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第6章 第162話 学園に潜む亡霊 ②


「え? 魔道具(マジックアイテム)の故障……ですか?」


 暗闇の中、オリヴィアがそう口にする。


 そんな彼女に対して、背後からグレイレウスが声を放った。


「どうやら先ほどの落雷で、光合石に不具合が生じたようだな。信仰系属性が宿った魔道具(マジックアイテム)は、雷属性に弱い面を持つ。見たところ、学生寮にある全ての照明器具が停電してしまったと見るべきか」


「て、停電!? こ、これでは、暗くて何も見えませんわ!! って――――……ぬわぁっ!?」


「うわぁっ!? い、いたぁーいっ!! ちょ、ちょっとルナティエ!! あたしに突進して来ないでよ!!」


「あ、あら、これ、ロザレナさんでしたの? どうりで凹凸のない壁のような身体だと思いましたわぁ!! オホホホホホホ!!!!」


「誰が胸がなし女だってぇ!? ぶっとばすわよこのドリル女!!!!」


「ちょ、ちょっと、ロザレナお嬢様、ルナティエお嬢様、喧嘩している場合では……」


「ハッハッハー! メイドの姫君、怖いのであれば俺の傍に来ると良い!! うん、目を凝らして見ても黒い影しか見えんな!! どれがメイド姫君かね? これかな?」


「ッッ!?!? おい、年中発情男!! オレの手を握ぎるな!! 気色悪い、斬り殺すぞ!!!!」


「おっと、俺としたことが唯一のハズレのグレイを引き当ててしまうとはな!! くじ運がないな!! ハッハッハー……って、むっ!? グ、グレイ!! 今、剣を振ってきたな!? 俺の美しい前髪が少し切り飛ばされていったぞ!?!? 暗闇の中で剣を抜くな!! 危ないではないか!!」


「殺す。お前は絶対に、この闇の中で殺す」


 ザワザワと騒ぎ始める寮のみんな。その時、闇の中にろうそくの火が灯り、一人の顔が浮かび上がった。


「台所にマッチと燭台があったから、火を点けて持ってきたよ、みんなー」


「ナイスです~ジェシカちゃん~!」


「あ、そうだ! ふっふっふっ、うらめしや~」


 ジェシカは蝋燭で自分の顔を下から照らしながら……テーブル席へと座る。


 すると彼女はコホンと咳払いをして、再び開口した。


「せっかくのこういう機会だから……みんなに、私が聞いた怪談話をしてあげるよ! 夏だし!」


「え? か、怪談話?」


「な、何ですの? 怪談?」「アホ女がまた何かし始めたようだな」「なになに?」


 テーブルの傍に、みんなが近寄って来る。


 そんな寮の仲間たちに対して、ジェシカは楽し気に微笑みを浮かべるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……これは、友達が言っていた話なんだけどね……実習棟の六階の奥に、正体不明の教室があるらしいの」


 蝋燭が灯った燭台を手に持ち、テーブルの向こう側で、ジェシカはそう口にする。


 そんな彼女の向かい側に座るのは、俺とロザレナ、オリヴィアの三人。


 ジェシカの突如始まった怪談話に、俺の右腕を抱くオリヴィアと左腕を抱くロザレナは、同時にゴクリと唾を飲み込んだ。


 背後で、壁際に背を付けて腕を組んで立っているグレイレウスはくだらなそうに「フン」と鼻を鳴らしつつも、こちらに耳を傾けている。


 奥にあるソファーで横になっているマイスも、両手を後頭部に回しながらこちらに目を向けていた。


 ルナティエは、少し離れた場所に立ってジェシカの話を大人しく聞いている。


 今、こんなことをしている場合ではないのだろうが……まぁ、暗闇の中慌てふためいても仕方ないので、こういうことをするのも悪くはないだろう。


 ジェシカは自分の顔を蝋燭を使って下から照らし、続けて口を開く。


「その友達、実習棟に忘れ物したことに気付いて、午後七時くらいに学校に侵入したんだって。それで、目的地の剣術指南教室に辿り着いた……その時。上の階から、突然、もの悲し気なピアノの音が聴こえて来たの」


「ピ、ピアノの音……ですか?」


 怯えた声を漏らすオリヴィア。

 

 いや……あの、オリヴィアさん? 腕に力が入って痛いのですが? 普通にギリギリいっちゃってますが?


「オリヴィア先輩は、この学校に音楽科があったことって知ってる?」


「は、はい。確か、数十年前までは、戦場での騎士団を鼓舞するために、音楽騎士隊を育てる音楽科というものがあったとか……。ですが……ち……いえ、聖騎士団長の座にゴーヴェン学園長総帥が就くと、彼は戦いに音楽騎士隊は不要だと宣言し、即座に音楽騎士隊を除隊したと、そんな話は聞いたことがあります……」


「そうらしいんだよね。だから今、この学校には音楽科はない。でも……」


「で、でも?」


「六階にはまだ、音楽科の教室が残っているらしいんだよ。そこから、過去に亡くなった音楽騎士隊の亡霊が、時折ピアノの音を鳴らしているんだって。その音を聴くいた人は、必ず……10日以内に死んじゃうらしいんだよ!」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!」


 オリヴィアは悲鳴を上げると、俺の腕をさらに強く抱きしめてくる。


 う、うーん、結構痛い。闘気で一部分をガードしてなきゃ、骨折してもおかしくない力だな……。


 右腕を抱くオリヴィアは明らかにジェシカの話に怯えている様子だったが、左腕を抱くロザレナは思ったよりも平気そうな顔をしていた。


「なんだ、その程度の話なの? だったら10日以内にその亡霊とやらを倒せば良いだけの話じゃない」


「お、お嬢様……な、何というか、その考え方は……とても脳筋……い、いえ、何でもありません」


「ん~? 何か言ったかしら? アネットさ~ん?」


 ギュッと手の甲を抓られる。両手に花だが、両手に地獄な状況。


 ロザレナはふんとそっぽを向くと「悪かったわね、脳筋で」と、いじけ始めた。


 そんな彼女に呆れた笑みを浮かべていると、背後にいるグレイレウスが口を開いた。


「アホ女。貴様のその怪談にはおかしな点がある。まず、10日以内に必ず死ぬと言っていたが、何故、ピアノの音を聴いた貴様の友達は生きている? それといったい誰が10日以内に死ぬことを実証したのだ? 生憎と、今年度の学園では退学者は出たが死人はまだ出ていない。お前の話には明らかな矛盾がある」


「あっ、本当だ……。同じクラスのマリーちゃん、怯える私にこの話を嬉々として話してくれてたんだけど……もしかしてこれ、ガセネタ? うぅ~! 私、いっつも誰かに騙されてからかわれてる気がするよ~~! 何でなの~~!?」


「フン。それはお前が他人の言葉を素直に信じるアホだからだ。もう少し他者を疑うことを覚えるんだな、アホ女」


「アホアホ言わないでよっ!! アホじゃ……ないもん!!」


 ぷくっと頬を膨らませ、グレイレウスに怒った目を向けるジェシカ。


 そんな彼女にやれやれと肩を竦めるグレイレウス。


 俺は睨み合う二人にコホンと咳払いをし、口を開いた。


「さて。停電した後、突然「怪談話をしよう!」と言ってきたジェシカさんの話に乗って、今に至るわけですが……そろそろ、この後をどうするか考えましょう。流石に暗闇の中でこのまま、というわけにもいきませんからね」


「そ、そうですね! アネットちゃんの言う通りです! お、お化けなんて、いるわけないですから! はい!!」


 オリヴィアはブンブンと何度も頷き、俺の言葉に同意の意を示す。


 その時、グレイレウスが俺に声を掛けて来た。


師匠(せんせい)。照明具に入っている光合石の交換は、明日、学園の生活科に行けば取り替えて貰えると思います。ですので……今は一先ず、おとなしく自室で寝る、という選択が無難ではないでしょうか?」


「そうですね……それが一番、良いかもしれませんね。暗闇の中で不用意に動いて怪我でもしたらシャレになりませんし。この寮には、夜目に長けたレンジャー職の人間はいませんしね」


「えー、まだ九時でしょー? 寝るにはちょっと早くなーい? あたし、暇~」


 そう言ってテーブルに突っ伏し、ロザレナは唇を尖らせる。


 俺はため息を溢し、お嬢様の頭を軽く小突いて、口を開いた。


「お嬢様。貴方様はまだ病が完治してから三日しか経っていないんですよ。ちゃんと寝てください」


「嫌。暇ー。修練場行って剣の練習したいー」


「さっきまであんなに雨が降っていたじゃないですか。無理ですよ」


「ふむ。雨なら止んでいるぞ?」


「え?」


 声が聴こえて来た後方へと視線を向けると、そこには、カーテンを開けて窓を見つめるマイスの姿があった。


 マイスはカーテンを閉めると、こちらに身体を振り向かせ、ニコリと微笑を浮かべる。


「よし。せっかくの機会だ。諸君、今から学校に潜入しようではないか」


「「「「「は?」」」」」」


 全員、マイスのその言葉に呆けた声を溢す。


 マイスは前髪を靡くと、歯を見せて、「ハッハッハー」と笑い声を上げた。


「実習棟の4階にある魔法学科には、魔道具(マジックアイテム)を研究する教室がある。そこに、実験用に用意された替えの光合石がたんまりとあるのを、俺は知っていてね。今からそこに行き、使用できなくなった満月亭のものと取り換えて……数点、こっそりといただいて来ないかね?」


 マイスのその言葉に、オリヴィアは立ち上がり、むむっと怒った表情を浮かべた。


「マイスくん! それ、泥棒じゃないですか!! バレたら怒られますよ!! 下手したら、停学になる可能性も――――」


「何、バレたら「緊急事態だった」「寮の照明器具が壊れて、今すぐでも替えの光合石が必要だった」とでも言えば良い話だ。それに、魔道具(マジックアイテム)研究科には数百個もの在庫があることを確認している。寮で使う数点拝借したところで、特に問題はないだろう。ここにあるものを交換するだけだしな。数は減らないし、そんなに高価なものでもない。停学の可能性は低いと思われるが?」


「で、ですが……」


「フッフッフッ。幽霊が怖いのかね? 眼帯の姫君」


 その発言に、オリヴィアはビクリと肩を震わせる。


 マイスは腕を組むと、目を伏せ、そのまま開口した。


「先ほどの怪談話を聞いて怖くなるのも無理はない。まぁ、監督生である君が止めるのなら、俺も無理には提案しないさ。あくまでこれは俺のひとつの考えと受け取って欲しい。監督生(・・・)が幽霊を怖いと思うのであれば、下に就く俺たちは君に従うまでさ。君はここでは、俺たちの上司に当たるのだからな」


「こ、怖くなんて……怖くなんてありませんけどぉっ!? わ、私はただ、監督生として、危険性を問うているだけのことですけどっ!!!! 夜の学校なんて、全然、余裕で、行けますけどぉっ!?!?」


 そう言ってオリヴィアは両手の拳を握りしめ、興奮した様子でマイスに訴えかける。


 ……何か、最近、何処かで見たようなやり取りだな。


 あぁ、思い出した。エステルがミレーナを持ち上げて話に乗せた時と、やり口が同じなんだ。


 グレイレウスがマイスとエステルは似ていると言っていたが、なるほど、こういうところか。


 マイスのことをジッと見つめていると、奴は俺にウィンクしてくる。


 ……こいつ。前から思っていたがいちいちキザッったらしい言動をしてくる野郎だな。

 

 女にモテモテなところと良い……前世で生涯童貞を貫いた身としては、ムカツクことこの上ない野郎だ。


「で、では、みなさん! 今から学校に行って、光合石を取ってきましょう!! そ、それと、音楽科に亡霊がいないということも証明してやりましょう!! 満月亭のみんながいれば怖いものなし、です!!」


「え、えぇぇぇっっ~!?!? オ、オリヴィア先輩!! 怪談話を始めた私が言うことじゃないかもしれないけど、私、めっちゃ行きたくないよ!? 夜の学校とかすごく怖いんだけど!?」


「……フン。亡霊が居るとすれば、死霊系の魔物の『レイス』だろうな。奴らは物理攻撃が効かない、特殊な能力を持っていると聞く。……ククッ、良い機会だ。一度、幽体の魔物と戦ってみたいと思っていたのでな。このオレの剣が、幽体を斬れるかどうかを実証してやろう」


「あら、珍しく意見があったわね、グレイレウス。あたしも魔物がいるのなら喜んで相手になってやるわ!! 病み上がりだから丁度良い相手を探していたの!! 腕が鳴るわね!! ね、ルナティエ、貴方もそう思――――ルナティエ?」


 さっきから黙って立っているルナティエに、ロザレナは訝し気な視線を向ける。


 ルナティエは俯いていた顔を持ち上げ、ロザレナへと顔を向けると……顔を青白くさせ、ぎこちない笑みを浮かべた。


「そ、そうですわね。幽霊如きに怯えていたら、聖騎士になんてなれませんものね!! わ、わたくしがついているのです!! ゆ、幽霊退治など、ぞ、造作もなくってよ!! オ……オーホッホッホッホッ!!!!」


「ルナティエ……あんたまさか……」


「さ、さあっ、行きますわよ!! ……ちなみに、この寮にいるみなさんは、攻撃魔法、どれくらい使えますの? 攻撃魔法を使えないとレイスは倒せないですわ。も、ももも、勿論!! わたくしも水属性魔法が使えますから!? 怖くはないんですけどねっ!? オホッ!?」


「オホッって何よ……オホッって……」


 虚勢を張るルナティエ。同じく、マイスの前で虚勢を張るオリヴィア。


 …………何故、君たちはそんなところで無駄はプライドを発揮するんだ……。


 こうして俺たちは、学校へと肝試し(?)しに、向かうこととなったのだった。

第162話を読んでくださって、ありがとうございました。

投稿が遅れてしまい、申し訳ございません!!

ものすっごく忙しくて、執筆時間、取れませんでした!!

年内中には第6章の短編を終わらせたいと考えていますので、お付き合いの程、よろしくお願いいたします!


よろしかったらモチベーション維持のために評価、ブクマ、いいね、感想等、お願いいたします。

みなさま、良い休日をお過ごしください。三日月猫でした!

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― 新着の感想 ―
[一言] 多忙の中執筆お疲れ様です(T . T) この会のオリヴィアめっちゃ可愛かったです!!! はやくオリヴィアのイラストも見てみたくなりました( ^∀^)
[良い点] エステルもキザなところあるからやはりマイスと似てる。 オリヴィアは可愛いけどミレーナは残念な感じがすごい。 自分はルナティエはクズ女じゃなく普通に良い子なんだと思う。
[一言] >オリヴィアは悲鳴を上げると、俺の腕をさらに強く抱きしめてくる──闘気で一部分をガードしてなきゃ、骨折してもおかしくない力だな……── ──こうなると、怪力のオリヴィアと気軽にスキンシップ…
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