅だけを考えるべき時……!」
ルナティエのその言葉に、ロザレナとグレイは覚悟を決めた表情で、力強く頷く。
俺は、そんな弟子三人に笑みを向けた。
「さて。では、ランニングを再開致しましょう。遅れた者には、容赦なく箒丸の一撃をお尻に叩き込みますので。ご容赦の程を」
「そうね。さぁ、戦いの続きよ、グレイレウス!! 行くわよ!!」
「フン。体力が少ない癖に、よく吠える」
「ま、待ってくださいまし~!!!!」
スタミナが切れやすいが、瞬発力、瞬時の爆発力、総合的なポテンシャルは高いロザレナ。
スピードにおいては三人の中でも突出した才能を持つ、グレイレウス。
足は遅いが、持久力はそこそこありそうな、ルナティエ。
このランニングを通して、三人の特色がよく見えてきた。
全員、それぞれ、違った能力を持っている。
これからは三人のその特色を伸ばし、それを強力な武器にしてやるのが、俺の仕事だろう。
「…………何で、こんなにも……っ!! こんなにも、遠いんですの……っ!!」
前を走るルナティエは、ロザレナとグレイの背中を必死の表情で睨み付ける。
今、ルナティエは、二人との才能の差に改めて悔しさを覚えているんだろうな。
だが、それでいい。何故ならお前は、二人とは違う存在なのだから。
何度も打ち負かされ、何度も絶望を知り、何度も自身の力量を理解する。
―――そうだ。もっと、自分の力を理解しろ。
お前の才能は、目立つものではない。お前は一を極められる剣士ではない。
しかし、それ故に―――――強者にも届きうる、稀有な力を持っているといえるだろう。
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その後、俺たちはランニングを終え、無事、目的地であるフランシアの屋敷に辿り着いた。
フランシアの屋敷は各所が壊れ、ボロボロになっており、見るも無残な姿となっていた。
そんな屋敷の前に立ち、ルナティエは眉間に皺を寄せる。
「……本当に、腹の立つ連中ですわね。歴史ある、フランシアのお屋敷をこうも破壊していくなんて。わたくし、絶対に許せませんわ!」
そう言って振り返ると、ルナティエは腰に手を当て、俺たち三人に真剣な表情を見せてくる。
「さぁ! 稽古を始めましょう、師匠! わたくし、準備バッチリですわ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ルナティエ……あたし、まだ、体力が……」
背後でゼェゼェと荒く息を吐き、膝に手を当てるロザレナ。
隣に立っているグレイは、そんな様子の彼女に「フン」と鼻を鳴らす。
「相変わらずスタミナ切れに弱い奴だ。まずはオレに勝つことではなく、ペース配分というものを考えてランニングをしろ。お前は体力が無さすぎる」
「うるっさいわねぇ……!! これでもあたし、ジェシカとよくランニングしているのよ!? あんたが体力馬鹿なだけでしょう!?」
「オレの使用する【縮地】は、使用時に通常よりも体力を消耗する歩法だ。故に、日々の鍛錬が必然的に欠かせなくなる。【速剣型】は体力が命だからな。お前のようなたった五か月だけしか剣を修練していないド素人とは、そもそもの鍛え方が違うのだ」
「なんですってぇ!? いいわ!! この二週間であんたよりもずぅっとずぅっと、強くなってやるんだからっ!!」
「フン。望むところだ。悪いがオレは、二歳年上な分、お前たちよりも一歩先に行かせてもらうぞ。流派【箒剣】門下で最初の称号持ちの剣士になるのは、このオレだ。ロザレナ、ルナティエ、貴様らはオレの敵ではない」
不敵な笑みを浮かべるグレイ。闘志を燃やすロザレナ。緊張した面持ちで二人を見つめるルナティエ。
俺の弟子たちは、何というか……好戦的な奴が多いな……。
まぁ、そういう姿勢は別に、嫌いじゃない。
若い頃の自分を見ているようで、何となく、微笑ましくなってくる。
「―――ルナティエ! 戻ってきていたのか!」
その時。屋敷の中から、白銀の鎧甲冑を着た一人の青年……ルナティエの兄、セイアッドが現れた。
彼は慌てた様子でルナティエに近寄ると、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「すまない、ルナティエ……! 俺は、父上を守ることができなかった……!」
「お兄様……。いいえ、お兄様のせいではありませんわ。あの伝説の英雄たちが相手では、流石のお父様といえども、仕方ありませんもの……」
「伝説の英雄? すまないが、俺はその後の事情をまったく知らない。敵兵が撤退後、今まで街の警護にあたっていたんだ。父上が攫われた後、何があったんだ? 聞かせてもらっても構わないか?」
その言葉にルナティエは頷き、屋敷で起こったことを、詳細に説明していった。
「なるほど……過去の【剣聖】【剣神】たちがアンデッドとして復活し、フランシアの地を襲った、か。にわかには信じられない話だが、お前がそんな嘘を吐く理由もないしな。くそっ……絶望的な状況だな。こちらには【剣聖】【剣神】と戦えるような戦力はないというのに……!」
そう口にして、セイアッドは髪の毛を掻くと、深くため息を溢した。
「……先ほど、【念話】の魔道具を使用してバルトシュタイン家に救援要請をしてきた。だが、キュリエール大橋が破壊されている以上、聖騎士団をマリーランドに派遣することはできないと、断られてしまってな。フランシア平原に陣を引き、王領に責めてくる兵の討伐はすると、ゴーヴェン殿にそう言われてしまった」
「え? それって、つまり……」
「あぁ。バルトシュタイン家はフランシアを見捨てた。我らは完全に孤立無援となってしまったわけだ」
セイアッドはそう言うと、ギリッと奥歯を噛みしめる。
「最後の頼みの綱、【剣聖】【剣神】たちの派遣を宰相に頼んでみたのだが……こちらも色よい返事を貰えなかった。災厄級の魔物との戦いで【剣聖】【剣神】たちは負傷し、中には、辞めてしまった者も多数いるらしい。……最悪と言っても良い状況だ。侵略戦争が起こった以上、王陛下は最大戦力たる【剣聖】を王都の守りの要として置くだろう。【剣神】を派遣してくださるのかも、どうか……」
「お兄様……」
眉を八の字にし、ルナティエは不安そうな面持ちを浮かべる。
そんな妹の顔を見て、セイアッドは元気付けようと、彼女の肩を叩いた。
「何、心配はするな。今から俺が王都に行って、王陛下に直々に懇願してくる。王家に長年仕え、食糧庫として活躍してきたフランシア家の長子の願いだ。きっと……直接お会いすれば、俺の願いも聞いてくださることだろう……」
「え? で、でも、橋は壊れていて……」
「小舟くらいはある。対岸に着いた後は、領村で馬でも借りて行くとするさ。……ルナティエ。この地の管理は、お前とリューヌに任せるぞ。俺が戻ってくるまで、誇り高きフランシアの一族として、民を守るのだ」
そうしてセイアッドは、そのまま俺たちの横を歩いて行き、屋敷から出て行ってしまった。
そんな彼の後ろ姿を見つめた後。ルナティエは頬をバチンと叩く。
「……今は、一分一秒も惜しいですわ。師匠! 稽古、お願いいたしますわ!!」
「分かりました。かなり厳しいものになると思いますが……皆さん、ご覚悟は、よろしいですね?」
「勿論よ、アネット! あたしは絶対にあのツノ女を倒してやるんだから!」
「はい、師匠。オレは、貴方様の指導に従います。姉の想いに……応えるためにも」
「ええ! どんなに過酷な訓練でも、乗り越えてみせますわ! 栄光あるフランシアの地を、今こそ、わたくしが取り戻してみせます! わたくしは絶対に、諦めませんわ!! オーホッホッホッホッ!!」
俺のその言葉に、弟子三人は、元気よく返事を返すのだった。
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「――――フランシアが壊滅状態、か」
……王都にある剣術道場。
元剣神ハインラインは縁側に座り、冒険者ギルド職員からの念話の通信を切る。
そして大きくため息を吐くと、頭をボリボリと掻いた。
「まったく。次から次へと問題事が転がり込んでくるわい……【暴食の王】との戦いで、【剣聖】は負傷、【剣神】は二人辞め、王国最大戦力はほぼ壊滅状態だというのに……困ったもんじゃ」
そう言って彼は再度ため息を溢し、道着の懐から魔石が付いたピアスを取り出す。
そしてそのピアスを握りしめ、彼は、【念話】の魔法を発動させた。
するとすぐに、ハインラインは、対象者と魔法で繋がった感覚を覚える。
「……もしもし、ジャストラムか? 久しいのう」
『……』
「おーい、無視するんじゃないわい。兄弟子の声を忘れてしまったんかいの?」
『……………急に何? ハインライン』
久しぶりに聞いた妹弟子の声。その声にハインラインは目を細め、穏やかな表情を浮かべる。
「元気にしとったかの? 三、四十年ぶりじゃの。少しは人里に下りてこんかい、馬鹿娘が」
『うるさい。むっつりスケベのハインラインに指図される覚えはない』
「む、むっつりスケベ……コ、コホン。話は変わるが、お主、今暇か?」
『ジャストラムさんは全然暇じゃない。切る』
「待て待て待て! 実はのう、今、対処しなければならない山があるんじゃが、人手不足でな。件の災厄級との戦いで【剣聖】は負傷、【剣神】は二人辞め、今手が空いておるのがお主とバルトシュタインの子倅しかいないんじゃよ。ちと、この件、ヴィンセント一人に任せるのは難しいような気がしてな。ぜひとも、歴戦の【剣神】であるお主の手を借りたいのじゃが……」
『災厄級……って、何?』
「知らんかったのか? 一か月程前、大森林に災厄級の魔物が現れたんじゃ」
『知らない』
「この馬鹿娘は……。相当な怪物じゃったのだぞ? 王から招集もかかったというのに、参加せんとは、お主は本当に自由人じゃて」
ハインラインのその言葉に、ジャストラムは小さく息を吐く。
『……何で私の手を借りたいか知らないけれど、ジャストラムさんは、ハインラインが行けばすっかりうっかり全部解決だと思う』
「すまんが、ワシは使い物にはならん。左腕も災厄級にくれてやったからのう。最早隠居したただのジジイじゃぜ、今のワシは」
『腕……? ハインラインが腕を持ってかれるくらい、災厄級は強かったんだ?』
「ワシは老いた身じゃからのう。まぁ……それを抜きにしても、あの【暴食の王】は強かった。アーノイックでなければ、対処できんようなレベルじゃったよ」
『……………それは嘘だよ。アーノイックでしか対処できない魔物だったら、この国は既に終わっている。今のこの国に、アーノイックと同じ力を持つ者はいない』
「現剣聖は、なかなかの実力者じゃぞ?」
『森妖精族の子? 会ったことないけど……それでも、アーノイックには勝てないと思うよ。過去に森妖精族の実力者と戦ったことあるけど、彼らのスタイルは主に精霊魔法を主体としたものだった。あれじゃあ、到底、アーノイックには太刀打ちできないね』
「森妖精族に会ったことがあるのか? 共和国の者かの?」
『森から出て、人の世界で生きる森妖精族はそんなに強くないよ。私が会ったのは、大森林深層に住む者、原種の森妖精族たち。四大種族の祖ということもあって、かなり強かった。ただの子供でも、【剣神】相当はあったと思う』
「数千年人里に降りてこない《隔絶された者》たち、か。ふむ……奴らならば、奇跡的に、あのオークを倒せる、か……? いや、《隔絶された者》たちが人族を助けるのはおかしいな。奴らは他種族を嫌悪していると聞く。まぁ、いずれにしても、何者かがあの災厄級を倒したことは事実じゃな」
『………………………誰が倒したか分からないの?』
「分からん。正体不明じゃ。誰も【暴食の王】を倒した者を見た人間はいない。ジェネディクトの奴は、自分が倒したと言うておるが……にわかには信じられん話じゃわい。あの化け物相手に、奴は苦戦を強いられていたからのう」
『ジェネディクト・バルトシュタインがどうして、ハインラインと一緒に戦っているの? 闇組織の長が何で? というか捕まってなかったっけ? あのオカマ』
「それは、まぁ、色々あってな。……とにかく! そろそろ顔を見せに来い、ジャストラム。そして、フランシアの地を守りに―――」
ブツッと切られ、念話が遮断される。
その後、ハインラインはうなだれるように頭を下げた。
「……やはり無理か。まったく、あの変わり者は、昔からアーノイックの言うことしか聞かんわい……」
そう口にした後、ハインラインは、中庭で剣を振る孫娘ジェシカの姿を見つめる。
「えい! えい! えい! とりゃあーっ!」
「とりゃあー!」「おりゃあー!」
ジェシカの隣には、彼女を真似て、同じように剣を振る二人の兄妹の姿があった。
【暴食の王】によって両親を亡くした、大森林近くの村に住んでいた兄妹。
今ではハインラインの養子となり、彼の元で弟子として、一緒に暮らしていた。
そんな孫娘と養子たちの姿を微笑ましく見つめ、ハインラインは、上空、夏の青い空を見上げる。
そして、ぽつりと、静かに呟いた。
「…………なるべくこの手は使いたくなかったが……新しく【剣神】になった、奴の力を借りるとするかの……正直、心底嫌じゃが」




