第160話 元剣聖のメイドのおっさん、星空の下、みんなと夢を語る。
「…………え? お爺、ちゃん……?」
パーティーが開催される数時間前。夕陽差し込む病室の中。
ジェシカは、病室のベッドで横になっている祖父の姿を見て、その場に呆然と立ち尽くしていた。
そんな彼女に、祖父であるハインラインは、右手を上げて笑みを浮かべる。
「おぉっ!! 我が愛しの孫のジェシカちゃんじゃないか!! 相変わらず愛らしいのぉう!!」
「お、お爺ちゃん、そ、その、左腕……」
祖父のその姿に、目を丸くするジェシカ。
唖然とするジェシカの肩を、隣に立っているアレフレッドはポンと叩く。
「……ジェシカ。お爺様の傍に行って、声を掛けてあげるんだ」
「お兄ちゃん、な、何で……い、いったい、お爺ちゃん、どうしちゃったの?」
「声を……掛けてあげるんだ」
兄のその言葉に頷くと、ジェシカはハインラインが横たわるベッド傍へと近寄る。
ハインラインは、近付いてきた孫娘の頭を右手でそっと撫でると、ニコリと笑みを浮かべた。
「お主は本当に亡き妻、シェリーに瓜二つじゃわい。まるで生き写しのようじゃのう」
「お、お爺ちゃん、その左腕、どうしちゃったの!? な、何で、無くなってるの!?」
「む? これのことか?」
ハインラインは自身の無くなった左腕を掲げると、ガッハッハッと大きく笑い声を上げた。
「爺ちゃん、ちょいと任務でやらかしちまったんじゃ!! まぁ、これじゃあもう、剣神の座からは降りねばならんかのぉう。生涯現役のつもりじゃったが……こればかりは仕方ないのぉう」
「お爺ちゃんが、剣神の座を……降りる……? 王国最強の剣神だった、お爺ちゃんが……?」
ジェシカはその言葉に、ただただ、肩を震わせることしかできなかった。
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「アネットちゃん、マイスくんを追いかけて行ってしまいましたが……どうしたのでしょうか?」
食堂の入り口をジッと見つめ、オリヴィアはそう呟く。
そんな彼女の隣に立っていたグレイレウスは、顎に手を当て、思案気な様子を見せた。
……その時。グレイレウスに声を掛けてくる、一人の女子生徒がいた。
「すいません、三期生鷲獅子クラスの……グレイレウス先輩、ですよね?」
「? 誰だ?」
グレイレウスは背後を振り返る。そこにいたのは、パステルグリーンの髪をした長い髪の少女――ルイーザだった。
彼女は耳に髪をかき上げ、ニコリと、微笑を浮かべた。
「まさか、学園最強と名高い三期生鷲獅子クラスの級長様にこうしてお会いできるとは思ってもみませんでした。あ、私は、一期生黒狼クラスのルイーザ・レイン・アダンソニアと申します。以後、お見知りおきを」
「ル、ルイーザちゃん! 何で突然上級生に声を掛けてるんですかー!」
「そ、その人、学園で有名な上位の実力を持つ方ですよ、ルイーザちゃんー!!」
ルイーザの背後で、慌てふためくモニカとペトラ。
そんな二人の姿を確認した後、グレイレウスはルイーザへと視線を向け、静かに口を開く。
「お世辞は良い。簡潔に用件だけを言え」
「はい。先ほどから気になっていたのですが……随分と、アネットさんと仲がよろしい感じなんですね? 最初、お付き合いしているのかとも思いましたが……師匠、と、そう呼んでいらっしゃいましたので、違うと判断しました。彼女といったいどのようなご関係なのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
その発言に、グレイレウスは眉をピクリと動かす。
そして、少々ばつが悪そうな様子を見せた後、後頭部を乱暴に掻き、開口した。
「……アネットせ……アネット、には、料理を学んでいるのだ」
「料理……?」
「そうだ。オレとそこにいるオリヴィアは、定期的にアネットせ……から、料理を学んでいてな。そこのテーブルの上を見てみろ」
そう言って、グレイレウスはテーブルの上にある二つの鍋を指さす。
そこにあるのは、殆ど完売している残り僅かとなったポトフが入った鍋と、たっぷりと残ったおどろおどろしい紫色の液体が入った鍋の姿があった。
その光景に、オリヴィアはハンカチを取り出し、目元を覆い隠し始める。
「ぐすっ、ひっぐ、何で私の作ったポトフ、誰も食べてくれないんですかぁ~。何で、グレイくんのばっかり、売れていくんですかぁ~」
「フン。貴様とは実力の差が違うのだ。……というわけで、そこのお前、確かルイーザと言ったか?」
「はい」
微笑を浮かべるルイーザの目を見つめ、グレイレウスは再度、口を開く。
「オレとアネットは、料理の師弟関係にある。故に、オレは彼女を師と呼んでいたわけだ。疑問は解けたか?」
「……はい。わざわざ説明してくださって、ありがとうございました」
そう言ってルイーザは深く頭を下げると、踵を返し、モニカとペトラの元へと戻る。
その後、彼女はロザレナの元へと進んで行った。
その光景を見つめて―――――グレイレウスは眉間に皺を寄せる。
「………不味いな。今まで散々師匠から呼び方について注意されてきたというのに……これは完全にオレのミスだな。あの女、確実に師匠のことを探っている。ロザレナがボロを出さなければ良いのだが……」
「? グレイくん? 急に怖い顔をして……どうかしたのですか?」
「何でもない。それよりもオリヴィア、そろそろパーティーは閉幕させた方が良い」
「そう……ですね。もう、時間も遅いですし。アネットちゃんとマイスくんがいないのは残念ですが、お開きとしましょうか」
そう口にして、オリヴィアは食堂の中央へと足を進めて行った。
その後、彼女の閉会の挨拶と共に、満月亭で行われたパーティーは幕を閉じるのであった。
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マイスを追いかけ、階段を登って行くと―――満月亭の最上階、8階へと辿り着いた。
何気に、この階にやってくるのは初めてのことだ。
8階は他のフロアとは異なり、生徒が住む部屋はひとつもない。
あるのは、物置と思しき部屋二つとトイレ、そして全面ガラス張りの廊下。
ガラスの向こう側には、外にあるルーフバルコニーが丸見えになっている。
そのガラスの向こうに、柵に手を乗せて外の風景を見つめる、お探しの金髪残念男の姿が一名。
俺はため息を溢しつつ、ガラスの扉を開き、ルーフバルコニーへと出た。
「……こんなところで一人でたそがれて、何をしておられるのですか? マイス先輩」
「む? おや、メイドの姫君ではないか」
マイスは振り返ると、こちらにいつものアルカイックスマイルを見せてくる。
そして前髪を靡くと、高笑いを上げた。
「ハッハッハー! もしや、俺と逢引きしたくて、追い駆けてきたのかな? まったく、素直じゃない奴だ。さぁ、俺と一緒に星空でも見上げ、愛を語らおうではないか!! ハッハッハー!!」
「……久しぶりに会ったというのに、貴方は何も変わらないんですね。本当に、ブレない人です」
俺は呆れたため息を吐き、マイスの隣へと移動する。
そして、柵に手を乗せ、星空を見つめた。
「ひとつ……前から疑問に思っていたことがありました」
「何かね? 何でもこのマイスに相談してみると良い」
「では、お言葉に甘えて。マイスさん、貴方は……いったい、何者なんですか?」
俺のその言葉に、マイスは口を閉ざす。
数秒の沈黙の後。彼は目を伏せると、変わらぬ微笑を浮かべたまま、開口した。
「何者、とは、また不可思議な質問をするものだ。俺は、満月亭の寮生であり、三期生牛頭魔人クラスのマイス・フレグガルトだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ただの学生が、元聖騎士団副団長リーゼロッテ・クラッシュベルの音斬り針を、傘で防ぐことができますかね?」
「……」
マイスの表情は変わらない。相変わらず、微笑みを浮かべている。
だが……先ほどと雰囲気が変わったのは、明らかだ。
「普通、武具を使用して相手に攻撃する場合、その武具には必ず殺気――闘気が宿るものです。ですが、音斬り針は、その闘気を一切纏わせず、相手に気配を感じ取られないように標的にダメージを与える暗具です。無論、回避する術がないわけではありません。ですが、それは熟練者の場合のこと。あの時の貴方は……リーゼロッテの投擲した暗具を、傘で防いでみせた。到底、学生の成せる技とは思えない」
「……」
「あの時から、私は貴方に対して一定の警戒を抱いていました。間違いなく、只者ではない、と。貴方はいったい何者なのですか? マイス・フレグガルトさん? 貴方は……私たちの味方なのか、敵なのか。どちらなのですか?」
俺のその言葉を聞き終えると、マイスはパチパチと、拍手を鳴らす。
「流石はメイドの姫君だ。なるべく勘付かれないように君を庇ったつもりだったのだが……やはり、バレてしまったか。敵わないな」
そう口にして、一頻りパチパチと拍手を鳴らし終えると、マイスは疲れたような笑みを浮かべ、小さく息を吐いた。
「君が想像しているような、手練れというわけではないさ、俺は」
「え?」
「簡単な話だ。俺は、あの日、君が攻撃されることを事前に知っていた。だから、知り合いの女子生徒から念話でリーゼロッテが周囲に辿り着いたと、報告があったあの瞬間に、傘を使って君と奴との射線を防いだ……というだけの話だよ。全ては計算で行われていた防衛だ。俺に、あのような実力者の攻撃を見切れる力はない」
「報告? 計算?」
「フッフッフッ。俺はこの学園に、ありとあらゆる情報網を敷いている。その情報源は……君なら、さっきの発言から推察して、言わずとも理解できるのではないのかね?」
「…………まさか……女性を、使って……?」
「正解だ。俺はこの学園でありとあらゆる女性……女子生徒、女教師、女用務員、寮母……と、密接な関係を築き、彼女たちを情報の網として張らせている。まぁ、俺はこの容姿とこの性格だからな。怪しまれずに情報を抜き取るのなら、ベッドの上の方が容易い、というだけの話だよ」
なるほど……その発言で理解した。
この男は、満月亭にいる他の上級生、グレイレウスやオリヴィアとは、違う。
未熟な若人ではない。洗練された策略家。敵にしたら、間違いなく厄介なタイプ。
俺の中の警戒度が、一気に跳ね上がる。
「……そう、怖い顔をしないでくれたまえ、メイドの姫君。俺は、君の敵ではない」
「貴方の目的を言ってください、マイス先輩。貴方は、この学校にそこまでの情報網を敷いて、いったい何をしたいのですか?」
「何も。俺は、根っからの問題児でね。貴族のご令嬢に手を出した結果、父親に勘当され、性格を矯正させるためにこの学校に放り込まれたのだよ。だけど……俺の家というのは、なかなかに複雑な関係でね。兄弟同士で家督を争って、殺し合いをしているのだよ。故に、自己防衛のために、俺はこの学園で常に警戒をしていなければならない。いつ、間者が紛れ込むかは分からないからな」
「……自分を守るために、女性を使っている、と?」
「そうだ。俺は、自分を守るために他人を利用している。幻滅したかね?」
「……」
俺が何も言わずにいると、マイスは柵に背中を預け、夜空を仰ぎ見た。
「少し、俺の昔話をしたいと思う。聞いてくれるかね?」
「昔話、ですか?」
「あぁ。俺の家には昔……離宮に閉じ込められている、銀の髪のお姫様がいたんだ」
「……え?」
「彼女は、その出生から「灰かぶりのネズミ」と呼ばれて、家族から煙たがられて生きていた。地下の離宮に母親と共に閉じ込められ、朝晩、使用人によって窓から食事を無造作に放り投げられる。まるで、動物か何かを飼っているかのような……家畜同然のような、そんな悲惨な生活を、彼女は送っていたよ」
つい最近、どこかで聞いたことのあるお話。マイスは俺の表情の変化になど気付かずに、話を続ける。
「だけど俺は、その少女が誰よりも美しいと思った。饐えた臭いのする地獄の中でも、少女は常に気高かった。俺は、家族の目を盗んでは、その少女と会話を何度も重ねた。そして、彼女が外に出たがっていることを知った」
「……」
「ある日。王家一同が集まる祝宴の日に、俺は子供用の衣服と茶毛のカツラ、そしてロープを持って、彼女の離宮を訪れた。窓からロープを垂らし、幼い俺はこう言った。『今なら、ここから出ることができる!』と。しかし、少女の母親は極度の栄養失調で足を悪くしており、立つこともままならない状態だった。少女は、母親を置いて行くことに逡巡する。だけど、彼女の母親は少女の背を押してこう言った。『広い世界を見てきなさい』と」
「……」
「少女はロープを登り、男性用の衣服を着て変装すると、母親に「必ず助けに戻って来る」と告げて、城を出て行った。俺も一緒に行きたかったが……俺は、彼女の母親を守るために王城に残ることにした。今のところ、この親子の味方は周囲の中でも俺しかいなかったからな。だから、俺は彼女を見送った。しかし―――数日と経たないうちに、少女は、聖騎士団によって城に連れ戻されて帰ってきた。再会した彼女は、俺にこう言ってきた。『外で出会ったメイドの少女に、逃げずに、現実と立ち向かうことを学んだよ。僕は彼女のように、男とか女とか関係なく、強い人間になりたい』――――ってね」
……マイス。彼が何者なのかは、もう、語る必要はないだろう。
確かに、彼女の昔話にも出てきていたな。金の髪の少年が、自分を手助けしてくれた、って。
マイスは辛そうに目を細めると、フッと鼻を鳴らし、俺に視線を向けて来た。
「メイドの姫君。俺は、君のことを最初から知っていた。銀の髪の友人が心酔する君がどのような人物か知りたくて、当初、俺は興味本位で君に近付いていったんだ。本音を言うと、少し……嫉妬していたのかもしれない。君は彼女の心を救い、この満月亭にいるみんなの顔を明るくさせていったのだからな。俺は、長くこの寮で一緒に暮らしてきたオリヴィアとグレイレウスが好きだ。だけど、彼らの心の中にあるわだかまりを、解消することはできなかった。いや、俺では無理だと、端っから理解していたのかもしれないな」
「マイス先輩……。銀の髪の少女は、その後、どうなったのですか?」
「…………脱獄の罪で、数日間食事を抜きにされた。地下の中で朝昼晩と虐げられていたネズミが……目の前でたったひとりの母親を飢えで亡くし、蟲に喰われる母の死体を見た、その時。何を想ったのかは……言うまでもないだろう。その後の顛末は聞かない方が良い。いや、違うな。彼女は、君には一番、その後の経緯を聞かれたくないのだと思う。だから……すまない。俺の口からそれ以上言うことはできない」
「……そんな、ことが……」
「こう言っては何だが、俺は彼女にはかなり嫌われているんだ。彼女の母親を殺した一族の血を、俺は引いているからな。そんな俺が彼女の闇を語るのは、彼女にとって不愉快極まりないことだろう?」
「大体、理解しました。マイス先輩もなかなかに、苦労されているのですね」
「ハッハッハー! 俺の事情というものは分かってくれたかね、メイドの姫君! では、友情も深められたことだし……一緒にベッドに行くとしようか? ん?」
俺の肩を抱こうとしてくるマイス。俺は即座に奴の手の甲をつねり、ジロリと、鋭い眼光を見せた。
「お生憎様、私は貴方のような人間と寝る趣味はありません」
「だったら――――もし、俺の本命が君だと言ったら……一緒に寝てくれるのかな?」
顎を掴まれ、こちらに無理やり顔を向けさせられる。俺はパシッとその手を払い、首を横に振った。
「残念ですが、そんな軽い口説き文句で落とされるメイドではありませんので、私。というか……情報網を敷くために、女性を使っていたのではないのですか? 何故、私と寝る必要が?」
「いいや? 俺は元来、女好きなだけだが?」
「……少し、良い奴なのかと思った私が馬鹿でした。やっぱり、ただの最低男ですね、貴方は」
そう言ってやれやれと肩を竦めると、マイスは腕組みをし、ニコリと笑みを浮かべた。
「メイドの姫君。必要のない忠告かもしてないが、気を付けたまえ。君は既に、あらゆる人物に目を付けられている。その実力を隠して生きていきたいのなら……常に周囲に目を配るんだ」
「ご忠告、ありがとうございます。そうだ、最後にひとつだけ。貴方の本名を教えていただいてもよろしいですか? マイス先輩」
「マイスウェル・フラム・グレクシア。問題行為続きで王位継承権をはく奪された、哀れな元王子だよ」
そう言って、マイスは、優しく笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ、マイスくん、アネットちゃん、ここに居たんですね! もうパーティーは終わって、みなさん、帰ってしまいましたよ~」
マイスと会話を終え、何も喋らず、二人で星空を見上げていると――――いつの間にか、満月亭のみんながルーフバルコニーに姿を現した。
オリヴィア、グレイレウス、ロザレナ、ルナティエ、ジェシカ。
ジェシカは祖父のお見舞いでパーティーに参加できないと言っていたが、帰って来ていたのか。
彼女は、どこか……暗い表情をしていた。
「ア、アネット!! この変態男と一緒に居て、大丈夫だったの!? 貞操、奪われてないわよね!?」
ロザレナは俺の身体を抱くと、マイスから距離を引き離し、ガルルルと唸り声を上げる。
マイスは前髪を靡き、高笑いを上げた。
「ハッハッハッー! 安心したまえ、レティキュラータスの姫君。俺は、本命には簡単に手は出さず、じっくりと攻略していく主義でね。だからまだ、彼女は純潔だ!! まっ、いずれ必ず、俺が奪わせてもらうがね!! ハッハッハッー!!」
「ふざけんじゃないわよ、この変態男!! アネットの純潔はあたしのものよ!! ぶっ飛ばすわよ!!」
「あの、お嬢様……勝手に私の純潔を自分のものにしないでください……」
というか、オッサンの純潔を賭けて争わないでください、お嬢様……。
そう、ロザレナとマイスに呆れたため息を吐いていると、何故かグレイレウスが一度寮の中に戻り……ハシゴを抱えて持ってきた。
そして入り口付近の壁に立て掛けると、屋根へと向かって、ハシゴを登っていく。
「? グレイくん? 何をなさっているのですか?」
「オレは、稽古終わりに、ここの屋根の上で星空を眺めるのが日課でな。すごく良い風景が見られるのだ。そういうわけで―――――師匠!! こちらにいらしてください!! ここから見る夜空は、格別ですよーーー!!」
そう言って屋根の上に乗り、元気よくこちらに手を振って来るグレイレウス。
まったく……あいつ、たまに無邪気なガキみたいになるところがあるよな。見た目に反して、案外、子供らしい奴だ。
「オーホッホッホッ!! そこ、良いですわねぇ!! やはり、栄光あるフランシア家の令嬢であるわたくしは、高いところで愚民を見下すのがお似合いですわぁ!!」
ルナティエがハシゴを登って行く。それに続いて、オリヴィアも登って行く。
「た、高いところ苦手なのですが……みんなが行くなら、私、行ってみます」
「うん、じゃあ私も……」
「おや? ロックベルトの姫君、どこか、元気がないのではないのかね?」
「あっ! ちょっと待ちなさい、マイス!! あんたは女子が登り切った最後に登りなさい!! ジェシカのスカートを覗いたら、タダじゃすまないんだから!!」
ジェシカがハシゴを登り、それに続こうとするマイスを引き留めるロザレナ。
そしてロザレナはこちらを振り返ると、俺に手を差し伸べて来た。
「さっ、行くわよ、アネット」
星空の下。満面の笑みを浮かべ、俺を見つめるお嬢様。
その笑顔を見つめて、改めて再確認する。俺は、この人の笑った顔が大好きなのだ、と。
「……はい」
手を握り、ロザレナと共にハシゴを登って行く。
屋根の上に辿り着くと、空には――――――満点の星空が広がっていた。
最後にマイスが登り終え、満月亭の寮生全員が屋根の上に乗り終える。
屋根の上に立ち、マフラーを靡かせ、遠くの夜景を見つめるグレイレウス。
同じように立ち、高笑いを上げるが……屋根の上から落ちそうになるルナティエ。
そんな彼女を背中から押さえ、落ちないようにしているジェシカ。
四つん這いになって、おっかなびっくりで下にある寮の庭を見下ろすオリヴィア。
胡坐を搔き、腕を組み、微笑を浮かべながら星空を見上げるマイス。
そして……俺の腕を抱き、一緒の場所に座って、空を見上げるロザレナ。
「ねぇ、見て、あれ! 流れ星!」
ロザレナが空を指さす。そこには、無数に空を駆ける星々の姿があった。
その声にみんな同時に空を見上げ、感嘆の息を漏らす。
「あれって、流星群、なのかな?」
「流れ星は、消える間に三回、お願いごとをするものなんですよ~!! わ、私は、何にしようかな~!! お料理が上手くなりますように、お料理が上手くなりますように、お料理が上手くなりますように……左目が、元通りに治りますように。アネットちゃんが、笑顔でいられますように」
そう、手を組み、お願い事をするオリヴィア。
続いて、ルナティエが、お願い事を口にする。
「栄光あるフランシア家の令嬢として、お父様のような常勝の指揮官になれますように」
「ルナティエ、それ、三回言えてないよ~?」
「オーホッホッホッ!! ジェシカ、別に良いんですわよ!! 願いは自分の手で叶えるものですから。これは単なる宣言、ですの。自分を奮い立たせるための、ね」
「宣言……」
ジェシカはその言葉に俯き、何か思案気な様子を見せた後。
意を決した表情で顔を上げ、夜空を見上げた。
「私、ジェシカ・ロックベルトは…………お爺ちゃんの後を継いで、【剣神】になる!! この一年の間に、絶対にっっ!!!!」
その宣言に、周囲のみんなは驚き、目を見開く。
グレイレウスは眉間に皺を寄せると、ジェシカへと大きく声を張り上げた。
「一年で【剣神】になる……だと!? ふざけたこと言うな、アホ女!! 剣神になるのは、このオレだ!!!!」
「ふざけてなんかないよ、グレイレウス先輩!! 私は、お爺ちゃんの後を絶対に継ぐの!! お爺ちゃん、すごい剣士だったのに、今、無能な剣神だって王都の人々に言われてるんだよ!! 私、それが許せない!! 今までのお爺ちゃんの功績を侮辱されたのが、腹が立ってしょうがない!!!! だから私が、お爺ちゃんの孫である私が、その汚名を晴らしてやるの!! 私は本気だよ、グレイレウス先輩!!!!」
「フン。貴様が一年で剣神になるのなら、オレは半年だ。オレは……亡き姉の意志を継ぎ、必ず剣神になる。そして、首狩りのキフォステンマを必ずこの手で討つ。この意志の強さは……お前には負けないぞ、アホ女。いや……ジェシカ」
「望むところだよ、グレイレウス先輩!!」
睨み合う、ジェシカとグレイレウス。そんな彼らを無視して、マイスはぽそりと呟く。
「俺の願いは……エステルを止められたら……良いのだがな」
「え?」
「フッ、何でもないさ、メイドの姫君」
マイスはそう口にして、夜空を見つめ続ける。
そんな、みんなが流れ星の前で自身の夢を吐露していた――――その時。
ロザレナは立ち上がると、大きく息を吸いこみ、夜空に向かって、吠えた。
「あたしはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 絶対にぃぃぃぃ、【剣聖】になってやるんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
聖騎士駐屯区に轟く、お嬢様の咆哮。そんな彼女の叫びに、全員、クスリと笑みを溢した。
「勿論、知っていますよ、お嬢様」
俺はそう笑い掛け……満点の星空の下、愛しの主人へと、微笑を浮かべるのだった。
第160話を読んでくださって、ありがとうございました。
これで、この章は終わりとなります。
長く読んでくださって、本当に本当に、ありがとうございました。
オーク編は、想定していたよりも長丁場となってしまいました笑
本来、オークはアネットにワンパンで倒される予定でした。
ですが、想像よりも自分がオークに愛着が湧いてしまい……どうか死闘して欲しいと、バトルが長くなってしまいました笑
次章も、楽しみにしていただけると幸いです。
では、また、次章でお逢いしましょう!!
1巻、発売中ですので、続巻のためにご購入、お願い致します!!
 




