第7章 第180話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ⑫
「ここが……領都マリーランド……」
列車から降りて、俺とロザレナはその場に並んで立ち、目の前の光景に唖然とする。
駅のホーム、その向こう側に広がっていたのは―――白い建造物が建ち並んだ美しい街並みだった。
丘の上にある大聖堂からは鐘の音が鳴り響き、その崖下にあるのは、白い建物が多く並ぶ港街の姿が広がっている。
港の向こうにあるのは、広大な海原。白と青しかない世界。
だが、けっしてシンプルというわけでもなく、建物のひとつひとつに銀の装飾や色彩を放つステンドグラスが嵌められており、芸術的外観も兼ね備えている。
王国で一番美しい街とは聞いていたが……まさか、ここまでとはな。
これが海上都市マリーランド。海の上に建てられた、聖教と潮騒の街―――か。
「……お二人とも、マリーランドの街並みを、随分と気に入られたみたいですねぇ」
その声に我に返り、俺とロザレナは同時に背後を振り返る。
するとそこには、列車の中で出会った、金髪の修道女―――リューヌの姿があった。
彼女は焦点の合っていない目で俺たちの顔を交互に見つめ、ニコリと、微笑みを浮かべる。
「何の目的でこの街に訪れたかは存じませんが……。この街は観光するには打って付けの場所。ぜひ、心行くまで楽しんでくださいねぇ。ロザレナちゃん、メイドちゃん」
「……あんた、確か、この街に実家があるって言っていたわよね?」
「ええ、そうです。わたくしはこの街出身の人間。ですのでもしかしたら、また何処かで、お会いするかもしれませんねぇ」
「正直に言うけれど……あたし、あんたとはあんまり関わりたくないわ」
「? どうしてですかぁ? 級長同士、だからですかぁ? さっきも言いましたが、わたくしは争いを好みません。これからもずっと、ロザレナちゃんには何もしませんよぉう?」
「あんた……何か、嫌な感じするのよ」
ロザレナのその発言に、リューヌは目を見開き、初めて驚いた様子を見せる。
「嫌な感じ、ですかぁ?」
「何か、あんたからは嘘の気配……いや、この表現はちょっと違うかな。あんた、さっき『騎士たちの夜典』で生徒を引き抜きするって話をしていたけど、アレ、半分本当だけど、半分嘘吐いているでしょ?」
「どうして、そう思うんですかぁ?」
「強者だけを選定してクラスに引き入れるって言ってたけど、その人選って、いったい誰が決めるの?」
「わたくし、ですかねぇ?」
「勝ち確決定のクラスの切符を相手にチラ付かせて、八百長試合で自分が選んだ生徒を自分のクラスに引き入れる……それって、ようはあんたの手下になるってことでしょう? まともな思考回路している奴だったら、普通、その提案には誰も乗らないと思うのだけれど? あんたの策、端から無理しかないでしょ」
「……ロザレナちゃん。例えばの話ですが、鷲獅子クラスの級長、牛頭魔人クラスの級長、毒蛇王クラスの級長、その全ての級長一同が、自分のクラスを捨てて、天馬クラスに入ったら……どう考えますか?」
「他のクラスの級長に会ったことがあんまりないから分からないけれど……シュゼットが他クラスに移動したら、間違いなく毒蛇王クラスは終わりだと思うわね。あのクラスは、シュゼットが上から力で支配しているクラスだろうし。あいつ以外、大したことないだろうし」
「そうですねぇ。基本的に、級長が他クラスに移動したら、戦力は激減し、そのクラスは終わりを迎えるでしょうねぇ。そうなれば、級長が集まった天馬クラスの勝利は確定的だと思いませんかぁ? 誰もが、わたくしのクラスに入りたがり、その切符を求めて止まなくなる」
「だから……それって、たらればの話でしょう? あんた、他の級長を自分のクラスに引き入れる策でもあるっていうの? あたしもシュゼットも、今のところ、何があってもあんたのクラスなんかに入らないと思うけれど?」
「策は勿論、ありますよぉう? ですが、それを貴方にお話しするのはまだ、憚れますねぇ」
「……それよ。あんたは、終始、あたしたちと本音で会話をしていない。のらりくらりと適当なことを言って、こちらの反応をつぶさに見ている」
……これは、驚いた。
野生の勘、という奴だろうか?
俺がリューヌに会ってからずっと感じていた違和感を、まさかロザレナが気付くとは。
「酷いですよぉう、ロザレナちゃん! わたくし、嘘なんか吐いていませんよぉう! うぇーん! うぇーん!」
ハンカチを取り出し涙を拭く真似をするリューヌ。
だが、彼女はハンカチで顔半分を隠したまま―――ニヤリと、小さく笑みを浮かべた。
「……力だけの級長かと思いましたが……思ったよりも鋭いんですねぇ。ただ、ひとつ、誤解していますが」
「誤解?」
「わたくしは、嘘はひとつも吐いておりません。争いは良くないことだと思いますし、先ほど申した通り、今は引き抜きの方針でクラスを勝利させようと考えています。人間というものは、明確な利益を与えれば、簡単に動かすことができる生き物。勝ち確クラスの切符、それを用意できれば、わたくしは全てのクラスを掌握することができるのですから」
相変わらず、リューヌの目は、人を見る目をしていない。
ロザレナをそこにある『モノ』としか見ていない目だ。
「だから、それはできたらの話でしょ? というか……もう面倒くさいから、正々堂々と戦ってきなさいよ!!!! あたし、敗ける気ないから!!」
腕を組んで仁王立ちするロザレナ。
リューヌはそんな彼女に対して首を横に振ると、踵を返す。
「わたくしは、無益な争いが嫌いです。天上の女神様は血を好みませんから。……もし、たった一人の戦力だけで勝敗を決める、そんな強力な個、ジョーカーがいれば……級長全員を引き抜くなどという暴挙をしなくても勝ち確定になるのですが……まぁ、そんな存在、夢物語ですかねぇ……」
最後にそんな意味深な発言をして、リューヌは去っていった。
彼女の背中が小さくなっていくのを見送ると、ロザレナは大きくため息を溢す。
「なんなの、あいつ! 何か、話していてすっごく気持ちが悪いんだけど!! 道化を演じているピエロとでも話しているみたい!!」
「的確な表現かもしれませんね。あのリューヌという少女の発言は、真に受けない方がよろしいかと」
シュゼットは以前自分を嘘吐きだと言っていたが、彼女の嘘の根底にあるのは、相手を弄び、快楽を見出すと言うサディスト的な一面からきているもの。
だがあのリューヌとかいう女は、何がしたいのかまるで感情が読めない。
常に顔面に微笑を張り付かせ、その奥底にある本性をひた隠しにしている。
……あの少女は少し、異質な存在なのかもしれないな。彼女の性質が善なのか悪なのか判断できない。
「さて……あのピエロ女のことは置いておいて……ルナティエを探しに行くとしましょうか、アネット」
ロザレナはそう言うと、俺の前に立ち、腰に手を当てる。
俺はそんな彼女にコクリと頷き、マリーランドの街へと視線を向けた。
「ルナティエ様は、恐らく、フランシア家の御屋敷におられると思います。いきなりレティキュラータス家の息女が訪問してきたら家の方は驚くと思われますが……まぁ、エルジオ伯爵に救援要請を頼んでいたくらいですから、門前払いはされないかと」
「フランシアの御屋敷かぁ……どんな感じなんだろ。何気にあたし、他の四大騎士公の御家に行くのって初めてだわ。ちょっとドキドキかも?」
俺はオリヴィアに連れられてバルトシュタイン家の御屋敷に行ったから、実質二回目か。
荒野にあったバルトシュタイン家の屋敷に比べたら、フランシアの屋敷はまだ行きやすそうだな。
「―――あの、聖堂が建つ丘の下にある御屋敷が……それっぽいですね。行ってみましょうか、お嬢様」
「ええ」
俺とロザレナは二人並んで、駅のホームから出て、マリーランドの街へと入っていくことに決める。
……その途中。慌ただしくホームを走って行く駅員二人とすれ違った。
「橋が破壊されたって、本当の話なのか!?」
「わ、私にもまだ分かりません! ですが、橋付近にある砦が紅い鎧を着た連中に制圧されたと、報告が!!」
(……橋が破壊? 砦が制圧?)
俺は思わず立ち止まり、去って行く駅員を目で追ってしまう。
そんな俺を不思議に思ったのか、ロザレナが前から声を掛けてきた。
「どうしたの、アネットー? 早く行くわよー!!」
「あ、は、はい、ただいま!!」
何となく、不穏な気配を感じる。
橋が破壊されたとなれば、フランシア領は孤立したともいえるからだ。
だが……今はまず、ルナティエと合流して事情を聞くのが先決だろう。
俺はロザレナに合流し、歩みを進めて行った。
マリーランドの街の中は、上から見た時と同じで、とても美しかった。
左右には白い建物が建ち並んでいて、港まで、白い石畳が緩やかな下り坂となって続いている。
露店のようなものもやっており、やはり海が近いからか、海鮮系のものが多い様子だ。
その匂いにつられてか、ロザレナは露店に近寄ると、店のおばちゃんに銅貨を渡し――二本の串焼きを手に持って戻ってきた。
「はい、これ、アネットの分!」
「貴族のご令嬢が買い食いですか? お嬢様」
「そうよ。あたしはどうせ、礼節も何も知らない脳筋お嬢様ですからねー」
「まだ根に持っておられるのですか……まったく」
俺は呆れた笑みを浮かべつつも、お嬢様から串焼きを受け取り、お礼を言う。
貰った串焼きは、貝や魚の身などにみりん醤油をかけて焼いたシンプルなものだった。
バジルなどの香草が上にかかっており、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐってくる。
「いただきまーす!! あむ、もぐ、むぐっ……う~~ん!! 美味しい~~~っ!!!! たまには魚介もいいわね、アネット!」
「もぐもぐ……そうですね。とても美味しいです。こちらの串焼きを見たところ、この街は、料理に香草を多く使う傾向が強いように思えます。料理好きとしては、他のお料理も見て、舌でレシピを盗みたいところですね」
「うわ、出たわ、料理マニアのアネットさんの顔が。……あ、そうだ! ねぇ、お洋服屋さんとかもあるかな? この街、何か歩いている人、みんなオシャレな人が多い感じじゃない? 女の子としては、気になるところよね!」
「いえ。私は、服には全然興味ありませんが。それよりも、何処かレストランで他のお料理を―――」
「アネット!! 前から思っていたけど、貴方、素材は良いのに何でそんなに着飾ることに興味ないのよ!! いい加減メイド服以外の服着て、お化粧でもしなさいよ!!」
「え、嫌です」
「何でよ!! もっと、こう……胸元空いたド派手なドレスとか着なさいよ!! あんた、そんなにプロポーション良いんだから!!!! ドエロい恰好しなさいよ!!!!!」
「……それ、お嬢様が私を着飾って遊びたいだけですよね?」
「勿論よ!!!!」
「鼻血を出して言わないでください……」
俺はハンカチを取り出し、お嬢様の鼻血を拭う。
―――その時。背後から、大きな怒鳴り声が聴こえてきた。
「……貴方たち!! 即効、この街から出て行きなさい!!!!」
「ん?」「あれ? この声?」
背後を振り返る。するとそこには、3人の男に声を荒げる金髪ドリル髪の令嬢の姿があった。
彼女は眉間に皺を寄せながら、男たちに果敢に声を張り上げる。
「貴方たちが怪しげな紅い鎧の連中と話していたという情報は、既にわたくしの耳に入っていますわ!! お父様が動けない今、わたくしはフランシア家の令嬢として、この街と領民を守る責務がありますの!!!! すぐに出て行きなさい、不遜者たち!!」
「おいおい、いったい何を言ってるんだ、フランシア家のご令嬢さん? 俺たちはそこの酒場で、楽しく酒を飲んでいただけだぜ? その、紅い鎧の連中? のことも知らないぜ。なぁ?」
「うっす。何か、勘違いしているんじゃないのか、お嬢ちゃん?」
「御黙りなさい!! 出ていかないのならば、わたくしが、この手で―――」
ルナティエは腰のレイピアに手を当て、鞘から瞬時に剣を引き抜く。
だが、男たちもそれなりに剣の経験者だったのか……腰からロングソードを引き抜き、ルナティエの剣を弾いてみせた。
「あっ!」
ルナティエのレイピアは、空中で弧を描き、地面へと落ち……石畳の上に転がる。
そして男はすぐさまロングソードの切っ先を、ルナティエの首元へと突き付けた。
「申し訳ないねぇ、お嬢ちゃん。俺たちはお偉い貴族さまと違って、傭兵稼業で食ってきているんだ。年季が違うのよ、年季が」
「鞘から抜いた動作を見たところ、このお嬢ちゃん、速剣型っぽかったが……まさか剛剣型のブラッシュの兄貴に速さ負けするとはな!! 四大騎士公も大したことがないってか!!」
「残念だったな、お嬢ちゃん! うちの大将は【剣鬼】の称号を持つ実力者だ! あんたみたいにお遊戯で剣を習っているお嬢様に負けるわけがないんだよ!! ガッハッハッハッハ!!」
「……ッ!!」
ルナティエは悔しそうに下唇を噛み、目の端に涙を溜める。
だが、彼女は、泣くのを必死に我慢している様子だった。
その様子からして……やはりフランシア領で何かがあったのは、間違いなさそうだ。
「ねぇ、アネット。あいつら、やっちゃっていい?」
「ええ、よろしいですよ、お嬢様。ただひとつだけ、条件がございます」
「何?」
「この旅の最初に私が言ったように、闘気をセーブする感覚を持って、あの男たちを倒してきてください。これも修行の一環です」
「分かったわ」
ロザレナは俺に串焼きを渡すと、腰の剣に手を当てたまま、地面を蹴り、疾走していく。
「……そうだ。フランシア家のご令嬢さんよぉ、俺たち、酒代が足りねぇんだわ。惨めに泣き喚く前に、ちょっと銀貨三枚を―――……ッ!?!?」
ロザレナは、ルナティエの前に立っていた男の背中に目掛け、唐竹を放つ。
男はその闘気に気付き、瞬時に振り返り、剣を横にしてその唐竹を受けた。
だが―――。
「ぐっ!? な、なんだ、てめぇはぁぁぁぁぁ!?!?」
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
「ちょ、待っ―――!?!?」
ロザレナの唐竹は男の剣を中ほどから折り、彼の身体を首から斜め横に斬り裂いていく。
鉄でできた男のプレートメイルは斬り裂かれ、そこから、鮮血が宙を舞った。
鎧を着ていなかったら、今頃男の身体は真っ二つになっていただろうな。
……実に、悪くない太刀筋だ。
やはりお嬢様は、唐竹だけでいえば、最下級である称号【剣鬼】レベルではもう、相手にすらならないか。
「あ、兄貴ーーー!?!?」
血を流しながら倒れる男に駆け寄る、二人の手下たち。
ロザレナはヒュンと剣に付いた血を払うと、前方にいるルナティエへと視線を向けた。
「情けないわね、ルナティエ。あんた、それでもあたしのライバルなわけ?」
「ロ、ロザレナさん!?」
ルナティエは目の前に立つロザレナに、驚き、目を見開くのだった。
第180話を読んでくださって、ありがとうございました。
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