表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

213/331

第7章 第191話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ㉓


 ルナティエを弟子にするとことにした日から――翌朝。早朝午前六時。


 俺は、中庭で、ルナティエの素振りを眺めていた。


「えい!! えい!! えい!!」


「唐竹はもう結構です。次は、10セットずつ、袈裟切りをしてください」


「はい!! せいやっ!! せいやっ!!」


「結構です。次は、逆袈裟」


「はい!! えい!! えい!! えい!!」


「右薙ぎ、左薙ぎ、逆風」


「はぁはぁ……はいっ!!!! とりゃ、えい、せいやっ!!!!」


「最後に、刺突」


「はい、ですわぁぁぁぁ!!!!!」


 ルナティエは息を荒げながらも、咆哮を上げ、10回、剣を前に突き出す。


 全ての剣の型の素振りを終えた後。彼女は膝に手を当て、俯き、ゼェゼェと荒く息を吐く。


 ―――実に平凡な実力だ。


 刺突だけは他より洗練されてはいたが、どの型も、特に目立った才は見当たらない。


 いや、能力としては、平均的な騎士候補生よりも一段階上のものではあるだろう。


 だが……能力の最高値が100だとして、彼女の型はどれも値が55止まり。


 お嬢様のようなとてつもない威力が伴った『唐竹』も、グレイのような他を圧倒する素早い『剣速』も、尖った性能は何処にもない。


 体力も、この年代の少女にしては、平均的水準なもの。


 簡単に評価してみるのならば、光るものが無い、ただの器用貧乏なだけの素養。


 ルナティエが剣士の器ではないことは、どう見ても明らかだった。


「はぁはぁ……師匠、わたくしの実力は、どうなんですの? 一応、速剣型として、刺突だけはそれなりの自信があると思っていますが……」


「ルナティエ様は、速剣型の剣士……なんですよね? それは、ご自身で判断されたことなのですか?」


「い、いえ。幼い頃、わたくしに剣術指南をしていた聖騎士と、以前の従者であるディクソンが、わたくしは間違いなく『速剣型』だと……そう仰っていましたから……」


「なるほど」


 確かに、彼女の剣を見たら、誰でも『速剣型』だと即答するだろうな。


 刺突を得意とするのは、『速剣型』の大きな特徴だからだ。


 だが……俺の予想が正しければ……彼女は恐らく『速剣型』ではない。


 とは言ってもまだ確証は得られない段階のため、現時点では、彼女の才能をひとつずつ見ていくしかないのだが。


「あ、あの、アネットさん。昨晩は、その……」


 顔を上げると、突如もじもじとし始めるルナティエ。


 そして彼女はチラリとこちらに視線を向けると、人差し指をくっ付け、頬を染めながら口を開いた。


「あの……わたくし、聞きたいことがたくさんありますの。それで、まず、一番に聞きたいのが……昨日一瞬お見せになられた、メイドたちに怒鳴ったあのかっこいいアネットさんは……その……アレが、貴方様の本性、なんですの?」


「本性と言いますか、何と言いますか……私は本来、男口調で話すのが素でして。ですが、それはメイドとしてはしたない行為ですので……通常、素で話すことは祖母に止められているんです。けれど、気が抜けてしまうと、思わず素が出てしまうんですよ。昨日のようにね」


「そう、なんですの。それと、聞きたいことはもうひとつ。昨日確認した通り、アネットさんはわたくしの従者、ディクソンを倒したんですわよね?」


「はい」


「だとしたら、貴方様の実力はフレイダイヤ級以上ということに……もしかしてアネットさんは、相当な実力者なのでは……? 予想しますに、もしや、【剣王】級……?」


「――――――フン、我が師の実力が【剣王】級だと? いったい何を言っているんだ、貴様は」


 その時。屋敷の方から、グレイとロザレナが出てきて、こちらに近付いてきた。


 ロザレナは俺にジト目を向けると、腰に手を当てて、口を開く。


「朝起きたらアネットがいないから、どこにいるのかなーって思ったら……まさか、ルナティエと一緒にいるなんてね。ふーん? 主人に朝の挨拶もしないで、他の子と一緒に居たんだ? へぇ?」


「も、申し訳ございません、お嬢様。少し、事情がありまして……」


 俺が何と説明しようかと頭を悩ませていると、ルナティエは前に出て、二人に向けて笑みを浮かべた。


「アネットさんから聞きましたわ。お二人とも、彼女の弟子なんですわよね? わたくしも昨日からアネットさんの弟子になりましたの。兄弟弟子として、これからよろしくお願いいたしますわね、ロザレナさん、グレイレウス」


「は……?」「なん、だと……?」


 二人は驚き、目を見開く。


 そして、数秒程固まった後。弟子たちは同時にこちらに詰め寄り、大きく声を張り上げた。


「ルナティエが弟子入りっていったいどういうことよ!?!? またナンパしたのね!? この浮気メイド!!!!」

師匠(せんせい)!! このクズ女を弟子にするとは何事ですか!? 栄えある『箒剣流派』の名が、穢れてしまいますよ!?!?」


「い、いや、落ち着いてください、二人とも。お嬢様、私はナンパなんてしていません。変なこと言わないでください。グレイ、前から言っているその箒剣流派っていったい何なんですか……? そんな看板を掲げたことは一度も無いのですが……」


「へぇ? この一門は『箒剣流派』って言いますのね? 見たところ、わたくしが三番弟子だということは間違いなさそうですが……一番弟子はどなたですの?」


「あたしに決まってるでしょ!!」

「オレに決まっているが?」


 またしても同時にそう声を発するお嬢様とグレイ。ホント、仲良いなーこの子たちはー。


「は? 何ふざけたこと言っているのよ、グレイレウス。あたしが最初に彼女に剣を習ったのだから、一番弟子はあたしに決まっているでしょう?」


「お前こそ何を言っているんだ? よくよく考えれば、この前の決闘はお前が自滅したせいで終わったのではないか。アレは、一番弟子の座を賭けたもの……ならば自滅行為をしなかったオレこそが、師匠(せんせい)の真の一番弟子という結果になる……そうは思わないか?」


「はぁ!? アレは引き分けで決着が付いたでしょう!? あんたもそう納得していたじゃない!!」


「気が変わった。やはりオレこそが、偉大なるアネット師匠(せんせい)の一番弟子に相応しい」


「ふざけてんじゃないわよ!! だったらここでケリを付けてやるわ!!」


「望むところだ。いい加減、お前とは白黒付けてやりたいと思っていた。かかってこ―――」


「はい、そこまでです」


 勝手に決闘を始めそうな二人の頭を、同時に軽く小突いてみせる。


「いたっ!」「うぐっ!?」


 すると、頭を押さえ、しゃがみ込む二人。


 そんな馬鹿弟子二人を見下ろして、ため息を吐いた後。


 俺は、ルナティエの方へと視線を向けた。


「ルナティエ様。言い忘れていましたが、貴方様に剣を教える代わりに一つ、条件がございます」


「な、なんですの? アネットさん?」


 佇まいを正し、緊張した表情を浮かべるルナティエ。


 俺はそんな彼女にクスリと笑みを溢した。


「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。単に、私の剣の実力を、周囲に広めないで欲しいだけですから」


「要するに、アネットさんの剣の実力を……秘匿しろ、ってことですの?」


「はい。私の素性を知るのは、基本的に、ここにいるロザレナお嬢様とグレイ、ルナティエ様だけです。それで……その、複雑な事情があるのですが、私の剣を衆目に晒してしまうとですね……」


「なるほど。察しますに、実力を周知しては、何かしら困ることがあるんですわよね? 例えば、ロザレナさんのメイドが続けられなくなる、とか?」


「……驚きました。流石はルナティエ様ですね。仰る通りで、世間に私の実力を周知させてしまうと、私は、ロザレナお嬢様のメイドが続けられなくなってしまうのです。王国では、力を持つ者にはそれ相応の責務が生じる……そしてそれは、騎士学校を辞めることにも繋がります」


「ふむふむ……全て理解致しましたわ。勿論、アネットさんを退学させる気など、わたくしにはありません。快く、協力致します」


「ありがとうございます。……フフッ、それにしてもルナティエ様は、お嬢様やグレイとは違って理解が早いのですね。この二人は、どちからというと私の実力を周囲に広めたいようですから」


 そう言って目の前に立つ二人へと視線を向ける。


 すると二人はコクリと頷き、開口した。


「当然でしょう? アネットの剣はみんなに認められるべきものよ。まぁ、レティキュラータス家でメイドが続けられなくなるっていうから、仕方なく、隠してあげてるけど」


「同感だ。師匠(せんせい)の剣は誰もが敬服し、崇めるのが当然というもの。できることならオレは、師匠(せんせい)の素晴らしさを王国中に説いて回りたい……!! フッ、師の威光にひれ伏す王国の民たちの姿……考えただけでワクワクしてきたぞ!! フハハハハハハハハ!!!!」


「………と、このように、私の弟子は、あまりこのことに理解を示してくれてはいないのですよ。ですからルナティエ様が私の考えに了承を示してくれたこと、とても嬉しかったです」


「なるほど……。確かに、この二人が弟子では、アネットさんの気苦労も絶えませんわよね……」


 ルナティエはそう言って大きくため息を吐く。


 そんな彼女に、不満あり気な視線を送るお嬢様とグレイ。


「馬鹿にしてんじゃないわよ、ドリル女!」

「ロザレナだけならまだしも、貴様、このオレを愚弄したな?」


「オーホッホッホッホッ!! お馬鹿さん二人が睨んでいますわぁ!! さてさて……それでは師匠。こんなお馬鹿さんたちは置いておいて、剣の指導、再開してくださいませんか? わたくし、フランシア領に敵が襲撃してくる前に、もっと強くなりたいんですの。この地を守るのは、わたくしの責務ですから!」


「良き心意気です。ですが……ここでは、私は、剣の型を見てその都度指摘することしかできませんね」


 俺はチラリと、背後を伺い見てみる。


 そこには、遠目でこちらを見つめている、起床したばかりのメイドたちの姿があった。


 昨晩エルシャンテを怒鳴ってしまったせいか、フランシア家のメイドたちは俺に不愉快そうな視線を向けてきている。


 視線を前に戻すと、俺の言いたい事に気付いたのか。ルナティエはコクリと頷いてみせた。


「確かに、ここでは人目がありますわね。それでは……屋敷の裏手、離れにある、剣術指南小屋に行きましょうか。あそこなら窓もないですし、扉には鍵も付けられますので、外から監視の目が向けられることは絶対にありませんわ。存分に、剣の修練に打ち込むことができます」


「そんな場所があったんですね。では、そちらに行くとしましょうか」


「はいですわ!」


 ルナティエは満面の笑みを浮かべ、木剣片手に、スキップしながら先導して歩いて行く。


 そんな彼女の後をついていこうとしたら、ロザレナとグレイが背後からこっそりと話しかけてきた。


「ルナティエを弟子にするなんて、どういう風の吹き回しなのよ、アネット」


「そうですよ、師匠(せんせい)。正直オレは、あの女は嫌いです。アネット師匠(せんせい)の弟子に相応しくないかと」


「…………昨晩の彼女の姿を見て、ルナティエにだったら剣を教えても良いと、そう思ったんです。彼女は、ロザレナお嬢様とグレイとは違った能力の持ち主です。貴方たち二人にも、きっと良い風を持ってきてくれるでしょう」


「まぁ、アネットが決めたのなら、それで良いけど。そういえばあの子には、貴方の本当の力って見せたの?」


「いえ、まだです。ただ、騎士たちの夜展(ナイト・オブ・ナイツ)の日、私がディクソンを倒し、学級対抗戦の裏でダースウェリン家を没落させるために画策していたことには……既に、勘付いていたみたいですけどね」


「その……大丈夫なの? 貴方、実力を隠す件とは別に、自分の全力を他人に見せるのを極端に嫌がっていたじゃない。人に怖がられるのが嫌だって。あたしとグレイレウスは大丈夫だったけど、ルナティエが貴方に恐怖するかは、まだ……」


「ええ、まだ分かりませんね。まぁ、彼女の前で全力を出す機会は、今のところ来るかは分からないので……今はそのことは置いておきましょう」


師匠(せんせい)。例えルナティエが恐怖を抱いても、オレたちは貴方の味方ですからね」


 そう言ったグレイの頭を乱暴に撫でた後。俺は、ルナティエの後をついて行った。


 背後から羨ましそうにグレイを見つめていたロザレナには……気が付かなかったふりをしておこう。






「? お父様、お兄様? こんなに朝早くから、何処に行かれるんですの?」


 ルナティエと共に訓練所に行こうと庭を歩いていた、その時。


 屋敷から出て来るフランシア伯とセイアッドの二人と出くわした。


 フランシア伯は笑みを浮かべると、ルナティエに近付き、彼女の肩を叩く。


「いつ何時、彼奴等が攻めてきても良いように、街の警備を強化してこようと思ってな。まずは、外壁の周りに敵が隠れていないか確認してくる。それと、罠か何かを仕掛けておきたい。敵が攻めてくるとしたら、恐らくは東にある領都の門からだ。そこで私は、奴らを待ち構える」


「お、お父様とお兄様、二人だけで戦うおつもりなのですか!?」


「いや、民の手も借りるつもりだ。今から広場に行き、民兵を募る。本来であれば、愛すべきフランシアの民を兵にするなど絶対にしたくはないのだが……今は、街を守るのが最優先の時。きっと、私の想いを民たちも理解してくれるだろう」


「昨日までは、民兵を募るなど、言ってはいませんでしたよね? それって……もしかして、リューヌの意見、なのですか?」


「あぁ、そうだ」


 その言葉に、ギリッと歯を噛み締めるルナティエ。


 彼女は眉間に皺を寄せながら、続けて開口する。


「リューヌは、今、どこに?」


「丘の上にあるモンローザ教会に行った。あそこに、女子供老人、非戦闘民を収容するつもりらしい。そのために、教会の協力を仰ぐそうだ」


「そう、ですか……」


 俯くルナティエ。そんな彼女の肩から手を離すと、フランシア伯は優しく微笑を浮かべる。


「ルナティエ、お前は誰よりも賢い。だから……お前はフランシア家の跡取りとして、何とかしてこの地から逃げるのだ。そして、聖王陛下にこの街の現状をお伝えせよ。良いな?」


 そう言って顔を上げると、フランシア伯はロザレナとグレイに視線を向ける。


「アリスとグレイレウスよ。貴殿らにルナティエの護衛を頼みたい」


「……昨日のように、自己犠牲の策を取るおつもりか?」


「そんなつもりはないぞ、グレイレウス。私は策略の鬼、軍師だ。当然、勝算無き戦いに挑むつもりは毛頭ない。ハッハッハッ! 無敗の指揮官たる私に、不可能は―――いや……最早、無敗ではなくなったんだったな。だとしても、歴戦の指揮官としてこの不利な盤上、ひっくり返してみせよう」


 そう言って門の前に留めてある馬へと乗ると、二人は馬を走らせ、街へと向かって行った。


 その光景を見て、ルナティエは拳を強く握りしめる。


「……いつ、連中が攻めてくるかは分かりませんわ。今日、明日かもしれない……。そんな時、わたくしだけ逃げるなんて……そんなこと、できるわけありませんわ! わたくしは剣士ですもの! 民も戦うというのに、守るべき民を置いて戦場から逃げるわけには、いかない……!!」


「ルナティエ様……」


「でも、今のわたくしでは足手纏いになるだけということは十分に理解しております。ですから……今、わたくしにできることは、無我夢中に剣の腕を鍛えるだけ。師匠! わたくしに、剣を教えてくださいまし!! フランシアの地を守れる力を、くださいまし!!」


「……分かりました、ルナティエ様。貴方をお鍛えしてさしあげます」


「様はいりません!! わたくしは、貴方様の弟子、なのですから!!」


「はい、ルナティエ」


 こうして、やる気十分なルナティエと共に、俺たちは訓練所へと向かって歩いて行った。









「――――さて、さっそく修行に入りますが……ルナティエ。貴方には今から、ロザレナお嬢様と同じ修行をしてもらいます」


「……え?」


 訓練所の中に入り、鍵を閉めた後。


 俺は、そう、ルナティエに向けて声を掛ける。


 そして綺麗に磨かれたフローリングを歩いて行き、壁際にある武具入れの中から、一本のロングソードを手に取り……鞘から抜き放つ。


「流石はフランシア家。武具の手入れがよく行き届いていますね。刃こぼれひとつありません」


「ちょ、ちょっと待ってくださいまし、アネットさん! ロザレナさんと同じ修行って……わたくし、速剣型の剣士ですわよ!? 剛剣型である彼女と同じ修行をしても、特に、意味は……」


「ルナティエには今から、お嬢様と共に、闘気コントロールの修行をしていただきます。そして次は、グレイと一緒に歩法の修行もしていただきます。……できれば、魔法剣型の組手相手も欲しかったですが……残念ながら私に魔法剣型の弟子はいません。こればかりは仕方がないところですね」


「え? ぜ、全部のタイプの修行を、わたくしに課すつもり……なのですか!? 師匠!?」


「はい。貴方は昨晩、ご自身を速剣型と仰っていましたが、改めて全てのタイプを見て、貴方の素養を再確認したいと思います。ですので、今から二人の修行に付き合っていただきます」


 俺のその言葉に、ルナティエは呆気に取られたのか。魚のように口をパクパクとさせていた。






「では、闘気コントロールの修行を始めます。お二人とも、私の前に並んで立って、目を閉じ、脳内で全身に闘気を纏うようなイメージをしてください。身体全体を薄い膜が覆うイメージです」


「分かったわ」「わ、分かりましたわ」


 ロザレナとルナティエは俺の前で並んで立ち、目を閉じて、意識を集中し始める。


 ルナティエの方はすぐに全身に闘気を纏うことに成功したが、ロザレナの方はなかなか上手くいっていなかった。


「お嬢様。闘気をコントロールするのは難しいですか?」


「前にも言ったけれど、闘気って存在がどんな感じなのか、いまいちよく分からないのよ!! 分からないものをイメージしろって言われても、無理があるわ!!」


「そうですね……でしたら、私が何者かに殺される場面を思い浮かべてみてください」


「それこそ、想像すらできないんだけど!? アネットが誰かに敗けるはずがないじゃない!!」


「じゃ、じゃあ……少々酷かもしれませんが、お父様とお母様が目の前で何者かに斬り殺される、そんな場面をイメージしてみてください」


「…………!!!!!」


 ―――次の瞬間。ロザレナの身体から、爆発するように、白い炎のようなオーラが膨れ上がる。


 その光景に、訓練所の壁際に立っていたグレイは眉間に皺を寄せて、汗を垂らしていた。


 ロザレナの隣に立っているルナティエも、思わず目を見開き、驚いた顔でお嬢様を見つめている。


「なるほど」


 ……この時点で、二人の闘気の保有量は明白。


 ロザレナの身体からは、炎のように揺らめく分厚いオーラが、天井に向かって高く伸びている。


 反対にルナティエの身体には、薄い膜のようなオーラが均等に身体全体に浮かび上がっているだけ。


 一目見ただけでも分かる。ルナティエは明らかに、剛剣型の素養は持っていない。


「結構です。では次は、目を開けて、向かい合うようにして立ってください。そして、利き手を前に出して……二人で手を重ね合わせるようにしてください。あぁ、少し、間隔は置いて。完全には触れない距離で、手を重ねるようにしてください」


「分かったわ」「はいですわ」


 ロザレナは右手を前に出し、ルナティエは左手を前に出す。


 三センチ程の距離を開けて、二人は手を触れあわないギリギリで重ねる。


「次は、先ほど身体に纏った闘気を、全て、利き手に集めるようにイメージしてみてください」


 そう声を掛けた、瞬間。


 ルナティエは後方へと勢いよく飛び退き、ロザレナから離れた。


 そして、自身の左手を見つめた後、未だに右手を上げているロザレナへと、鋭い視線を向ける。


 ロザレナはというと、ルナティエの行動の意図が理解できなかったのか、キョトンとした顔を見せた。


「え、何? 急に後ろに飛んで、どうしたの、ルナティエ?」


「……なるほど。これが、ロザレナさんとの闘気の差……ということですか」


 やはり、ルナティエは物分かりが早いな。とても教え甲斐がある生徒だ。


「その通りです。以前、シュゼット様が放たれた闘気に、ロザレナお嬢様とルナティエが恐怖したのは覚えておいでですか? アレは、闘気で身体をガードする術を持っていなかったからこそ、起こったものです。お二人の実力が、シュゼット様の闘気に見合っていなかったから。だから、恐怖心を抱いた」


「師匠、今ので完全に理解しましたわ。ロザレナさんが持つ闘気は、あの時シュゼットが放ったものとは比べものにならないってことが。……当然のことですわね。シュゼットは多少剣を覚えた程度の、ただの魔術師(ウィザード)。本物の剛剣型とは、そもそもの持っている闘気の保有量が違う……!! わたくしは、今、手を重ねただけで……無理やり、後ろに退かされた……!!」


 まるで親の仇のように、ロザレナを睨み付けるルナティエ。


 彼女は今、改めて理解しただろう。ロザレナという剣士と自身との才能の差に。


 彼女の傷にさらに塩を塗る行為かもしれないが……今のルナティエはそれで良い。


 まずは、ロザレナとグレイとの才能の差に絶望し、改めて、自分は二人とは根本的に違うのだということを彼女には実感させなければならない。


 何故なら彼女の素養は、一目で見て理解できるものではないからだ。


 口頭でそれは上手く伝わらない。それは、本人の手で気付かせる必要がある。


「やっぱり、わたくしには、剛剣型の才能はない……師匠はこれを確認させるために、このような修行をしたのですわね? でしたら、次は、速剣型の修行を―――」


「いえ、このまま続行します。ロザレナお嬢様、今度は、ルナティエお嬢様の闘気に合わせるようにして、闘気を制限してみてください。これは、かなり難しい修行です。お嬢様の闘気制限が成功するまで、ルナティエの修行は打ち止めです」


「わ、分かった。やってみるわ」


「え? ちょ、ま、待ってくださいまし、アネットさん!? わたくし、剛剣型の修行は、もう……」


「強くなりたいのでしょう? でしたら、私の指示に従ってください」


「わ、分かりましたわ……」


 何処か不満そうな様子を見せるも、素直に頷くルナティエ。


 俺はこれから、この弟子三人を短期間でさらに成長させる。


 ルナティエの存在は、ロザレナとグレイにも、新たな成長の風を起こしてくれるだろう。


 …………やはり楽しいな、若く未来のある者たちを育てるのは。


 戦場で殺し合いをするよりも、百倍楽しい。


 俺の予想が正しければ、将来、この三人は上位の称号持ちの剣士になることだろう。


 それほどの素養が、俺の弟子たちには、ある。


 ロザレナ、グレイ、ルナティエ。俺の弟子たちは本当に、可愛い子たちだ。


(まぁ……とはいえ、正直、お嬢様には危険な目には遭って欲しくはないのだけれどな……)


 これも、剣士としての性って奴か……。


 メイドとしての俺は、相変わらずお嬢様には無理をしてほしくないのが本音ではある。


 まぁ、この旅の前に、自衛のために剣を教えると、お嬢様にはそう言ったから……今更教えないわけにはいかない、か。

第191話を読んでくださって、ありがとうございました。

現在、今後この作品をどうするか、以下の三通りで悩んでいます。


①今書いている夏休み編を全て消して、コメディ回の夏休み編に修正する(マリーランドで水着イベントをやって平和的に終わるお話)

②夏休み編を全て消して、二学期の本編に入る

③このまま続行する。終わってからこの章を消すかどうかを考える。


修正に悩んでいる理由としましては、この章に入ってから物語に指摘される方が多くなったのと、前の章に比べて明らかに感想やいいねが少なくなったかなという点です。

発売日まで毎日投稿してこのままこの章を終わらせるぞ、とは思っていたのですが……読者様の反応を見て、やっぱりこの章のお話は駄目な感じがしてきました。

ただ修正するとなると、ルナティエの弟子入り展開は難しそうですよね……ウーム。


ちょっと、どうするかよく考えてきます。

一応次回のお話はできているので、その話だけは投稿しようかな?と思っています。

次回は、アネットととあるアンデッドがついに戦うお話です!

では、また! 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いやいや、面白いですよ! 自信持ってください! たまに誤字とか言葉遣いが変になることもありますけど、有り余る面白さです。特に夏休み編は一番楽しく読ませてもらってますよ。ルナティエがどう変…
[一言] 最近やっと最新話まで追いついたものです。ここまでとても楽しく読まさせていただいて、アーノイックを名乗る男は一体誰なのか、今後どうなっていくのか、とても気になっております。勿論、最終的には作者…
[一言] 前章が良すぎただけに夏休み編の序盤で盛り下がった間は否めないが、途中から主人公のアンデット?や昔の主人公を知ってる古強者の登場、 現在進めているルナティエの弟子化などで個人的にまた盛り上がっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ