第159話 元剣聖のメイドのおっさん、金髪残念男と再会する。
深紅のドレスを身に纏ったロザレナが、がっしりと俺の腕を抱いてくる。
胸元が少し開いているデザインのドレスなので……正直、目のやり場に困る。
だけど、ドギマギもしていられない。俺は今、彼女をエスコートする、男役をしている。
流石にこのような場で完全に男装する気もないので、恰好はメイド服そのままだが。
まぁ、ロザレナがドレスを着て少しでも淑女の礼節を学んでくれるのなら……いくらでも男役を買って出よう。というかそもそも俺の中身は、男なのだしな。
俺はロザレナと二人で並んで、食堂に続く廊下を歩いて行った。
そんな時、ロザレナはチラリとこちらに視線を向け、小声で声を掛けて来た。
「な、何か、こうしていると……あ、あたしたち、本当にカップルに見えない? な、なんちゃって」
そう言ってロザレナがさらに俺の左腕を抱きしめてくる。
俺はその行動に、思わずギョッとしてしまった。
「……お嬢様、そんなにくっつかないでください。歩きにくいです」
「う、うるっさいわねぇ!! あたしだってこんなお洋服、着慣れてないから足元が覚束ないのよ!! スカート、踏みそうになっちゃうし!!」
「だからといって、私の腕を抱きすぎなんじゃ……そ、その、胸が……い、いえ、何でもありません」
注意したらロザレナがむっとした顔をしてきたので、俺は言葉を飲み込み、黙ることにする。
するとロザレナは満面の笑みで俺の腕に顔を擦り付け、「えへへへ」と笑みを溢してきた。
……まったく。この御方ときたら……。
ロザレナの様子に呆れた笑みを浮かべていると……目と鼻の先となった食堂の方から、騒がしい声が聴こえて来た。
「師匠!? いらっしゃったのですね!!」「お姉さま!? どこですか!?」
「あの声は……グレイと、ベアトリックスさん?」
「……グレイ? グレイって、何。アネット、いつからグレイレウスのことを略称で呼ぶようになったの?」
先ほどまでの上機嫌な様子から一変、突如、ジト目で俺を睨み付けてくるロザレナ。
う、うーん、何か、前方からも面倒臭そうな雰囲気漂っているし、隣からも面倒そうなお嬢様が不機嫌になられてしまってるぞ……。
嫌だなー……おじさん、ここで帰りたいなー……。
なんて、逃げ出すわけにも行かず。ロザレナにジト目を向けられながら、俺は、食堂へと歩みを進めて行った。
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「師匠、お疲れ様です!! オレ、パーティー用に料理を一品用意して―――む? ロザレナも来たのか? 珍しく着飾っているな。馬子にも衣裳、といったところか」
「お、おおおお、お姉さまっっ!! わ、私、お姉さまにはお礼を言いたいことがいっぱいあるんです!! お話したいことも!!!! あああ、あの、あのあのあのあのあの!!!! ……ロザレナさん、珍しくドレスを着ていらっしゃるんですね。お綺麗です」
食堂に入るや否や、似た顔の二人に詰め寄られる、俺。
人を睨み付けるような鋭い目つきで、剣呑な雰囲気を漂わせている二人なのに……全然、怖く感じない。
むしろ、大型犬のような気配を感じられる。グレイレウスとベアトリックスの背後に、ブンブンと左右に振られている犬の尻尾のようなものが幻視できるような気がする。
いや、体格的に小型犬かな? この二人は?
「ベアトリックス、貴様……師匠のことを知っているのか?」
「グレイレウスにいさ……貴方こそ。お姉さまのことをご存知なのですか?」
「フン。貴様よりはな。何と言ってもこのオレは、師匠の弟子、なのだからな!! フハハハハハハハ!!!!」
「弟子……? いや、それよりも、先ほどの言葉、聞き捨てなりませんね。私よりも貴方の方がお姉さまのことを知っている、と? まったく、どの口で言っているのですか、貴方は。私はお姉さまの……自称(ぼそり……妹分ですよ? 貴方よりも、お姉さまとは親しい間柄にいます」
「自称で妹分を名乗っているとは……イカれた女だな。はっきり言ってドン引きだ。あの御方に失礼だとは思わないのか? まったく……」
「……グレイ、お前がそれを言うな。お前最初、自称弟子だっただろ……弟子として正式に認めたの、ついこの前だろ……」
「師匠。いったいこの女とどういう関係なのですか? ただの他人、ストーカーならば、はっきり言ってください。オレが後で始末しておきますので」
「都合の悪いことは無視か……まぁ良いや。グレイ、彼女は、俺と同じ一期生黒狼クラスの同級生で、俺の魔法の師でもある……コホン、ベアトリックス・レフシア・ジャスメリーさんです。なので、斬らないでください」
「………師匠の魔法の師、だと……? こんな小さくて、目つきの悪い小娘が……?」
グレイレウスが心底驚いた様子で、ベアトリックスを見下ろす。
そんな彼に対して、ベアトリックスはむむっとした表情をして、鋭く睨み付けた。
「それはこちらの台詞ですよ、グレイレウス先輩。貴方がお姉さまの弟子というのは……本当なのですか?」
何故かお互いに睨み合い始める、兄グレイレウスと、妹のベアトリックス。
こうして並んでみると、確かに、こいつらが兄妹であることがよく分かるな。
二人ともとても小柄な体格をしていて、どちらも鋭い目つきをしている……クールビューティーな顔立ちをしているところが、特にそっくりだ。
まぁ、クールビューティなのは見た目だけであって……その中身は、俺が間に入ると謎のテンションになるという特性を持っているのだがな……そういうところも、この兄妹は似ていると言える、か。
「……腹立たしいことこの上ないな。偉大なる我が師に、貴様のような矮小な存在が魔法を教えていた……だと? フン、大方、無理矢理師に魔法を教えると言って、迷惑を掛けていただけの話だろう? 我が師の大切なお時間を消費させているのなら許さんぞ、幼女。師匠の手を煩わせる前に即効、消え失せるが良い」
「……兄さんがこの学園にいると聞いて、どのような人かと、前々から貴方のことは気になってはいましたが……まさか、こんなに性格の悪い人だとは思いませんでした。良いですか、グレイレウス先輩。相手を見た目だけで判断するのは、格のない雑魚のすることなのですよ? 私はこれでも魔術師としてそれなりの力があると自負しています。それと、私は幼女ではありません。こう見えて、立派なレディです。13歳です」
「幼女ではないか」
「幼女ではありません! 私は天才魔術師です!」
またしても睨み合いをする、目つきの悪い兄妹二人。
俺はそんな二人に呆れたため息を吐いた後、彼らの横を通り、そのまま静かに歩みを進めて行った。
「行きましょうか、お嬢様」
「う、うん……よくわかんないけど、あの二人、兄妹なの?」
「まぁ、複雑な事情があるんですよ。……というか、思ったよりも似ているなー、あの二人……顔と良い中身と良い、まるで双子みたいだぜ」
「あっ、待ってください、師匠! オレの料理を食べてみてください!」
「待ってください、お姉さまっ!! まだ、ダースウェリン家から私を助けてくださったことのお礼を申し上げていません!!」
無視して食堂の中に入ると、同じ歩幅でついてくる二人。うん、やっぱり双子かな?
「ついてくるな! 幼女! あの御方は、オレの師匠だ!」
「ついてこないでください、性格最悪男! あの方は、私のお姉さまです!」
息がぴったりじゃないか。仲が良いのか、仲が悪いのか……分からねぇ奴らだな……。
後ろで喧嘩する二人に呆れたため息を溢していると、前方からとてとてとオリヴィアとヒルデガルトが駆け寄って来た。
彼女たちは俺の前に立つと、眉を八の字にして、ホッと、胸を撫でおろした。
「助かりました、アネットちゃん。やっぱりグレイくんの暴走を止められるのはアネットちゃんしかいませんね」
「助かったよ、アネットっちー。いやー、ベアトリッちゃん、根はいい子なんだけど、口悪いからねー。あの子の暴走を止められるのは、アネットっちしかいないよー」
「……何で私が、あの兄妹の世話係みたいになってるんですかね……」
未だに背後で言い争いをする目つきの悪い兄妹。何故、俺はこの二人に好かれてしまっているのか。
二人とも悪い奴ではないのだが……この二人一緒に居ると、なんだかとても疲れそうだな。何であんなに似てるのに同じようなこと言って喧嘩してんだよ。意味分からん。同族嫌悪って奴か?
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その後、黒狼クラスの生徒たち(アリスと彼女の取り巻きを除いた)がぞろぞろと、満月亭にやってきて……ついに、パーティーが幕を開けた。
以前ロザレナのファンと名乗っていたモニカ、ペトラ、ルイーザの三人は、今回の学級対抗戦に勝てたのは級長であるロザレナのおかげだと讃え……モニカとペトラは、感動して、涙まで流していた。
他のクラスメイトたちも同様だ。学校から能無しのレッテルを張られた黒狼クラスが、鷲獅子と並んで最強格と名高い毒蛇王クラスに勝てたのは、全て、ロザレナが級長として皆を導いたおかげだ、と。
出会う誰もが、級長であるロザレナを自分たちのリーダーと認め、賞賛するのだった。
ひとりひとりクラスメイトに声を掛けられては、礼を言われ、復帰祝いに花束わお祝いの品を渡されていくロザレナ。
そんな彼らに温かく迎い入れられた我が主人は、顔を真っ赤にさせる。
今まで没落貴族レティキュラータス家の令嬢として、周囲に見下されてきた彼女にとっては、他人からここまで褒められ、認められることもそうそう無かったのだろう。
お嬢様は動揺しながらも、クラスメイトたちに「別に、あたしだけの力ではないわ」と言いつつ、恥ずかしそうに口をへの字に曲げるのだった。
俺はそんな主人の姿を、一歩引いて、後方からにこやかに見つめる。
ロザレナがみんなに認めてもらっている様子に、まるで子を見守る親のように……優しく、穏やかな微笑を浮かべ、俺は彼女のことを静かに見つめていた。
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《??? 視点》
「…………」
代わる代わるにクラスメイトに挨拶される級長、ロザレナ。
確かに、彼女の成長、躍進ぶりは、目を見張るものがある。
この最弱の黒狼クラスを導き、士気を上げ、毒蛇王という強大な敵を倒してみせたのは、間違いなく、彼女のカリスマとその実力に起因するものだろう。
だけど……私はちょっぴり、疑問に思う。果たして、この結果は……彼女が意図して起こしたものなのだろうか、と。
多分、他クラスの賢い人たちは既に気が付いているんじゃないかしら。
ロザレナという、単純馬鹿そうな生徒を、ここまでの器に成長させた存在が裏にいることを。
ルナティエというクラスのキーとなり得る生徒を、見捨てず、拾い上げた存在が背景にいることを。
今までの状況を思い返せば、自然とピースははまっていく。
ロザレナ級長の一番傍にいる存在は、果たして誰なのか。
そして、ルナティエが取り巻きのアリスたちから責められ、クラスから逃げ出した時、一体、誰が真っ先に彼女に声を掛けたのか。
答えは……ひとつしかない。
「? ルイーザちゃん? どうしたの?」
クラスメイトのモニカがそう、声を掛けてくる。ペトラも、思案気な様子の私に不思議そうな顔をしていた。
私は首を横に振り、そんな彼女たちに微笑みを向ける。
「何でもないわ。それにしても、ロザレナ級長、相変わらずかっこよかったわね」
「そうだよね! 本当に、ロザレナ様はかっこよくて、王子様みたいな存在です……いつも傍にいることができる、メイドのアネットさんにはちょっと嫉妬します~、ね、ペトラちゃん」
「うん……! ロ、ロザレナ級長、本当にかっこよかった……!」
キャッキャッと楽し気な声を上げる二人。私はそんな二人に笑みを浮かべた後、目を細めて、ロザレナ級長の背後にいるメイドへと視線を向けた。
「…………本当に……あの子は……ただのメイド、なのかしらね……」
「? ルイーザちゃん?」
「フフッ、何でもないわ」
私はそう口にして、頭を横に振った。
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――――――宴もたけなわ。時刻は、そろそろ午後九時を差そうとしていた。
学生ということもあり、皆、流石に夜遅くまでは騒ぐこともできず。そろそろ、自宅に帰らなければならない時間だろう。
もうすぐお開きかな、と、一人壁に背を付けて、会話を弾ませる参加者たちの顔を見つめていた……その時。
懐かしい、聞き覚えのある声が、耳に入って来た。
「……ハッハッハッー! 美しいお嬢さんだな。どうかな? 今夜、俺の部屋で一緒に、熱い一夜を過ごしてみないかな?」
「え? ど、どうしようかな~」
部屋の隅で、何やら黒狼の女生徒に壁ドンして、ナンパする男が約一名。
あの金髪は……まさか……。
「!? マイス君!? いつ帰って――というか、一期生の後輩相手に、何やってるんですか!!」
「おや? 眼帯の姫君ではないか。久しぶりだ――――ぐふぉあっ!?」
オリヴィアはマイスに近寄ると、首を掴み上げ、そのまま……一期生の生徒の横にある壁に、彼を叩きつけた。
ゴォォンという音が鳴り、壁はひび割れ、そこに現代アートのような形で、マイスがめり込む。
その光景に、パーティー会場にいる全員は唖然とした様子で、マイスとオリヴィアのことを見つめていた。
「はっ! い、いけない! つ、つい、力を出してしまいました……み、みなさん、お騒がせしました。ごめんなさい!」
「う、ぐぬっ……が、眼帯の姫君、謝る相手が違うのではないのかね? まず、俺に謝るべきでは?」
瓦礫に埋もれながら、何とか立ち上がろうとするマイス。そんな彼に、グレイレウスは静かに近寄って行った。
そして彼はそのまま―――立ち上がろうとしたマイスの腹へと、蹴りを放ったのだった。
「ごふぁっ!? な、何をする、グレイ!!」
「フン。年中発情男。貴様、今までどこで何をやっていた? オレたちは貴様のいない間、とても大変だったのだぞ。猫の手も借りたい程にな」
「ほ、ほう? 俺がいなくて寂しかったのかな? 案外、可愛いところがあるではないか、グレイ」
「斬り殺すぞ。以前までのオレだとは思うなよ? お前如き、最早、今のオレの相手にすらならない」
闘気を身に宿し始めるグレイ。俺は大きくため息を吐き、彼の元へと近付き―――ポンと、肩を叩いた。
「グレイ。ここは宴の場です。不用意に闘気を放たないでください」
「!! も、申し訳ございませんでした、師匠!!」
俺に深く頭を下げてくるグレイレウス。そんな彼を見て、マイスは立ち上がり、微笑を浮かべた。
「以前よりも随分と、メイドの姫君にご執心のようだな、グレイ。飼い犬に磨きがかかったではないか」
「……お前らしからぬ、嫌味な言い方だな。何かオレに言いたい事でもあるのか?」
「いや、別に。単に思ったことを発したまでのことだよ。気にするな」
そう言ってマイスは服に付いた瓦礫を払うと、そのまま歩みを進めて行った。
「少し、夜風にでも当たって来よう。宴の場を荒らしてすまなかったな、諸君」
そう言い残し、ハッハッハッーと高笑いを上げると、マイスは食堂から出て行った。
俺はそんな彼を見つめた後、顎に手を当て数秒程思案する。
そして、彼を追いかけるべく―――――食堂の外へと出た。
第159話を読んでくださって、ありがとうございました!
この章は、次回かもう一話くらいで、終わる予定です!
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