第19話 元剣聖のメイドのおっさん、最悪な形でお嬢様と再会を果たす。
ついに、約束の5年の月日が経ち、あたしは今までお世話になった修道院を後にすることになった。
ここに来た時と同じようにパンパンに荷物が詰まった、肩掛けの旅行鞄の紐をギュッと握る。
そして、修道院の前で見送りに来てくれたシスターたちに対して、あたしは深く頭を下げた。
「今まで、お世話になりました」
すると、その中の1人ー---あたしに熱心に信仰系魔法を教えてくれていた、20代後半くらいの修道女が、感極まったように瞳を潤ませ始める。
「ぐすっ、ロザレナちゃん、本当に行ってしまうのですかぁ? もう1年くらい修道院でお勉強しても良いじゃないですかぁ」
「シスター・ノレアナ・・・・申し訳ありません。あたしは、大事な人を待たせてるんです」
「大事な人? そ、そそそそそれって、も、もももももしかして、こ、恋人・・・・・?」
「向こうはどう思っているのかは分かりませんが・・・・・・・はい。あたしは、そう思っています」
そう発言すると、ノレアナは顔をくしゃくしゃにして、号泣し始めてしまう。
「う゛、う゛わぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! ここから出ていく子はみんなそうっ!! 故郷に恋人を残してるだとか、結婚するから修道女を引退するとか・・・・・みーんな友情よりも愛情を取るのよぉぉぉぉ!!!! ねぇ、何でぇぇぇ!! どうしてみんな私を置いて行っちゃうのぉぉぉぉぉぉ!!!!! 私も結婚したいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
両手で目を隠し、わんわんと子供のように泣く、アラサーのシスター。
そんな彼女の様子に対して、隣に立っていた緑髪の修道女は眉間を押さえながら苦笑いを浮かべた。
「あーもう、こうなると手が付けられなくなるんだから・・・・ロザレナ、もう行っちゃって!」
「だ、だけど、シスター・ノレアナをこんな状態のままにして良いの??」
「いいのよ。だって、このままここにいたら貴方・・・・確実にノレアナの酒の席に付き合わされることになるわよ・・・・?」
「そうよぉ!!!! 飲んでやらなきゃ気が済まないわー!! 誰かー!! お酒持ってきなさいお酒ー!! 戒律なんて知ったことですかぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「ほら、ね?」
「はははは・・・・・」
他の修道女に両腕を押さえられながら、修道院の中へと連行されていく自身の師の姿に、あたしは思わず引き攣った笑い声を溢してしまう。
そんなあたしを静かに見つめていた目の前の緑髪の少女ー---この修道院で最初に友人となった彼女は、穏やかな表情を浮かべると、眼を細めて、口角を吊り上げた。
「聖騎士養成学校に行くんだっけ? 頑張んなよ、ロザレナ」
「うん。ジルこそ。大司教目指して勉強頑張って」
「当たり前。まっ、たまには息抜きに修道院に遊びに来なよ。ノレアナも寂しがると思うからさ」
「分かった。元気でね!!!!」
そう言って手を振って、ジルと別れ、修道院を後にする。
この5年間・・・・この日をどんなにあたしは待ち望んだことか。
ついに、ついにあたしは、アネットにまた再会することができるんだ。
毎晩、修道院のベッドの上で夢見るのは、彼女の姿だった。
天使のように無邪気な微笑みをあたしに向けてくれる、可愛いアネット。
あたしのことを想って厳しく叱ってくれる、お姉ちゃんのようなアネット。
キスした時・・・・・顔を真っ赤にさせて、眼をグルグルと回していた、初心なアネット。
そして・・・・・奴隷商団からあたしを救ってくれた、あの、気高く、美しかったアネット。
この五年間、夢の中で過去の情景を思い出すことで、あたしはアネットのいない寂しい毎日を何とか乗り越えることができていた。
だから・・・・・・だから、やっと本物のアネットに逢える喜びに、あたしの胸ははち切れんばかりにドクンドクンと高鳴ってしまっていた。
「フフッ、アネットはこの五年間、どうしていたのかしらね」
ちゃんと、あたしが言った通りに信仰系魔法を習得できているのだろうか。
あたしみたいに、身長がうんと延びているのだろうか。
15歳の成人を迎えて、綺麗に・・・・なったのだろうか。
早く会ってあの子の成長具合を確認したい・・・・この五年間のことを、色々とお話ししたい・・・・。
そう思うと、あたしの歩みはどんどんと早くなっていき、力強いものへと変化していった。
「キャッ!?」
「あっ!!」
多分、頭の中がアネットのことでいっぱいになっていたからだろう。
注意力散漫になっていたせいで、路地から飛び出してきた同い年位の小柄な少女に、あたしは思わずぶつかり、突き飛ばしてしまっていた。
「ご、ごめんなさい!! 大丈夫!?」
尻もちをついた水色の髪の少女に即座に手を伸ばし、引き起こす。
すると彼女はまっすぐに切りそろえられた前髪の奥から、おどおどとした様子でこちらに視線を向けて来た。
「あ、ありがとうございます・・・・・す、すいません・・・・・ぶつかってしまって」
「ううん。あたしがちゃんと前を見ていなかったのが悪いのよ。貴方が謝る必要はないわ。・・・・・・あれ?」
「ひぅっ!? ど、どどど、どうかしましたか?」
「貴方・・・・どこかで会ったことがあるかしら? 何だか、見たことある顔立ちのような気がするのだけれど・・・・」
「ミレーナ!! 何しているの!! 置いて行っちゃうよー!!」
「ご、ごめん、アンナちゃん!! 今行くね!! あ、あの、では、これで・・・・」
「あぁ、うん・・・・・」
遠くから呼ばれたその声の元へ、長い髪を揺らしながら去って行く、姫カットの少女。
結局、何処の誰かは分からなかったけれど、何か・・・ずっと昔に会ったような気がするのよね、あの子。
これからあたしも養成学校の寮暮らしになるだろうし・・・王都に住んでいるということは、またどこかで会うこともあるのかしら??
「それにしても・・・・ミレーナ、アンナ、ねぇ」
何処かで聞いたことのあるその名前に、あたしは思わず小首を傾げてしまった。
「まぁ、今はどうでも良いことね」
そんなことよりも、今は早く屋敷に帰って、アネットと再会しなければならないわ。
あたしは思考を切り替え、石畳の上を軽くスキップしながら、雑踏の中を軽快に進んで行った。
事前にお父様に手配してもらっていた馬車に乗り、ごとごとと身体を揺らすこと数時間。
御者から到着の報せを受けたあたしは、深呼吸をひとつして、馬車を降りた。
「な、何だか、懐かしく感じてしまうわね・・・・」
レティキュラータス家の門前に立ち、屋敷を見つめる。
五年ぶりに見た屋敷は、以前に見た時と比べ、随分と小さくなったように感じられた。
まぁ、でも、それも無理からぬことかもしれない。
何故なら5年前のあたしと今のあたしは、決定的に身長が違っているからだ。
140センチ台だった当時のあたしが見る景色と、今の160センチ台のあたしが見る景色は、間違いなく異なっていることだろう。
だから、この屋敷が以前と比べて小さく見えてしまうのも、仕方がないことなのだ。
「おかえりなさいませ、ロザレナお嬢様」
突如飛んできたその声に思わず肩をビクリと震わせてしまう。
アネットが目の前にいたらどうしようかと、身だしなみを整えながら慌てて前方へと視線を向けるがー---そこにいたのは、マグレットさんだけだった。
思わずがっかりとした表情を浮かべそうになってしまうが・・・・それはマグレットさんに失礼なので、何とか押しとどめる。
「マグレットさん、お久しぶりです」
そう挨拶をすると、何故かマグレットさんは目をまん丸にして、驚いた顔を見せて来る。
あたしはそんな彼女の様子に首を傾げながらも、マグレットさんが開けてくれた門を通り、屋敷の庭の中へと入って行く。
「あ、あの、どうしたんですか? そんなに驚いた顔をして?」
「あ、いえ、その・・・・」
「もしかしてあたしの成長具合に驚いた、とかですか??」
「い、いえ・・・勿論、お綺麗になったお嬢様の姿にも驚いたのですが・・・・・」
「? それ以外に何か気になるところでも?」
「は、はい・・・・その、お嬢様が敬語を使ってらっしゃることに・・・・少しばかり、驚いてしまって・・・・・」
あ、あぁ~、なるほど。
確かに昔のあたしってば、目上の人だろうが何だろうがお構いなしに素のぶっきらぼうな口調で話してしまっていたからね。
修道院では年上の人には必ず敬語で話すよう義務付けられていたから・・・・自然にマグレットさんに対して敬語が出てしまっていたけれど・・・・・うーん、あたしらしくなかったかな??
「・・・・変、ですか?」
「いえ。成長された御姿と、その綺麗な言葉遣いも相まって、とても美しくなられたと思います。今のお嬢様は、レティキュラータス家のご令嬢として相応しい振る舞いをなさっていらっしゃるかと」
「なら、良かったです。・・・・・あ、そ、そうだ!! あの!! アネットは今どこにいるんですかっ!? あ、あたし、早く彼女に会いたくてっ!!」
うずうずとした様子でそう言うと、マグレットさんはクスリと、穏やかな笑みを浮かべる。
「アネットなら厨房で、お嬢様の歓迎会用の料理を作っていますよ」
「そうなん・・・・・って、えぇぇ!? 料理!? マグレットさんがここにいるのに、アネットは一人で料理を作ってるんですかっ!?」
「はい。今では、私よりもあの子の方が料理の腕が良いんですよ。すっかり、レティキュラータス家の料理長の座を奪われてしまいまいした」
「へ、へぇ~~」
アネットの奴、剣の腕でなくて料理の腕も凄くなってるとか、ちょっと完璧人間すぎるんじゃないかしら。
それに、昔から掃除洗濯も上手かったし・・・・完全に女子力という点においては完敗してるわね、あたし・・・・。
「やばい・・・・まったくあの子に勝てる部分が無さそうだわ・・・・。どれだけ凄いのよ、アネットは」
改めてアネットの凄さに狼狽えていると、突如、あたしを呼ぶ声が耳に入ってきた。
「そこにいるのは、もしかして・・・・・ロザレナなの!?」
「え?」
何事かと声が聴こえた方向に視線を向けると、玄関口に、懐かしいふたつの顔を見つける。
「お父様!! お母様!!」
門を通り抜けて、玄関口まで一気に走り抜ける。
そして、二人の前に立つと、あたしは思わず満面の笑みを浮かべてしまった。
「お久しぶりです!! ロザレナ・ウェス・レティキュラータス、ただいま帰って参りました!!!!」
「ほ、本当にロザレナなのかい!? み、見違えたなぁ。五年でこんなにも身長が伸びるとは思わなかったよ」
「本当、凄い綺麗な女の子になっちゃって・・・・・お母さん、びっくりだわ」
「うんうん。王国の至宝と呼ばれる第三王女殿下にも負けないくらいの、凄い美人さんになったもんだよ」
「えへへへ・・・・・お二人にそう言ってもらえるのは、とても、嬉しいです」
そう口にすると、お母様とお父様は瞳を潤ませ、嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。
あたしも、そんな二人と同じように、じんわりと涙が溢れ出てきそうになってきてしまった。
「フフフ、お互い、積もる話はいっぱいあるでしょうけれど・・・・とりあえずは中に入りましょう。ロザレナのために、アネットちゃんが腕によりをかけてご飯を作ってくれてるわよ?」
「はい!! アネットのご飯、凄く楽しみです!!」
両親と共に、屋敷の中へと入る。
てっきり、そのまま一緒に食堂へと行くのだと思ったが・・・・どうやら二人は二階へと向かう様子だった。
「あの・・・・? お父様とお母様は、どちらへ?」
「ロザレナに、ちょっと、紹介したい人がいるから。その人を連れにね」
「紹介したい、人・・・・?」
あたしがそうお父様に疑問の声を溢すと、お母様がわざとらしく咳ばらいをする。
「何でもないわ。ちょっと、お爺様とお婆様を呼びに行ってくるのよ。だから、ロザレナは先に食堂に行っていて頂戴? 良いわね?」
「は、はぁ・・・・分かりました・・・・・」
何処か挙動不審な両親に思わず首を傾げつつも、あたしは上階の階段へと登っていく二人を見送り、そのまま一階にある食堂へと向かうことにした。
「・・・・・・良い香り」
食堂の前へ辿り着くと、食欲をそそる香ばしい匂いが匂ってきた。
その匂いを嗅いだ瞬間、アネットにもうすぐ会えるのだと思い、ドキドキと、痛いくらいに心臓が高鳴ってくる。
最初に会ったら、な、何て言おうかしら。
あ、あたしが居ない間、ちゃんと浮気してなかったでしょうね? な、なんて、聞いてみようかしら??
そ、それとも、さ、再会の、キ、キ、キス、でも、いきなりかましてやろうかしら。
そ、それは流石に大胆すぎるかしら??
で、でも、ひ、久々に会うんだから、あ、あたしが主人であることを、威厳を、見せつけなければならないものね。
う、うん。あたしが一回り大人になったことを、初手で知らしめてあげるとするわ!!!!
覚悟を決めて両開きドアのノブをふたつ掴み、ガッと、勢いよく扉を開け放つ。
そしてあたしは、食堂の中へと、威風堂々と参上を果たした。
「ア、アネット!! 覚悟しなさー----あれ?」
しかしー---そこには誰も、いなかった。
テーブルには豪勢な料理の乗った皿だけが置かれており、アネットの姿はどこにも見当たらない。
その予期していなかった寂しい光景に、あたしは意気消沈し、落胆のため息を吐いてしまう。
「もう、アネット、いないじゃない。ここはあたしを出迎えるために扉の前で待機して、感動の再会に熱い抱擁をするところでしょう?? まったく何をしているのよ、あの子は・・・・・」
「ー---------で、なんー----ルはー------」
「ー-----せー-----それー-----」
「ん?」
突如耳に入ってきた、微かな人の声。
何を言っているのか判別はできないが、誰かと誰か何か会話をしていることだけは理解できた。
あたしは声が聴こえる方向を耳を澄ましながら探し・・・・・その謎の声が、厨房から漏れていたことに気が付いた。
「もしかして、あそこにアネットが!?」
あたしはスキップをしながら、厨房のドアの前へと向かい、勢いよく扉を開け放つ。
「アネット!! あたし、帰ってきたわー---------------よ・・・・?」
「だから、てめぇの魂胆は目に見えてんだよ!! さっさと白状しやがれ!!」
「また、壁ドンですかぁ?? せんぱぁい、そんなにコルルのこと口説き落としたいんですかぁ??」
「んなわけあるか!! 俺は、てめぇがこの厨房に現れた理由を聞いてんだよ!! まさか、毒でも忍ばせる気じゃなかったろうなぁ!?」
「だから、いったいせんぱぁいはコルルのことなんだと思ってるんですかぁ。あ、もしかしてこれぇ、そういうプレイ? もうっ、そんな意味不明なツンデレしてないでぇ、あたしのことが好きなら好きとそう素直に言ってくださ・・・・・あっ」
「あって何だよあって!? 宇宙人でもいたか!? そんな古典的な罠でこの俺の隙を付けるだなんてー---」
「いや、あのぉ・・・・・あの御方って、もしかして・・・・・」
「あぁ!? あの御方って何言ってー------------って、え?」
「・・・・・・・・・・・随分と、その女の子と仲が良さそうね、アネット」
「そ、その声は、も、もももももしかして、お、お、お、お嬢様!?!?」
肩ごしにこちらに顔を向け、魚のように口をパクパクとさせるアネット。
あたしは、目の前に飛び込んできたこの光景に、思わず青筋を立ててしまう。
「いったい、これは、どういう状況なのかしら??」
厨房の中、そこに広がっていたのは・・・・・アネットが見知らぬ女を壁際に追い詰め、口説いている・・・・浮気現場なのであった。