第157話 元剣聖のメイドのおっさん、お嬢様のドレスで頭がいっぱいになる。
「じゃあ、俺は、念話の魔道具を使用して、とりあえずミレーナに連絡を取ってみることにするぞ、グレイ」
「はい、了解いたしました」
寮の外へと出た後、俺はグレイレウスにそう声を掛けて、ポケットからピアスを取り出す。
そしてそのピアスを右耳に付けた後、耳に手を当て、念話を発動させた。
「念話―――ミレーナ・ウェンディ」
そう詠唱を唱えた、その瞬間。ブツッと何かが繋がった感触がして、脳内に声が鳴り響いて来る。
『グフフフ……やっとミレーナの平穏な時間を取り戻すことができました……。うちは、薄暗い机の下で、可愛い可愛い植物ちゃんたちを眺めていることが生き甲斐なんですぅぅ……あぁ、ウツボカズラちゃん、可愛いですぅぅぅ……』
「……あの、ミレーナさん? 声、聴こえていますか?」
『ぴぎゃうっ!? ふぇぇっ!? そ、その声は、ア、アアア、アネットさん!? ど、どこに、どこにいるんですかぁっ!?!?』
「フッフッフッ。実は、今、貴方の背後に――――」
『ぴぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?』
「何て、嘘です。今、情報属性魔法の念話を使用して直接貴方の脳に念話を飛ばしているんです。安心してください。後ろにはいませんよ」
『な、何ですか、そうですか……お、驚かせないでくださいぃ……』
そう言ってホッとため息を吐くミレーナ。この謎の生物をからかって遊ぶのも楽しいが、時間もないので、一先ず本題に移ることにしよう。
「ミレーナさん、今、どこにいるんですか?」
『……ふぇ? 今は、魔法薬学部の研究室で、植物ちゃんたちを愛でていますけどぉ……?』
「あっ、そうなんですね。では、アンナさんとギークさんたちが今どこにいるのか知っていますか?」
『アンナちゃんたち? 多分、ギルドにいるんじゃないですかね? 今日はロザレナちゃんの回復を祝って、飲む日だって、そう言ってましたから……うちは参加しませんけど。明るい場所、嫌いなので』
「え? アンナさん、ロザレナお嬢様が回復したこと、知っているんですか?」
『うちがオリヴィア先輩から聞いて、アンナちゃんに話しましたです』
「あぁ、なるほど……そういうことでしたか」
アンナはやはり良い奴だな。陰の者であるミレーナとはある意味、正反対の存在かもしれない。
『……今、何か、失礼なこと考えましたですか?』
「いえ、そんなことはありませんよ。では、今からそちらに向かいます。逃げないでくださいね?」
『…………え゛?』
ミレーナの野太い「え゛」という声を聞いた後に、念話を切断する。
そしてその後、俺はグレイレウスへと顔を向けた。
「アンナたちは、冒険ギルドで酒を飲んでいるらしい。悪いがグレイ、アンナたちにパーティーのことを伝えてきてもらえるか?」
「御意。縮地を使い、一瞬で伝えて、戻ってきてまいります!! ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
グレイレウスはその後、縮地を使用して、聖騎士駐屯区を駆け抜けて行った。
俺はその光景を見つめてため息を溢した後、歩みを進めて、寮の敷地から外へと出る。
「さて。それじゃあ俺は、ミレーナとブルーノ先生に声を掛けてくるとするか」
そうして、そのまま、俺も聖騎士駐屯区を進んで、歩いて行くのだった。
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学校でミレーナとブルーノに声を掛け終え、グレイレウスと合流し、商店街通りで食材を買って―――寮へと戻った後。
俺は三時間程掛けて、今晩のパーティー用の料理を作っていた。
今日はクラスの祝勝会と、ロザレナの回復祝いも兼ねている。
どうせなら豪勢なものにしようと、学校から支給される寮の食費をちょっぴり多く使わせてもらっていた。
「……よし。こんなもので良いかな」
午後16時。俺はテーブルの前に広がる豪勢な食事を前に、ふぅと短く息を吐く。
今日のパーティーの献立は、七面鳥の丸焼きに野菜たっぷりシチュー、バゲット、ポテトサラダ、ミックス果実ジュース。デザートに、チョコレートパフェ……となっている。
うん、見た感じ、悪くない出来なんじゃないだろうか。
このメニューなら、お客様をおもてなしするのには十分な出来栄えだといえるだろう。
あとは、客が来るのを待つだけだな。
「おーい! アネットちゃん~! 来たよ~!」
「あ、はーい!」
俺はハンカチで手を拭いた後、声が聴こえてきた玄関口へと急いで歩みを進めて行く。
玄関に到着すると、そこには、私服姿のアンナとギーク、そしてミレーナの姿があった。
アンナは快活な笑みを浮かべると、よっと、元気よく手を振って来る。
「アネットちゃん、ミレーナから聞いたよ! 無事にロザレナちゃん治せたんだってね!」
「はい。連絡が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。アンナさんには、たくさんお世話になったというのに――――」
「いやいや、もう、そういう堅苦しいの無しにして、今晩は楽しもうよ! ねっ!」
「フフッ、はい、分かりました。全員が集まり次第、パーティーを開催する予定ですので、食堂の方でもうしばらくお待ちを……」
「オーホッホッホッ!! ルナティエ・アルトリウス・フランシア、華麗にパーティーに参上、ですわぁっ!!!!」
「ちょ、ちょっと、ルナティエちゃん、私のこの格好、流石に変ではありませんか!? ろ、露出が多いような気がするのですがっ!!」
その時。背後にある階段から、声が聴こえて来た。
振り返ると、そこにあるのは……派手なドレスを着込んだご令嬢二人の姿だった。
青いドレスを着込んだルナティエと、紫色のドレスを着込んだオリヴィア。
オリヴィアの方は、何というか、その……ご立派なものがドレスから零れ落ちそうになっていた。
元は男ですので、その、めちゃくちゃ目のやり場に困ってしまいます……はい……。
「アネットさん。会場は食堂でよろしいんですわよね?」
「え、ええ、そうですが……今回は随分とおめかししたんですね、ルナティエさま」
「オーホッホッホッホッホッ!! 当然ですわぁ!! フランシア家の息女として、宴の場にはそれ相応の恰好で臨まねば、御家の恥となるもの……わたくし、貴族として抜かりはなくってよぉっ!! オーホッホッホッホッホッ!!!!」
「ル、ルナティエちゃん! わ、私までドレスを着る必要はないんじゃないでしょうかっ!! こ、この格好、とっても恥ずかしいのですがっ!!」
「何を言っているんですか、オリヴィア。貴方はれっきとしたバル――――」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!! それは、誰にも言わないでくださいぃぃぃぃ!!!!!」
「もがっ!?」
オリヴィアはルナティエの口を背後から塞ぐと、そのまま食堂へと向かって歩いて行ってしまった。
……何か、ルナティエの首があらぬ方向に曲がっていたような気がするが……まぁ、良いか。
しかし、意外だな。いつの間にか仲良くなっていたんだな、あの二人。
しかも、先程の会話から察するに、オリヴィアはルナティエにバルトシュタイン家出身であることを話したようだ。
いや、ルナティエのことだから、最初から知っていた……という線の方が強そうかな。
いずれにしても、孤独な人生を歩んできたオリヴィアに友人ができることは、良いことだといえるな。
「……ドレス……なんか私、場違い感やばくないかな、アネットちゃん」
そう言ってアンナは自身の衣服を見つめ、引き攣った笑みを浮かべる。
俺は慌てて、アンナへと笑みを浮かべ、口を開いた。
「い、いえ、あの御方たちは、貴族の出でして……ですから一般の方は衣服など気にしなくても大丈夫ですよ! 元々、このパーティーはそこまで大々的にやる予定のものでもないですので!!」
「本当? しかし、さっきの子たち、すっごく美人だったね。ロザレナちゃんも美人になっているのかな?」
「ええ。お嬢様もかなりの美人に――――」
……待てよ?
他の貴族のお嬢様方がドレスを着ているのに、お嬢様だけ部屋着なのは……まずいのではないのか?
確か、いざという時のために、マグレットからお嬢様のドレスを受け取り、学生寮に持って来てはいるが……そのいざという時が、今日なのではないのか?
だが、お嬢様は病み上がりだ……御家のために、ドレスなど着せるのは流石に可哀想なのでは……。
「? アネットちゃん? 急に考え込んで、どうしたの?」
「い、いえ、その……何と言いますか……」
「アネットっちー! 来たよー!」
「久々の魔法兵部隊集結、でありますー!!」
「ほう、レトロだが趣のある美しい家ではないか。創作意欲が湧いて来る……!! 紙と画版を持って来れば良かったか……!!」
「シュタイナーくん、今日はパーティーなのですから、絵を描くのはやめてください……」
その時。アンナたちの背後から、制服姿のヒルデガルト、ミフォーリア、シュタイナー、ルークが姿を現した。
ヒルデガルトの姿を見て、終始アンナの背後に隠れていたミレーナが「ひうっ」とか細い声を漏らす。
「や、野生の褐色ギャルですぅぅぅぅ!! よ、陽のオーラが凄まじいですぅぅぅぅぅ!!!!!」
「ん? 君、誰? 小さくて可愛いね。あ、あーし、ヒルデガルト・フォン・ダースウェリン!! よろよろ~!!」
「某は、ヒルダお嬢様のメイドをしております、ミフォーリアと申す者であります!! よろしくお願いしますであります!!」
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 何か話しかけられましたぁぁぁぁぁぁぁ!! 知らない人、怖いですぅぅぅぅぅ!!!!!!」
「ちょ、ちょっと、ミレーナ!! 恥ずかしいから私の背後に隠れながら騒がないで!! ご、ごめんなさい、ええと、ヒルデガルトさん?」
「んーん、別に良いよ! 元気で可愛い子だね! 何歳なの? 君の妹さん?」
「え? あ、いや、この子は妹っていうか……」
「う、うちはこう見えても、17歳ですぅぅぅ!! 一期生黒狼の腕章を付けている貴方たちよりも、ひとつ上の先輩なんですぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「え? 先輩? マジ?」
驚いた表情を浮かべるヒルデガルトたち。
まぁ……そうだよな。この小柄なぴぎゃあ少女、俺たちの先輩には見えないよな……。
というか、よくもまぁ、この競争が激しい学校で生活できたものだな、ミレーナは。
こいつ、冒険者としての才能はありそうだが、単純な戦闘力の面ではそこまでの力ないと思える。
よくよく考えたら、何でこいつ、騎士学校なんかにいるんだ? 良く分からないな。
そう、ミレーナのことを観察していると、ヒルデガルトが背後を振り返り、大きく声を張り上げた。
「おーい、ベアトリッちゃーん、念願のアネットっちがここにいるよー! 隠れてないで出ておいでよー!」
ヒルデガルトの視線の先を追うと、そこには、門に身を隠している黒いドレスを着た少女の姿があった。
オカッパ頭のその少女は、俺と目が合う形、顔をボッと真っ赤にさせる。
そしてさらに、門へと身体を隠すのだった。
そんな彼女に対して、ヒルデガルトは大きくため息を溢す。
「もう。アネットっちに見せたいって言って、おめかししてきたのに。何やってんの、ベアトリッちゃんはー」
「おめかし……? ベアトリックスさんも、パーティーに正装をして来られたのですか?」
「そうだよー。ベアトリッちゃん、アネットっちに可愛いって言ってもらいたいがために、慣れないドレスを着て――――――」
「……やはり、ドレスは必要……ということか」
「ん? アネットっち?」
俺は顎に手を当て考え込んだ後、顔を上げる。
そして、ヒルデガルトに向かって頭を下げた。
「申し訳ございません、ヒルデガルトさん。少し、席を外します。失礼だとは思うのですが……来客の案内、お任せしてもよろしいでしょうか?」
「え? ちょ、待っ――――」
「み、見てください、お姉さま! 私、ドレスを――――って、お、お姉さまぁぁぁぁぁ!? どこに行かれるのですかぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
ベアトリックスと思しき声を背中に受けながら、俺は階段を登って行く。
やはり、淑女の場として……お嬢様には、ドレスを着てもらわなければならない!!
我が主がどれだけお可愛い御方か、みんなに理解して欲しい!! メイドとして!!
第157話を読んでくださって、ありがとうございました。
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