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第7章 第194話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ㉗


《フランシア伯 視点》



『エルジオ! やはり貴様は私の好敵手となる男だ! 貴様には才気がある!』


 若い頃の……学生時代の自分の姿が脳裏に浮かぶ。


 騎士学校一期生、一学期の学級対抗戦の終わり。


 私は笑みを浮かべて、目の前で膝を突く男―――エルジオへと手を伸ばした。


 エルジオは困ったように笑みを浮かべ、私の手を取り、立ち上がる。


『ルーベンス君。自分は、君が思う程の器ではないよ』


『いや、貴様には才能がある! 栄光あるフランシア家の血を引く、この私が認めたのだ! 今回は治癒魔法を得意とした、耐久性に優れた私の勝利となったが……次はどうなるかは分からないな!! まさか、私の軍略の裏を突き、背後から大将を狙ってくるとは! 見た目とは裏腹に何とも豪胆な奴だ! ハッハッハッ!!』


『フランシア家は、古くからレティキュラータス家を嫌悪する家系だと聞いたのだけど……君は、そうでもないのかな?』


『無論、怠惰な生を送る腐敗した貴族は嫌悪すべき対象だ。だが私は、血統で人を判断したりはしない。誰であろうと努力する人間には一定の敬意を払う』


 エルジオはその言葉に笑みを浮かべる。


 そして立ち上がると、腕章を外し、それを私に手渡してきた。


『この学級対抗戦、僕たち黒狼(フェンリル)クラスの敗けだ』


『あぁ、この戦、我ら天馬(ペガサス)クラスの勝利だ。……なぁ、エルジオよ。お前、私のクラスに来ないか? お前が級長となり、私が副級長として参謀を務める……そうすれば、どのクラスにも敗けない、最強のクラスが産まれるであろう! 私たち二人が手を組めば、向かうところ敵なし、だ!』


『驚いたね。ルーベンス君が自ら級長を降りて副級長になる、だって?』


『貴様の方が兵を統率するカリスマ力が上と、そう判断したまでよ。勿論、クラスを裏で支配する真のリーダーはこの私だがな! ハッハッハッ!』


『……そうだね。君と手を組んでこの学校で戦うというのも……とても楽しそうだね』


『だったら!』


『でも、それはできないよ、ルーベンス君。僕と一緒に居たら、君は上に上がれなくなる。君は家を継ぎ、フランシア伯として聖騎士団の指揮官になる存在だ。僕は……レティキュラータスの一族だから。一緒に居ては、君の迷惑になるよ』


『……お前が懸念しているのは……バルトシュタインの奴ら、か?』


 私のその返事に、エルジオはコクリと頷きを返す。


『学園長総帥であるゴルドヴァーク殿も、鷲獅子(グリフォン)クラスの級長ゴーヴェン君も……僕の存在を疎ましく思っている。僕は多分、長いことこの学園にはいれないと思う。だから……』


『だからこそ、であろう! 私の手を取れ、エルジオ! 私と共にバルトシュタイン家の者共を一掃してやるのだ! 今こそ、フランシアとレティキュラータスは一つとなり、四大騎士公の癌である彼奴等めを―――』


『ごめん、ルーベンス君。やっぱりできないよ。それに……黒狼(フェンリル)クラスのみんなを見捨てたくはないから。僕は、今のまま黒狼(フェンリル)の級長として戦っていく』


『……エルジオ……』


『勿論、ただで退学するつもりはないさ。できるだけ足掻いて、卒業してみせる。勝ち星を諦めるつもりだってない。僕も母上のように、騎士位を取ってみせるつもりだよ』


『……あぁ、そうだな。お前の考えは分かったぞ、エルジオ! ならば、卒業の前にあるとされる四期生の最後の戦いで……私たちは雌雄を決するとしよう! それまで絶対に生き残れよ、我がライバルよ!』


『うん、分かったよ、ルーベンス君。それまで、お互いに切磋琢磨していこう』


 私たちは互いに拳をぶつけ合い、笑みを浮かべる。


 この時の光景は……私の心の奥底に、ずっと残り続けた。





 三年半後。卒業間近となったある日の試験説明会、その事件は起こった。


『―――黒狼(フェンリル)クラスは、最後のクラス対抗戦を辞退する……だと? ど、どういうことだ、エルジオ!! 約束と違うではないか!! 最後の戦いで、我らは雌雄を決するという話のはずだったであろう! 一期生学級対抗戦後に交わした、あの約束を忘れたのか!?』


 四期生、最後の五クラス同士の戦い。そこで、エルジオは突如戦いを辞退した。


 奴のクラスは奮闘し、あと一歩で、上位の鷲獅子(グリフォン)天馬(ペガサス)の点数に並べるところまできていた。


 この二つのクラスどちらかに勝てれば、黒狼(フェンリル)は、無事に聖騎士になれたはず。


 それなのに奴は、生徒一同が集まったホールで、審判役の教師に話かけ――自ら戦いを辞退し、敗北を選んだ。


 意味が分からなかった。


 私たちは今日この日のために、互いを好敵手と認め、剣を磨いてきたというのに。


 私は、今までの信頼を、裏切られたように感じてしまった。


『良いんだな? その辞退を受理しても?』


『はい、先生。黒狼(フェンリル)クラスは、この戦いを辞退します』


『ふ、ふざけおって、貴様ぁ!! 我がライバルともあろうものが、日和ったのかぁ!! エルジオ、許さん!! 許さんぞぉ!! この私の顔に泥を塗るつもりか!? 貴様は……貴様は……!! 貴様は、ここで終わるような奴では、ないはずだろうーーーッッ!!!!!』


 ホールの壇上から去って行く奴に向けて、私は駆け寄ろうとするが……すぐに担任教師に背中から羽交い絞めにされる。


 それでも私は叫び続けた。エルジオに、今すぐ戻って、先ほどの話を白紙に戻せ、と。


 しかしエルジオは何も言わずに、黒狼(フェンリル)の生徒を連れて、戦いの場から去って行った。


 私は失意のどん底に落ち……試験の説明を受けた後、ホールを後にする。


 時計塔の外へと出た、その時。入り口に立っていたゴーヴェンがこちらに近付いてきた。


 奴は不気味な笑みを浮かべながら、通り過ぎる間際、私の耳元に声を掛けてくる。


『―――実にくだらん幕引きだったな。貴様の進退を脅しにかけたら、奴は、すんなりと騎士位を諦めてくれたよ。レティキュラータスという異物(イレギュラー)は、私の騎士団には必要ないからな。これでようやく安泰だ。私の思い描いた絵図通り、進むことができる』


『何、だと?』


 そのままゴーヴェンは私の横を通りすぎ、去って行った。


 ―――私たちの戦いを、無関係な他の者に邪魔された。


 私はそれ以降、レティキュラータスとバルトシュタインを恨むようになった。


 私を愚弄したエルジオを嫌悪し、私たちの戦いを邪魔したゴーヴェンを嫌悪した。


 その後―――同数の勝ち星を稼いだ鷲獅子(グリフォン)天馬(ペガサス)が勝利し、二つのクラスは騎士団へと編入されることになった。


 こうして私の学生生活は、不完全燃焼のまま、終わりを告げたのだった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「―――……今更あの時のことを思い出すとは……私も歳を取った、ということか……」


 意識が朦朧としたまま、目を開ける。


 すると目の前に―――全身血だらけのルナティエが立っていた。


 私はその姿に、思わず叫び声を上げてしまう。


「ル、ルナティエ!? な、何だ、そ、その姿は!? いったい何が―――あぐっ!?」


 胸と腹部に激痛が走り、上手く起き上がることができない。


 私はうつ伏せのまま、目の前に立っている、亡き妻に似た愛しの娘へと手を伸ばす。


「ル、ルナ、ティエ……!! に、逃げ……!!」


「――――――はぁはぁ……お、お父様。逃げるわけには……いき……ません、わ……!」


 震える手でレイピアを構え、目の前に立つ白銀の騎士を睨み付けるルナティエ。


 そして彼女は、再度、口を開く。


「わ、わたくしは……絶対に逃げません。だってわたくしは、ロザレナさんのライバルですもの! あの子だったら、絶対に、死の間際だって逃げるなんてことは……しない! わたくしはいつか必ず、彼女に勝利する剣士となる!! いずれ【剣聖】になる彼女と……対等な位置に立つ剣士になってみせる!!!! ですから、ここは、血反吐を吐こうとも……絶対に退くわけにはいかないんですわ!!!!」


 血を吐き出しながら、全身から血を流しながら、ルナティエは決死の想いで咆哮を上げる。


 その姿は―――かつての、若き日の自分の姿に重なって見えるような気がした。


 ただ一心にライバルを信じ、ただ一心にライバルを倒すために剣を振るう、そんな、かつての自分の姿に。


 だが、ルナティエに対して、白銀の騎士は呆れたようにため息を吐いた。


「ライバル? 【剣聖】? ……くだらない。【剣聖】や【剣神】になれるのは、予め神によって才を与えられた特別な人間だけです。貴方のような紛い物が認めたライバルなど、なれるはずがない。私は……アーノイック・ブルシュトロームという、真の怪物を知っている。彼のあの剣を見れば、【剣聖】という名がいかに重いものなのかを理解できるでしょう。その称号を、軽々しく口にしないでください。不愉快です」


「知ったことではありませんわ!! どれだけ【剣聖】が遠い存在だろうとも、周囲からお前なんかがなれるわけがないと馬鹿にされようとも、わたくしのライバルは、諦めることをしなかった……!! ならば、わたくしだって諦めません!! わたくしは彼女の宿敵ですから!! 同様に、高みを目指し続けます!! たとえ、この身を焼かれようとも!!」


「……所詮紛い物は紛い物のまま、ということですか。時間の無駄でした」


 白銀の女騎士はヒュンと、一閃、剣を振る。


 ルナティエは何とかレイピアを振って防ぐが、剣と剣が衝突した瞬間……その威力を殺しきれずに体勢を崩した。


「きゃあっ!!」


 地面に膝を突くルナティエ。もう、立っているのも限界なのだろう。


 彼女の足元には、大きな血だまりができていた。


 白銀の女騎士は、ルナティエの喉元に剣の切っ先を向け、静かに口を開く。


「――――これが、最後通告です。フランシアの名を捨てると宣言なさい。貴方が選ぶ答えは『了承』のみです。拒否すれば、右腕を落とします。次に左腕。拒否し続けるごとに四肢を切断し、最後には頭を落とします」


「…………」


「腕や足を失いたくはないでしょう? 苦痛の中、死にたくはないはずです。意地を張るのは止めて、今すぐ剣を捨てて―――」


「……お婆様は、確かに【剣神】として、名を馳せた伝説の英雄……なのかもしれませんわ。不出来なわたくしと違い、貴方の人生は順風満帆、陰りのひとつもなく、完璧なものだったのでしょう」


「? 何が言いたいのですか? ルナティエ」


「可笑しなものですわね。完璧な聖騎士であった貴方は、アンデッドとして復活した結果、孫娘を自分の思い通りにすることもできない、不完全な騎士となってしまったのですから。……フフッ、ざまぁみろ、ですわ。これで、貴方の完璧な歴史に泥を塗ってやりましたわ! わたくしは、貴方には従わない! この剣は、けっして、捨てはしない!! わたくしはそう、師に誓ったのです!! 地獄の中でも、前だけを見て進んでいく、と!!」


「…………醜悪な紛い物が。愚かにも程がある」


 今まで感情の起伏が見られなかった白銀の騎士の声に、怒りが灯る。


 白銀の騎士は剣を一度引くと―――ルナティエの右肩に向け、剣を縦振りに放った。


 満身創痍であるルナティエは、どう見ても、その剣を避ける体力は残っておらず。


 ただボロボロなまま、我が娘は、その場に膝を突いていた。


「ル、ルナティエ、避けろ!!」


 そう声を掛けるが、ルナティエは動かない。


 瞬く間に、剣は肩に振られ、数秒後にはルナティエの腕が斬られると思った―――その時。


 白銀の騎士とルナティエの間に、漆黒の騎士が現れ……ルナティエに向けられた剣を真っ二つに斬り、止めてみせた。


 そんな、突如現れた漆黒の騎士に対して、白銀の騎士は驚きの声を上げる。


「!? いったい何の真似ですか!? アーノイック殿!?」


「そこまでだ、キュリエール。私怨も結構だが、まずは、英傑の神具を優先しろ」


 そう言って彼は、ボロボロのマントを翻し……剣を鞘に仕舞う。


 私はそんな漆黒の騎士に、声を張り上げた。


「え、英傑の神具、だと!? 貴様ら、フランシアの神具がどんなものなのかを知っているのか!?」


「無論。我らを使役している死霊術師は、それを求めて、この地を襲撃したのだからな。さて……潔く宝物庫の守りを解き、神具を渡してもらえるかな? フランシア伯爵よ」


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《アネット 視点》



「クソ、筋肉ダルマが……! 俺じゃなければ死んでたぞ……!」


 俺はペッと血を吐き出し、民家の屋根の上で起き上がる。


 レンガが何枚か剥がれ、屋根の一部が破損していた。


 次に、両腕を確認してみる。赤く腫れてはいるが、骨が折れた様子は感じられない。


 拳を受ける寸前で後方に重心を逸らしたのが良い判断だったと言えるだろうか。


 全力を出せなかった状況とはいえ、不意打ちの一撃でここまで吹き飛ばされるとは、俺もまだまだ未熟だな。


 そう反省しつつ、屋根の上から飛び降りる。


 すると、背後から、何者かの足音が聞こえてきた。


 俺はすぐに家屋の壁に身を潜め、街路へと視線を向ける。


 数秒ほどして、数十人程の紅い鎧を着た連中が、目の前の道を通って行った。


 あれは……ルナティエが言っていた、共和国の兵士、だろうか?


 アンデッドとして復活したゴルドヴァークといい、まだ連中の目的があまり掴めていないな。


 この地にいったい、何が起こっているのか。本当に、奴らは侵略戦争起こしたいだけなのか?


 後ほど、何処かで情報を収集したいところだな。


「まぁ今は、早く屋敷に戻って、お嬢様たちを助けに行くのが先決か。いざとなったら、三人を抱えて【瞬閃脚】でマリーランドから逃げて―――いや、フランシア伯の容態も心配だな。ゴルドヴァークに吹き飛ばされていたから……相当、ダメージはでかいと思われる」


 紅い鎧の連中はガシャンガシャンと音を立てて、街の奥へと消えて行った。


 その後ろ姿を見送った後。


 俺は街路へと出て、【瞬閃脚】を使用し、奴らとは反対側の道を猛スピードで駆け抜けて行った。


 見たところ、街には一切の人気が感じられない。そして、家屋は所々が崩れ落ちている。


 あんなに美しかった街並みが、一瞬でこうなってしまうとは……敵の手は随分と早いな。


 予め十分に策略を練って行動したことが、よく分かる攻め方だ。


「―――キャハハハハハハ! だからぁ、民兵以外の街の人間は何処に逃げたかって、聞いているんだよぉ? 大人しく、吐けって言ってんの」


「ん?」


 その時。


 数十メートル先に、二つの人影が見えた。


 そこに居るのは、湾曲した鎌を両手に持ったフードの女と、地面に横たわる若い町娘。


 フードの女は、横たわる若い女性のお腹を蹴り上げ、口を開く。


「ほら、さっさと吐けって~。アタシも暇じゃないんだよ~。……ったく、ロシュタールの奴、このアタシに雑用を押し付けやがって。いつか絶対にぶっ殺してやる」


「や、やめてください! お、お腹に、あ、赤ちゃんが……!」


「あぁ? そんなこと知ったこっちゃ……いや? 胎児の首はまだコレクションに加えてなかったっけ? キャハハハハハハハハ!! いいじゃん、母親と胎児の首、ホルマリン漬けにして、瓶詰にしたら面白そう!! ……って、ん?」


 フードの女は、駆けて来る俺の姿に気付くと、驚いた表情を浮かべた後―――恍惚とした笑みを浮かべた。


「……キャハッ!! キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!! 見つけたぞ、メイドぉぉぉぉ!!!! こんなところで会えるなんて、奇遇じゃない!!!! 今度こそ、ぶっ殺してあげるわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


「誰だ、お前」


「あぁ!? このキフォステンマ様のことを忘れたとは言わせねぇぞ!?」


「いや、知らん。誰だよ、お前」


「…………ッッッ!!!! 余程、死にたいらしいわねぇ? まぁ、良いわ! 大森林の時とは違って、今度は油断しないから!! 確実にその首を落とし、アタシのコレクションに加えてやる!!!! キャハハハハハハハハハハ!!!!!」


 フードの女は腰を深く沈め、湾曲した二本の鎌を両手に持ち、構える。


 次に、鎌に紫色の靄が浮かび上がる。


 あれは、何等かの魔法が宿ったと見るべきか? いや……召喚魔法、か?


 剣に何かを憑依させた……?


「アタシの【死霊剣】は、この手で殺した者の魂を剣に纏い、死した者の剣技を、そのまま奪って使用できる剣―――!! だから、アタシの剣技に限界はないの!! 【剛剣型】【速剣型】【魔法剣型】、多種多様な剣技をもって翻弄し、貴方を縊り殺してあげるんだから!! キャハハハハハ――――――って、ぐふぉあっ!?」


 俺は街路を駆け抜けながら跳躍すると、そのまま、フードの女の顔面を踏みつけた。


 そして、足の下にいるフードの女に呆れたため息を吐く。


「……いや、それ、単にお前よりも弱い奴の剣技を盗むだけの能力だろ? 殺さないとスキルを奪えないところからして……ただの劣化版【暴食の王】じゃねぇか」


 靴跡が残り、倒れる女。


 倒れたフードの女の背後に着地した後。俺は即座に【瞬閃脚】を使用して、街路を駆けて行った。


 あんなわけのわからないのに構っている時間はない。


 すぐに、屋敷に戻らなければ。


「あ、ありがとうございます……?」


 背後から町娘の声が聞こえてきたが……声を返さずに、俺は街を疾走した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「これがフランシアの神具、【天馬角の破片】……か」


 漆黒の騎士は宝物庫の台座にあるひし形の結晶を手に取り、それを静かに見つめる。


 背後でキュリエールに両腕を拘束されているフランシア伯は、緊張した面持ちで、口を開いた。


「貴様ら……フランシアの英傑の神具を奪って、どうするつもりだ……! その神具は、攻撃的な効果は一切ない代物だぞ!」


「無論、知っているさ。この神具は対象者の体力・闘気・魔力を完全回復させ、不治の病も全快をさせるもの。恐らく、我らを使役している死霊術師殿は、召喚で消耗した魔力をこれで回復させる腹積もりなのだろうな」


 そう言ってフッと笑みを溢すと、漆黒の騎士は背後を振り向き、フランシア伯に視線を向ける。


「さて。君はこの神具を扱える、現フランシア当主なわけだが……大人しく、このまま我らが使役者の元に来てもらおうか。そしてそこで、ロシュタールの魔力回復に努めてもらう」


「何をふざけたことを……! 何故この私が、フランシアの地を穢した者の治癒をしなければならんのだ……! 絶対にそんなことはしないぞ!! 敵を治癒するくらいならば、私は死を選ぶ!!」


 激怒するフランシア伯。


 そんな彼にフッと笑みを溢した後。漆黒の騎士は、キュリエールに声を掛ける。


「キュリエール。彼の拘束を、一時的に解いてくれないか?」


「……? 分かりました」


 拘束を解かれ、自由になるフランシア伯。


 よろめく彼の傍に寄ると、漆黒の騎士は誰にも聞こえない声量で、フランシア伯の耳元で囁いた。


「君にも悪い話ではないと思うぞ。ロシュタールは魔術師(ウィザード)ゆえ、魔力を回復させなければろくに動くことすらできない。その間、この地に【剣聖】や【剣神】がやって来れば、フランシアの地を防衛することが可能となる。治癒魔法が上手くいかないと言って、そうだな……二週間程、時間稼ぎをすれば良い。奴は信仰系魔法の仕組みを知らん。故に、魔力回復手段が【天馬角の破片】しかない以上、簡単に騙されてくれるだろう」


「……なっ!?」


「闇組織【闇に蠢く蟲】は、ロシュタールの命令が無ければまともに動けない。後は俺が上手く奴らを唆し、この屋敷と民を収容している教会には手を出させないようにしてやる。……まぁ、一人、制御できない馬鹿がいるが、あれには目を瞑ってもらえると有難い」


「貴様は……いったい……いったい何がしたいのだ? いったい、どちらの味方なのだ……?」


「さて、な。とりあえず、どちらでもない、とでも言っておこうか」


 そう口にしてフランシア伯から離れると、漆黒の騎士は再びキュリエールに拘束を命じる。


 そして、背後へと視線を向け、宝物庫の奥に居るメリアへと声を掛けた。


「メリア。荷運びは順調か?」


 その声にメリアは頷き、肩の上に重ねた木箱を乗せながら、口を開いた。


「……うん。大方、宝は回収し終えたよ。武具もあったけど……こっちは良いんだよね?」


「あぁ。共和国の兵への報酬はその宝だけで十分だ。武具には手を付けなくて良い」


「……分かった」


「そういえば、ファレンシアの姿が見えないが……奴はどうした?」


「……知らない」


「私も見ていませんね。探しにいきましょうか?」


「――――いいや、その必要は無い。私ならここだ、キュリエール殿」


 地下宝物庫に降りて来るファレンシア。そんな彼女に、漆黒の騎士は首を傾げた。


「随分と疲れた様子だが……どうかしたのか?」


「……気にしなくて良い。それよりも、早く事を済ませるとしよう」


「そうか? なら、すぐに帰還するぞ。太陽が弱点である我らには、自由に動ける時間が限られている。長居は無用だ」


 そう言って彼は懐にフランシアの神具を仕舞うと、マントを翻し、地上へと続く階段を登って行った。





 天馬の像の下にあった隠し階段を登った後、漆黒の騎士たちは大広間へと出る。


 そこには、血だらけで床を這いずる、ルナティエの姿があった。


 ルナティエはハァハァと荒く息を吐き、うつ伏せのまま、漆黒の騎士を睨み付ける。


「……お、お父様を、は、離しなさ……い……!」


「……」


 漆黒の騎士は何も言わずに、ただ静かに、ルナティエを見下ろした。


 ―――その時。キュリエールはフランシア伯をファレンシアへと任せると、前に出る。


「醜悪な紛い物が。見ているだけで腹立たしい」


 そう言って、腰の鞘から折れた剣を抜くが……漆黒の騎士は、そんなキュリエールを手で制止した。


「放っておけ」


「しかし……!!」


「今は生かしておいた方が有利だ。フランシア伯を動かす人質としても、な」


「……」


 不愉快そうな様子を見せながらも、キュリエールは背後へと戻る。


 漆黒の騎士はルナティエの前に立つと、しゃがみ込み、彼女の耳元に声を掛けた。


「絶望的な状況であるお前たちに時間をやろう。……二週間。その間に何としてでも【剣聖】と【剣神】たちをこの地に呼べ。我らを止めることができるのは、称号を持った真の強者だけだ」


「…………フランシアは、わた……くし、が、守る……んです、わ……!」


「上の階にいる少女も、君も、まだ若い。死に急ぐ必要はなかろう。ここは、大人しく手を引け」


「……わた、くしは……わたくしは……っ!!」


 漆黒の騎士の足を掴むルナティエ。そして彼女は、涙を流しながら、開口した。


「わたくしは、師と約束したんです!! もう、剣は捨てない、と……!! 地獄の中でも、進んでいく、と……!!」


「……その強き信念には敬意を示そう。挑んでくるのならば止めはしない。猶予は、先ほど言った通り、二週間――それまでに、強くなって我ら五人を討滅してみせよ。俺としては……【剣聖】を呼ぶことを推奨するがな」


 漆黒の騎士はそう口にすると、踵を返し、ファレンシア、キュリエール、メリアの元へと戻る。


 そして、【転移の指輪】を取り出し、それを発動させた。


「【転移(テレポート)】」


 フランシア伯を人質に加えた、五人のアンデッドたちの姿が光に包まれる。


 ―――――転移(テレポート)が発動する、その間際。


 屋敷の中に、一人の少女が現れた。


「これは……!? ルナティエ様……!?」


 メイド服の少女は、倒れ伏した金髪の少女へと駆け寄る。


 そして、その後、メイドの少女は、目の前に立つ漆黒の騎士と……お互いに視線を交わした。


「お前は……?」


「君は……?」


 一言も会話を交わすこともなく。


 アンデッドたちはフランシア伯を連れて、その場から消えて行った。

第194話を読んでくださって、ありがとうございました。

剣聖メイド2巻、明後日の6月25日発売です……!

早いところでは、もう既に発売している書店様もあるようです。

WEB版とは少し異なった展開もございますので、楽しんでいただけるかと思います。

作品継続のために、ご購入、どうかよろしくお願いいたします。


この章は、あと修行パートを短く描いて、リベンジ編を書いて終了となります。

ここまでお付き合いいただいて、誠にありがとうございました。

次章は、学園編に戻り、オフィアーヌ家が絡んでくるお話が書けたら良いなと考えております。

暑い日が続きますが、皆様、熱射病にお気を付けください。

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[気になる点] 打ち切りですかあ 続き待ちたかったけど残念。
[一言] 更新いつまでもまた続けます、、!
[一言] 顔面スタンプ(足跡) …ある種のご褒美(ぼそっ
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