第7章 幕間 三人目
―――わたくしは、ルナティエ・アルトリウス・フランシアは、自分に才能がないことを最初から知っている。
自分が凡人であることを、最初から知っている。
『……ルーベンス、セイアッド、ルナティエ。今日この日より、このリューヌは、フランシア家の息女となります』
七歳の頃。キュリエールお婆様が突如、見知らぬ金髪の少女を御屋敷に連れて帰ってきた。
わたくしと同い年の、どこを見ているか分からない斜視の少女。
わたくしはこの時、とても嬉しかったのをよく覚えている。
何故なら、フランシア家には男性が多かったから。
物心付く前に母は亡くなり、わたくしの家族は、お父様とお兄様と御婆様のみだった。
だからわたくしはずっと姉か妹が欲しかった。同じ年頃の、女の子の友達が欲しかったのだ。
『リューヌ、これからよろしくお願いいたしますわ!』
『……』
リューヌは常にニコニコとしてはいるが、あまり喋らない子だった。
でも、そんなの関係はない。わたくしは彼女を姉妹と認め、親しく接することに決めた。
その後、ままごと遊びや、本を読み聞かせたりしてみたが……リューヌの表情は常時変わらなかった。
彼女は常に笑みを浮かべ、ここではない何処か、別の場所を見ているような……そんな顔をしていた。
リューヌが御屋敷に来てから…………一週間後。
深夜。トイレから自室に帰ろうと廊下を歩いていた時。
大広間から聞こえてきたある会話を、わたくしは耳にしてしまった。
『…………ルナティエは紛い物です。フランシアの才を、受け継いではいません』
『え……?』
それは、お婆様の声だった。
聖騎士として名を馳せ、歴代フランシア家当主で唯一【剣神】の座にまで上り詰めた女傑。
わたくしは、お婆様に憧れて剣を握った。
優秀な指揮官である父の血を継ぎ、剣の才のある御婆様の血を引いたわたくしなら、どちらの道も究めることが可能だろうと……武術に長けた指揮官を目指せるだろうと思い、幼い頃のわたくしは遊ぶこともせず、必死に努力を重ねた。
だけど、お婆様は、わたくしを『紛い物』と、そう評した。
思わず、頭が真っ白になってしまった。
だって、お父様もお兄様も、わたくしのことを才媛だと、フランシア家始まって以来の天才児だと、そう言っていたからだ。
お婆様だって、わたくしの剣を直に見て褒めてくれていたはず。それなのに……何で?
『ハッハッハッ!! いったい何を言っているのかね、母上! ルナティエはこの私の娘だ! 現に、剣術指南役の騎士にも筋が良いと評価を得ているのだぞ? 兵法だって、私自ら教えているが、覚えが良い方だと思える。わずか七歳にしてあの子は、色々なことを吸収しているのだ!! 間違いなくルナティエは天才だ!! 遊びたい盛りだとというのに、まったく努力を怠っておらん!!』
『貴方にはあの子の底が分からないのでしょうね。努力して人並みより上のことができたところで、剣の世界では意味がありません。本物の天才は、努力せずとも高みへと登れるものです。セイアッドと同様、ルナティエも紛い物だということを、ここ一年の稽古を見て理解致しました。あの子は、当主の座には、程遠い』
『だったら、誰が我が御家を継ぐというのかね? セイアッドを除けば、私は、ルナティエしかおらんと思っているのだが?』
『リューヌがいるじゃないですか。私は、彼女の才を見出し、当主に相応しいと思ったからこそ、この屋敷に連れてきたのです』
……え? リューヌが、わたくしの代わりの……後継者……?
わたくしはその場から逃げるようにして去って、部屋へと戻った。
天才だと周りから言われてきたのに、突如、紛い物扱いされた。
そのことに理解が追い付かず、ベッドの中でわたくしは、ただただ泣くことしかできなかった。
―――八歳になって、わたくしは、本格的に剣を習い始めた。
お婆様に認められるような剣士になるために。
食事、就寝、トイレ、お風呂を除いて、全ての時間を剣の修練に費やした。
わたくしは天才の血を引いているのだから……栄光あるフランシア家の血を、わたくしも引いているのだから。
努力を重ねれば、不可能なんて、きっとないはず―――!!
自分を奮い立たせ、必死に剣を振り続けた。
しかし――――――。
『…………ぇ?』
……わたくしの血の滲むような努力は、一瞬にして無に帰した。
何故なら、リューヌが……たった一時間の訓練で、わたくしの喉元に木剣を突きつけていたからだ。
『――そこまで! 勝者、リューヌ!』
リューヌは相変わらずニコニコ笑顔。
特に感情を表に出さずに、わたくしを冷たい目で見下ろしている。
彼女は模擬戦を終え、そのままわたくしから離れると、指南役の騎士へと木剣を手渡す。
興奮した様子の指南役の騎士は、リューヌのことを頻りに「天才」「才媛」だと褒めていた。
まるで、わたくしのことなど目に入っていないかのように……指南役の教師は、リューヌに、ベタ惚れな様子だった。
それから二年後。わたくしは、十一歳になった。
わたくしはこの二年間、軍略、兵法に重点を置いて努力していた。
勿論、剣の修練も忘れたわけではない。
だけど、そこは適材適所。リューヌには剣の才能があるのなら、わたくしが目指すのは軍師。
無敗の指揮官として名を馳せた父の娘であるわたくしなら、この分野でこそ花開くはず……!!
そう思っていたのだが……やっぱりわたくしは、いくら努力を重ねても、あの子には勝てなかった。
『良い軍略を思い付きましたわ! これを見せて、お父様にご意見を―――』
『ねぇ、聞いた? 旦那様の指揮のお手伝いを、リューヌ様がなされているそうよ?』
『まだ幼いというのに、本当に才能に溢れた御方よね。キュリエール様が見出しただけはあるわ』
『それに比べて……ルナティエ様は本当に傲慢で我儘よね。メイド使い荒いし』
『どちらが正当な娘か分からないよね』
『本当そうよね』
廊下を歩いていると、メイドたちのそんな噂話が耳に入る。
わたくしは足を止め、そんな不躾なメイドたちを鋭く睨む。
こちらのその姿に気付いたのか、噂話をしていたメイドたちは顔を青ざめさせ、逃げるようにして去って行った。
わたくしはフンと鼻を鳴らし、そのまま歩みを進めて、父のいる執務室へと入る。
するとそこには、先客―――リューヌの姿があった。
『……素晴らしい!! 一か月で兵法を学び始めた者とは思えない、実用性のある戦略だ!!』
軍略図を見て、お父様は、キラキラと目を輝かせていた。
リューヌは変わらず仮面のようなニコニコ笑顔。何を考えているか、分からない。
『―――おぉ、ルナティエか! 丁度良い! 見てみよ、この軍略図を!』
父の言葉に従い、その軍略図を覗いてみる。
それは……今のわたくしなんかが思いも付かないような、素晴らしい戦略だった。
急に……先ほどまで自分が見せようとしていた軍略が、恥ずかしくなってくる。
わたくしは、自分の手の中にある父に見せようとしていた軍略図をグシャッと、握りしめた。
―――どれだけ時間を掛けようとも、リューヌに勝てる気がしない。
その後も、様々な分野に手を出してみたが、どれも彼女の成績を超えることはできなかった。
座学も芸術も、馬術も斧術も、槍術も弓術も魔法も。
いくら時間を掛けても、リューヌは一瞬でわたくしを追い抜いていく。
もう、惨めな思いはしたくなかった。もう、敗けたくはなかった。
わたくしは無敗の指揮官の娘だ。敗けることなど、許されるはずがないのだ。
『……そうだ。勝つためなら……どんな卑怯な手でも、使えば良いんですわ』
それからというもの、剣術指南教室で模擬戦を行う度に、わたくしは……卑怯な手段を用いて勝利を掴むようになっていった。
勝負前の相手に下剤を混ぜ、相手の大事なものを人質に取り、相手の木剣を折れるよう事前に工作をしておいたり。
才能が無いのなら、真っ向から戦うのではなく、奇策を用いて勝利する。
わたくしは、そういった戦略を用いらなければ勝てない、真っ向勝負が苦手な剣士になってしまった。
―――十四歳。
祖母が亡くなり、もうすぐ騎士学校に入学する間近となった頃。
わたくしは、夕ご飯の席にリューヌを呼ぶために、丘の上にある教会を訪れていた。
リューヌは剣と軍略の道を捨て、今は修道女として信仰系魔法の修行をしている。
彼女は様々な才能があるにも関わらず、その道を究めることはせず、何故か称号を得る一歩手前のところで全てをあっけなく捨てて、新しい道を進んでいった。
ひとつのことを極められない、才能の限界があるわたくしにとって、彼女のその在り方は羨ましくもあり、悔しくもあった。
『……リューヌ? いるんですの?』
屋敷の裏手、高い丘の上にある教会。
戸を叩き教会の中に入ってみたが、中には誰もいなかった。
おかしいなと思って一歩歩みを進めた……その時。
懺悔室の中から、ぐちゃぐちゃと、柔らかいものに何かを突き刺すような……そんな音が聴こえてきた。
わたくしは首を傾げつつ、懺悔室の扉を開け、中を覗いてみる。
するとそこに居たのは…………手足が縛られた男性の上に馬乗りになり、満面の笑みでナイフを突き刺す、少年の姿だった。
『き……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
わたくしは思わず尻もちをついてしまう。
そんなわたくしの背後から……聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『あら、ルナちゃんじゃないですかぁ~? どうしたんですかぁ? こんなところでぇ?』
振り返ると、扉の横にリューヌが立っていた。
彼女は修道服を着て、いつものようにニコニコと張り付かせたような笑みを浮かべている。
『リュ、リューヌ!? あ、あの子、何をやって……!!!!』
『ウフフ、あんなに必死になっちゃって、可愛いですよねぇ~。あの子はうちの信徒のロストラータくんです。今、愛すべき父親と別離し……彼を殺したところなんですよぉ~。わたくし、感動で涙が出そうになってしまいました……うぅぅ……これが、成長というものなんですね……!!』
『な、何を言って……!!』
ガタガタと身体を震わせるわたくしを見下ろして、リューヌはニコリと微笑む。
『ルナちゃん。わたくしは、とっても好奇心旺盛な人間なんです』
『こ、好奇心……!?』
『人間というものはどこまですれば壊れ、意のままに操れるか……前々からそのことを実験してみたかったんですよ。喜ばしいことに、わたくしには生まれ持っての才能があると最近気が付きました。―――洗脳という、力がね』
『せ、洗脳……?』
『フランシア家の特別な加護の力―――【救済者の御手】。それを、わたくしは産まれながらに持っている。まぁ、相手を洗脳するのにはいくつかのプロセスを突破しなければ、難しいみたいですけどねぇ』
そう言ってクスクスと笑みを溢した後、リューヌは目を伏せ、続けて口を開いた。
『それでね、考えたんですよぉう。騎士学校に入ってぇ、騎士位を叙勲してぇ、フランシア家の当主になってぇ…………この国を裏から自分の好きなように動かしたら、それってすっごく楽しいのかなぁ、って。わたくし、武術の才能はそこまでないと思うんですよねぇ。剣では、本物の実力者には叶わない……だから、この能力で自分だけの兵隊を作ろうと思ったんです。この子は、そのための第一の実験体、というところでしょうかぁ』
少年は父親の頭からナイフを引き抜くと、リューヌの前で、深く頭を下げる。
そんな彼の頭を優しく撫でると、リューヌは微笑みながら、口を開いた。
『わたくしの力の前では、例え愛すべき肉親であろうとも、命令すればあっけなく殺してしまう。あはっ、あはははははははははははっ! この力があれば、もっと楽しい風景が見れそうですねぇ!! 王国を支配下に置くことだって―――不可能ではない』
『…………させませんわ。そんなこと……!!』
わたくしは震える身体を持ち上げ、何とか立ち上がる。
そして、リューヌを睨み付けた。
『騎士学校で騎士位を叙勲し、フランシア家の当主になるのは、わたくしですわ!! 貴方のような悪魔に、わたくしの家は渡さない!! 栄光あるフランシア家の正当な後継者は、わたくしですっ!!!!』
そう宣言すると、リューヌは目を細め、微笑を浮かべる。
『無能な貴方が、ですかぁ? 剣も軍略も座学も、何一つわたくしに勝てなかったじゃないですかぁ? クスクスクス……予想するに、天馬クラスの級長に選ばれるのは、わたくしだと思いますよぉ? フランシア家の家紋である、天馬の級長に選ばれる……それはすなわち、学園側がフランシアの次代の当主候補として認めたことに他ならない。ですからぁ~、無能が選ばれるわけなんてぇ、あ~りえませーん。今更どう足掻こうとも無駄なんですよぉ』
『まだ始まってもいないで、何を言ってるんですの? 天馬クラスの級長に選ばれるのは、正当なる後継者であるわたくしです!!』
『……ふぅん? だったら、貴方はそのまま放置した方が楽しそうですねぇ? ……無能が滑稽に踊る姿をわたくしに見せて楽しませてください? ね? ルナちゃん?』
そう言って、リューヌは洗脳された少年を引き連れ、去って行った。
『……なん、ですの? このクラス発表は……っ!!』
学園の入学式の後。
掲示板に張り出されているクラス発表の結果に、わたくしは思わず目を見開いてしまう。
天馬クラス級長 リューヌ・アクラーネ
黒狼クラス級長 ロザレナ・ウェス・レティキュラータス
わたくしは……どこのクラスにも、級長として、名前が書かれていなかった。
それどころか、落ちこぼれが集まるクラス……黒狼クラスの一生徒として、わたくしの名前は書かれていた。
おかしい……こんなことあり得ないですわ……。
だって、わたくしは、リューヌに勝てなくとも今まで努力を重ねてきたはず。
それなのに、格下のレティキュラータスの者にすら敗けるなんて……こんなこと……。
『お、お嬢? どうしたんですか?』
わたくしの従者であるディクソンが、隣からそう声を掛けてくる。
騎士学校で何としてでもリューヌに勝つために、わたくしは反則じみた手を使い、元フレイダイヤ級冒険者である彼を従者に付けた。
それなのに……それなのに……!! こんな結果になるなんて……!!
神様はどこまで、わたくしのことを嫌っているんですの…………っ!!!!
その後。わたくしは騎士たちの夜典で、呆気なく、ロザレナさんに倒された。
学級対抗戦で相対したシュゼットにも、まともなダメージを与えることすらできなかった。
わたくしは……一度も、天才と呼ばれる人種に勝てたことが無い。
いつも、天才と呼ばれる者たちの、背中を見つめることしかできていない。
わたくしは自分という人間を知っている。
わたくしは、ルナティエ・アルトリウス・フランシアは……ただの凡人だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時は現在に戻り―――陽夏の節、八月五日。深夜午前零時。
ここに至るまでの過去を思い出しながら……わたくしは、現在、フランシア家の中庭で剣の素振りを行っていた。
もうすぐ、ここ、フランシアの地は戦場となる。
だから、少しでも剣の腕を磨いておかなければいけない。
わたくしは、他の人よりも劣っているのだから。
みんなが寝ている時間に努力を重ねなきゃ、ロザレナさんやグレイレウスの剣についていくことなんて難しい。
お荷物なんかにはなりたくない。ここは、わたくしの故郷。
フランシア家の令嬢として、この地を守るのは、わたくしだ。
「……えいっ!! えいっ!! えいっ!!」
……ロザレナさんは、もう、寝た頃合いでしょうか?
一番敗けたくない相手である彼女には、先ほど、無様な姿を見せてしまった。
ライバルに弱みを見せるなど、自分のプライドが許さない。
だから明日からわたくしは、いつもの、不敵で傲慢で高飛車なルナティエに戻らなきゃいけない。
いくら敗けたって、いくら馬鹿にされたって、わたくしは……栄光あるフランシア家の娘なのですから……!! こんなところで、折れるわけには…………!!
わたくしはいつかロザレナさんにも勝って、リューヌにも勝って、フランシア家の当主に……お父様のような立派な指揮官になるんですわ……!! だからっっ…………!!!! だから…………っっ!!!!!
「……こんな深夜にまたやってますよ、ルナティエお嬢様」
突然、背後から声が聞こえてくる。
剣を振る手を止め、声が聞こえてきた背後へと視線を向けてみると……そこには、フランシア家のメイドのエルシャンテと後輩メイドのピスカが居た。
エルシャンテは「フン」と鼻を鳴らして、こちらを馬鹿にするように見つめている。
わたくしはそんな彼女を無視し、前を向くと、再び剣を振っていく。
「本当、いくら努力してもリューヌ様に勝てるわけないのにね。無駄な努力ご苦労様」
「ちょっと、聴こえますよ?」
「いいのよ。どうせ当主になるのはリューヌ様なんだから。あの子は卒業後、他家に嫁いでおさらばよ」
背後で、そんな会話をし始めるメイドたち。
……視界が滲んでくる。手が震えて来る。
泣くな……泣くなっ!! こんな程度で泣いているようじゃ、わたくしは、もう……っ!!
馬鹿にされるのなんてもう慣れっこのはず!! 今までも諦めずに剣を握ってきたはずですわ!!
この程度のこと、この程度のことで……っっ!!
「早く諦めれば良いのに。自分に才能があるって勘違いして努力している人を見るほど、見苦しいものはないわ」
「……」
「何であの方は、リューヌ様に敵わないと分かっているのに、努力するのでしょうか?」
「プライドが高いから、認められないんでしょう? 自分が無能だってこと」
「うぅぅぅぅう……っ!! うぅぅぅぅぅぅぅぅうううううっっ……!!!!」
地面に膝を突き、わたくしはボロボロと瞳から涙を溢してしまう。
もう……駄目だ。もう、わたくしは、剣を持てない。
リューヌやロザレナさん、シュゼットやグレイレウスとわたくしは、違う。
わたくしは強者の領域には立てない。強者たちを背後から見つめることしかできない脇役だ。
何度も何度も何度も負け、何度も何度も何度も自身の才能の無さを実感してきた。
それでも剣を持って、今まで戦い続けてきた。
わたくしのことを、父や兄は、期待してくれているから。
でも、もう……もう、無理……。
わたくしには――――――夢を叶えるための力が、ない。
「だったら……だったら、才能が無い人は、どうすれば良いんですの!? どれだけ努力を積み重ねても、わたくしの剣は、天才たちには届かないッッ!!!! どうすれば……どうすれば、わたくしは彼女たちに追いつくことができますのッ!?!? もう、嫌ですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」
堰を切ったように、わたくしは大声で泣き始める。
そんなわたくしの姿に驚くも、背後で嘲笑の声を溢すメイドたち。
「何か、泣いちゃったわよ? 本当、情けない方ね」
「あれが四大騎士公フランシア家の息女の姿とか……がっかりかも」
もう、無理ですわ……わたくしの夢は、ここで、終わり―――。
そうですわ。最初から無理だったんです。
リューヌやお婆様が言っていた通り、わたくしは、ただの無能。
わたくしは、自分はフランシア家の人間なのだから、凄い人間なんだって……そう思い込んでいただけの、虚勢を張っていただけのただの凡人。
それが、ルナティエ・アルトリウス・フランシアの正体。
わたくしは……もう、二度と、剣を握ることは…………。
「――――――才能が無い者は、ただ足掻き、走り続けることしかできないのが世の摂理。その剣を捨てるのならば、止めはしません。ですが……これだけは覚えてください。剣士を名乗ってきた以上、剣を捨てたら最後、もう二度と剣は持たないでください。それが、剣士としてのけじめというものです」
「え……?」
突如聞こえた、聞き覚えのある声。
わたくしは、声が聞こえた背後へと視線を向ける。
すると、そこには、いつの間にかアネットさんが立っていた。
アネットさんは満月を背景に、ポニーテールをフワリと揺らすと、わたくしを見下ろし、無表情で静かに口を開く。
「貴方が今選ぶべき未来は二つ。これから生涯後悔して生き続けるのか、それとも……痛みを抱えながら、苦しみながらも、天才たちに食らいついていくか。ルナティエ様はどちらの未来をお選びになりますか?」
「アネット、さん……?」
「一を極めることができる天才に、限界がある凡人が敵う道理はない。私は、過去、この手で多くの人の夢を斬ってきました。その経験から断言します。凡人は、才人には敵わない」
「……ッッ!!」
その言葉に、わたくしの手はプルプルと震える。思わず剣を、落としてしまいそうになる。
だけどアネットさんはわたくしの目をまっすぐと見つめて、続けて口を開いた。
「ですが、私は、ルナティエお嬢様ならば天才たちに一太刀を浴びせることは可能だと思っています。貴方様は、自分の能力を誤解していらっしゃる。貴方様は天才ではないですが、諦めない闘志を持っている。強き意志を持つ者の剣は、天才にも届き得る……私は、そのことを知っています」
「え……?」
「貴方の努力はけっして無駄ではない。貴方様に、もう一度立ち上がる意志があるのならば……」
そう言って、こちらに、手を伸ばしてくるアネットさん。
そして彼女は、ニコリと……不敵な微笑みを浮かべた。
「…………俺がお前に剣というものを教えてやるよ、ルナティエ」
目の前に差し伸べられたその手は、まるで天から差し伸べられた光のように感じられた。
そしてその姿は、わたくしが騎士たちの夜典で負けた時……校舎裏のベンチで一人で泣いていた時に声を掛けてくれた彼女の姿と、重なって見えた。
『ルナティエ様。突然、不躾けなことを申しますが……私とお友達になりませんか?』
あの時も彼女は、こんなふうに、私に手を差し伸べてくれた。
アネットさん……貴方という人は、わたくしが弱った時に必ず手を差し伸べてくれますわね。
貴方は、本当に……わたくしにとって、光そのものですわ。
「何? あのメイド?」
「確か、リテュエル家のメイドだったよね? 剣を教えるって……ただのメイドが? ぷっ、笑っちゃうんだけど! そもそもリューヌ様に負け続きのルナティエ様に、才能なんてあるわけが……」
「――――――さっきからギャーギャーとうるせぇんだよ、三下どもがッッ!! 剣の修練をしたこともないただの傍観者が、本気で努力をしている奴を馬鹿にすんじゃねぇッッ!!!! てめぇらにルナティエと同じような努力ができるか!? できねぇだろ!! 才能が無いから諦めろって言うだけのクソどもが、次、ルナティエを馬鹿にしてみろ!! てめぇらの顔面ブン殴ってやる!!!!」
アネットさんのその恫喝にビクリと身体を震わせると、メイドたちは文句を言いながら屋敷の中へと戻っていった。
再び前を振り向くと、アネットさんはわたくしに、優しく微笑んだ。
「俺の手を取れば、お前は、これから地獄を見ることになる。それでもいいのなら、この手を取れ」
「……アネット、さん……」
「怖いか? 地獄を見るのが?」
「…………地獄なら、とうに、経験済みですわ……!! 」
わたくしは、アネットさんの手を強く、握りしめた。
そして立ち上がると、涙を指で拭き、笑みを浮かべる。
「何となく、気付いていましたわ。あの時……わたくしとロザレナさんと、グレイレウスの戦いに割って入った、ものすごく強かった謎の青年……アレって、男装したアネットさんだったんでしょう?」
「え゛!? いや、あれは、その……」
「今思えば、色々と不自然なことが多すぎましたわ。何故、ディクソンが従者を辞めたのか。何故、ダースウェリン家が没落したのか。それは全て、アネットさんが裏で動いていたから……そう考えると、合点がいくことが多いですもの」
「……いつから、気付かれていたんですか……?」
「満月亭に入寮して、グレイレウスが貴方を師匠と呼んでいた時から怪しんではいましたが……ベアトリックスさんが、自分を助けてくれたのはアネットさんだと周囲に言いふらしていたことで、確信を抱きましたわ。ですから、気付いたのは貴方が大森林に薬草を摂りに行った時くらい、ですわね」
「……まぁ、そう、ですね。ルナティエお嬢様目線では、私、色々と怪しい行動が多いですもんね……あはははは……」
そう言って頬をポリポリと掻くアネットさん。
わたくしはそんな彼女の手を離すと、地面に膝を付け、騎士の礼を取った。
「………以前、一度お願いしたことはありますが……今回はもう一度、正式にお願い致しますわ。―――アネット・イークウェス師匠。わたくしを、貴方様の弟子にしてください。凡人であるわたくしを……天才にも届き得る一人の剣士にしてください」
「指揮官、ではないんですか?」
「勿論、指揮官も目指します。だって、わたくしはフランシア家の息女……いいえ、フランシアはもう関係ありませんわね。わたくしは、我儘で傲慢で高飛車なルナティエです。そんなルナティエだからこそ、どちらの道も進むのですわ。それが、幼い頃から目指してきた、わたくしが目指す理想の姿ですのもの。わたくしに不可能なんて、ないんですわっ!!」
そう言い切ってみせたわたくしに、アネット師匠はコクリと頷き、笑みを浮かべるのだった。
読んでくださって、ありがとうございました。
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前回いいねを付けてくださった30名の方々、感想を下さった方、ありがとうございました!
筆を折りそうなこともありましたが、皆様のおかけで頑張れております! 本当にありがとうございます( ;∀;)