幕間 馬鹿弟子二人
――――実習棟で侵入者騒ぎがあった日の翌日、深夜。
現在、俺は、寮の裏手にある修練場に居た。
目の前で剣を持って睨み合うのは、ロザレナとグレイレウス。
俺はそんな馬鹿弟子二人の間に立ち、呆れたため息を吐く。
「……何で、こんなことに……」
「ガルルルル!!」
「……フン」
「あの、お嬢様、グレイ、私たちは明日、それぞれの実家に帰るのですよ? 何も今日、組手をしなくとも……」
「今日じゃないと駄目なのよ、アネット!」
「はい。今日じゃないと駄目なんです、師匠」
「……夏休み明けじゃ、駄目なんですか?」
「駄目よ!」「駄目です!」
俺のその言葉に、同時に返事をしてくる弟子二人。
……お前ら、本当は仲良いだろ? そうなんだろ?
俺が呆れて首を横に振っていると、グレイが口を開いた。
「師匠。オレは先日の騒動で、ロザレナの力に心の底から驚いたんです。オレは……この学園では、誰よりも強いと思っています。ですが、ロザレナの成長速度には目を見張るものがある。こいつは、オレに届き得る牙を持っている。ですから……試さずにはいられない」
そう口にして、グレイは前に立つロザレナへと、鋭い目を向ける。
ロザレナは肩まで伸びた髪をファサッと靡くと、そんなグレイに不敵な笑みを浮かべた。
「奇遇ね。あたしも自分がどれだけ強くなったのかを、あんたで試してみたかったところよ!! 前に戦った時は手も足も出なかったけど……今度はどうかしらね!!」
手に持っていたアイアンソードを上段に構え、ロザレナはワクワクとした様子を見せる。
そんなお嬢様の姿に、グレイは「フン」と鼻を鳴らすと、両手にもった小太刀を構えた。
辺りに……剣呑な空気が立ち込め始める。
「はぁ……。帰省前に決闘なんて……面倒なことこの上ない」
俺は眉間に手を当て疲れたため息を溢した後、その場から離れた。
そして、場外に立つと、腰に手を当て、両者の顔を交互に見つめる。
「では、私が審判を務めます。二人とも、私がやめといったら絶対にそこで試合を終了してくださいね。大怪我しそうになったら、私がぶん殴ってでも止めますから。絶対にヒートアップしないこと。これだけは守るように。よろしいですね、お嬢様、グレイ」
「分かったわ!」「勿論です、師匠!」
「では――――試合開始!」
俺のその号令と共に、地面を蹴り上げ、ロザレナがグレイへと突進していく。
歯をむき出しにして獰猛な笑みを浮かべて、ロザレナは獣のように、グレイへと襲い掛かった。
だが―――グレイはつま先立ちになり、一瞬で地面を蹴り上げ、【縮地】を使用して姿を掻き消す。
ロザレナが振り降ろした唐竹は空振り、その風圧は、地面に砂埃を巻き上げた。
「相変わらず、お前は鈍いな」
背後に姿を現したグレイは、ロザレナの背中に向けて、容赦なく横薙ぎに剣閃を放つ。
ロザレナはその剣を、屈むことで寸前で回避することに成功。
そして彼女は振り返ると、お返しとばかりに、屈んだまま足を前に突き出し―――グレイの足を転ばした。
「む……!!」
「舐めんじゃないわよ!!」
ロザレナは立ち上がると、跳躍し、再び上段に構え、剣を振り降ろす。
グレイはすぐに態勢を整え、その唐竹を、右手に持っていた刀で防いだ。
だが――――――。
「とりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ロザレナの振り降ろした上段の剣は、グレイレウスの小太刀を真っ二つに粉砕する。
その光景に、瞠目し驚愕するグレイ。
自身の刀を斬り裂き、肩へと迫ってくる剣を冷静に見据えると……グレイは【縮地】を発動させ、後方に退却した。
またしても空振る唐竹は、そのまま地面に振り降ろされる。
だが……先ほどとはその威力は異なり、地面には斬撃痕が残り、辺りに、爆風が舞っていった。
必殺の一撃を外したことに、ロザレナはチッと舌打ちをして、前方に視線を向ける。
そこにいるのは、ゼェゼェと荒く息を吐いて立つ、グレイの姿だった。
「大丈夫か? グレイ」
ロザレナと距離を取ったグレイは、自身の手を見つめ、苦悶の表情を浮かべる。
その手にあるのは、中程から折れた小太刀。
麻痺したのか、小刻みに震える手で折れた刀を地面に落とすと、グレイレウスはロザレナに鋭い目を向ける。
「受けに回るのは愚策だったか。なるほど、一撃でも当たれば終わり、か……。一瞬剣に触れただけで、まさか腕が使い物にならなくなるとはな。とんでもない威力を持った唐竹だな」
「あんたの肩をぶっ壊すつもりで剣を振ったのに……まさか避けられるとはね。でも、次はこうはいかないわ。確実に、あたしの剣を、あんたに叩き込んであげる!」
爛々と目を輝かせ、笑みを浮かべるお嬢様。
その姿に、グレイは眉間に皺を寄せた。
「……おい、グレイ」
俺のその言葉に肩をビクリと震わせると、奴は肩越しにこちらに顔を見せ、申し訳なさそうな視線を向けてくる。
そして、再び前を振り向くと、口を開いた。
「申し訳ございません、師匠。少し、実力を調べるために、手を抜いていました。ですが……それは間違いでしたね。奴は、以前とはまるで違う」
「当たり前だ。うちのお嬢様を舐めていると、足を掬われるぞ」
「はい。今から本気で対処しようと思います」
グレイは残った左手の刀を逆手に持ち、顔の前で構えると、笑みを浮かべた。
そんな彼に対して、お嬢様はむき出しの闘気を放ち、獰猛に牙を見せる。
「剣、一本になっちゃったわね、グレイレウス。フフッ、そろそろ降参したらどうかしら?」
「笑わせるな。オレは速剣型の剣士だ。確かに、お前のその剣をまともに受ければ、オレはひとたまりもないだろう。だが……当たらなければ、どうということはない」
グレイはそう口にすると、マフラーを靡かせ、ロザレナへと向かって駆け抜けていく。
ロザレナはそんな彼を向かい討とうと、アイアンソードを上段に構えた。
しかし、グレイはロザレナの前に辿り着くと同時に地面を蹴り上げ、姿を掻き消す。
その直後、ロザレナの周囲には、黒い残像のようなものが飛び交っていった。
「!? なにこれ!?」
「【縮地】と【影分身】の合わせ技だ。このオレに、貴様の剣が当たることは二度と無い」
周囲をキョロキョロと見渡すお嬢様。そして、その隙を見て、グレイが横から刀を振っていく。
「くっ……!!」
寸前で剣を使って防ごうとするが、一歩間に合わず。ロザレナの身体には無数の切り傷が刻まれていった。
頬に切り傷が産まれ、肩、腕、足に、小さな切り傷が誕生していく。
グレイは【速剣型】の剣士だ。奴の剣にはそもそも、ロザレナ程の威力はない。
ロザレナは、圧倒的な一撃を相手に叩き込むことを得意とする【剛剣型】の剣士だが、グレイはその真逆。
【速剣型】の剣士は、相手の剣を躱し、最小限で敵に蓄積ダメージを与え、じわじわと追い詰める戦法を主体に取る。
近接戦を主体とする【剛剣型】には、【速剣型】は最も相性が悪い相手といえるだろう。
【速剣型】は【剛剣型】に強く、【剛剣型】は【魔法剣型】に強く、【魔法剣型】は【速剣型】に強い。
戦況というものはそれだけで図れるものではないが、剣士というもののタイプは、基本的に三竦みの形となっている。
「ちっ!! ちょこまかと駆け回っては、剣を振ってきて!! もっと近くに来て、堂々と剣を振ってきなさいよ!!!! 卑怯者!!!!!」
「……フン。貴様の間合いに入れば、その化け物じみた唐竹が振られることは分かり切っているからな。ヒットアンドアウェイ。これが、貴様を攻略するのには最も手っ取り早い手段だろう」
「くっ、くっそ~~!! ムカツクわね!!!!!!」
周囲に無数の残像を残しながら、ロザレナの周りを駆け回り、剣を振っていくグレイ。
その光景に苛立ちをみせ、額から血を流し、ボロボロとなった衣服で雑に剣を振り回すロザレナ。
……二人とも、平均的な同年代の剣士に比べれば、ずっと強い。
そろそろ称号を獲得する試験を受けても良い頃合いなのは、間違いないだろう。
しかし……やはりここは経験の差と、相性の悪さでグレイの方が一歩先をいく、か……。
俺は想像通りのその結果にコクリと頷き、二人へと声を掛ける。
「ここまでです、二人とも。勝負あ――――」
「あぁぁあーーーッッ!! もう、うざったらしいわねぇぇッッ!! どれが本物なのか分からないのなら……全部ぶっとばしてやるわ!!!!!!」
ロザレナは、身体に闇のオーラを纏い始める。
そして、アイアンソードを上段に構え、咆哮を上げた。
以前見た時とは違い、その剣に炎の魔法は宿っていない。
だが、闇のオーラを纏ったその剣には……全力の闘気が込められた気配が感じられた。
「ちょ、まっ、お嬢様、それはここでやっちゃ絶対に駄目で―――」
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! しねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! グレイレウスーーーーーッッッ!!!!!!!!!!」
ドガァァァァァァァンと爆発音が鳴り響き、上空に、大量の土砂が巻き起こる。
……その後。周囲に舞った砂埃にゴホゴホッと咳込みながら、俺は修練場へと視線を向けてみた。
砂埃が舞い終え、視界が開けた後。そこにいるのは……修練場にできた巨大なクレーターの上でうつ伏せになって倒れるグレイと、仰向けになって死んだカエルのように倒れている、闘気魔力切れのお嬢様の姿が。
二人とも、白目になって気絶していた。
「…………なんで、こうなるの……? ねぇ、なんで、こうなるの?」
俺は、目の前に広がるその光景に膝を付き、わなわなと肩を震わせる。
そして、ポケットからハンカチを取り出すと、その先端を噛み、きぃぃぃぃと悲鳴を上げた。
「もうやだ、この弟子たち!! お嬢様は闇魔法を使うなとあれほど言っているのに、言うこと全然聞いてくれないし!! マフラー男はいつもわけのわからないことばかりを言って、俺の正体を隠そうともしないし!!!!」
もう愛想尽きました!! 家出させてもらいます!! アネットちゃん、実家に帰らせてもらいます!!!!! 離婚です離婚!! 慰謝料もたんまりもらいますからね!! んきぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!
「はぁ……俺、今からこの二人を抱えて寮に戻らなきゃいけないのかな……」
もう少し、俺に、まともな弟子はできないものか。
もし、これから俺に三人目の弟子ができるとするのならば……絶対にまじめな奴が良いです。この二人を制御できそうな、委員長タイプが良いです。神様。
……実家へと帰る日の前日。
俺は、馬鹿弟子二人の行動に頭を悩ませていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……」
――――深夜。頭に龍の角が生え、手枷を嵌められた幼い異形の少女は、広場にある一体の像を見上げた。
その古ぼけた像は、過去、この地に平和をもたらしたとされる英雄を模したモニュメント。
……【剣聖】アレス・グリムガルド。
不敵な笑みを浮かべて、上空に剣を掲げるその青年の像を見つめ、少女はほうっと感嘆の息を溢した。
「おい、化け物!! さっさと歩け!!」
少女は鞭で背中を叩かれ、前のめりに転倒する。
少女の背後に立っていたのは、スキンヘッドの大男だった。
彼の首元には百足の入れ墨が彫られている。
男は鞭を使ってバシッと地面を叩くと、声を荒げた。
「早く立ち上がれ、異形の化け物!! 人間様の命令を大人しく聞け!!!!」
少女はその言葉にすぐに立ち上がり、目の前に続く列についていった。
その列にいるのは、少女と同じようにボロボロの衣服を身に纏った、奴隷たちの姿。
奴隷たちは、海が見える街の中、ゾロゾロと行進していく。
少女はその光景を濁った眼で見つめながら、静かに、歩みを進めて行くのだった。
投稿、遅れてしまって本当に申し訳ございません……!!
最近、めちゃくちゃ忙しくて……お待ちしていたみなさま、本当にごめんなさい!!
また次回も楽しみにしていただけると、嬉しいです!!




