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第7章 第176話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ⑧


「……あっつー。暑すぎて汗が止まらないわ……」


「……こちらハンカチでございます、お嬢様。額の汗をお拭きください」


「ありがとー、アネットー。……ねぇ、まだなの? 目的の村は?」


「もう少しです。恐らく、もうすぐ見えてくる頃合いかと」


 ―――午前7時過ぎ。


 朝を迎えたことで、蝉たちはミンミンと喧しく求愛の声を上げ始める。


 俺とロザレナは、茹だるような真夏の暑さの中、とぼとぼと畦道を歩いていく。


 馬車の便がある最寄りの村――レテキュラータス領東の『アルフの村』に向かって歩くこと1時間。


 ようやく、道の先に、目的地である村落の姿が見えてきた。


 村は暑さのせいか、蜃気楼のようにユラユラと揺らめている。


 俺はその光景を確認した後、お嬢様に薄紫色の日傘を差しながら、彼女にそっと声を掛ける。


「お嬢様。村が見えてきましたよ」


「……あ! 本当だわ! 早く行きましょう、アネット! 日陰で涼みたいわ!」


 村へ向かって駆け寄って行こうとするロザレナ。


 俺はそんな彼女の腕を掴み、声を掛ける。


「お待ちください、お嬢様」


「もう、何よ!?」


「これからお嬢様と私は馬車に乗って、王都を経由してフランシア領に行くわけですが―――改めてひとつ、ご忠告したいことがございます」


「忠告? 何よ?」


 ロザレナは口をへの字にしてこちらに振り返ると、不機嫌そうな様子を見せる。


 俺はお嬢様の手を離し、コホンと咳払いをした後。静かに口を開いた。


「お嬢様。昨日、お父様も仰っていましたが、これからのことを考えて『闇魔法』を使用するのは極力お控えください。あと、炎熱属性魔法もあまり使わないでください。貴方様は魔力が少ないせいか、すぐ、ガス欠を起こしてしまいがちですので」


 そう声を掛けると、ロザレナは頬を膨らませて、こちらに不満気な顔を見せる。


「そう、何度も言われなくたって分かっているわよ! 闇魔法は絶対に使わない! でも……炎熱属性魔法を使うなっていうのは、ちょっと認められないわね」


「どうしてでしょうか?」


「あたし、『唐竹』以外に取れる攻撃方法、これしかないのよ? それに、アネットも前に言っていたじゃない。【剣聖】や【剣神】は、ひとつの型だけを極めずに、多種多様な剣の型を扱うことができる……って。だからあたしは、剛剣型の他に、魔法剣型を習得するって決めたの」


「そうですね。剣士の頂点を目指す者にとって、あらゆる型を習得するのは必要不可欠なものです。ですが―――一旦、あの時私が言ったことはお忘れください」


「は……はぁ!? いったいどういうことよ、それ!?」


 立ち止まり、驚いた表情を見せるロザレナ。


 俺はポカンとするお嬢様に対して、コクリと頷きを返す。


「学級対抗戦前のあの状況下では、お嬢様に対して、そうアドバイスするのが最適解でした。格上であるシュゼット様を倒すには、唐竹だけでは厳しいものがありましたからね。ですが……今はまずは、初心に戻りましょう。そもそもお嬢様は、まだ、剛剣型を真に極めてはいません。あと、はっきり言わせてもらうと、貴方様に魔法剣型はあまり向いていませんよ。お嬢様は、かなり魔力が少ない方ですので」


「な……っ!! だ、だったら、あたしのあの努力はいったい何だったっていうのよぉ!? 今更向いてないとか言わないでよぉっ!!」


 顔を青ざめ、絶望した様子を見せるロザレナ。


 俺は首を横に振り、彼女に微笑みを向ける。


「いえいえ。けっして無駄ではありませんよ。お嬢様の炎の剣は、今後、必ずや戦力のカードとなるはずです。ですが、今は一旦魔法剣型のことはお忘れください。貴方様に最も適性があるのは『剛剣型』ですから。他のことは気にせず、これからは剛剣型の修行だけに集中なさってください」


「……わかったわ。とりあえず、魔法剣型のことは忘れることにする」


 そう言って不本意ながらも納得した様子を見せるロザレナ。


 そして彼女は歩みを再開させ、村へと向かって歩いていく。


 俺も半歩程遅れて、お嬢様に傘を差しながら、歩みを進めて行った。


「ねぇ、アネット。だったらあたしに、剛剣型の剣技を教えてくれない? やっぱり、新しい技が必要だと思うのよ」


「えっと……お嬢様。今更なんですが、剛剣型に剣技は、基本的に不要です」


「……え? 剣技が、不要…………?」


 肩越しにこちらに顔を向け、パチパチと瞬きするロザレナ。


 俺は目を伏せると、人差し指を立て、お嬢様に講義していった。


「良いですか、お嬢様。剛剣型は、闘気を身に纏い、敵を圧倒する剣士です。故に、一番重要となるのは闘気のコントロールとなります。闘気を上手く操ることができれば、身体の防御力を向上させられたり、剣の威力を底上げすることができますからね。剛剣型の最初の基礎が、この闘気コントロールの修行となります」


「さ、最初の基礎……? あたし、今までそんなもの一度も学んでいないんだけど!?」


「それはそうですよ。この訓練は、長期間の時間と集中力を要しますから。お嬢様は入学初日にルナティエ様と対決し、その後、すぐに格上のシュゼット様と戦うことになった。基礎を教えている暇などありませんでしたからね。そもそもお嬢様は、根本的な修行をまだしていないんですよ」


「……じゃあ、何、あたし、剛剣型のスタート地点にも立たずに、魔法剣を習得していたっていうの?」


「その通りです。ですからお嬢様、まずは剛剣型の基礎を学びましょう。闘気のコントロールを学べば、さらに唐竹の威力を強化することも可能です。それと、闘気コントロールをマスターすれば、闘気の節約術だけでなく、魔力操作も覚えられますから。闘気と魔力の操作は原理が同じ……なので、今後、ガス欠することも少なくなることでしょう」


 そう言った後。俺はあることを思い出し、再び口を開く。


「そういえばお嬢様はまだ、ご自身と同じタイプである剛剣型の剣士とは、一度も戦ったことがありませんよね?」


「ええ、そういえばそうね。ルナティエは速剣型だったし、シュゼットは魔術師(ウィザード)、グレイレウスは速剣型だったから。あたしが戦ってきた相手はみんな、あたしとは違うタイプだったわ」


「…………もし、この基礎を学ばずに、格上の剛剣型と相対していたら……貴方様は大怪我、あるいは、死んでいた可能性があったかもしれません。剛剣型同士の戦いは言うなれば、闘気の攻防戦のようなものですから」


「し、死んでいた……? 闘気の攻防戦……?」


「先ほども言いましたが、剛剣型は、闘気のコントロールに長けています。自分が攻撃される箇所に闘気を纏い、あえて受けることで防衛、その後、カウンターを敵に放つ……という戦い方もできます。ですから、唐竹が主力のお嬢様では、簡単に攻撃の流れを読まれてしまい、相手の必殺の一撃を、闘気を纏っていない無防備な身体に叩きこまれていた可能性がございます。剛剣型の剣を、闘気のガードなしで受けるのは、自殺行為も等しいものですから」


 先日の弟子二人の決闘で、グレイレウスがロザレナを舐めてかかり、縮地で回避せずに敢えてお嬢様の剣を受けた一件が良い例と言えるだろう。


 剛剣型の強烈な一撃を、闘気量が少ない速剣型がまともに防御できるわけがない。


 剛剣型の一撃を直接剣で受け止めて防衛できるのは、絡め手が得意な魔法剣型を除けば、基本的には同じ剛剣型だけだからだ。


「あたし……今の未熟なままで、同じ剛剣型と相対していたら……やばかったのね」


 まっすぐと前を見据え、悔しそうに下唇を噛むお嬢様。


 俺はそんな彼女にフッと笑みを浮かべ、声を掛ける。


「この旅行期間で闘気のコントロールを教えてさしあげますよ、お嬢様。ですから、ご安心を」


「ありがとう、アネット。同じ剛剣型の剣士、か……。同族と戦う日が、いつかあたしにも来るのかしらね。まぁ、これっぽちも敗ける気はないけれどね!! むしろ燃えてきたわ!!」


 そう言ってお嬢様は、目をキラキラと輝かせた。


 剛剣型同士の戦いは……血生臭い近接戦闘、闘気での殴り合いとなる。


 ロザレナの闘気の所有量は、同年代の剣士と比べてもかなり多い方だ。


 彼女には剛剣型として相当な素養があるのは間違いない。


 ……とはいえ、同世代の中には、彼女の才をも超える者がいるのは確実だろう。


 同じ剛剣型、それも、自分よりも能力がある者と相対したその時……彼女は果たして、心を折らずに、【剣聖】を目指し続けていられるのだろうか。


 ロザレナは強靭な精神力を持ってはいるが、今のところ順調なだけに、少しだけ、不安にならなくもないな。








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇








 ――――――薄暗い、饐えた臭いのする地下牢。


 牢獄の中で、龍の角が生えた一人の少女が、一心不乱に木の棒を振っていた。


 少女は全身切り傷だらけ、手足には枷が嵌められていた。


 だが、少女は暗い瞳で前を見据え、木の棒の素振りを続ける。


 そのワインレッド色の瞳は、ただ、牢の壁だけを見つめていた。


「―――不可解だな。君は何故、自分で外へと出れるのに、牢から出る気がないんだ?」


 少女は素振りを止め、格子の向こうへと視線を向ける。


 するとそこにいるのは、全身フルプレートの鎧甲冑を着こんだ……一人の男の姿があった。


 フルフェイスの兜を被っているため、その顔は分からない。


 ただ、男の鎧はとてもボロボロだった。


 彼はバイザー越しに少女を数秒程見据えると、フフフと、不気味な嗤い声を上げる。


「君ならば、その牢の壁を破壊し、外の世界へ出ることなど容易だと思うが? 何故、囚われであることを良しとする?」


「……」


「だんまりか。君には相当な剣の素養を感じるんだが……不思議だな。自分で檻から出れるのに、出ようとはしないとは。その、囚われであろうとするあり方は、僕……いや、俺には分からない考え方だな」


「おじさん、誰?」


 虚ろな目で、少女はそう、鎧を着た謎の人物に声を掛ける。


 男は小さく笑い声を溢した後、少女に言葉を返した。


「俺の名は―――【覇王剣】アーノイック・ブルシュトローム。歴代最強の剣聖にして、王国最強の剣士だった男だ」


「アーノイック・ブルシュトローム……? かの剣聖は、亡くなったはずじゃ……?」


「フフ。竜人族(ドラグニクル)の少女よ……君には、剛剣型の剣士として相当な素養があると見た。実に面白い存在だ」


「……剣の素養?」


「少女よ、俺の弟子となれ。君の才であれば、同世代の剛剣型の中で最強の剣士となれることだろう。最強の剣聖である俺が保証しよう。君の保有する闘気は、凄まじい。君は……この俺以来の天才だ」


「……」


 少女は何も言葉を返さない。


 ジッと、格子の向こう側にいる不気味な鎧剣士を、静かに見つめるのだった。



第175話を読んでくださってありがとうございました。

久しぶりに小説家になろうに戻ってきたら、色々と仕様が変わっていて、とても驚きました。

また次回も読んでくださると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] そもそもその名を名乗るのは、唯一彼の最期を知ってるヤンデレエルフ?にバレたらただでは済まないのでは……?w
[一言] おかえりなさい。 読者側の私も仕様が変わり…まだ慣れません汗 ただ、栞と最新話から未読何話って出るのは嬉しいです。 前前話から再度変更されたクラリスへの剣戟指導も、よかったです。特に騎士学…
[一言] ロザレナは、まず究極の一を身に付ける必要があるという事か。猛訓練の末、余りにもロザレナの唐竹が極まり過ぎて、後に唐竹マスターとか、御家の家紋に因んで黒狼剣という二つ名が付いたりしてww。 …
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