第6章 第168話 学園に潜む亡霊 エピローグ ⑧
――――――その後。急遽学園に聖騎士団が派遣され、不審者探しが始まった。
しかし、仮面を付けた漆黒のコートの男の姿は校舎の何処を探しても見つけられず。
監視用魔法陣が目立たない場所にいくつか設置されていただけで、他に怪しいものは何も見つからなかった。
「……まっ、あとのことは騎士団と先生に任せて。君たちは光合石を持って早く寮に帰りなさい」
実習棟の外に出ると、俺たち満月亭の寮生+ミレーナに、ルグニャータはそう声を掛けてきた。
そんな彼女に対して、ロザレナは声を発する。
「先生。今日のことは、その……ごめんなさい。校舎の一部を壊してしまって……」
「別に良いニャ。むしろ、不審者が発見できたことで、先生の責任追及にならなそうで良かったニャ。何とかお給金が減らずに済みそうで、ホッとしたよ~~」
そう口にして、ルグニャータは額の汗を拭って一息吐く。
結局お給金のことしか頭にないのかと、ルグニャータのその姿に呆れた笑みを浮かべていると……突如、オリヴィアが口を開いた。
「あ、あの! ちょっと……聞いても良いでしょうか!」
「ん? 何かニャ?」
眠たそうに目を擦るルグニャータ。
オリヴィアはその後、口を開いては閉じ、何か言うことを逡巡している様子だった。
数回程それを繰り返して、意を決した様子を見せると、オリヴィアは再度開口する。
「彼を……もし、あの仮面の男を見つけた時は、その、どうする気、なのでしょうか?」
「んー、学園に侵入し、防衛用ゴーレムを暴走させて、監視用の術式を数点設置したことからして……明らかに、この学校に悪意を持った存在であることは確実ニャ。捕まえたら、その目的を聞きだすために、異端尋問官によって尋問されることは免れないと思うニャよ。まー、監獄行きは確実かニャー」
「そう、ですか……」
「? 眼帯の姫君、君は、あの男の正体に覚えがあるのかね?」
マイスのその質問に、オリヴィアは首を横に振る。
「いえ。ですが、何となく……彼とは何処かで会ったような気がするんです」
俺は、俯くオリヴィアの顔をジッと見つめる。
……まさか、こんな形でギルフォードとオリヴィアが再会を果たしてしまうとはな。
もし、仮面の男の正体が俺の兄ギルフォードだと知ってしまったら……オリヴィアの心に、大きな傷ができることは間違いない。
「さっ、もう帰るニャ。先生はこれから忙しいのですよー。始末書は逃れられても、報告書という地獄が待っているのニャ~。はぁ……帰ってお酒飲みたい~」
「……あ、先生。最後にひとつ、よろしいでしょうか?」
「え~? 今度は何かニャ、アネットさん~?」
俺は、踵を返そうとするルグニャータを呼び止め、先ほどから気になっていた疑問を彼女に投げる。
「あの、最初、私たちが実習棟に潜入しようした時、六階付近の窓に白い人影が見えたんです。あれって……先生だったんですよね?」
……ん? いや、ちょっと待てよ?
もしアレが先生だとしたら、おかしくないか?
だって、先生は音楽科の教室から出て来た俺たちを見て、驚いた表情を浮かべていた。
だけどあの人影は、間違いなく俺たちの姿を見下ろして見ていた。
何故、俺たちの存在を感知していた彼女が、あんな驚いた素振りを見せたんだ?
どうみても、ルグニャータの行動とは合致しない。
まさか……先生は何かを隠していて、俺たちに嘘を吐いていた、というのか……?
ゴクリと唾を飲み込む。ルグニャータはジッと、半開きの目で俺の顔を見つめていた。
「せ、先生、貴方は……」
「…………ふにゃ? 窓際に白い人影って……いったい何のことかニャー?」
「え?」
ポカンとしたような表情で、ルグニャータは首を傾げてみせる。
最初、しらを切っているのかと思ったが、どうやらそんな雰囲気でもなさそうだ。
「お、お待ちになってくださいまし!! この校舎に入る前にわたくしたち、六階の窓際に人影を見ているんですわ!!!! あれは、ルグニャータ先生なのでしょう!?!? そうと言ってくださいましーっ!!」
ルナティエは顔を青ざめさせると、ルグニャータの肩を掴み、激しく揺すり始める。
ルグニャータは目をグルグルとさせ、大きく口を開いた。
「し、知らないニャー!! 先生はずっと旧音楽科の教室に居ました、女神様に誓って!! 貴方たちが学校に来たことも、何か廊下が騒がしいなーって、教室を出て初めて知ったのニャ!! 嘘じゃないです~~!!!!!」
「じゃ、じゃあ、アレって、もしかして本物の…………嫌ぁぁぁぁぁですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「フニャァァァァァァァァァァァァァ!!!!! 揺するの止めて欲しいニャァァァァァァ!!!!! ルナティエさんんんんんん!!!!!!!!!!」
さらに激しくルグニャータを揺らし始めるルナティエ。
そんな彼女たちの姿を見つめていると、隣から恐る恐ると言った様子でジェシカが口を開いた。
「え? アレって本当に……え? そういう、こと、なの……?」
ジェシカは顔を青白くさせ、みんなの顔を窺う。
その視線にグレイレウスは首を横に振り、オリヴィアは眉を八の字にし、マイスは肩を竦め、ロザレナは口をへの字にする。
ミレーナは……何が起きているか分かっていないのか、アホ面で首を傾げていた。
俺はそんな全員の顔を視界に捉えた後。コホンと咳払いをし、静かに声を発する。
「とりあえず、みなさん、帰りましょう。……一先ず人影のことは……忘れましょう」
こうして、俺たち満月亭+ぴぎゃあさんの、肝試し大会は幕を閉じたのだった。
最後に、不可思議な謎を残して―――。
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翌日。午後十時半。
俺は帰省の準備を滞りなく終え、こっそりと寮を抜け出し、一人で学園へと訪れていた。
先日と同じように実習棟の前に立ってみるが、六階には人影の姿は無く。
校舎の中には、ただ、もの悲し気なピアノの音だけが鳴り響いていた。
「……」
昨日のことなので、当然、校舎の警戒は強くなっているのかと思ったのだが―――別に、対して先日と様子は変わらなかった。
聖騎士が入り口の前に待機しているわけでもなく、ゴーレムを配備しているわけでもなく。
実習棟は、至って何も変わっていなかった。
「本来だったら、この場所にまた来るのはあまり良くないことだとは思うんだけどな」
ギルフォードが学園に仕掛けてきた以上、俺は目立つことはせず、影に徹するべきだ。
あいつがオリヴィアやヴィンセントに手を出してくるのならこちらも迎え撃つ姿勢を見せるが……昨日の話を聞く限り、奴の目的はゴーヴェン、ひいてはこの学園に何か無いか探るために軽く攻撃を仕掛けてきたのだろう。
ゴーヴェンとギルフォードが勝手に戦り合うのなら、こちらには関係のないこと。
兄の復讐に加担する気は、今のところ俺には一切無い。
「……問題は、今回の一件にエステルが絡んでいるかどうか、というところか」
大森林で関わってみて分かったが、エステルはまだ、自身の決断に迷っている様子だった。
だから、恐らくだが……今回の一件はギルフォードの独断であり、エステルとは関わりがない事案なのではないかと、俺は思う。
ジェネディクトの奴はエステルを気に入っていた様子だったが、果たして、ギルフォードはどうなのか。
エステルとギルフォードは手を組んではいるが、実際には、仲間と呼べる関係ではないのか?
実は、お互いを利用し合っているだけ、とか?
情報が足りなくて、上手く考察することが難しいな。
「とりあえず……あの人に会ってくるか」
俺はそう呟き、実習棟の中へと入って行った。
「……また、ここでピアノを弾いているんですか? ルグニャータ先生」
「フニャ? アネットさん?」
旧音楽科の教室に入ると、そこにはグランドピアノの前に座る猫耳幼女先生の姿があった。
彼女は尻尾をくねらせると、俺の顔をじーっと見つめて来る。
「何でまた君は、夜の学校に来ているのかニャー? 夏休みとはいえ、夜間は生徒の出入りを禁止しているんだよー? 昨日、あんなことがあったばかりだし。感心しないニャー」
「明日、寮を出てロザレナお嬢様と実家に帰るので、先生にお別れの挨拶をしようかと思いまして」
「君、そんな性格の子だったかニャ?」
「え? 自分で言うのも何ですが、私は品行方正で、真面目な性格だと自負しておりますが?」
「先生から見たら、君は嘘吐きで計算高い子ニャ。常に周囲に目を向けて、ロザレナさんを前に出し、背後で目立たないようにしている。担任教師の目はごまかせないニャー」
……驚いたな。この人は、生徒のことなど興味のない教師だと思っていたのだが。
こちらの行動の意味を見抜いていたとは、驚きだ。
俺はルグニャータにクスリと笑みを溢した後、付近にある机から椅子を引き出し、ピアノの前に置いた。
そしてそれに座ると、首を傾げているルグニャータに向けて声を掛ける。
「ピアノ、聞いてもよろしいでしょうか?」
「………………ぇ?」
突如か細い声を漏らすと、ルグニャータは何故か俺の顔を無表情で見つめる。
だけどすぐに彼女はハッとして、首を横に振った。
「私は、そんなにピアノ上手い方ではないニャ。ただ……これは、趣味でやっているだけなんだよ」
「構いません」
「……分かった、ニャ」
ルグニャータは袖から出した細くて小さな指を動かし、丁寧に鍵盤を弾いていく。
……とても、悲し気な音色だった。先日彼女が言っていた通り、これは、故人を想った曲。
今はいない誰かに向けた、鎮魂歌。過去の想い人へ向けた、回想の音色。
「アネットさん、夏休みは何かする気なのかニャー?」
「そうですね。御屋敷のお仕事で、忙しくなるかもしれません」
「そうかニャー。学生の夏休みというものは、貴重なものニャ。存分に楽しんでくると良いよー」
夏休みが本格的に始まろうとしている前日。俺は、白い猫が弾くピアノの音に酔いしれていた。
……ルグニャータが、何か、俺に対して感情を抱いているのは、昨日の様子からして察しが付いている。
だけど……無理に聞くことはしない。
多分、彼女は悪い人ではないと、何となく……理解できたから――――。
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「……」
実習棟の屋上から、白い衣服を着た少女が崖下を見下ろしていた。
彼女の目線の先にあるのは、校舎から出て帰って行くポニーテールの少女の姿。
少女は何も喋らず、自身の肩に付いている腕章をそっと触る。
その腕章に書かれているのは――――数字の1と鷲獅子の紋章。
「……アネット・イークウェス」
そう静かに呟くと、少女は屋上から姿を消す。
崖下に居たポニーテールの少女は立ち止り、背後にある校舎を見上げる。
だけど彼女はすぐに前を振り向き、歩みを進めて行くのだった。
第168話を読んでくださって、ありがとうございました。
すいません、急いで書きましたので、あまり良くない出来になっているかもしれません~~!!
ルグニャータの過去をここで挟もうかと思ったのですが、また今度になってしまいました……!!
本当にごめんなさい!!
この作品を通して出会えたみなさまに、深い感謝を申し上げたいと思います!
みなさま、この作品を読んでくださって、本当にありがとうございました!
来年はきっと、剣聖メイドに関して良いご報告ができる……と思いますので!
楽しみにしていただけると嬉しいです!!
ではでは、みなさま、良いお年をお過ごしくださいませ~!!
今夜は紅白見てきます!!笑




