表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
197/270

第7章 第178話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ⑩


「良いですか、お嬢様。闘気というのは、剣に纏って攻撃することもできれば、身に纏って防御力を高めることもできる代物です。ですがその攻守の操作は、一朝一夕では行えるものではありません。戦況を見て、どこに闘気を纏うかを瞬時に判断する……それは、達人の領域とも言うべきものですから」


 王都行きの馬車。その乗車席に乗りながら、俺は、隣に座るお嬢様へとそう講義をする。


 お嬢様は俺のその言葉に首を傾げると、足をブラブラとさせ、こちらに顔を向けながら口を開いた。


「だったら、常に身体と剣の両方に闘気を纏っていたら良いんじゃない? そしたら、攻守ともに隙がないでしょ? やだ、あたしってば天才じゃないかしら? フフン! 褒めてもいいわよ、アネット!」


「流石は脳筋お嬢様。とても教え甲斐のあるお馬鹿な疑問を投げてくれて、ありがとうございます」


「誰が脳筋お嬢様よ!! ぶっ飛ばすわよ、嫌味メイド!!」


「ちょ、馬車の中で暴れないでください! 他の乗客の方に迷惑ですから!」


 ぽかぽかと可愛らしく俺の肩を叩き始めるお嬢様。


 そんなお嬢様の手を掴みつつ、俺は、向かい側にある席、そこに座る人物へと視線を向ける。


 そこには、こちらを微笑ましそうに眺める杖を持った老婆の姿があった。


 彼女は俺と目が合うと、頬に手を当てながら、優しく声を掛けてくる。


「ふふふ。別に、こっちは気にしなくても良いですよ。仲睦まじい会話を聞けて、楽しいですからね」


「騒がしくしてしまい、申し訳ございません……」


「足元に鞄と……箒? を置いているけれど……旅行かしら? 学生さんは夏休みシーズンだろうからね。楽しんでおいでね」


 そう口にすると、老婆はふわぁと大きく欠伸をする。


 そして、うつらうつらと、船を漕ぎ始めた。


 その姿を眺めていると、隣からお嬢様が肩を叩いて来る。


「それで? さっきの話の続きだけど、何で、身体と剣の両方に闘気を纏うのは駄目なのよ?」


 俺は呆れたため息を吐きつつ、老婆を起こさないように小声で、再び彼女に剣の講義を始める。


「確かに、剣と身体の両方に闘気を纏っていれば、一切の隙はありません。ですが、それは……普段のお嬢様がやっていることと同じなんですよ。戦闘時、常に全開で身体中に闘気を纏っていることが、貴方様がガス欠を起こす主な原因なんです」


「え……?」


 ロザレナはその言葉に、驚いたように目をパチクリと瞬かせる。


 俺はそのまま、彼女に対して口を開いた。


「剣の達人は、相手の闘気・佇まいを見て、瞬時にその力量を図れます。ただ闘気を垂れ流しにして戦っているのは素人の証ですからね。素人と達人の差というのは、実は、一目瞭然なものなんですよ」


「た、ただ闘気を垂れ流しにしていたから……だ、だからあたし、あんなにガス欠していたの……?」


「その通りです」


 剣の達人ともなれば、相手に手札を明かさないためにも、常に闘気をセーブしていることが多い。


 闘気の残量を相手に察知させれば、スタミナ勝負に持ちこまれて敗北……ということもあるからだ。


「……私は、現代の剣士の修練方法をよく知りません。ですが見たところ、騎士学校に通っている生徒の殆どが、この基礎訓練を疎かにしている傾向が強いと思えます。私が生きていた前世の時代の剣士は、覚える必要のない速剣型、魔法剣型ですら、闘気のコントロールを習得していました。しかし私が騎士学校で見てきた生徒の中でこの基礎ができていたのは、シュゼットさんだけでした。みんな、お嬢様と同じように常に垂れ流しで、少々、がっかりしたものです」


「現代の剣士……? 前世って何よ? 貴方、時たまその単語が出てくるわよね? 何なのよ、それ?」


「……コホン。何でもありません。とにかく、称号持ちと呼ばれる剣士は皆、闘気のコントロールができて当たり前のものなのです。ですからお嬢様も上を目指すのなら、闘気の操作は必ず通らなければならない道なんです」


「そう言われても、あたし、闘気なんて目に見えないものを操作しろって言われても、いまいち感覚がつかめないのよね。正直、以前の唐竹の修行に比べれば、あんまり自信がないわね」


「そうですね……いち早く感覚を掴みたいのなら……例えば、これなんてどうでしょう」


 俺は左手の掌をロザレナへと向けて、掲げる。


 そんな俺の姿を見て、ロザレナは訝し気に眉をひそめた。


「なに、急に手なんて上げて。ハイタッチ?」


「お嬢様。私の(てのひら)を見て、何か感じませんか?」


「? 何も感じないけど?」


「そうですか。では、次に、私の掌を自分の手で押してみてください」


「分かったわ」


 ロザレナが俺の掌に触れ、手を合わせる。


 だが、俺の掌はびくともしない。


「お嬢様、全力で押してみてください」


「わ、分かったわ。……えいっ!! えいっ!! おりゃー!! ふんがーっ!! ……ゼェゼェ……な、何で、全然動かないの!?」


 ロザレナにいくら押されても、俺の左手は動かない。


 その光景を確認した後。俺は、もう片方の右手の掌を上げ、ロザレナの前へと掲げる。


「では、次に、こちらを押してみてください」


「わ、わかった。えいっ!! ……って、あれ?」


 今度は、俺の右手は簡単に奥へと追いやられ、動いた。


 俺はニコリと微笑みを浮かべた後、お嬢様に声を掛ける。


「では……最後に。もう一度、最初に触れた、私の左手に触れてみてください」


「う、うん」


 奥へとおいやられた右手を膝の上に置き、俺は再び左手をロザレナの前へと掲げる。


 おっかなびっくりといった様子で、ロザレナは手を戻すと、俺の左手に触れた。


 ――――その瞬間。


 突如バチッと静電気のようなものが起こり、ロザレナの手が弾かれた。


「痛っ!? な、何、今の!? 静電気!?」


「……フフッ。今のは、拮抗した闘気がぶつかり合った結果でございます。最初の私の左手は、お嬢様よりも強い闘気を纏っていたから、びくともしなかったのです。次の右手は、一切闘気を纏わなかったから、私の手は簡単に奥へと追いやられた。最後の左手は……お嬢様と同等の闘気を右手に纏い、触れた結果、力が拮抗して弾かれた。今ので、何となくご理解いただけたのではないでしょうか? 闘気の攻守、というものを」


「…………!!」


 ロザレナは弾かれた自分の手を見つめた後、顔を上げ、目を見開き、コクリと頷く。


「う、うん。何か、闘気? というものの存在を、ようやく感知できたかも?」


「それは良かったです。このやり取りは、お嬢様に闘気の存在を認知してもらうためにやったものですから。今後、特訓をこなすことで、薄っすらと闘気の気配が見えてくるようになってきますよ。まぁ、この程度じゃ、そこまでの領域にいくのはまだ難しいでしょうが」


「そういえば……シュゼットの奴、初めて会った時にあたしとルナティエに対して殺気? みたいなの見せてたわよね? 前にアネットが言っていたけど、あれも、闘気によるものなんでしょ?」


「ええ。その通りです」


「でも、次に、学級対抗戦でシュゼットに会った時、あたし、あいつを全然怖いと思わなかったわ。これってどういうことなの?」


「単純なことですよ。お嬢様の身に纏う闘気が、修行を経て、彼女を上回ったんです。シュゼット様は魔術師(ウィザード)ですから、元々、そこまでの闘気を有してはおりません。私が見る限り、今まで出会ってきた騎士候補生の中では……お嬢様は群を抜いて闘気の保有量が多い方ですからね」


 まぁ、ジェシカという例外もいるが……彼女は闘気のムラっ気がありそうだから、除外しておくとしよう。


「……うへへ。うへへへへへ。あたし、もしかして天才なのかしら? うへへへへへ」


 にへらと、嬉しそうに笑みを浮かべるお嬢様。


 俺はそんな彼女の脳天にチョップをかます。


「そこ、調子に乗らない」


「いたっ!! ちょ、主人の頭を叩くってどういう了見よ、アネット!!」


「私は貴方様のメイドですが、同時に剣の師でもあります。……お嬢様、今まで順調にいってはいますが……この世界は、とても広いです。貴方様よりも闘気を持った剣士など当然の如くいるでしょうし、もしかしたら、私を一瞬で殺せるほどの実力者が、何処かにはいるかもしれません」


「えー? 流石にそれはないでしょー? アネットを超える剣士なんているわけないわよ」


「……いましたよ。少なくともあのオークは、私を殺せる可能性を秘めていました」


「……え? オーク?」


 ――――もし、暴食の王が、ジェネディクトとリトリシアを完全に喰い殺していたら……。


 あの化け物が、もし、他国の強者の力を取り込んでいたら。もし、俺の一部を喰らっていたとしたら。


 前世の肉体から比べて、かなり弱体化してしまった俺では、あっけなく殺されていた可能性がある。


 奴の力はそれほどの脅威を秘めていたのは間違いない。


 この世界には初見殺しの凶悪な加護の力を持つ者や、暴食の王のように、人類を滅ぼす可能性を秘めたイレギュラーな存在がいることは事実だからだ。


 だから、俺が絶対に殺されない保証など、どこにもないだろう。


「お嬢様。私が貴方様を鍛えるのは、自衛のためでもあります。いつも私が貴方様のお傍にいて、その身を守れるとも限りませんから。もしこの先、絶対に勝てそうにないと思った相手に相対した、その時は……必ず逃げてください。貴方様の御命を、何よりも優先してください」


「嫌よ。あたしは【剣聖】になるんだもの。どんな相手だろうと、絶対に逃げないわ」


「お嬢様……逃げることは、時には必要なことです。私は、この前の学級対抗戦が終わった後、保険室でお嬢様の容態を見て、酷く後悔したんです。貴方様に自衛の剣を教えずに、自分の事情を優先して……貴方様を傷付けてしまった、と。私はメイドだというのに、お嬢様をお傍で見守ることができなかったと」


「別に、そのことで貴方が後悔する必要なんてないわよ。あれは、あたしが決めた戦いだもの。あたしが傷付くのは全部、自業自得のことよ」


「いいえ。私の不徳があったことは事実です。ですから――――」


「ねぇ、アネット。貴方は、一度でも戦いから逃げたことがあるの?」


「……え?」


 俺は思わず、その言葉に詰まってしまう。


 するとロザレナはフンと鼻を鳴らして、再度、口を開いた。


「ないでしょ? あたしが目指す剣士は【剣聖】リトリシアでもなければ、過去の伝説的な英雄でもない。あたしが真に憧れているのは……貴方なのよ、アネット。貴方はどんな敵が現れても、絶対に逃げない。必ず、不敵な笑みを浮かべて、果敢に立ち向かっていく。……そうでしょう?」


「い、いや、私は―――」


「……やっぱり、貴方がさっき言った言葉をあたしは認められないわ。アネットが誰かにやられるなんて絶対にあり得ないのだから。……だって、貴方を倒すのは、あたしなんだから……」


 そう言ってお嬢様はそっぽを向くと、窓へと視線を向ける。


 ……その後。俺は彼女に何も言うことができず。


 馬車は王都へと向けて、街道を駆け抜けていくのだった。










「あら? 貴方たちもフランシア領に行くつもりだったの?」


 王都へと到着し、馬車から降りると、先に降りたロザレナが同乗していた老婆と雑談していた。


 ロザレナは驚いた表情を浮かべると、老婆へと声を掛ける。


「え、お婆さんも、フランシア領に行く気なの?」


「ええ、そうですよ。私は、領都マリーランドで孫娘と一緒に暮らしていましてね。休日に、レティキュラータス領、アルフの村に住む友達に会いに行って……今、その帰り道なのです」


「へぇ~。不思議な偶然もあるものね」


 俺は鞄を手に持ちながら、ポカンとするお嬢様の隣に並び、老婆へと微笑みを向ける。


「先ほどから気になっていたのですが……お婆さん、もしかして元修道士の方ですか?」


「あら、何故分かったのですか? メイドさん?」


「首元から三日月と女神を模したネックレスをぶら下げていたので。敬虔な信徒の方かと」


「ええ。その通りですよ。私の孫娘もシスターで……代々、神に身を捧げている家系なのです」


 領都マリーランドには大聖堂があり、信徒も多いと聞くからな。


 月の女神の信奉者が多くても、不思議はないだろう。


「……では、私はこれで。孫娘にお土産でも買ってから帰ろうと思いますので」


「はい。道中、お気をつけて」


「フフ。私も若い頃は、お友達と色んなところに旅をしたものです。若い時は様々なものを見て、楽しむと良いですよ。フランシア領はとても綺麗なところですから、ぜひ、楽しんで行ってくださいね、お二人とも」


 そう口にして、物腰丁寧な老婆は杖を突きながら、王都の雑踏の中へと消えて行った。


 その光景を確認した後。俺は、お嬢様へと声を掛ける。


「さて……お嬢様。フランシア領行きの便を探すとしましょうか」


「わかったわ。馬車を探しに行くのね」


「いえ……。少々運賃は張るのですが、最近、貨物用として帝国から輸入されたある乗り物がありまして。それを利用しましょう、お嬢様」


「? 別にいいけど……あんまり無駄遣いするのは止めた方が良いんじゃないの? あたし、お金貯めてレティキュラータス家の神具を買い戻したいし」


「冒険者活動で稼いだ私のポケットマネーで払うので、心配ご無用です!! というよりも、お嬢様、私があの乗り物に乗ってみたいのですよ!! 帝国で造られたあの乗り物に!!」


 両手を握りしめ、俺は目をキラキラと輝かせる。


 するとお嬢様は、何処か引き攣った笑みを浮かべつつ、俺の言葉にコクリと頷きを返した。


「そ、そう……。何か変にテンション高いわね、貴方……」


「そりゃそうですよ、お嬢様!! あれは、男の子心をくすぐる、かっこいい乗り物なのですから!!」


「いや、貴方、女でしょ……」


 お嬢様はため息を吐いた後、呆れた表情を浮かべ、腰に手を当てた。


「その乗り物の件については分かったけど……その前に、ちょっとだけ寄り道してもいいかしら。昨日お父様から話を聞いてから、レティキュラータス家の英傑の神具……武器屋に売られていた『赤狼刀』のことが気になっちゃって。ねぇ、少しだけ、あの刀を見に行ってもいいかしら?」


「そのくらいでしたら、はい。まだ例の乗り物の発車時刻まで時間がありますし、大丈夫ですよ」


「良かった。じゃあ、行きましょう、アネット」


「はい」


 俺はロザレナと共に、多くの人々が行きかう王都――城門前にある商店街通りを歩いて行った。 







◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「…………」


 蝋燭の火が灯る地下室。


 そこで、漆黒の鎧を身に纏う騎士はテーブル席に座り、自分の手の中にある刀を見つめていた。


 赤黒い鞘に納められた一本の刀。


 その刀をジッと見つめていると、部屋の外から、同じように漆黒の甲冑を着こんだ騎士が現れた。


 その騎士――女性らしき曲線のある身体付きをした騎士は、テーブル席に座る刀を持った男へと声を掛ける。


「……貴殿が、かの有名な剣士―――【覇王剣】アーノイック・ブルシュトローム、か」


「そういう君は、疾の薔薇騎士、ファレンシアだったか。すまないな。俺は、俺が亡くなった後に産まれた剣士については良く知らないんだ。だから、君のこともどれくらいの実力者なのかは知らない」


「別に構わない。貴殿に比べれば、私の実力などあってもないようなものだろうからな。……伝説的な剣聖殿に問う。貴殿は、この状況、どう見ている?」


「どう、とは?」


「邪悪な死霊術師によって再びこの世に産み出され、傀儡とさせられていることだ」


「別段、どうってことはない。俺には、この世に残した未練がある。それは、自分を殺し得る存在を見つけられなかったことだ。最強であるが故に、俺は孤独だった……。その孤独を無くすためならば、俺は、いくらでも死霊術師の傀儡になってやるさ」


「未練……か」


「君にも未練があるのではないか? 薔薇騎士殿。だから再びこの世界に誕生した」


「……私の未練は……長年の夢だった【剣神】の座に一歩届かなかったことと……弟の成長を、見守れなかったことだ」


 そう言ってファレンシアは、かつて首元にあったものに手で触れようとして、それを留める。


 そして彼女は兜の中で大きくため息を吐くと、剣聖へと口を開いた。


「アンデッドの身体では、日の光を浴びることもできはしない。太陽の陽光を浴びれば、瞬く間に身体が砂塵と化すからだ。だから我らは、鎧で完全に身体を覆い隠し、闇の中で生活することを余儀なくされている。加えて、召喚した死霊術師、百足のロシュタールの命令には逆らえないときている。まさに、地獄と言っても良い状況だろう」


「そうだな」


「そんな不自由な身である我らが、自分の未練を解決できる可能性があるだろうか?」


 ファレンシアが、そんな疑問の声を上げた……その時。


 剣聖の前に、銀のトレイを持った少女が現れた。


 龍の角が生えたその少女は、トレイの上に乗せられた湯気立つマグカップを剣聖の前に置く。


「ありがとう、メリア」


「……」


 メリアと呼ばれた少女はコクリと頷くと、その場をとたとたと走り去っていく。


 その光景を見て、ファレンシアは訝し気に首を傾げた。


「今の少女は?」


「俺の未練を解消してくれるかもしれない存在さ」


 剣聖はそう口にすると、テーブルの上にあるマグカップを手に取る。


 そして彼は、兜のバイザーを開け、マグカップの中身……コーヒーに口を付けた。


 だが―――。


「――――――ゴホッ、ゲフッ!! あ、味もしなければ、胃に流し込むことにも拒否感を覚えてしまうとは……!! や、やはり、アンデッドの身体では、飲食の類はできないということか!! なんとも不思議な感覚だ……!! はははは、面白い!!」


「……いったい何をしているのだ、剣聖殿……」


 剣聖のその姿に呆れたため息を吐いた後、ファレンシアは、先ほどから彼の手の中にある刀へと視線を向ける。


「その刀は? 見たところ、ただの刀剣の類には見えないが?」


「あぁ、これか。これは百足のロシュタールが、配下に命じて、王都にある武器屋から盗んできたものらしい。恐らくは、生前の俺の愛刀を装備させて、その実力を際限なく引き出したかったと見ているが……今、【青狼刀】は他の誰かが持っているようだからな。こいつはアレの代わり、ということなのだろう」


「……? 【青狼刀】を持っているのは、剣聖リトリシアだろう? 貴殿の愛弟子ではないのか?」


「…………む。そう、か。そうだったか」


 その歯切れの悪い返答に、ファレンシアはさらに困惑した気配を見せるのだった。








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇








「……盗まれた、ですってぇ!? 【赤狼刀】がぁっ!?」


 聖騎士商店街通り、武器屋。


 店頭の前で、強面の武器屋の店主は腕を組みながら、コクリと、ロザレナに頷きを返した。


「あぁ……。三日ほど前、雇っていた番兵が殺されて、赤狼刀を含めて、業物が数点盗まれてしまった。申し訳ないな、お嬢ちゃん。今、聖騎士に犯人を捜させているところだ」


「そ、そんなぁ……。レティキュラータス家の神具がぁ……!!」


 膝を付き、崩れ落ちるロザレナ。


 俺はそんなお嬢様の肩に手を置いて宥めた後、少し、考えこむ。


 赤狼刀は妖刀だ。まともに使える者は数少ない。


 その性能を理解していれば、妖刀を盗む者はあまりいないだろう。


 剣を扱えると踏んで盗んだのか、または、単純に金になると踏んだのか。


 俺は何となく、この事件が……大きな事件に繋がっているのではないかと、そんな予感を覚えてしまった。

第178話を読んでくださってありがとうございました。

4月1日午前0時に、エイプリルフールネタを投稿する予定です。

楽しみにしていただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >ロザレナ「現代の剣士……? 前世って何よ? 貴方、時たまその単語が出てくるわよね? 何なのよ、それ?」 >アネット「……コホン。何でもありません──」── ──アネットは、昔からこ…
[気になる点] うーん、アンデッドの方のアーノイックはやはり不完全 魂がないからなぁ、技能があるだけの他人だなぁ あとは赤狼刀も反応してないから100%の実力は本人でも出せないと思う [一言] エイプ…
[良い点] アクセルベタ踏みは素人も良い所、オンオフを自在にこなしてようやく一人前だよね 弱体化してなお飛びぬけて最強なアネット、前世の肉体が勝手に使われてるけどどうなるかね [一言] 姉妹刀を考える…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ