第6章 第166話 学園に潜む亡霊 ⑥
「……困りましたね、これは……」
前後の廊下を取り囲むのは、白銀の鎧甲冑たち。
俺たち四人は一か所に固まり、互いに背を預け合う。
前を俺とグレイレウス、後ろをロザレナとジェシカが受け持ち、それぞれ二対二で敵と相対していた。
「…………師匠。こいつらはいったい、何者なのでしょうか? 首を斬っても、中身は空洞でした。それなのに、明確な意志を持ってオレたちを攻撃してきている。これが所謂【幽霊】、と呼ばれる奴なのでしょうか?」
「まだ断定はできませんが、恐らくは、物質に宿った幽霊――――【リビングメイル】と呼ばれる魔物の類かと思われます。ただ……幽体の魔物の割には、不可思議な点がひとつあります」
俺はそう口にした後、背後にいるロザレナへと視線を向ける。
「お嬢様。この鎧の魔物に、攻撃魔法を試したんですよね?」
「ええ、そうよ。剣に炎を纏い、攻撃してみたんだけど……まるでダメージを負った様子は無かった。鎧が少し焦げただけで、ピンピンしていたわ」
「私も先ほど、氷の魔法を使用してみました。ですが兜を落としただけで、彼らの動きに何ら変化は見られませんでした」
俺のその言葉に、ジェシカは戸惑いつつも、口を開く。
「普通、幽体の魔物って、物理攻撃が効かなくて魔法攻撃が弱点なんだよね? なのに何であいつら、魔法を喰らっても動けるの!?」
「……分かりません。ですが、もしかしたら…………ッ!! お嬢様!!」
鎧甲冑の一体が剣を構え、ロザレナに向かって突進してくる。
ロザレナは前を振り向くと、アイアンソードを上段に構え、鎧の攻撃を迎え撃った。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ガギィンという剣と剣が交じり合う音が廊下に鳴り響き、ロザレナの剣と鎧の剣が交差する。
だが、ロザレナの方がパワーが上だったのか。鎧はそのまま弾き飛ばされ、後方へと倒れ伏した。
その光景を見つめた後、ロザレナはすぐに俺たちの元へと退却すると、剣を真っ直ぐと構え直す。
そして、苛立ち気味に舌打ちを放った。
「……あいつ、全然手ごたえを感じないわ。倒したという感覚すらない」
床に仰向けに倒れた鎧甲冑は……フラリと、起き上がる。
そして地面に落ちた兜を拾い上げると、空虚な頭へと兜を装着し直した。
その後、前後からジリジリとにじり寄って来る鎧甲冑の群れ。
くそ、こうなったら……ロザレナかグレイレウスから剣を借りて、俺がこの場で戦うのが得策だろうか。
【覇王剣】さえ使えば、こんなガラクタ野郎ども一瞬で消し去ることができるからな。
だけど、場所が悪いな。ここは屋内、それも校舎の中だ。
【覇王剣】を使用すれば、建物自体が吹き飛んでもおかしくはない。
それに…………ここには、俺の正体を知らない彼女もいる。
「? アネット、どうしたの? 突然私のことを見て?」
ポカンとした表情で、肩越しにジェシカがこちらを見つめて来る。
俺の本当の実力をジェシカは知らない。
彼女は善人だし、力を明かしても問題はないと思っている。
だが……この力のことはなるべく、隠しておきたいのが俺の本音だ。
できる限り、俺の裏を知る人間は、ロザレナとグレイの弟子二人に留めておきたい。
「む!? 師匠、下がってください!!」
前方からやってきた鎧甲冑が剣を振り上げ、グレイレウスへと襲い掛かる。
グレイレウスは剣を横に振り放つと、その剣を弾いてみせた。
だが……次々と、鎧甲冑たちはグレイレウスへと迫って来る。
閉所で多勢に無勢。速剣型である奴にとって、この状況は最悪といえるもの。
「……くそっ! 正体だとか、そんなことも言ってられないか……!! お嬢様!! 私に剣をお貸しください!!」
「!? アネット、貴方まさかここで戦う気!? ここにはジェシカもいるのよ!?」
「へ? 私がいると……何か駄目なの!?」
ポカンとした顔を見せるジェシカ。
その時、鎧と剣戟を繰り広げるグレイレウスが、背後にいる俺に向けて言葉を放った。
「くっ!! 師匠!! それはお控えください!! 貴方の弟子であるオレたちが、この場は何とかしてみせますので!! 師匠のお手を煩わせるわけにはいきません!!」
「そうよ!! ここはあたしたちに任せなさい!! あたしだって、成長したんだから!!」
グレイレウスとロザレナは鎧と交戦しながらも、前後で、俺を守るようにして前に出る。
ジェシカも、状況がよく分かっていないがらも、非戦闘員である俺を庇おうとロザレナの隣に並んだ。
「ですが……お嬢様、グレイ、相手は物理攻撃も、魔法攻撃すらもものともしない、得体の知れない難敵です!! ここは、私が戦った方が……!!」
「アネット、ここで見せてあげるわ!! あたしがあの学級対抗戦を乗り越えて、どれだけ強くなったのかをね!!」
「フン。強気なのは結構なことだが……遅れを取るなよ、ロザレナ。偉大なるオレたちの師の前だ。無様な真似を見せれば、鎧どもの前に貴様からたった斬ってやる」
「言うじゃない、グレイレウス。悪いけどあたし、あんたよりも強くなった自信があるわ」
「ほう。では、どちらがどれだけ奴らを倒せるか勝負といこうか」
グレイレウスはつま先立ちになると、剣を逆手に持つ。
ロザレナはというと、身体に薄っすらと、闇のオーラを纏い始めた。
「お嬢様、その御力は―――」
「悪いけど……さっそく今日の約束破っちゃうわ。ごめんね、アネット」
【縮地】を発動させ、グレイレウスは幻影を産み出しながら、廊下の壁や天井を駆け回り始めた。
闇のオーラを全身に纏うと、ロザレナは地面を蹴り上げ、猛スピードで鎧の群れに向かって走って行く。
「え?……え? 何!? 早っ!?」
グレイレウスは影分身を産み出して鎧を翻弄しながらも、鎧の足の関節部分の金具を斬り飛ばしていった。
鎧たちは転び、無様に地面に倒れ伏していく。
「灼熱の業火よ! 我が刀身を燃やし尽くせ! ――――【焔剣】!!」
ロザレナはアイアンソードに漆黒の炎を纏い、跳躍すると……上段に剣を構えた。
「とりゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
剣を振り降ろした、その瞬間。膨大な闘気が爆発し、鎧たちを後方へと吹き飛ばしていった。
その後、ロザレナは床に着地すると、ゼェゼェと荒く息を吐き出しフラリとよろめく。
「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」
ロザレナの元へと駆け寄ろうとしたが、ロザレナは振り返り、片手でそれを制してきた。
「大丈夫。魔力が切れただけだから」
どうやら、闇魔法というのは、相当に燃費が悪い代物のようだ。
ロザレナの身体から漆黒のオーラは消え失せ、剣に纏っていた炎も静かに消え去っていった。
ロザレナは肩で息をしながら、目の前に広がる土煙をジッと睨み付ける。
土煙が開けると、そこには……焼け焦げ、粉々に砕け散った鎧たちの姿があった。
そんな鎧の破片が落ちている床には……爆発による、大きな損傷の後が見られた。
うーん……これは、被害総額すごいことになりそう。
おじさん、知らーない☆ 見なかったことにしちゃお☆
「や、やったわ……!! どうよ、グレイレウス!! 見なさい!!」
「……貴様は……もう少しスマートにやれないのか。ここは校舎の中なのだぞ? 廊下の一部を損壊させてどうするのだ」
グレイレウスはというと、その言葉通り、鎧たちの足の関節部分を見事に斬り飛ばし、全ての鎧を行動不能にさせていた。
確かに、スマートさでいえば圧倒的にグレイレウスの方が上だ。
まぁ……剛剣型であるお嬢様と速剣型であるグレイでは、その戦い方が異なるものになるのは、仕方のないことかもしれないが。
「う、うるっさいわねぇ!! あたしは鎧たちを完膚なきまでに粉々にしたんだから、あたしの方があんたよりも凄いわよ!! 虫みたいに飛び回ることしかできないあんたに、こんな芸当できないでしょ!!」
「……そんなフラフラになってよく言えることだ。こいつらを倒しても、まだ、他にも敵が潜んでいる可能性はあるだろう? それなのに、今の一度の戦闘で余力を全て使い切るとは……馬鹿なのか? 貴様は?」
「ア、アネットの前だから、ちょっと本気見せたかったの!! というか、あんたのさっきのスピード、いったい何なのよ!? 戦闘中チラッと見たら、以前修練場で戦った時よりも段違いに速くなってたんだけど!? あたしが病気で寝てる間、何してたわけ!?」
「フッフッフッ。偉大なる我が師から直接、新たな力を教わってな。最早、貴様には追い付けない境地にまでオレは至った、ということだ」
「何それ、ずっるーい!! アネット!! あたしにもそれ教えなさ―――」
「お嬢様。私はただのメイドです。貴方様に何かを教えることなどできません」
「あ……そ、そうね。うん。何でもないわ」
ロザレナはチラリとジェシカの顔を窺う。ジェシカはというと……ロザレナとグレイレウスの顔を交互に見つめ、唖然とした表情を浮かべていた。
「二人が戦っている姿、初めて見たけど……すっごーい!!!! 何、今の黒い炎と、影分身みたいな奴!! 道場でも見たことないよ!! 今みたいな技!!!! ロザレナもグレイレウス先輩も、強いんだー!!! うわぁー!!!!」
無邪気に目をキラキラとさせて、弟子二人を見つめるジェシカ。
そんな彼女に、ロザレナとグレイレウスは照れたように頬を紅くさせる。
「フン。オレは、師の教えを忠実に守っていただけだ。オレがすごいのではなく、オレの師がすごすぎるだけの話だ。……ククク、やはり、オレの師匠は偉大な方なのだ!! フハハハハハハ!!」
「ま、まぁ、そうね。このおかしな男に同意するのは癪だけれど……あたしたちの師匠が優秀なことは事実ね。何と言っても、このあたしの自慢のメ―――」
「……じーっ……」
「メイ、じゃなくて、自慢の師匠だからね!! あははははっ!!」
わざとらしい笑い声を上げるロザレナ。
……何で俺の弟子たちはみんなすぐにボロが出てしまうん? 何でなん?
「師匠、かぁー。ねね、ロザレナ、グレイレウス先輩。私も二人の師匠の弟子になれないか……そのお師匠様に御目通りすることはできないのかな?」
「「え゛?」」
同時に驚きの声を漏らす弟子二人。そして、同時にこっちを見て来るアホ弟子二人。
見ないで。こっち、見ないで。
「ん? アネットがどうかしたの?」
「い、いや、何でもないわよ、うん!! そ、そうね!! 機会があればね、うん、聞いてみるわね!!」
「うん、お願いするよー。私ももっともっと、強くなりたいからさ。お爺ちゃんの名を継いで……剣神になりたいから」
二人の戦いを見て、決意を新たにするジェシカ。
俺はそんな彼女に優しく笑みを浮かべた後、手をパチンと鳴らし、みんなに声を掛ける。
「さっ、お嬢様、グレイ、ジェシカさん。早く光合石を調達したオリヴィア先輩とマイス先輩に合流して、さっさと校舎から出るに致しましょう。またいつ何時、あの鎧が出て来るか分かりませんからね」
「はーい」「分かったわ」「御意」
「よし。では行きましょ……うん? 何か一人忘れてる気が……?」
何かこう、金髪でドリルの人を忘れてる気が……うん?
そう、何処かのドリルティエさんのことを思い出せないでいると……突如、背後からキィィと、古い戸を開く音が聴こえてくる。
その音に全員で一斉に肩をビクリと震わせると、俺たちは臨戦態勢を取りつつ、グレイレウスが立っている方向の廊下の奥に視線を向けた。
「あれは……」
扉が開いた場所。そこには……『旧・音楽科』という文字が書かれたネームプレートがあった。
ということは、今、扉が開いたのは――――ジェシカが言っていた、例の教室、ということだ。
「ね、ねぇ、アネット。学校のピアノが鳴っていた場所って……あそこから……だよね?」
「た、多分、そうだと思います。この学校に楽器など、あそこにしかないでしょうし……」
ギシギシと、古いフローリングを歩く何者かの足音が聴こえてくる。
そして……開かれた扉から出て来たのは――――――。
「……ふにゃ? 何してるのかにゃ、こんなところで君たちはー? もう下校時間とっくに過ぎてるでしょー?」
ダボッとしたロングコートに、白い猫耳、白い尻尾。黄色い瞳。幼女のような小柄な背丈。
その姿を見た俺とロザレナは、同時に、呆けた声を漏らしてしまう。
「「え? ルグニャータ、先生……?」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
オリヴィアは、襲い来る鎧に対して拳を振り上げる。
鎧の胴体に彼女の拳が触れた瞬間、鎧は粉々に吹き飛び、崩れて行った。
その光景を見て、マイスは光合石の入った箱を抱えながら……冷や汗をかく。
「こ、これからは眼帯の姫君を本気で怒らすのはやめておいた方が良さそうだな! うむ! よく今まで俺は無事だったと、そう、改めて自分の幸運と防御能力に感謝していたところだよ!」
「変なこと言ってないで、マイスくんも戦ってください!! なんで女の子である私だけが戦ってるんですか!!」
「いや、どう見ても君一人で十分だろう。見たところあの鎧たちは、剣や魔法に対する耐性を持っていると思われる。単純な力だけで物を破壊できる君の方が、この場は適切さ」
「女の子に戦わせて後ろで待機しているなんて、最低男です!! よく貴方は女の子にモテますね!! 信じられません!!」
「ハッハッハー!! 俺は、女性を利用する能力に長けているからな!! 適材適所、という奴さ!!」
「女の敵です!! 死ねば良いのに!! 変態男!! 色情魔!!」
「眼帯の姫君は……たまに俺とグレイに対してだけ当たりが強くなるのは何故なのかな? いくら鋼の心を持つ俺でも、ちょっとだけ、少しだけ……傷付くぞ?」
「知りません!! 私、ロザレナちゃんが病気の時に貴方がいなかったこと、まだ怒ってるんですからね!!」
「まったく。確かにあの時のことは悪かったと俺も思――――止まれ、オリヴィア」
突如マイスは足を止め、暗闇が続く四階の廊下を見つめる。
オリヴィアは振り返ると、どうしたのかと首を傾げた。
「? どうかしたんですか? マイスくん?」
「あそこに……何者かが立っているぞ」
「え?」
マイスの指さす方向。そこには……鼻から上半分をベネチアンマスクで隠した……漆黒のコートを纏う不気味な男の姿があった。
男は、マスクの隙間からシアンブルーの青い瞳を輝かせると、怒気のこもった口調で開口する。
「まさか、こんなところで出会うとはな……オリヴィア・エル・バルトシュタイン」
「え? 貴方は……誰ですか?」
男は、オリヴィアの言葉を無視して、そのまま口を開く。
「校舎に居る防衛ゴーレムを暴走させ、混乱に乗じて校舎に潜入したが……フフフ、忌むべきバルトシュタインの娘にこうして出会えるとはな。運命とは何とも面白いものだ」
漆黒のコートを翻し、仮面の男は真っ直ぐと、オリヴィアに向かって歩みを進める。
そんな彼の様子に戸惑っていると、マイスは光合石の入った箱を床に降ろし、オリヴィアを庇うようにして前に立った。
そして、腰のロングソードを引き抜くと、彼は前髪を靡いてみせる。
「以前から、この校舎に何らかの仕掛けをしていた者がいることは理解していた。今日は、光合石の調達と共に学校に異常が無いか探るつもりだったのだが……まさか今日この日に、その仕掛け人が現れるとはな。今日はこの学園に何の用かな? お客人?」
「ほう、貴様……私がこの校舎に監視用の術式を仕掛けていたことに気付いていたのか。……ん? よく見ると貴様、見たことがある顔だな。確か……王家の問題児、だったか?」
「俺の方は君に覚えなどないがな。ところで、その仮面、外して見せてくれないかね?」
「…………貴様は黙って、そこのバルトシュタイン家の娘を大人しく私に引き渡せ。そいつには、私の憎悪をあますことなく与えてやらねばならない。ゴーヴェンの娘である、そいつにはな」
「え? ゴ、ゴーヴェン?」
その言葉に、オリヴィアは肩をビクリと震わせる。
マイスは大きくため息を溢すと、仮面の男に不敵な笑みを浮かべた。
「残念だが、彼女を君に渡すことはできないな。俺は、けっして……仲間を売ることはしないのでね」
「なら……ここで死ね。聖王の息子である貴様も、私の復讐の標的だ」
そう口にすると……仮面の男は剣を抜き、廊下を疾走して――――マイスへと襲い掛かるのだった。
第166話を読んでくださって、ありがとうございました。
この章はあと数話で終わらせる予定です。
よろしければモチベーション維持のために、いいね、評価、ブクマ、感想等お願いいたします。
次回は明日投稿する予定です。




