第6章 第163話 学園に潜む亡霊 ③
「―――オ……オーホッホッホッホッ!! みなさま、わたくしについてきなさぁい!! 栄光あるフランシア家の娘であるわたくしにかかれば、レ、幽霊など、ちょちょいのちょい、なのですわぁぁぁぁっっ!!!!」
そう口にして、ルナティエは身体を震わせながらも先行して前を歩いて行く。
そんな彼女の背後を、俺たちは呆れながらもついていった。
「しかし、まさか夜の学校に侵入することになるとは、な……」
正直、学校に忍び込むことに、気は進まない。
幽霊が怖いとかではなく、単純に、目立つことをしたくないのが本音だからだ。
ゴーヴェンが俺に寄越した刺客、リーゼロッテは、強制契約の魔法紙によって無力化に成功しているが……端的に言えば、奴は俺の情報を外へ漏らすことができなくなっているだけだ。
俺への情報が不自然なほどにあがってこないことに疑問を感じたゴーヴェンが、リーゼロッテが何らかの方法で口を塞がれたということに気付いても、何らおかしくはない。
現状、俺への脅威は表面上は去っただけで、根本的な問題は何も解決していないと言えるだろう。
ただ、まぁ、できることなど、ただ平凡なメイドとして過ごすこと以外に方法は何もないのだけれどな。
現状、俺が先代オフィアーヌ家の生き残りであることの証拠は、今のところどこにも残していない。
俺が先代オフィアーヌ家の令嬢だと知る者は、現在、エステルとジェネディクト、あとはオリヴィアとヴィンセント、ギルフォード、コルルシュカくらいのもの。
エステル、ジェネディクト、ギルフォードは、どちらかというと王政側にいるゴーヴェンとは敵対関係にある。よって、俺を売る可能性はゼロに等しい。
次に、オリヴィア、ヴィンセント、コルルシュカ。
この三人はもう何も言わなくても良いだろう。天地がひっくり返っても、彼女たちが俺を売ることはない。
俺は、お嬢様とグレイレウスと同じくらいに、この三人は強く信頼している。
むしろ裏切られたなら、何かしらの理由があったと見て良いレベルの存在たちだ。
「……今のところ、俺の正体を知る者に、裏切るような真似をする奴は見当たらない。ゴーヴェンに情報が渡る失策はどこにも……ん? いや、待てよ? 一人……いるな? 俺の正体を知っている可能性がある、新たな存在が」
チラリと、俺は視線を前に向ける。
そこにいるのは、優雅な所作で前を歩くマイスの姿。
……王位継承権を剝奪された王子、マイスウェル・フラム・グレクシア。
彼は、幼少の頃にエステルから俺のことを聞かされていたらしい。
ジェネディクトを倒し、エステルを倒したその出来事の詳細を知っていると仮定するのならば、俺の実力は既に把握していると言って良いだろう。
そして、情報収集能力に長けていることから……恐らく、俺の正体にも気付いている、のだろうか……?
ジッとマイスを見つめていると、奴は歩くスピードを遅らせて、背後へとやってきた。
俺も徐々に歩くスピードを落とし……みんなから少し離れた距離で、マイスと一緒に歩みを進める。
「どうかしたのかね、メイドの姫君。先ほどから俺に熱い視線を送ってくれていたようだが?」
「マイス先輩。単刀直入にお聞きします。貴方は、私の正体に……気付いておられるのですか?」
「フッフッフッ。正体、か。それは、君の実力のことなのか、将又、その素性によるものなのか」
「……その発言から察しますに……貴方は―――」
「安心したまえ。以前にも言ったが、俺には、君を害す気は一切ない。そんなことをすればまず間違いなく、君に心酔しているエステルが俺に敵意を向けてくるだろうからな。俺が何よりも一番大事なのは自分の命だ。故に、俺が君をゴーヴェンに売ることは絶対にないと断言できる。安心したまえ」
「一応、信じておきます。貴方は、悪い人ではないような気がしますので」
俺のその発言に、フッフッフッと笑い声を上げるマイス。俺は続けて、彼に対して疑問を投げる。
「マイス先輩は、王位継承権を剥奪されたと言っていましたが、聖王を目指す気はないのですか?」
「無いな。他の王子たちは玉座を狙って互いを蹴落とし合っているが、俺から見ればあのような玉座など奪う価値すらない。端から俺に野心なんてものはないよ」
「価値すらない、とは、どういう意味なのですか……?」
そう言葉を漏らすと、マイスは肩を竦めてみせた。
「君も知っての通り、この国の歴史にはどうにもきな臭い出来事が多い。そうだな……君の両親が亡くなったあの事件が、良い例といえるだろうな。この国の聖王は必死に何かを隠したがっている。それこそ、忠義を尽くしていた四大騎士公の一家を、隠していた秘密を知った途端、皆殺しにするほどにね」
「……マイス先輩は……この国の現状に不満を抱いておられるのですね?」
「そう取ってもらっても構わない」
この国の制度に疑惑の念を持つ王子。
だとしたら、彼は、ヴィンセントが探し求めていた同志に他ならないのではないのか?
ヴィンセントとマイスが手を組んで、新たな国家体制を平和的に作り、エステルを止められたら。
それは、俺の望むこの国の将来になり得るかもしれない。
「でしたら―――」
「メイドの姫君。誰が聖王になったところで、この国は良くはならないさ。頭が変わったところで中身は変わらないからだ。宰相ルートヴィッヒ侯爵家も聖騎士団団長バルトシュタイン伯爵家も、現聖王の傀儡だ。新たな聖王が民を慮った革新的な政策を打って出たところで、宰相と騎士団長がストップをかける。この国は中枢が生きている以上、何も変わることは無い」
「……」
なるほど、理解した。彼はもう、諦めてしまっているんだ。
一人でも戦う意志を見せた、革命を望むヴィンセントとは違う。
マイスはもう、この国の現状はどうやっても変わらないと、諦観してしまっているんだ。
「俺にとってこの国は、表面上は綺麗に見えても、その中身は腐ったものだと見ている。とはいえ、俺にはエステルのように全てを壊そうという覚悟すら無い。この国を変えようと思えば、まず間違いなく死人が出るのは必至だからだ。もし、その死人の中に、オリヴィアやグレイレウスが含まれたらと思うと……俺は、怖くて仕方がない。聖騎士になんて、みんな……目指さなければ良いのにな」
「え?」
俺は、隣を歩くマイスに視線を向ける。マイスの顔は……今まで常に浮かべていた微笑が崩れ、悲痛なものへと変わっていた。
彼は真っ直ぐと前を見つめたまま、和気藹々と歩くみんなの後ろ姿を見つめながら、再び開口した。
「無論、ロザレナ、ルナティエ、ジェシカ、そして君、アネット。皆、俺にとっては大事な存在だ。……この寮の誰か一人でも内紛で亡き者になったらと考えると、恐怖で身体が震える。俺にとってこの満月亭は、煌びやかな王城よりも、ずっと居心地が良い場所なんだ。メイドの姫君。俺はね、こう見えてとても臆病なのだよ。命を奪い合う戦場というものが、恐ろしくて仕方ないんだ」
いつも見せていた飄々とした様子とは違う。マイスが初めて見せた、本音の顔。
こいつは……もしかしてこの男は、常に軽薄な素振りをしならがも、誰よりもこの満月亭という場所を大事に想っていた奴、なのか……?
当然ながら俺は、一期生が入学する以前の満月亭の姿を知らない。
だが、何となく想像することはできる。
自分本位で行動するグレイレウス、監督生として皆をまとめようと必死になるオリヴィア。
もしかしてそんな二人を、ずっと一歩遠くから離れて温かく見守っていたのはこの男……なのかもしれない。
「む、俺としたことが、随分とらしくないことを言ってしまったな。今のは忘れてくれたまえ! ハッハッハー!」
またいつものようにアルカイックスマイルを浮かべ、飄々とした雰囲気を取り戻したマイス。
俺はそんな彼にニコリと、優しく笑みを浮かべた。
「マイス先輩は、他の方よりも精神が成熟していそうですから……満月亭のお父さん、みたいな存在なんですね」
「ハッハッハー! では、君はこの寮のお母さんかな? 俺と君で夫婦となり、共に幸せな家庭を築いていこうではないか!」
「それは、御遠慮します。……そこ、どさくさに紛れて肩に手を乗せようとしないでください。怒りますよ」
肩を抱こうとしてきたマイスの手を払いのける。するとマイスは「手痛い仕打ちだな」と、前髪を靡いてみせるのだった。
(争いを好まない、友達思いの王子様、か)
女好きなところは問題だろうが、友人たちを大事に想うその心根は、とても素晴らしいものだ。
恐らく、ヴィンセントが探している王の器とは程遠い存在かもしれないが……彼がもし聖王になったら、今よりは良い国になるのではないだろうか。
エステルが目指す、破壊と創造の先に作り出す国は、多分、マイスの望むものではないのだろうな。
この二人は相反した思想を持つ、王子なのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時計塔の裏手にある実習棟に辿り着く。
普段とは違い、暗くなった明かりのない校舎を目の前にして、オリヴィアとルナティエはゴクリと唾を飲み込んだ。
「な、何だか、ちょ、ちょぴりだけ、怖い空気を感じますわね……!!」
「そ、そうですね、ルナティエちゃん。で、でも、暗いだけで、学校の雰囲気はそんなに変わらな――」
……その時。低いピアノの音が、校舎の中から鳴り響いてきた。
オリヴィアは悲鳴を上げ、隣に居たルナティエを咄嗟に抱きしめる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「うぐえ゛っ!?」
女の子とは思えない声を出し、ルナティエは白目になる。
そんな彼女に対してオリヴィアは慌てて手を離した。
「あ、ルナティエちゃん!? ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「く、首が、首がグキッて鳴りましたわ……ロ、ロザレナさん、わたくしの首、大丈夫ですか? 曲がったりしていませんか?」
「んー、何か角度がおかしいかも? まっ、別に良いんじゃない。誰もあんたの首の角度なんて気にしないわよ」
「気にしますわよ!! わたくしが!!」
首元に手を当てロザレナを睨み付けるルナティエと、ルナティエに必死な様子で頭を下げるオリヴィア。
そんな二人を眺めていると、ジェシカが「あ!」と声を漏らし、校舎へ向けて指を差し示した。
「み、みみみみみ、みんな!!!! あ、ああああ、あれ!! あれ見てっっ!!!!!」
ジェシカが指を差す方向。そこにあるのは、実習棟の六階付近。
六階付近にある窓に、白い人影が、こちらを見下ろしている姿があった。
その影はこちらが見ていることに気付くと、奥へと消え、姿を掻き消す。
その光景を見て、俺たち満月亭の仲間たちは……硬直し、唖然とするしかなかった。
第6章を読んでくださって、ありがとうございました。
第6章、早々に終わらせるつもりですので、お付き合いの程よろしくお願いいたします。
モチベーション維持のためにいいね、評価、ブクマ、感想、お願いいたします。
みなさま、メリークリスマスイブです!!




