第7章 第171話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ③
「お嬢様、お願いがございます。もし、私がそこにいるアネット先輩よりも優秀だったら……私を貴方様の専属メイドにしてはもらえないでしょうか!!」
「え?」「……はい?」
その言葉に、俺とロザレナは同時に呆けた声を漏らしてしまった。
そんな固まる俺たちを無視して、新人メイドのクラリスは続けて開口する。
「私は、殆どのお仕事を高水準でこなせる自信があります!! ですからどうか、私をお嬢様の通う騎士学校にお供させてはもらえな――――」
「あんた……何言ってんの?」
ロザレナが眉間に皺を寄せながら、クラリスへと詰め寄って行く。
不穏な気配を感じた俺はすぐさまにお嬢様の背後に周り、彼女を羽交い締めにした。
「ちょ……!! お嬢様、それは駄目です!!!!」
「ふざけんじゃないわよ、あんたぁっ!! あんたにアネットの代わりが務まるわけないでしょうがぁ!! うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!! ぶっ飛ばしてやるわーっ!!!!!」
咆哮を上げ、暴れるロザレナ。
だが、クラリスはゴクリと唾を飲みながらも、果敢に口を開いた。
「お嬢様。私は、あらゆる面で自分が優秀であることを自負しております。ですから――――――もがぁっ!?」
その時だった。突如クラリスは背後からコルルシュカに羽交い締めにされ、マグレットに口を塞がれる。
二人は何処か焦った様子で、彼女をズルズルと奥へと引きずっていった。
「ク、クラリス! なんてことをお嬢様に言うのですか!!」
「いやはや、ここまでロザレナ様の地雷原を踏み抜くとは、流石のコルルも驚きですよぉう~」
「ぷはっ! は、離してください、メイド長、コルルシュカ先輩! 私には、お嬢様に直談判しなければならない理由があるのですよ!! 私は……そのためにこの御家、レティキュラータス家のメイドになったのですからっ!!」
そう大きな叫び声を上げ、クラリスは屋敷の中へと連行されていった。
俺は大きくため息を吐くと、未だにガルルルと唸り声を上げている我が主人へと声を掛ける。
「お嬢様、一先ず落ち着いてください。新人メイドを殴るなんてことは絶対にしないでください。貴方様は、一応この御屋敷のご令嬢なのですから」
「フゥー、フゥー……分かったわ。とりあえず落ち着いたから。手、離して、アネット」
「はい」
俺はロザレナの拘束を解き、お嬢様へと苦笑いを浮かべる。
するとロザレナは頬をぷくっと膨らませ、腕を組み、不満気な様子を露わにした。
「なんなの、あのメイド。あたしが、どれだけアネットと一緒に騎士学校に行きたかったかを分かっていないのかしら。五年よ! 五年! あたしは、五年も修道院での生活を耐えて、アネットと共に騎士学校に入学したんだから! ふざけたことを言わないで欲しいわ!」
「先ほどの発言から察しますに……恐らくあのメイドの少女は何かしらの目的があって、自分を専属メイドにしろ、と、お嬢様に直談判してきたのだと思いますね」
「目的、ねぇ。そもそもあたし、アネット以外のメイドを自分の専属にする気などないのだけれど」
「まぁ……私も、他の誰かがお嬢様のお世話をできるとは思っておりませんが。汚部屋製造機ですし」
「……アネット~? 誰が汚部屋製造機ですってぇ~?」
「さっ、御屋敷の中に入りましょうか、お嬢様。このまま門の前に居ては、日射病になってしまいますよ?」
「あっ、待ちなさい、アネット!! 話はまだ終わっていないわよ!!!!」
俺とロザレナは荷物を手に持ちながら、中庭へと入って行った。
久しぶりのレティキュラータス家。何だか、三ヶ月ぶりだとは思えない懐かしさだ。
中庭を通りながら、俺はふと足を止め、御屋敷を見上げる。
相変わらず、貴族の家にしてはこじんまりとした屋敷だ。
だけど、ここは俺が産まれ育った場所でもある。
……せっかくだ。夏季休暇、楽しむとするか。
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「おかえりなさい! ロザレナ、アネットちゃん!」
「あ、お母様!」
御屋敷の中に入ると、エントランスで奥様が出迎えてくれる。
そして、奥様の足元には、ロザレナの弟のルイスの姿もあった。
ルイスは俺の姿を視界に捉えると、パァッと顔を輝かせ、とてとてとこちらに駆け寄って来る。
そして、ジャンプし、俺の胸の中へと勢いよくダイブしてきた。
「アネットーーーーっ!」
「おおっと、っと、ルイス様。お久しぶりでございます」
「えへへへ~。本物のアネットだ~! 僕、すごくすごく会いたかったんだよ~!」
何とかルイス少年を抱き留めると、彼は俺の胸の中で頬ずりしてくる。
フフッ、ルイス少年は相変わらず可愛らしいな。未だに俺に懐いてくれているのか。
しかし、見ない間に少し成長したのかな?
たった三ヶ月だというのに、随分と背が伸びたような気がする。
「えへへ~。アネットの匂いだ~。相変わらずフカフカだ~」
「ルイス!! あんた、アネットの胸を堪能してんじゃないわよ!! ぶっ飛ばすわよこのエロガキ!!」
俺の胸の中にいるルイスの頭を、ロザレナがポカンと小突く。
するとルイスは涙目になり―――わんわんと、泣き声を上げ始めた。
「う……うぇぇぇぇぇぇん!! お姉ちゃんが頭叩いた!! やっぱりオーガ姉だぁ!!」
「誰がオーガ姉よ!! ふざけんじゃないわよ!!」
「こ、こらこら、ロザレナ。ルイスをいじめないの」
「そうですよ、お嬢様。十歳も年下の弟に大人げないですよ」
「だ、だって、ルイスが……!」
「……ニヤリ」
「あーっ!! こいつ、泣き真似してるわー!! アネットの胸の中で、勝ち誇ったような笑みを浮かべてるーーーっ!!!!」
「うわぁぁぁぁん!! オーガ姉、怖いよ~、アネット~~~!!!!」
「…………お嬢様」
「アネット、騙されちゃ駄目よ!! このエロガキは、虎視眈々とアネットの貞操を狙ってるんだから!!」
「いったい何を言ってるの、ロザレナ……」
「そうですよ、お嬢様……」
俺と奥様は、ロザレナとルイスの姉弟喧嘩を、呆れた目で見つめるしかなかった。
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「――――フランシア領、領都『水上都市マリーランド』……フランシア伯からの救援要請、か……」
レティキュラータス家の御屋敷、三階にある書斎。
ロザレナの父、エルジオ伯爵は、そこで一枚の手紙に目を通していた。
そして手紙を全て読み終えると、眉間に手を当てて、悩まし気にため息を溢す。
「まさか彼が、犬猿の仲である僕に救援を求めてくるとはね。よほどの事態なのだろうか? それとも、バルトシュタイン伯もオフィアーヌ夫人も手を貸すことをしなかったのか……いずれにしても、ただ事ではないのは確か、か」
そう独り言を呟いていると、コンコンと扉をノックする音が聴こえてくる。
そして、続けて扉の向こうから声が聴こえてきた。
「お父様。ロザレナです。ただいま、アネットと共に御屋敷に戻ってまいりました」
その声に、エルジオ伯爵は顔を綻ばせ、笑みを浮かべる。
「ロザレナか。入ってきなさい」
「はい」
書斎に入ってきた、自身の娘であるロザレナ。
彼女の姿を見て、エルジオ伯爵は手紙を引き出しの中に仕舞うのだった。
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父親に挨拶してくると言ったお嬢様と階段前で別れた俺は、長い廊下を進んで行き―――御屋敷の一階にある自身の部屋の前に辿り着いた。
久しぶりの使用人の部屋。たった三ヶ月ぶりだというのに、何だかとても懐かしく感じてしまう。
旅行鞄を床に置いた俺は、そのままドアノブを押して部屋の中に入ろうとした。
しかし――――その時。廊下の奥から猛スピードで走ってきたメイドの姿に、俺は気が付いた。
「ま、待ってください~~!! アネット先輩~~~!!!!」
そのメイド、コルルシュカは、スライディングしながら俺と部屋のドアの前に滑り込んでくる。
そして、部屋に入らないよう大の字になって通せんぼをすると、何処か焦った様子でゼェゼェと荒く息を吐き出した。
「コルルシュカ? どうかしたんですか?」
「お、お部屋に入るのは、ま、まだ、待って欲しいんですよぉう~」
「えっと……どうしてですか?」
「ま、前に言いましたけどぉ、アネット先輩がいない間、コルル、先輩のお部屋を使用させてもらっていましてぇ~。お部屋がちょっと、汚くなってしまったというかぁ~~。ですから、コルルがお掃除するまで、待っていて欲しいんですぅ~」
……そういえば、こいつ……学級対抗戦前に念話で連絡取った時、人の布団の上で、その……自慰……コホン、変態的な行為をしていたっけな。
俺はその時のことを思い出して、思わずげんなりとしてしまう。
そんなこちらの様子にコルルシュカは視線を逸らすと、ピューッと口笛を吹き、通せんぼをし続ける。
これは……何かあるな。
俺は、彼女に詰め寄ると―――壁ドンをし、コルルシュカの耳元で囁いた。
「……お前、いったい俺の部屋に……何しやがった?」
「ひゃん♡ せんぱぁい、壁ドン嬉しいですけどぉ、顔、怖いですよぉう~?」
「その気色悪い演技はやめろ。ここには、俺とお前しかいない」
「…………お嬢様。コルルは、お嬢様のことが大好きです。お嫁に貰って欲しいです」
「それが最後の言葉で良いんだな?」
「……お待ちください。私は、アネットお嬢様の専属メイドとして、貴方様を悲しませるような行為は一切、する気はございません。ですからここは、私を信じてはいただけないでしょうか?」
「問答無用」
「あ」
俺はコルルシュカを押しのけ、扉を開き、部屋の中へと入る。
そして――――――そこに広がっている光景に、俺は思わず硬直してしまった。
「な……なんじゃ……これはぁぁぁぁぁぁ……ッッ!!!!」
壁一面に貼られているのは、俺の顔が大きく映った、顔写真のポスター数々。
布団の上にあるのは、俺の全身写真がプリントされた抱き枕、俺の顔のクッション。
そして、机や本棚の上にあるのは、恐らく俺を模したのであろう……不出来なポニーテール少女の人形の数々だった。
……意味が、分からなかった。
ベッドとテーブル、本棚以外何もなかった俺の部屋が、何故かたった三ヶ月で邪教の祭壇のようになっていたからだ。
「……コルルシュカさん? これ、いったい何ですか?」
そう言って背後を振り返ると、コルルシュカは俺の荷物を部屋の中に運び、パタンと扉を閉め、鍵を閉め終える。
そして前を振り向くと、コルルシュカが無表情でこちらを見つめてきた。
「……お嬢様とお会いできない日々が寂しかったもので。趣味で、色々と作らせていただきました」
「何で? 何でこんなもの作ったの?」
「……私は、幼少の頃から常に、お嬢様をストーキ……いえ、お見守りしていましたので。お嬢様のお姿を拝見できない毎日に悶々としていまして……その結果、色々とグッズを作ってしまいました」
「コルルシュカさん。前から思っていましたけど、貴方ちょっと怖いですよ? はっきり言ってどうかしていると思います。というか、この写真……撮られた覚えないんだけど? もしかして盗撮……?」
「……お嬢様。私には、どうやら造形スキルが足りないようです。惜しむべくは、貴方様の七分の一スケールフィギュアを作れなかったことでしょう。……銅像などを作っている職人に弟子入りした方がよろしいでしょうか……? やはり、その道のプロに弟子入りした方がスキルも向上するでしょうか……」
「知らねぇよ!! 何だフィギュアって!!!! というか話を聞け、話を!! 何で主人の部屋をこんな魔改造しちゃうの!? 俺、自分の顔が壁一面張られた部屋で寝るの嫌なんだけど!? 何でこんなことするんだよ!? お前、俺の専属メイドなんだよなぁ!?」
「……はい。コルルは、お嬢様の専属メイドです。私の主人はロザレナ様ではなく、貴方様です」
「だったら何でこんなものを作るんだ、お前!!!!」
「……愛しております故」
無表情のままポッと頬を紅くさせ、クネクネと身体を揺らす、アイボリー色の髪のツインテールメイド。
もうやだ、この変態メイド……!! ただのストーカーじゃねぇか……!!
学生寮ではグレイレウス、学校ではベアトリックス、御屋敷ではコルルと……休まる時間がない!!
何でどの場所にも俺に過剰な好意を向けて来るやつがいるんだ……!! どういうことなの、これ……!!
「……そうだ。お嬢様を崇拝する者にこれらのグッズを布教するのも良いかもしれませんね。お嬢様のお知り合いに、アネット様の僕になりたいという、私と志を同じとする者はいませんか? その方とぜひ連絡を取りた―――」
「これ以上、話をややこしくすんじゃねぇ、テメェっ!!!!!」
「……あんっ」
コルルシュカの脳天にチョップをかます。すると彼女は無表情のまま、自身の頭を撫でた。
「……コルル、乱暴にされるのも結構好きです。前にも言いましたが、私、ドMですので」
「もう嫌だ、この変態メイドぉぉぉぉぉ!!!!!」
第171話を読んでくださって、ありがとうございました。
また次回も読んでくださると嬉しいです……!!




