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第7章 第187話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ⑲


「出店通りに水着の販売があって良かったですね、グレイレウス先輩。あのままじゃ、騎士に捕まって留置場に送られてもおかしくなかったですよ……」


 パラソルが差してある四人掛けのテーブル席に座り、俺は、隣に座る馬鹿弟子へとジト目を送る。


 俺の視線に恐縮し縮こまるグレイ。そんな彼を見て、ルナティエは大きくため息を吐いた。


「まったくですわ。わたくしの善意に感謝し媚びへつらいなさい、変態男」


「? 何故、貴様に感謝などしなければならんのだ? 迷惑を掛けてしまった師匠(せんせい)には申し訳なく思うが……」


「だ・れ・が、無一文の貴方にその水着を買ってあげたと思っているんですの? このワカメ下着の露出狂!!」


「……フン。たかだか銅貨一枚でいちいち恩着せがましい奴だ。ケチ臭い奴め」


「あー、もう!! ロザレナさんといい貴方といい……どうしてわたくしの周りはこうも常識知らずばかり集まってくるんですの!!!! イライラしてきますわぁーっ!! むきぃぃぃっ!!」


 テーブルに拳をぶつけ、怒りを露わにするルナティエお嬢様。


 そんな彼女に、ロザレナはキョトンとした顔を見せる。


「え? あたしも? あたしもこいつと一緒にされるの? 何で?」


「ルナティエ様。私も日頃お嬢様とグレイレウス先輩の奇行には呆れ果てているんですよ。そのお気持ち、よく分かります。同じ思いを共有できる仲間ができて嬉しい限りです」


「いや、待ちなさい、アネット、ルナティエ。あたしはこんな、素っ裸で砂浜歩いているような馬鹿じゃないわ! 一緒にしないで欲しいわね!!」


「そうですよ、師匠(せんせい)。流石にオレとロザレナを一緒にするのは間違いかと……」


「は?」「ん?」


 向かいの席から首を傾げ、見つめ合う、ロザレナとグレイレウス。


 どうやら俺の弟子は二人とも、自分が常識知らずなのを理解できていないようだ。


 夏休みが始まる前、二人で決闘をして、修練場を破壊した事件をもう忘れてるのかな? この子たち?


「……お嬢様とグレイレウス先輩の常識度については、一先ず置いておくとことにして……」


「置いておかないでよ!?」


「グレイレウス先輩。先ほど私と出会った時、何かお話されようとしていましたよね? アレクサンドロス領で何かがあったとか?」


 俺のその言葉にコクリと頷きを返すと、グレイはルナティエへと顔を向けた。


「おい、クズ女。フランシア伯は今、屋敷にいるのか?」


「いい加減、そのクズ女って呼び方は止めて欲しいですわね……」


「いいから答えろ」


「……はぁ。お父様は今、御屋敷にはいらっしゃらないと思いますわ。何か御用時でもあるんですの?」


 グレイはその言葉に目を細めると、俺、ロザレナ、ルナティエへと順に視線を向ける。


 そして小さく息を吐くと、目を伏せ、静かに口を開いた。


「―――恐らくもうじき、マリーランドは戦場となる。オレはそのことを、フランシア伯へと伝えにきたのだ」


「え……?」「は?」「戦場……?」


 俺たち三人はグレイの放ったその一言に思わず、瞠目して固まってしまう。


 俺が困惑していると……ロザレナとルナティエは立ち上がり、驚きの声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってよ、グレイレウス。戦場って……いったいどういうことよ!?」


「そ、そうですわ!! 詳しくお話してくださいまし……!!」


 焦燥した様子を見せる二人。俺は二人の言葉を代弁するように、グレイへと視線を向ける。


「詳細をお聞きしてもよろしいでしょうか? グレイレウス先輩」


「はい、師匠(せんせい)


 コホンと咳払いをすると、グレイは続けて口を開いた。


「―――オレは今朝、アレクサンドロス領の街の外れで、剣の修練をしていました。ですがその時、突如『紅い鎧』を着た謎の騎馬隊が街に入ってきたんです。オレは何とか騎馬の一人を倒すことには成功したのですが……多勢に無勢、街は瞬く間に奴らに占拠されてしまいました。恐らくは今頃、アレクサンドロスの屋敷も落とされてしまったことでしょう。養父や義理の弟たちが無事であれば良いのですが……」


「あんた、何ですぐに家族を助けに行かなかったのよ!? 今、フランシア領に来ていてる場合じゃないんじゃない!?」


「いえ、お嬢様。グレイレウス先輩の判断は正しいものかと思います。敵の数があまりにも多かった……だから自分では手に負えないと考え、救援要請をしにここへとやって来た。そうですよね? グレイレウス先輩?」


「その通りです、師匠(せんせい)。……ロザレナ、オレだって大恩ある養父のことは心配だったさ。だが、先の大森林の戦いで【剣神】ルティカに挑み、敗北してから考えが変わったんだ。勝算無き戦いに身を投じるよりは、戦力を増やし、確実に仕留められる好機を狙った方が良い。勝ち目のない戦に挑むほど、愚かなことはないのだからな」


「あたしには分からない考え方ね。大事な人が危険だったら、すぐ助けに行くのが良いと思うのだけれど」


「まぁ、分からないだろうな。お前のような勝算も無くただ敵に突っ込むだけの猪頭には、端から理解できるとは思っていない」


 ロザレナはグレイの言葉に不機嫌そうにピクリと眉を動かす。


 宥めるようにしてそんな彼女へ微笑みを向けた後。俺は、話の核心をグレイへと投げてみた。


「それで、グレイレウス先輩。アレクサンドロス領が襲撃されたことは分かりましたが……マリーランドが戦場になる、というのは、いったいどういうことなのですか?」


「……騎馬の一人を倒した後。オレは、敵の数や武装を確認するために、一旦街へと戻りました。その時に、紅い鎧を着た連中の会話を盗み聞きしたんです。次に向かうのは―――マリーランド、だ、と」


「なるほど……」


 ……紅い鎧、か。


 騎士の鎧の色は、それぞれの国のカラーがある。


 【白銀の鎧】は王国。【漆黒の鎧】は帝国。そして【紅色の鎧】は―――共和国。


 話を聞く限り、アレクサンドロス領を襲ったのは共和国の兵士だと思える。


 だけど、宣戦布告もなく秘密裏に侵略戦争を仕掛けたのなら、わざわざ紅い鎧など着てくるだろうか? 


 何となく、きな臭ささを感じる話だな。


「……って、ちょっと待って? 紅い鎧? それって……」


 ロザレナは突如顎に手を当て考え込む仕草を見せると、隣に座るルナティエへと視線を向けた。


「ねぇ、ルナティエ。あんた、今朝、傭兵と揉めていた時に『紅い鎧』のことについて言っていたわよね? あの傭兵たちが紅い鎧を着た連中とつるんでいたとか何とかって」


 ロザレナのその言葉に、ルナティエはビクリと肩を震わせる。


 そして彼女はばつの悪そうな様子を見せると、額に手を当て、頭を横に振った。


「ロザレナさんはお馬鹿なのか鋭いのか、たまによく分からなくなってきますわね」


「あんたがあたしとアネットに何かを隠しているということは、何となく最初から察してはいたわよ」


「本当は巻き込むつもりはなかったのですが、分かりました。今、フランシア領に何が起きているのか説明致します。ここでは人目が多いですから……場所を変えますわよ。フランシア家としては極力このことを、民には伝えないよう動いていますから」


 そう言ってルナティエは席を立つと、砂浜を歩いて行った。


 俺とロザレナ、グレイも席を立ち、そんな彼女の後をついて行った。








 ルナティエに連れて来られた場所。


 そこは、海水浴場からかなり離れた、入江となっているプライベートビーチだった。


 キョロキョロと周囲を見渡し、辺りに人がいないことを確認した後。


 ルナティエは、目の前に立つ俺たち三人に向けて口を開いた。


「泣き虫グレイレウスが言っていた通り、現在フランシア領には、アレクサンドロス領に現れたのと同じ『紅い鎧』を着た連中が散見されていますの。彼らは次々と領内の村を襲って、制圧し、陣地を広げてきている……現在、お父様とお兄様はその『紅い鎧』を着た者たちが共和国の兵士だと判断して、フランシア領内に現れた『紅い兵団』を探しに行って、直接対処に当たっていますのよ」


「え? 共和国?」「ふむ? 紅い鎧の者たちは共和国の兵だったのか……?」


 ロザレナとグレイは同時に首を傾げる。


 どうやら紅い鎧を装備するのは共和国の兵士だという点を、二人は理解していなかったようだ。


 そんな二人に対して、ルナティエは呆れたように肩を竦める。


「まったく……他国に対しての知識が浅い方たちですわね。良いですか? 紅い鎧は、共和国の兵士が戦闘時に身に着ける国装なんですわ。つまり現在、王国南西フランシア領に対して、共和国は宣戦布告もせずに兵士を送ってきたということです」


「それって……やばいんじゃないの!? 戦争でしょう!? 王都に助けを求めて、騎士団や【剣聖】を派遣してもらった方が良いんじゃないの!?」


「…………ロザレナさんの仰る通りですわ。ですが、お父様は……聖騎士団を牛耳るバルトシュタイン家に借りを作るのを避け、自領内のことは自分で片を付けると言って、王都に救援要請はしなかったのです」


「え? フランシアの伯爵様は、バルトシュタイン家に救援要請をしなかったんですか……?」


 思わず疑問の声を溢してしまう。そんな俺に、ルナティエは首を傾げてみせた。


「? どうかしましたの? アネットさん?」


「あ、いえ。確か、エルジオ伯爵は、フランシア伯は事前にバルトシュタイン家とオフィアーヌ家に救援を要請して、断られたと、そう言っていたような気がしたのですが……」


「そういえばそうだったわね。フランシア伯爵はバルトシュタイン家とオフィアーヌ家に救援を求めたけど断られて、最後にレティキュラータス家に救援を求めてきた……って、お父様はそう言っていたっけ」


「……そんなことが……?」


 眉間に皺を寄せ、思案するルナティエ。


 グレイはそんな彼女に視線を向けると、腕を組み「フン」と鼻を鳴らした。


「…………恐らくはプライドが邪魔をしたのだろう。くだらない話だ」


「プライド?」


 ロザレナの疑問の声に、グレイは頷き、口を開く。


「フランシア伯は領民思いの良い領主と聞く。だが、とてつもなくプライドが高く、我が強い領主という話も同様に耳に入ってくる。自分と同等、もしくは格上の位の者から手を借りることは一切無いらしい。実際オレは、幼少の頃に養父に連れて行かれた社交場で、何かに足を躓かせ転んでいたフランシア伯を見たことがあるが……その時の彼は、バルトシュタイン伯から伸ばされた手を無視し、自分の力で立ち上がっていた。そのことから見ても、誰かに借りを作ることを極端に避けている様子が窺える」


「……それって、レティキュラータス家は格下だから、借りも何も無いと思って救援を求めてきたってこと? なんか嫌な感じね、フランシア伯って。やっぱりあたしは好きになれそうにな――」


「お父様は、そういう方ではありませんわ!!!!!」


 ルナティエの大きな声に、ロザレナはビクリと肩を震わせ、驚いた表情を浮かべる。


 ロザレナのその顔を見てルナティエはハッとすると、俯き、辛そうな様子を見せた。


「お父様は……確かにプライドが高い方かもしれません。ですが、どんなに辛い状況の中でも、格下の貴族だからといって助けを求めることは……無いと思いますの。唯一救援を求めたレティキュラータス伯に声を掛けたのは、きっと、何かしらの想いがあってのことだと……わたくしは思いますわ」


 そういえばルナティエは、レティキュラータス伯とフランシア伯は元騎士学校の同級生だったと言っていたな。


 確かに、普段嫌悪し、目の仇にしているレティキュラータス家にフランシア家がわざわざ救援を求めるというのは……少し、不可解な点ではある、か。


「フランシア伯の動向は一先ず置いておくとして……グレイレウス先輩の話では、これからマリーランドが襲撃されるというお話でしたよね? どうしましょうか? もう、日も暮れ始めましたが……」


 俺は、チラリと、水平線の真上にある太陽を見つめる。


 午後14時くらいに海へと出てきたから……時刻は今、恐らく16時くらいだろうか。


 すっかり辺りは薄暗くなり、空は黄色くなり始めていた。


師匠(せんせい)。オレはとりあえず今からフランシア家の屋敷に向かって、アレクサンドロス領で起こった出来事と、これからマリーランドが襲撃されることを、フランシア伯に伝えて来ようかと思います」


「そう、ですわね。それがいいかもしれませんわね。お父様ももうそろそろ領地の見回りから帰る頃。とりあえず、みなさん、一緒に帰ると致しましょうか……」


「賛成。はぁ……せっかく観光を楽しんでいたのに、何か、とんでもない状況のところに来ちゃったわね。橋も壊されちゃったし……どうやって帰れば良いんだろ?」


 まぁ、帰ろうと思えば帰れなくもないけどな。


 俺の持つ【転移】の指輪を使えば、満月亭の前まで一瞬で行けるので、橋が壊された点は別段問題はない。


 ただ、ルナティエとグレイをこのままここに置いて俺たちだけ帰るというのは……流石にできないな。


 俺にとって二人は、友達……いや、自分の子供のような存在だからだ。


「マリーランドが戦場になる、か……フランシア伯が救援を求めていたことから、何かしらあるとは思っていましたが……思っていたよりも大変な事態に見舞われているようですね」


 俺は大きくため息を吐き、前を歩いて行くルナティエ、ロザレナの後に続いていく。


 そして俺が歩き出すと、背後からグレイがついてきた。


 まったく、こいつは相変わらず俺の後ろを半歩遅れてついてくるのが好きなようだな。


 どうせ前を歩けって言ってもまたこいつは「弟子は師の後ろを歩くものですので」とか何とか言って、拒否してくるのだろう。もう、無視して構わないか……。


「……ん?」


 ―――その時。俺は足を止め、肩越しに背後へと視線を向けた。


 そんな俺の様子に首を傾げて、グレイも足を止める。


「どうかしましたか? 師匠(せんせい)?」


「あれは……」


 いつの間にか浜辺の奥に、白いワンピースを着た少女が立っていた。


 龍のような曲がった角が頭部から生え、ワインレッド色の髪を揺らす少女は、静かに海を見つめている。


 あれは……龍人族(ドラグニクル)、か?


 初めて見る種族故、断定はできない。


 だが、もしそうだとしたら、亜人差別が残る王国では珍しい存在と言えるだろう。


「ん? あぁ、いつの間にか浜辺に、オレたち以外の来客がいたんですね。あの少女に、何かあるんですか?」


「いや…………何でもない。行くぞ、グレイ」


「はい!」


 俺はそう言って、前を振り向き、グレイを連れて歩いて行く。


 そしてそのまま、ロザレナたちの元へと戻って行った。

 


 




「……メリア、こんなところに居たのか?」


 完全に日が落ち、周囲が暗くなった頃。


 浜辺をザクザクと歩いて、龍人族(ドラグニクル)の少女の背後から、漆黒の騎士が姿を現す。


 少女は虚ろな瞳で海を見つめると、静かに口を開いた。


「…………とても、強そうな子がいたよ」


「ほう? 君がそう言うとは、それなりの手練れだったのかな? 相当な闘気の持ち主だったか?」


「逆に、何も感じなかった」


「……? 何も?」


「うん。普通の人は、微弱ながらも常に闘気を身に纏っている。でも、あの子、一切身体に闘気を纏っていなかった。逆にそれが不自然だったの。他の子からは……青紫色の髪の子とマフラーの子と金髪の子からは、闘気を感じたのに、あの子からは……何も感じなかった」


「…………剣の才能がない素人、もしくは暗殺者(アサシン)の才能がある者……という線も捨てきれないが……確かに、一切闘気を纏っていないのは不自然だな。敢えて存在感を消している線もあり得るだろう。しかし、闘気を身に一切纏わないというのは、生半可な闘気操作でできることではない。君の読み通りならば、想像を絶した手練れであることが窺える」


 龍人族(ドラグニクル)の少女は、鎧騎士へと視線を向けると、開口した。


「……貴方でも、勝てない人っているの?」


「フッ。この俺に勝てる剣士など、恐らく現代では殆どいないさ。……さて、メリア。予定通り、修行の前にまずは武器屋に行くとしよう。そこで君の武具を見つけねばならんからな」


「武器……」


「馴染みの鉱山族(ドワーフ)がやっている店があるのだ。フッ、あの偏屈男はまだ、この街で店をやっているのだろうか。奴は、工芸品造りが本業であるらしいが、あきらかに武器の製造の方がレベルが高い。とても、可笑しな男だった。懐かしいな……狼の姉妹剣を造りし刀匠ラルデバロンの弟子、ゴンド・オースウェルよ」


 そう口にすると、漆黒の騎士は一度、腰にある赤狼刀を撫でる。


 そして踵を返し、颯爽と砂浜を歩いて行った。


 そんな彼の後を、龍人族(ドラグニクル)の少女は静かについていくのだった。

第187話を読んでくださってありがとうございました。

夏休み編も、ようやく中盤に入ってまいりました……!

あとは章の完結目指して頑張ります!


いつも、いいね、評価、ブクマ、感想、ありがとうございます!

とても励みになっております~!!

昨日は、メイドの日だったみたいですね!

メイドの日に最新話投稿したかったです笑

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[気になる点] >「青紫色の髪の子とマフラーの子と金髪の子からは、闘気を感じたのに、あの子からは……何も感じなかった」── ──あの子とは、たぶんアネットの事を指しているのだと思うけど、もしそれなら…
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