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幕間 聖女


「……剣聖、剣神って無能の集まりかよ。剣王が倒せたレベルの魔物相手に何やってたんだか」


「災厄級の魔物なんて実際大したことねぇんじゃねぇのか?」


「本当に剣聖や剣神って、実力に応じて任命されているのかね。裏金積んだら、弱い奴でも誰だってなれるんじゃないか?」


 街を歩いていると、そんな声が聴こえてくる。


 オレは――――剣神ルティカ・オーギュストハイムは、チッと舌打ちをして、フードマントを深めに被り直した。


 そして、苛立ち気味に小さく声を発した。


「馬鹿どもが。てめぇらが平和に暮らしてられるのは、誰のおかげだと思っていやがる」


 馬鹿な民衆どもに腹が立つ。だけどそれと同じくらいに、心が折れてしまった己の情けなさに反吐が出る。


 今思い返してみても、あの化け物……【暴食の王】は、恐ろしい存在だった。


 あの姿を思い出す度に、身体がブルリと震える。


 アレは、生物という理を超えた、異常な力を持った存在だ。


 アレは、剣王程度が……いや、剣聖・剣神程度が、太刀打ちできるような生物ではなかった。


 全ての生きとし生ける者たちを喰らうために、天上の神から遣わされた存在。人類殺しの神の使徒。


 そう言われてもおかしくない、天災……災害そのものと言えるような化け物だった。


 災害は、人間がどうこうできるようなものではない。災害の前では、人間は等しく嵐が過ぎ去るのを祈ることしかできない。


 そんな、超常の力を持った神の使徒を――――殺して(・・・)みせた化け物が、この世界にはいる。


 人の常識を超えた、化け物を殺した真の化け物が、この国の何処かに潜んでいる。


 その事実は、あの化け物と相対した全員、気が付いてることだろう。


 暴食の王は、剣王アレフレッドが万が一でも倒せるような、生半可なレベルじゃないことは明白だからだ。


「…………くだらねぇ。そいつから見たら、オレたち剣神なんざ、チャンバラごっこしているガキにすぎなかった、ってところなのだろうな。見かねて手を出した、ってことなのか……まったくもって腹が立つ野郎だ」


 オレはため息を溢すと、そのまま人並みを掻い潜り、街の中を歩いて行く。


 自身の今後の進退がどうなるかは分からない。


 今はただ、フラフラと歩みを動かすしかない。目的地も無く、彷徨うことしか、オレにはできない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


「王歴5218年 【嫉妬】疫災の魔女 剣聖アレス・グリムガルドによって帝国領土郊外に封印」


「王歴5232年 【傲慢】黒炎龍 剣聖アーノイック・ブルシュトロームによって討滅」


「王歴5314年 【暴食】暴食の王 剣王アレフレッド・ロックベルトによって討滅―……?」


 銀の髪の女性は、目の前に浮かぶ、回転する巨大な銀色の球体を見つめながら―――首を傾げる。


 そして彼女は右手に持っていた本を開くと、そこにある文章に目を通す。


 数分後、パタンと本を閉じると、女性は静かに口を開いた。


「……王歴5266年辺りから、私が視た正史から、大きく変化したものへと変わっています。私が知る歴史では、ジェネディクト・バルトシュタインはエステリアル王女の近衛になどなってはいなかった。暴食の王は王都を半壊させ、ルティカとヴィンセントは死に、剣聖リトリシアと剣神ハインラインが苦戦の中、何とか暴食の王を討滅することに成功した……という、未来だったはず。何者かが、私の知る未来を変えている」


 顎に手を当て、銀の髪の修道女は思案気な表情を浮かべる。


 ……その時。コンコンとドアをノックし、一人の聖騎士が部屋の中に入って来た。


「聖女さま! 聖王陛下がお呼びでございます!」


 敬礼をし、緊張した面持ちを浮かべる若い騎士の少女。


 そんな彼女にクスリと笑みを浮かべると、コクリと頷きを返した。


「了解しました。参りましょう」


 女性は腕に本を抱えたまま、聖騎士を引き連れ、部屋の外へと出る。


 朝陽差し込む長い廊下を歩きながら、聖女と呼ばれた女性は、背後を歩く聖騎士へと声を掛けた。


「ランクール。暴食の王の一件から三日が経ちましたが、王都の方はどうですか?」


「それが……民衆たちは、その……災厄級の魔物を倒したのが剣王アレフレッドだと知り、剣聖・剣神は何をやっていたんだ、無能な集まりなのではないかと、不信感を募らせているようで……剣聖・剣神の座を総替えしろと、嘆願書なるものも集めているみたいです」


「……困ったものですね。リトリシア様や剣神の皆様方は、命を掛けて戦ってくれたというのに。酷い話です」


「聖騎士である自分がこう言うのも何ですが……みなさん、災厄級の魔物がどれだけ恐ろしい存在なのか、分かっていないのですよ。聖女さまが視た本来の未来では、王都の下層・中層の街は破壊され、王国民の多くが食べられてしまっていたというのに……状況が分かっていない民たちには、腹が立ちます」


「仕方がありませんね。王都に災厄級の魔物、【黒炎龍】が現れたのは74年も前の話なのですから。人々の記憶から魔物の恐ろしさが薄れるのも、無理はない話です」


「聖女さまは……74年前の黒炎龍を、直に見たことがあるのですか?」


「この城の窓から、こちらに向かって飛んでくる姿だけは捉えました。ですが……」


「? ですが?」


 銀の髪の女性は足を止め、眉間に皺を寄せる。そして、震える声で小さく、言葉を放った。


「……【滅し去りし者】」


「え?」


「何でもありません。ランクール、いきましょう。陛下を待たせるわけにはいきませんから」


 そう口にすると、聖女は廊下をまっすぐと歩いて行く。


 ランクールと呼ばれた聖騎士は、そんな彼女の後ろを、慌ててついて行った。





「陛下。お呼びでしょうか?」


「……来た、か」


 豪奢な部屋の中。中央にある天蓋付きのベッドの上で横たわる、瘦せこけた老人。


 彼は聖女の顔をジッと見つめると、ベッド脇にいるメイドへと声を掛けた。


「余は、聖女と二人で話したい事がある。人払いを頼む」


「畏まりました」


 メイドは一礼をすると、部屋の外へと出て行く。ランクールも一礼をして、部屋から出て行った。


 部屋に残ったのは、聖王と聖女の二人だけ。


 王は疲れたため息を吐くと、頭上に広がる天蓋を見つめ、静かに開口した。


「余のこの身体の寿命も、もう、残り少ない。貴様との契約もこれで終わりとなるな」


「『巡礼の儀』を使用して、新たな器にご自身の魂を移してみては?」


「無論、そのつもりだ。だが、余の魂も劣化の一途を辿っておる。次回で死ぬ可能性も無くはない」


「……」


「聖女。ゴーヴェンの奴に気を付けろ」


「え?」


 王の言葉に、聖女は首を傾げる。そんな彼女に対して、王は再度、口を開いた。


「近頃の奴の行動は何やらきな臭い。昔から思っていたが、あの男は、余に何かを隠しておる」


「考えすぎでは? バルトシュタイン伯は、王陛下に最も忠義高い騎士の一人です。先代オフィアーヌ家当主が宝物庫で見たアレ(・・)の口封じも、速やかに対処してみせた。レティキュラータス家が没落の一途を辿っているのも、彼のおかげです。闇の力を受け継ぐ彼らを恐れる陛下の意図を汲み取り、伯爵は、四大騎士公会議からかの家を脱退させてみせた」


「……無論、ゴーヴェンの奴が余の命令に素直に動いてくれていることは理解している。だが、所詮は短き渡世を生きる人の身だ。長き時を生きる我らとは、ものの見方が違う」


「…………深く、気に留めておきましょう」


「頼んだぞ」


 そう口にすると、王は瞼を閉じた。


「少し……眠らせてもらう。我らが母、女神アルテミス様のために……必ずや、悲願を……」


「ええ、必ずや悲願を達成してみせましょう、グレクシア聖王陛下」


 聖女のその言葉に、聖王は、深い眠りに就いていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「『首狩り』!! 貴様――――――!!」


「キャハハハハハッ!!!!!」


 湾曲した鎌で、目の前に立つ騎士の首を刎ね飛ばす……首狩りのキフォステンマ。


 彼女はドサッと倒れた騎士の死体を見下ろすと、鍵を奪い、自身の手に嵌めてある鉄制の枷を外した。


 そして枷を地面へと放り投げると、背後にある転覆した馬車を静かに見つめ、静かに息を吐いた。


「運が良かったわねぇ、ゲラルト。どうやらアタシたち、このまま逃げ出すことができそうよ?」


「……どうやら、そのようだが……運というよりは、貴様が連行される馬車の中で暴れたから、この状況は起こったものだろう、キフォステンマ」


 ゲラルトはそう口にして、転覆した馬車の中から這い出る。


 そんな彼に枷の鍵を放り投げると、キフォステンマは邪悪な笑みを浮かべた。


「キャハハハッ! アタシ、どーしても狩りたい首ができちゃったのよぉ! あのメイドは、絶対に……このアタシ自らの手で殺してやる。あの時は、手加減していたこともあってか、ちょっ~ぴり、油断していただけなんだから。アタシの真の恐ろしさをあの女に刻み付けてやらなきゃ、アタシの気は済まない! 必ずあの可愛らしい頭部をもぎ取ってコレクションに加えてやるんだから!! キャハハハハハッ!!」


「メイド……」


 キフォステンマの言葉に、ゲラルトは苦虫を嚙み潰したような顔をする。


 そんな彼に、キフォステンマはキョトンとした表情を浮かべた。


「何? どうしたの?」


「いや……何でもない。その女に手を出すのは絶対に止めておいた方が良いと、そう忠告したいところなのだが……どうせお前は止まらないだろうからな。俺からは何も言うまい」


「当たり前でしょ? アタシは闇組織『地を這う蟲』の№2、執行担当の【蜘蛛】の長、首狩りのキフォステンマ!! 元剣神の座を冠した者として、必ず、雪辱を果たしてやるんだから!! キャハハハハハッ!!!!」


 ポツポツと、畦道に雨が降って来る。


 鼻先にピチョンと雨粒が降れると、キフォステンマはマントを翻し、ゲラルトと共に森の中へと消えて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……」


 深夜。雨が降る街の中。ギルフォードは建造物の屋根の下で、一枚の手紙に目を通していた。


 そして、数分程してその手紙を読み終えると、破り捨て、地面へと放り捨てる。


 その後、彼は無表情で口を開いた。


「……もうじき、王選が始まる。そろそろ予定通りに……アネットには国外に行ってもらわなければならないな。必ず、アネットはレティキュラータス家から引き離さなければならない」


 そう口にして、ギルフォードは自身の左腕を摩る。


 そうして彼はフードを被ると、人気の無い王都を歩いて行った。


 ザーザーと降り注ぐ雨を受けながら、彼は、静かに歩みを進めて行く。


 その途中。ギルフォードは誰にも聴こえない声量で、小さく、言葉を漏らした。


「エステルが使い物にならなくなった、その時は。保険として新たな王子とのコネクションを繋いでおいた方が得策だろうな。私の目的は、バルトシュタイン家の滅亡とゴーヴェンの命。ただそれだけだ。【迅雷剣】のように、王女のお守りまでする気はさらさらない。いや……そもそも奴は、バルトシュタイン家の人間だ。アレは端っから、私の敵だ。断じて、仲間などではない」


 アネットによく似たそのシアンブルーの瞳は、暗く、濁った眼となっている。


 その目が見据える先は、暗闇。光は、どこにも無い。


「父さん……母さん……キリシュカ……オフィアーヌ家のみんな。もうすぐだ。もうすぐ、奴らを地獄へと送ることが叶うよ。見守っていてくれ、みんな……」


 ピシャンと水たまりを踏み、ギルフォードは一人、闇の中を進んで行った。

幕間を読んでくださって、ありがとうございました。

新章は次回から開始致します。

お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] リトシアが師匠の剣抜いて、剣の効果で再生不可で倒すのが王都決戦ルートかな? そこまで追い詰められないと剛剣を捨てれなくて、剣が認めなかった説
[気になる点] これ、聖女が予言?予知夢?を過信しすぎてないか?何なら加護は未来の一部をみることができるってだけで… それ以上に王はゴーヴェンのことを疑ってるけど、とりあえずアネットの家族や周りを残酷…
[一言] ルティカは、前にリトリシアに対して剣聖アーノイックの強さと実績が誇張されているとして眉唾物だと鼻で笑っていたけど、それと同様に現在進行形で自分に返って来ているよねww。 剣聖や剣神の資質を…
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