第7章 第190話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ㉒
その後、作戦会議は恙なく進んでいき―――夜も深まった午後二十二時頃。
大広間に、突如、見覚えのある顔が現れた。
「……あらぁ、みなさん、勢揃いされてるんですねぇ~。こんばんわ~」
「え? あんたは……リューヌ……?」
突如現れた彼女に対して、ロザレナは驚きの声を上げる。
リューヌはそんな彼女にクスリと笑みを溢すと、フランシア伯の前に立ち、優雅にカーテシーの礼を取った。
「ルーベンス伯爵様。お久しぶりでございますぅ~」
「お、おぉ! リューヌか! いつ、マリーランドに帰ってきていたのだ!?」
「今朝、橋が壊される前に、列車でこの地へと赴いていました。タイミングが良かったですねぇ」
「そうか、そうだったのか! 皆の者、喜べ! リューヌはこの私に並ぶ知者だ! この窮地、必ずや彼女が何とかしてくれよう!」
そう言ってフランシア伯は席を立つと、隣にいるリューヌの肩をポンと叩いた。
その光景に、ルナティエは……何故かギリッと、強く歯を噛み締める。
「おやぁ? あらあらぁ、ルナちゃんじゃないですかぁ~? お久しぶりですねぇ~。学校では何故か、滅多に会うことができませんでしたから……心配していたんですよぉう?」
「リューヌ……」
唸るような低い声でそう言うと、ルナティエは鋭い目でリューヌを睨む。
そんな彼女の様子に目を細めて微笑むと、リューヌはルナティエの前に立ち、口元に手を当てた。
「この御屋敷に着いた時、大体のことは使用人さんから聞きましたよ~? 大変でしたねぇ、ルナちゃん。あ、ルナちゃんは何もしていなかったんでしたっけ? そういえば、お友達と遊び回っていたって、使用人さんは嘆いていましたねぇ。フランシア領の一大事だというのに、末妹は遊び惚けている、と、そう愚痴を溢していましたよぉ~?」
「……何しに来たんですの? 貴方……」
「何しにって……そんな酷いこと言わないでくださいよぉう、ルナちゃん! わたくしも一応、フランシア家の人間なんですよぉ!? フランシア家は家族愛に満ちた一族……ならば、わたくしにも平等に愛情を向けてくださるのが、当然、ですよねぇ?」
「…………ッッ!!」
彼女その発言に、リューヌをさらに強く睨み付けるルナティエ。
状況がよく呑み込めていないが……リューヌは、フランシアの一族だったのか?
俺が首を傾げリューヌを見つめていると、お嬢様もそのことを考えたのか。
口に出して、彼女に問いを投げてくれた。
「あんた……フランシア家の人間だったの?」
ロザレナのその疑問の声に、リューヌはこちらに視線を向け、コクリと頷く。
「そうですよぉ~。そういえば、列車の中ではちゃんと自己紹介をするのを忘れていましたねぇ~。コホン」
咳払いをすると、祈るように手を組み、修道女……リューヌは小さく頭を下げた。
「……わたくしの名前は、リューヌ・メルトキス・フランシア。一期生、天馬クラスの級長であり、この街で大司教補佐の修道女をしております。改めて、以後、お見知りおきを~」
「フランシアの人間ってことは……もしかして、あんた、ルナティエのお姉ちゃんとか? にしては、あんまり似てないし……歳、あたしたちと同じくらいよね? 双子とか?」
「あ、そうなんですぅ~。わたくしとルナちゃん、実は双子で―――」
「ふざけたこと仰らないでくださいまし!! この女は、ただの傍流の者ですわ!! わたくしやお父様、セイアッドお兄様とは一切関係のない他人です!!!!」
「他人だなんて、酷いですよぉう、ルナちゃん! わたくし、キュリエールお婆様に拾われてこの地にやってきた、れっきとしたフランシア家の人間なんですよぉ? 髪も薄い金髪ですしぃ、目も薄紫色ぉ~。先代当主であるお婆様が遠縁の者として迎え入れてくれたのに……まだ、わたくしを他人だと思っているんですかぁ? ルナちゃん……わたくし、悲しいですぅ!」
シクシクと、泣き真似をし始めるリューヌ。
そんな彼女の様子を見て、フランシア伯とセイアッドが揃って口を開いた。
「ルナティエ……彼女が当家にやって来てもう8年経つのだぞ? そろそろ受け入れてあげてはどうだ?」
「父上の言う通りだ、ルナティエ。リューヌはそんなに悪い奴ではないと、俺は思うぞ」
「……ッ!! わ、わかりましたわ……お父様、お兄様……客人の前で声を荒げてしまい、申し訳ございませんでした……」
「わぁ! 嬉しいです、ルナちゃん!」
パァッと顔を輝かせると、リューヌはルナティエの元へと近寄り、彼女の耳元で小さな声で呟く。
「…………まだ、貴方のお父様とお兄様は、貴方がどれだけ無能であるかを理解していないみたいですね。クスクスクス……虚勢を張って、相変わらず滑稽でとっても可愛いですねぇ、ル・ナ・ちゃん」
比較的耳の良い俺だからこそ、聴こえたその声。
リューヌはそう言って離れると、目を細め、微笑を浮かべる。
そんな彼女に、ルナティエは……俯き、悔しそうに下唇を噛んでいた。
その様子からして、ルナティエが過去、彼女との間に何かがあったことが察せられた。
しかし……リューヌは列車で会った時と違い、随分とルナティエに対しては攻撃的なんだな。
争いが嫌いだと言っていたのに、今朝と様子が異なっている。そこのところは少しだけ、驚いた。
「よし、それでは今日はこの辺りでお開きとしよう。いつ何時敵が来るかも分からない。皆の者、用心して夜を過ごすように」
険悪な二人の様子に気付くこともなく、フランシア伯がそう口にする。
こうして―――フランシア家での作戦会議は、幕を閉じた。
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「……これで、最高の戦力は、整った」
薄暗い地下のアジト。
そこで闇組織『百足』の首魁・ロシュタールは、目の前に立つ四人の鎧騎士たちに対して、邪悪な笑みを浮かべる。
そしてその後、両手を上げると、一人一人の騎士たちに視線を向け、順に名前を呼んで行った。
「【剣王】疾の薔薇騎士、ファレンシア・ローゼス・アレクサンドロス!!」
「……何故、私がこのような目に……」
「【剣神】滅殺、ゴルドヴァーク・フォン・バルトシュタイン!!」
「気色の悪い声で俺の名を呼ぶな、蟲ケラ。潰すぞ」
「【剣神】黄金剣、キュリエール・アルトリウス・フランシア!!」
「…………」
「そして―――【剣聖】覇王剣、アーノイック・ブルシュトローム!!」
「フフフ……」
「最盛期と言われた先代【剣聖】・【剣神】がほぼ勢ぞろいしたこのメンツの前に、最早、何処にも敵はいない!! これで我が悲願は達成される!!」
ロシュタールは背後を振り返ると、両手を広げ、数十人の配下たちへと声を張り上げる。
「皆の者、今こそフランシア領を奪還し、我れらが亜人の祖国、地下小人の住処を再びこの手で取り戻すのじゃ―――!!」
そんな彼の声に呼応し、ローブマントを被った者たちは、拳を振り上げ雄たけびを上げた。
「我ら排斥されてきた亜人が、人族の英雄たちを使い、王国フランシア領を制圧する……!! ついにこの時が来ましたな!!」
「ロシュタール様!! 再び我らの住処を取り戻しましょうぞ!!」
「ロシュタール!! ロシュタール!!」
配下からの声援にロシュタールは笑みを浮かべると、再度、背後にいる四人のアンデッドへと顔を向ける。
「ファレンシア、ゴルドヴァーク、キュリエール、アーノイック。手筈は先程説明した通りじゃ。明日の夜、奴らを襲え。そして――フランシア家の【英傑の神具】を確保するのだ」
その言葉に、ゴルドヴァークは一歩前に出て、老人を威圧的に見下ろした。
「俺に命令をするな、蟲ケラ。他の雑魚どもとは違い、最強の肉体を持つこの俺には、貴様の【服従の呪い】は効かん。良いか? 俺は、戦の舞台を用意するという貴様の言葉に乗り、お前の作戦に従ってやっているだけにすぎない。この俺を退屈させてみろ。真っ先に貴様の首をねじ切ってやるぞ」
「……も、勿論じゃ。王国には現【剣聖】と【剣神】たちがおる。マリーランドを制圧後、恐らく奴らは聖王の命令で、【転移】の魔道具を使用してすぐにこの地へと来ることじゃろう。退屈など、する暇も与えんわ」
「フン。俺たちの世代よりも、現代の【剣聖】と【剣神】たちは大分力が劣っていると聞いたぞ。まぁ、過去の世代の【剣神】だったハインラインとジャストラムのガキが生きていると聞いただけでもまだ希望はありそうか。奴らなら、俺の一撃二撃で簡単に死ぬことはないだろうからな」
その言葉に、今まで無言だったキュリエールが、静かに口を開いた。
「……旧【剣聖】アーノイック。旧【剣神】ゴルドヴァーク、キュリエール、ハインライン、ジャストラム……まさか、死後、この懐かしい名前の並びを聞くことになるとは思わなかったです」
「フランシア伯……いや、元か。お前は良いのか? 自分が統治していた領地を穢すことに、少なからず不満がありそうだが?」
「特に不満は無いです。私の望みは、今の統治者が民を守れる器かどうか図ること。斬って捨てるべき愚者であるのならば、私自らこの地を粛清するまで。栄光あるフランシア家の血に、紛いものなど、必要ありませんから」
そう言って、白銀の鎧甲冑を着た女騎士―――キュリエールは、小さく息を吐いた。
そんな彼女の姿にハンと鼻を鳴らすと、ゴルドヴァークは右隣に居る漆黒の騎士と、ファレンシアへと視線を向けた。
「お前たちは、どうだ?」
「俺は現代の剣士たちに興味がある。故に、戦場は好都合だ。不満はないさ」
「私は……無辜の民を斬るくらいならば、いっそ自決したいところだ。だが、【服従の呪い】がある以上、私はロシュタールの傀儡にならざるを得ない……クソッ!! 自分の無力さに腹が立つ!!」
それぞれの想いを吐露する、四人のアンデッドたち。
そんな彼らの姿に笑みを浮かべると、ロシュタールは杖をカンと鳴らし、開口した。
「では、解散とする。伝説の英雄たちよ、フランシアの地を、蹂躙して来い」
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「何なの、あの女。厭味ったらしい奴ね!!」
廊下を歩きながら、ロザレナがそう愚痴を溢す。
そんな彼女に対して、隣を歩いているグレイは「ふむ」と顎に手を当て、口を開いた。。
「奴は、確か、一期生『天馬』クラスの級長だったな。あまり情報が出てこない奴であったが、まさか、フランシアの人間だったとは……流石にこのことには驚いた。学校ではアクラーネという偽名を使っていたからな。おい、お前はこの件を最初から知っていたのか? クズ女?」
俯きながら歩く背後のルナティエに、グレイは肩越しにそう声を掛ける。
するとルナティエは俯きながら、コクリと、頷いてみせた。
「……ええ。あの子は、フランシアの人間ですわ。ただ、さっきも言った通り本家の人間ではないですが」
「そういえば、拾われてきたとか言っていたっけ?」
「はい。8年前、先代当主であるお婆様が突然、あの子をこの屋敷に連れてきたのです。リューヌは遠縁のフランシアの人間である、と。この子には知者としての才能がある、と、そう言って」
「え? 遠縁? それ以上の情報は何もなかったの?」
「ええ。どこの出自であるか、お婆様は何も語らなかった。ただ、薄い金髪と薄紫の瞳、フランシアの魔術因子といった……血筋である決定的な証拠がありましたので、お父様はあの子を家族として受け入れた。……お婆様は、常日頃、わたくしとお兄様の才能の無さに絶望しておりました。ですから、後継者として、あの子をこの地に連れてきたのです。出来損ないのわたくしの代わりに……」
足を止め、悔しそうにギリッと歯ぎしりをするルナティエ。
ロザレナはそんな彼女の元に近付くと、腰に手を当て、大きく声を張り上げた。
「今朝も思ったけれど……何かあんたらしくないわね、ルナティエ!! いつものあんたならもっとこう、『今回の窮地、わたくしが華麗に乗り越えてみせて、リューヌとの格の差を知らしめてやりますわぁ!! オーホッホッホッホッ!!』……とかくらい言うでしょ!! 何でそんな暗くなんってんのよ、あんた!!」
「あ、貴方に言われなくても分かっていますわよ!! も、勿論、栄光あるフランシア家の息女として、この地を守るためなら何でもやってやりますわ!! わたくしを誰だと思っているんですの!? いずれ王国中にその名を轟かせる指揮官になる女でしってよぉ!! オーホッホッホッホッ!!」
「うん、あんたはそれでいいのよ。よし、それじゃあ、いつ敵が襲ってきても良いように、今は休んでおくとしましょうか。ふわぁ~ 眠いわ~」
そう口にして、ロザレナは歩みを進め、廊下を歩いて行く。
それに続き、グレイも進んでいった。
そんな二人の後に続こうとし、一歩足を踏み出した、その後。
俺はチラリと背後にいるルナティエに視線を向けてみる。
彼女は眉間に皺を寄せ、辛そうな顔で、誰にも聞こえない声量で静かに口を開いた。
「……そうですわ。わたくしは、フランシアの息女ですもの……負けるわけには、いかないのですわ……」
俺はそんな彼女の姿を見つめた後、ロザレナとグレイに続き、廊下を進んで行った。
「それでは、師匠! オレは隣の部屋で休ませていただきます! 何かあればいつでもお呼びくださいませ!! それでは!!」
グレイは深く頭を下げて、隣の部屋へと入って行った。
俺とロザレナはルナティエに別れを告げ、今朝、荷物を置かせて貰っていた部屋の中へと入る。
二つあるベッドの内、ロザレナは窓際の方にあるベッドへと飛び込むと、うつ伏せ状態で大きくため息を吐いた。
「疲れた~!! 今日はもうシャワーを浴びずに寝てしまっても良いかしら、アネット~」
「普段であれば駄目ですと言いたいところですが……海水浴場で一度シャワーを浴びてますし、許しますか。でしたら、朝は必ずシャワーを浴びてくださいよ? ここは貴族の御家なのですから、常に淑女として生活してもらわなければ、困ります」
「わかったわよ。……それにしても、何か色々とあった一日だったわね。フランシアに攻めてきた謎の兵団に、ルナティエとリューヌの複雑な関係、か。……ねぇ、アネット、ルナティエは最初からリューヌが天馬クラスの級長に選ばれていたことって知っていたのよね?」
「そうですね。当然、知っていたと思いますよ」
「なら……級長に選ばれず、しかも落ちこぼれの集まりの黒狼クラスに自分が選ばれたって知った、あの時。クラス発表の時、ルナティエは相当、プライドに傷がついたんじゃないかしら」
「……そうですね。挙句、見下していたレティキュラータス家のお嬢様にも決闘で敗けてしまいましたから。その胸中は、計り知れないものだと思います」
「それなのに、あの子、折れないわよね。敗者の烙印を押し付けられても学校を辞めなかったし、副級長になっても、いつかあたしから級長の座を奪い取るって、頑なに諦めなかった。なんか……普通に凄いわよ、あの子。あたしよりもメンタルが強いんじゃないかしら」
「……」
諦めない心。それは剣士として、もっとも大事なものだ。
だが……人はそんなに強い生き物ではない。
永遠に敗け続けても、その道を進み続けられるほど、人は強くはない。
勝利という明確な『結果』が無ければ、人間が何かを継続していくのは難しいだろう。
俺は以前、ルナティエのことを一度も敗けたことが無いが故にプライドが増長したお嬢様と、そう評したことがある。
だが、どうやらそれは間違いだったようだ。
ルナティエは……負け続けた過去があるからこそ、自分を奮い立たせるために、傲慢で不遜な性格を演じているにすぎなかった。
あの少女は、誰よりも自分という人間を知っている。
弱いからこそ、理想の自分を演じて、常に強気でいる。
「ふわぁ……それじゃあ、あたし、寝間着に着替えて洗顔と歯ブラシして、もう寝るわね」
そう言って彼女はベッドから降りると、ぽいぽいと服を脱ぎ始めた。
俺は慌てて視線を逸らし、背後へと振り返って、顔を背ける。
頭の中には……別れ際に見せた、ルナティエの辛そうな顔が、ずっと浮かんでいた。
第189話を読んでくださって、ありがとうございました。
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