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第7章 第193話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ㉖


《グレイレウス 視点》


「―――――私よ、分からないの、グレイ!?」


 目の前に立つ藍色の女騎士は、胸に手を当て、そう声を張り上げる。


 オレは騎士を睨み付け、二本の小太刀を逆手に持ち、構えた。


「姉さんは死んだ。首狩りの手によってな。どこでオレの過去を知ったのかは知らないが……貴様、我が姉、ファレンシアの名を愚弄するのならば、このオレが許さんぞ」


「……グレイ、よく聞いて。私は今、ある邪悪な死霊術師の手によって、アンデッドとして使役されているの。死霊術師……百足のロシュタールは、フランシアの地を『亜人の国』へと変えようとしている。私は元聖騎士として、王国の民を傷付けたくはない……! お願い、グレイ!! 私を……私をもう一度殺して!! そうすれば、私は、無辜の民を傷付けずに済むから!!」


「わ、わけのわからないことを言うな、偽物!! お前が、お前が姉さんのはずが……だとしたら、オレは……今までのオレは……!!」


「……グレイ。ごめんね、貴方を置いて一人で死んでしまって。大きく……なったね。まだ貴方は剣を習っているのかな? ずっと探していた、貴方を認めてくれる、良い先生には出会えたのかな? 泣き虫だった貴方が、凛々しい顔になって……最初、誰だか分からなかったわ」


「………………………姉さん、なのか? 本当に……?」


「そうよ。歳は、同い年くらいになっちゃったね。私、18で亡くなったから」


 そう言ってフフッと笑みを浮かべる姉さん。


 ……信じたくはなかった。だけど、信じる他なかった。


 この優しい雰囲気は、間違いない。目の前のこの騎士は、姉ファレンシア本人だ。


 それが何故か、今、はっきりと分かった。


「ね、姉さん、ど、どうして……どうして、アンデッドに? ロシュタールというのはいったい何者なんだ? 今、この地に何が……」


「グレイ。混乱するのも無理はないわ。だけど、今は、私を早く倒し……あぐっ!?」


 次の瞬間。姉さんの身体に、紅い電が奔った。


 突如膝を突くファレンシア。そして彼女は……腰の剣に手を当てた。


「ま、待って、やめて!! そんな……!! 戦いたくなんて……戦いたくなんてない!!!!」


「ど、どうしたんだ、姉さん!? いったい何が……」


「グレイ! 早く私を殺しなさい!! 【服従の呪い】が発動したわ!! 私は……フランシア家の『英傑の神具』を取るまでは、屋敷内に居る人間は無差別に攻撃するよう命令されているの!! くそっ……!! 弟とまともに話す時間も与えてくれないとは……ロシュタールめ!!!!」


「ね、姉さん!? オレは……どうすれば!?」


「今すぐ私の胸を剣で突きなさい、グレイ!! 私が完全に鞘から剣を抜くまでに、早く!!」


 そう言ってファレンシアはプレートメイルを外し、自身の胸を突き出した。


 だが、オレはそんな彼女に、困惑の声を返すことしかできなかった。


「え? オ、オレに……姉さんをもう一度殺せと言うのか? オレに、それをやれというのか……?」


「早くしなさい!!」


「で、できるわけがない……!! オレが、姉さんを殺すなんて……!!」


「……くっ!! も、もう呪いを抑えられないわ……!! 逃げなさい、グレイ!!!! 私は、貴方を斬りたくはない!!」


 剣を抜き、こちらに向かって駆けてくるファレンシア。


 それは―――【縮地】の歩法だった。だが、オレが扱う【縮地】よりも、何倍も素早かった。


 瞬く間に目の前までやってくると、ファレンシアは剣を、横薙ぎに払ってくる。


 オレはその剣閃を避けることができずに……そのまま身体に受けた。


「グ、グレイーーーー!!!!!」


 鮮血が宙を舞う。


 オレは……頭が真っ白になってしまっていた。


 何故、亡くなったはずの姉が目の前に現れたのか。


 何故、姉はオレに自身を殺せと命じてきたのか。


 全てに……理解が追い付かなかった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





《ルナティエ視点》




「はぁはぁ……!!」


 わたくしは背にお父様を守りながら、レイピアを構え、目の前の白銀の騎士を見つめる。


 白銀の騎士は黄金の剣に付いた血液をヒュンと払うと、こちらに視線を向けてきた。


「まったくもって、私の予想通り……貴方は、幼い頃から何の成長も見られない。剣の威力も、剣の速度も、魔法の練度も、全てが三流以下。よくもまぁ、それで今までフランシアの名を語れたものです」


 呆れたようにため息を吐くお婆様。


 今現在―――わたくしは、全身、斬り傷だらけになっていた。


 お婆様は、わたくしをすぐに殺すことができるだろうに、それをしてこない。


 孫に対する情……というわけではないと思う。


 明らかに、何等かの意図を持って、お婆様はわたくしを殺さない程度に甚振り続けている。


「……このっ……!!」


 わたくしは足を一歩前に踏み出して、レイピアを突き出した。


 だがそのレイピアは、軽く剣で弾かれる。


 そしてお婆様はこちらの懐に入ると、わたくしの喉元に手刀を叩き込んで来た。


「うぐぁっ!? ゲホッ、ゴホッ!」


 上手く呼吸ができなくなり、膝を突き、咳き込んでしまう。


 そんなわたくしの髪を掴むと、お婆様はそのまま―――背後にある大理石の石柱に叩きつけた。


 額を石柱に叩きつけられたわたくしは、血を吐き出し、床に倒れ込む。


 お婆様はわたくしの髪から手を離すと、再び呆れたようにため息を吐いた。


 完全に遊ばれている……それも当然ですわ。 


 わたくしは称号を持たない剣士。逆にお婆様は【剣神】の座に就いた本物の剣士。


 実力差に開きが出るのは、当たり前のこと。


「ですが……っ!!」


 わたくしはレイピアを杖替わりにして、立ち上がろうとする。


 だが、上手く力が入らず、再びその場に倒れ伏してしまった。


 そんなこちらの様子を見て、お婆様は頭を横に振り、静かに口を開いた。


「――弱い。これがフランシアの末裔の姿ですか。分かってはいたことですが、失望が大きいです」


「……うぅっ……!!」


「ルナティエ。一言、こう言えば貴方を見逃し、ルーベンスの怪我も私の治癒魔法で治してあげましょう。――『金輪際、アルトリウスの名もフランシアの名も、名乗ることはしない。貴族の位を捨て、ただの平民として生きていく』……と。私の心残りは、貴方という汚点を放置してしまったこと。それさえ叶えば、貴方を粛清する必要などないのですよ。一応、貴方は私の孫娘ですからね。情というものも少なからずあります」


「はぁはぁ……お婆様。確かにわたくしは、貴方の言う通り『紛い物』なのかもしれませんわ。剣も兵法も座学も、何もかもが中途半端。騎士学校に入って、才人と凡人の差というものを、嫌という程教えられました。最近になって、お婆様が言っていたことも深く理解致しましたの」


「……そうですか。だったら――」


「つい数日前の自分だったら……迷うことなく、お婆様の御言葉に従ったでしょうね。お父様を助けて貰えるのなら、潔くフランシアの名を捨てていたことでしょう。……ですがっ! それは、絶対にできませんわっ!! わたくしを信じてくださった師のためにも!! わたくしは、剣を捨てないことを選びましたの!! ここで逃げたら、わたくしはもう二度と、這い上がれはしない……!! お父様も救い、貴方も倒す!! わたくしは……ルナティエはそんな傲慢で我儘な女でしってよ!! オーホッホッホッホッホッホッ!!」


 わたくしは上体を起こし、お婆様を睨みつける。


 そんなわたくしに、お婆様は小さく首を傾げた。


「師? 貴方に師ができたのですか? 紛い物の貴方に、師……?」


「ええ、そうですわ、お婆様! 貴方が見捨てたわたくしを、拾ってくださる方がいましたのよ!!」


「……その師は、相当、見る目がないか……剣の腕がない三流か……または、フランシアの名に目が眩んだ金の亡者か。言っておきますが、ルナティエ。貴方ではどんなに足掻いても、剣の称号を得ることは難しいでしょう。貴方は【剛剣型】でも【速剣型】でも【魔法剣型】でもない。どの型も究められない、凡庸な剣士なのですから。三流以下に、何かを成すことは難しい」


「……お婆様は何で、そんなに才能に拘るんですの?」


「フランシア家は、才人同士が結びついて血を重ねて来た栄誉ある御家です。この家に混じった血は、剣や軍略の素養がある優秀な騎士の一族ばかり。……それなのに、そこにいるルーベンスは私の反対を押し切り、平民などと一緒になった。その結果、不出来な子供が二人もできてしまった。人は、血統こそが全てです。才能の無い凡人が貴族になることなど断じてあってはならない。次代が腐ってしまう要因となる」


「だから、リューヌを連れてきたのですか? お兄様やわたくしの代わりに?」


「その通りです。遠縁であるあの子には軍師としての才能がある。貴族としての血がまだ、あの子の中には生きて―――」


「オーホッホッホッホッホッホッ!! だとしたら、お婆様も見る目がありませんわねぇ!! あの子がフランシアの当主などになったら、この地は終わってしまいますわよ? 誰が何とわたくしを評価しようと……関係ありませんわ!! わたくしは、わたくしです!! このわたくしが、フランシアの当主になるのです!! 老害は黙っていろ、ですわぁぁぁ!!!!!」


 額から流れる血を拭い、わたくしは立ち上がる。


 ……元【剣神】相手に、称号すら持っていない自分では、勝てるわけがないのは当然の道理。


 ですが……退くわけにはいきませんわ。


 退いてはいけない戦いが、ここにはあります。


「わたくしは【流派・箒剣】第三の弟子、ルナティエ・アルトリウス・フランシア!! いずれ聖騎士団の軍師になり、【剣神】の座に到達する女ですわぁ!! かかってきなさい、元【剣神】のババア!! このわたくしの諦めの悪さ、嫌になるほど教えてさしあげますわぁ!!」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





《ロザレナ視点》


「……とりゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 あたしは廊下を駆け抜け、ツノ女の前で跳躍する。


 そして、大上段に構えたまま、剣を振り降ろした。


 渾身の唐竹。今までこの唐竹で、色々な奴を降してきた。


 ルナティエも、シュゼットも、グレイレウスも。


 あたしのこの剣を前にしてできることは、回避するか、魔法で防御するか、どちらかのみ。


 もし武器で受け止めれば、その武器ごと破壊してやる。


 アネットに教えてもらったこの唐竹の前に、何処にも敵はいないのよ―――!!


「……えい」


「――――――は?」


 カンという、鉄のような音が鳴り響き、あたしのアイアンソードが防がれる。


 少女は、右腕を前に出して―――手の甲で、あたしの剣を容易に止めてみせた。


 意味が……分からなかった。何で、そんな簡単にあたしの剣を止めることができたのか。


 それも……素手で。


「……君、何処を攻撃しようとしているのか丸わかり。攻撃の軌道、あと、身体に全開の闘気を纏っていたら……そりゃあ簡単に防ぐことできるよ。闘気の操作、ちゃんと考えてやってる?」


「な……何よ、あんた!! あ、あたしの剣を……素手で止めた!? 嘘、でしょう!?」


「見たところ……君と私は、同じくらいの闘気を持っているね。でも、コントロールは私の方が上。やっぱり君じゃあ、私に勝てないよ」


 ツノ女はあたしの剣を手で払いのける。


 あたしはすぐさま後方に跳び、距離を取った。


 その後、彼女は巨大な斧を両手に持つと、腰を深く沈め、構えを取る。


 そして、全身に――白い湯気のようなもの――闘気? を、纏いだした。


「――――――【乱閃演舞】」


 ―――次の瞬間。あたしの顔の横に、斧の切っ先が飛んできた。


 背筋がゾクリとする。明確な、死の予感。


 あたしはすぐさま屈み、その斧を回避する。


 すると今度は、脳天に目掛け、斧が振り降ろされた。


 即座に右横へと飛ぶが、髪の毛の何本かが切られてしまう。


「……まだまだいくよ」


 さらに、斧を振るスピードが加速する。


 ツノ女は斧をブンブンと自在に操り、乱舞してみせた。


 目の前に跳んでくる無数の剣閃。その光景に、あたしは、思わず目を見開いてしまう。


「は、早い……っ!!!!」


 シュゼットが放った地属性魔法の岩の苦無よりも、数段、早い。


 あたしは何とかその斧の乱舞を掻い潜り、避けていくが……完全に回避することは難しかった。


 頬が斬られる。額が斬られる。手の甲が斬られる。


 中指の指先が斬られる。太腿が斬られる。腹部が斬られる。


 どれも寸前で避けたため、傷は浅い。


 だが、このままでは、間違いなくダメージは蓄積していくばかりだろう。


 けれど、こちらは避けるのが精いっぱいで、攻撃する動作が取れそうにない。


 一方的な蹂躙。現状のままでは、あたしの敗北は必至。


「……よいしょー……って、あれ?」


 その時。斧が、廊下の壁に突き刺さった。


 上手く斧が抜けずに、乱舞が止まってしまうツノ女。


 その姿を確認したあたしは、すぐさま剣を構え、跳躍した。


 狙うはツノ女の頭部。今度こそ、あいつに、あたしの剣を叩き込んでや―――。


「だから……丸わかりなんだって」


「……え? きゃあっ!?」


 ツノ女の蹴りが、あたしのお腹に叩き込まれる。


 あたしはそのまま後方へと吹っ飛んで行った。


 咳き込みながらもすぐに起き上がろうとするが、既に、ツノ女はこちらへ向かって走ってきていた。


「……終わりだよ」


 巨大な斧が斜め横に振られる。


 あたしは即座に立ち上がり、アイアンソードを横にして防御したが……あたしの剣は真っ二つに割れ、折られてしまった。


 そして、遅れて、あたしの身体から……「ブシャァァッ」と、鮮血が舞う。


 右肩から左脇まで斬られた傷。かなり深く、斬られてしまった。


「嘘……でしょ?」


 バタリと、その場に膝を突く。


 その後、真っ赤に濡れた掌を見つめた後、あたしは前のめりに倒れ伏してしまった。


 激痛に意識が朦朧としながら、ゼェゼェと荒く息を吐き、目の前に立つ少女を見上げる。


 メリアと呼ばれた角が生えた少女は……ただつまらなそうに、こちらを見下ろしていた。


 そして一言も発さずに、あたしの横を通り過ぎ、背後にいる騎士へと声を掛ける。


 まるであたしの存在など……路傍の石ころみたいに、無視しながら。


「……終わったよ。やっぱり大したことなかったね」


「慢心するなよ、メリア。君は確かに逸材ではあるが、世界は広い。鍛錬を怠らないことだ」


「……分かってる。私は、アーノイックの意志を受け継ぎ、【剣聖】になる。私が倒すべき相手はリトリシア・ブルシュトローム。それまで……けっして剣を鈍らせはしない」


「…………はぁはぁ……【剣聖】ですって? ふっざけんじゃ……ない、わよ……っ!!」


 あたしは歯を食いしばり、痛む身体を起こして無理やり立ち上がる。


 胸の辺りから止めどなく血が出て来るが……関係ない。


 目の前で【剣聖】を目指すと言われた以上、ここで倒れるわけにはいかない。


 あたしは大股で立つと、折れた剣を握りしめ、メリアに向けて咆哮を上げる。


「【剣聖】になるのは、このあたしよっっ!! あんたなんかじゃないわっっ!!」


 フーフーと鼻息を荒くし、瞳孔の開いた目で、メリアを睨み付ける。


 すると、漆黒の騎士が、静かに口を開いた。


「……フフフ。まるで血に飢えた獣だな。勝利のためならば、自身の命すらも厭わない、か……その狂った猛獣のような目は、あいつの幼少時によく似ている」


 そう言ってクスリと笑みを溢すと、漆黒の騎士はあたしへと声を掛けてきた。


「お嬢さん。君の名前は、何と言うんだ?」


「はぁはぁ……ロザレナ・ウェス・レティキュラータスよ!」


「ほう! レティキュラータス……初代剣聖の末裔か! では、君に問おう、ロザレナ。君は何故、【剣聖】を目指す? 地位や名誉のためか? それとも金か?」


「目指すべき人が……その向こう側にいるからよ。あたしは必ず【剣聖】になって、あの子と戦うの……!! あたしが目指すべき真の頂は【剣聖】の向こう側にある……だから、あた、し、は……!!」


 身体に力が入らなくなり、再びバタリとうつ伏せに倒れてしまう。


 ふ、ふざけてんじゃないわよ!! 動け!! 動きなさい!!


 こんなところで倒れるわけにはいかないの……!! あたしは、あたしは……っっ!!


「フッ、現代の剣士も、未熟ながらにもなかなか興味深い人材が揃っているようだな。さて……メリアよ、君は予定通り、地下宝物庫を探しに行くと良い。そろそろキュリエールがフランシア伯を捕らえた頃だろう。フランシアの宝物庫は、現当主にしか開けないらしいからな。キュリエールと共に荷運びをしておけ」


「……アーノイックはどうするの?」


「ゴルドヴァークを監視してくる。あの馬鹿は【服従の呪い】が効かない分、予期しない行動をしそうだからな。誰かが見張っておかねばなるまい」


 よく分からない会話をする二人。


 その後……あたしの意識は、そこで途切れていった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





《アネット視点》


「くそっ! いつまで経ってもお嬢様とグレイが戻ってこない……!! 二人に何かあったのか……!?」


「よそ見をしているなよ、メイド!!」


「ちっ……!」


 顔面に目掛けて回し蹴りが飛んでくる。俺はそれを、跳躍して回避した。


 以前、アルファルドたちに使用してみせた……力を受け流すことに特化した格闘術【心月無刀流】を使用すれば、この男であろうとも、ある程度の応戦は可能だろう。


 だが、その場合、奴は本気を出し、アイアンクローを使用すると考えられる。


 ゴルドヴァークに完全武装されては、素手での攻防は完全に不可能。


 バルトシュタインの【怪力の加護】は闘気のガードをも貫く代物だ。


 だから……【折れぬ剣の祈り】を使用し、武具を持たない限りは、こちらに打つ手はない。


「そろそろ、決着を付けようか、メイド!!!!」


 地面へと着地すると同時に、ゴルドヴァークがさらに闘気を身に纏い、拳を繰り出してくる。


 連続して放たれる殴打。徐々に速度が上がっていく。


(くそっ! お嬢様とグレイが屋敷に入ってから五分以上が経っている……! 中でいったい何があったんだ……!)


 ゴルドヴァークの拳を避けている最中、そんなことを考えていると……突如、背後から、叫び声が聞こえてきた。


「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!? な、何、これ!? お、御屋敷が、壊されている……!?」


 正門に目を向けると、そこには、買い出し帰りのフランシア家のメイド……エルシャンテと部下のメイドたちの姿があった。


 エルシャンテたち四人と、俺は、目が合う。


 その瞬間、身体が強張り、思わず動きを止めてしまった。


(しまった、人目が…………!!)


「終わりだな、小娘」


 俺のその隙を好機とみたのか、大岩のような拳が振られる。


 腕をクロスして防御態勢を取った後、その拳に直撃した俺は……物凄い勢いで庭の上空を飛んでいき―――塀を超え、市街へと吹き飛ばされていった。


 その光景を見て、ゴルドヴァークは拳を鳴らし、大きくため息を吐く。


「つまらん。この程度か。まぁ、良い余興にはなったな」


 その言葉を最後に、俺はそのまま、市街へと落下していった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「…………驚いた。あのメイドの娘、なかなかやるな。ゴルドヴァークが拳を振った瞬間、重心をわずかに後ろにずらし、威力を抑えるとは……戦というものを熟知していなければ、できない動きだ」


 屋敷の屋根に立った漆黒の騎士は、市街へと吹き飛ばされていったメイドを見て、そう小さく呟く。

 

 そして崖下にいるゴルドヴァークへと視線を向けると、彼は再度、口を開く。


「まぁ、奴は気付いていないようだがな。あの娘が、終始手加減をして戦っていたことなど。フッ……メイドが【剣神】相手に手加減するなぞ、可笑しな話だな。メリアの奴が気にしていたのは十中八九彼女だろう。確かに、不可思議な少女だ」


 そう言って騎士は、ボロボロのマントを翻し、地面へと飛び降りる。


 そしてゴルドヴァークの前に降り立つと、彼へと声を掛けた。


「お遊びはそこまでだ、ゴルドヴァーク。フランシアの神具を取り、ロシュタールの元へと向かうぞ」


「誰かと思ったら偽物か。ふん、貴様に指図などされたくはない。俺は俺の好きに動く」


「偽物、か。君は……俺の正体を知っているのか?」


「当たり前だ。アーノイック・ブルシュトロームは、俺の好敵手だった男だ……!! 故に、奴のことは誰よりも熟知している!! 貴様は奴ではない!! そもそも奴から感じられる異様な気配を、貴様からは一切感じない!! 貴様は間違いなく偽物だ!!」


「……」


「まぁ、貴様の正体に、大方の予想は付いているがな。俺の予想が正しければ……貴様は、俺が生前、最も嫌悪していた男だ」


「……ロシュタールに告げるか? だとしたら……」


 漆黒の剣士は腰の剣に手を当てる。


 その様子を見て、ゴルドヴァークは楽しそうに笑みを浮かべた。


「戦るか? それもまた一興……!! 現代の剣士の脆弱さに飽き飽きとしていたところだ!! 貴様とならば、面白い戦ができそうだ!! キュリエールやファレンシアでは、役不足も甚だしいからな!!」


 一触即発な空気。だが……すぐに、ゴルドヴァークは戦闘態勢を解いた。


「やめておこう。せっかく現世で得た二度目の身体だ。貴様なんぞと戦って無駄に消耗したくはない」


「同感だな。俺も今、君と戦うメリットはない」


「貴様が何故、ロシュタールに正体を隠しているのかは知らん。【服従の呪い】対策なのかもしれないが……いずれ【服従の呪い】を発動されたら、必ずバレることだぞ」


「無論、分かっているさ。それまでは従順なアンデッドを演じてみせて……俺は俺のやるべきことをやるだけだ」


 そう口にして、漆黒の騎士はマントを翻し、屋敷の中へと戻っていった。


 その後ろ姿を見て、ゴルドヴァークはフンと鼻を鳴らす。


「……相変わらず、気取った男だ。いけ好かない」


第193話を読んでくださって、ありがとうございました。

先日、オーバーラップ公式サイトのオーバーラップ広報室さまの方で、剣聖メイド2巻の口絵が公開されました。

満月亭の寮生が初めてイラストになって公開されましたので……ご興味がございましたらぜひ、ご覧ください。


作品継続のために2巻のご購入、どうかお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今のどころ、状況が一番まずいのはルナティエの方だろう。 ロザレナは負傷したものの、命に関わるほど深くないはず。 グレイは、まぁ野郎はどうでもいいか… 早く助けて、アネット先生!!
[一言] あちら(こちら)側の両方、ぶっ飛んだ精神で怖っw そしてさらっと重大なフラグも建った気がする
[良い点] グレイレウスはモチベの大半が姉だからこの状況だと動けないよね、ここからが大事だよ ルナティエとロザレナは流石アネットの弟子、限界を越えても諦めず倒れるなら前のめり 偽アーノイックの正体も少…
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