第156話 元剣聖のメイドのおっさん、金髪残念男について、思考を巡らせる。
《ルナティエ 視点》
――――――1学期 1期生の成績結果。
鷲獅子クラス 勝星 1 生徒総数40名
毒蛇王クラス 勝星 0 生徒総数39名
天馬クラス 勝星 0 生徒総数40名
牛頭魔人クラス 勝星 0 生徒総数39名
黒狼クラス 勝星 1 生徒総数40名
全校集会が終わり、中庭に出ると、そこには巨大な掲示板が聳え立っていた。
掲示板には各学年のクラスの戦績が、淡々と記されている。
わたくしはその結果を見つめ、静かに口を開いた。
「……わたくしたち黒狼クラスは学級対抗戦で勝星を得ましたが……どうやら他のクラスも均等に、勝星を得る機会があったようですわね。まぁ、他クラスの情報が一切漏れてきてはないので、どういう試験を用いて勝敗を決めたのかは、定かではありませんが」
現状、結果だけ見れば、鷲獅子と黒狼の二クラスが一歩先を行っている状況となっている。
一学期の戦績としては悪くないと言えるだろう。最弱のクラスでこれは、かなりの快進撃だ。
「とはいえ……二学期からどうなるかは分かりませんけれどね」
この学校は、卒業時、最も勝ち星を得ていたクラスがそのまま聖騎士団に編制されるシステムとなっている。
勝星を習得できる方法は、わたくしが知る限り三通りだけ。
一つ目は、学校が定期的に行う各クラス対抗の試験。
二つ目は、学期末に行われるメインイベント――学級対抗戦。
三つ目は、個人同士の決闘、騎士たちの夜展を行い、他クラスから勝星を奪う方法。
学校が勝ち星を与える機会を逃せば、あとは、個人で決闘を挑んで相手クラスから星を奪取するしか道はない。
実にシンプルなルールだが、単純にクラスや個人としての能力を問われることが多い故に、実力が無ければ即座に勝者から敗者へと叩き落される可能性もある。
先ほど壇上で学園長に襲い掛かった生徒のように―――ですわ。
「見ろよ、あれ。さっきの奴だぜ……?」
後方からザワザワと声が聴こえて来たので、背後に視線を向けてみる。
するとそこには、担架で運ばれる全身大火傷を負った生徒の姿があった。
その姿を見て、周囲の生徒たちはヒソヒソと会話をし始める。
「……本当、例年に一人は出てくるよね、ああいう馬鹿な人」
「ねー。現役の騎士団長である学園長総帥に勝てるわけなんてないのに。やっぱり、単なる貴族の子息の集まりの黒狼には馬鹿しかいないんだよ」
「私たち、治癒術師適性の多い天馬に選ばれて良かったー。修道士になれば例え騎士団に入団できなくても、引く手あまただもん。天馬クラス卒ってだけで、職には困らないもんねー」
「確かにね。騎士団の中でも、治癒術師隊は特殊だから―――優秀な修道士は向こうからスカウトにくるって話だし。聖騎士を目指している他クラスの連中には悪いけど、うちらはもう、勝ち組コース決定みたいなものよねー」
そう会話をしながら、腕章に4と天馬の絵が描かれた生徒が、わたくしの目の前を通り過ぎていく。
他の生徒たちも、担架で運ばれる生徒のことなど気にした素振りは一切なく。
上級生たちは成績表を確認した後、これから始まる夏季休暇の話題に華を咲かせながら、各々、帰路へとついていくのであった。
「……これが、この学校の在り方……なのですわね」
同級生だろうと、他クラスの生徒は敵でしかない。この光景は、そういう思想の現れ。
いや、あの学園長の発言から鑑みれば、同じクラスの仲間であろうとも競争相手として見定めろ、というような意志が見え隠れしていた。
なるほど、弱肉強食か。
この学校の校風は、あのバルトシュタイン家の当主の思想が色濃く出ている。それは間違いない。
「ルナティエさん」
いつの間にか隣に、ベアトリックスさんの姿があった。
彼女はこちらをジッと見つめると、静かに口を開いた。
「遅くなりましたが、学級対抗戦でのご助力、ありがとうございました。貴方の御力が無ければ、私たち魔法兵部隊はアルファルドを倒せませんでした。魔法兵部隊の隊長として、お礼を申し上げます」
そう口にして頭を下げてくるベアトリックス。わたくしはそんな彼女に対してフンと鼻を鳴らした。
「別に……わたくしは、クラスの勝利のために動いただけですわ。貴方を助けたわけではありません」
「だとしても、私たちが貴方に救われたのは事実です。失礼ですが、私は……以前から貴方のことを好ましく思っていませんでした。入学早々にロザレナさんに決闘を挑み、クラスを混沌に陥れた貴方を、現状を受け入れられない我儘なお嬢様……ただの甘ったれた子供としか見ていませんでした。はっきり言って、馬鹿だと思っていました。でも、それは間違いでした。貴方は副級長に相応しい人物です。訂正致します」
「ず、随分とはっきり言ってくれますわね……。あ、貴方も、人のことを言えないのではなくって? 当初はアルファルドの手駒としてこの学校に入学したのでしょう? クラスに混沌を招いたのは、貴方も同じなのではないのですか?」
「はい、そうですね。私は……そもそも、この学校なんてどうでも良かったんです。ダースウェリン家に不当に背負わされたお母さんの借金を返すために、あの男に、アルファルドに付き従っていただけですから。アルファルドの仕事を全て完済したら、すぐに学校を辞めるつもりでした」
「風の噂で聞きましたわ。ダースウェリン家は先月、バルトシュタイン家の次期当主によって闇組織との癒着、不当な闇金問題、その他の犯罪行為を白日の元に暴かれ、権威を失墜させられた、と。貴方の母親の借金も、この騒動を機に無くなった……とも、ヒルデガルトさんから聞きました。だとするならば、貴方はもうこの学校に居る意味はないのではないですか? ベアトリックスさん?」
「本来ならば、一学期終了を機に辞めていたと思います。でも……病に伏している母が、言ってくれたんです。これからは、自分のやりたいことをしなさい、って――――」
そう口にすると、ベアトリックスは髪を耳に掛け微笑を浮かべる。
そして彼女は、続けて口を開いた。
「私は、大事な仲間である魔法兵部隊のみんなと、お世話になったお姉さ……いいえ、アネットさんと一緒に、この学校を卒業したいんです。私はもう、裏切り者なんかじゃありません。私は黒狼クラスの魔法兵部隊、隊長―――ベアトリックス・レフシア・ジャスメリーです」
付き物が落ちたように、良い笑顔を浮かべるようになったベアトリックス。
わたくしはそんな彼女に、思わず優しい笑みを浮かべてしまった。
「そうですか……では、改めて、わたくしたちのクラスに貴方を迎え入れてあげますわ。これからお願いしますわね、ベアトリックスさん」
「はい。副級長」
わたくしたち黒狼クラスは、確かに、貴族の子息を集めただけの最弱のクラスかもしれない。
だけど、弱いということは悪いことでは無いと、わたくしはこの数か月間で学びを得た。
弱ければ、その分、成長の余地があるということだから。
わたくしも、ベアトリックスさんも、この一学期の間に随分と成長することができた。
だって、わたくしたちの級長は、素人だというのにどんどんと上へと向かって成長していく人ですからね。
彼女の背中を追いかけるわたくしたちは、止まらない。
たとえこの先にどんな強者がいようとも。
狼は、届かない天上の月へと遠吠えを上げ、噛みついていくものなのですから――――。
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《アネット 視点》
「さて。今日は祝勝会を兼ねたパーティーを、満月亭で行うという話でしたが……お料理、どうしましょうかね」
お昼過ぎ。午後13時半。
俺は食堂に立ち、顎に手を当てウーンと、悩まし気な声を上げる。
すると突如、背後から声が聴こえて来た。
「師匠! 料理についてはオレにお任せを!」「アネットちゃん、私、頑張りますよ!」
背後を振り返ると、そこには……終業式を終え学校から帰ってきたばかりの上級生二人、グレイレウスとオリヴィアの姿があった。
ビシッと手を上げて食堂の入り口に立つ二人に、俺は、呆れた笑みを浮かべながらも声を掛ける。
「おかえりなさい、二人とも。終業式はどうでしたか?」
「どうもこうも、この学校の終業式は毎年酷いものですよ。正直、前々から思っていましたが……あの学園長のことはどうにも好きになれませんね。反吐が出ます」
そう言って肩を竦めるグレイレウス。俺はそんな彼に、思わず首を傾げてしまう。
「? 何か、あったのですか?」
「あっ、そうか。師匠は今年入学したばかりですから、知らないんですよね。毎年この時期になると、卒業を控えた四期生が暴挙に出ることが多くなるんですよ。学園長のやり方に不満を抱いて」
「暴挙?」
俺はその後、今日の終業式で起こった事の顛末を、グレイレウスから事細かく説明してもらった。
退学した恋人を復学させるために、学園長へと刃を向けた、四期生の黒狼クラスの生徒。
そんな彼に対して、炎熱属性魔法を使用し、全身大火傷を負わせた学園長総帥。
その話を聞き終えた俺は……思わず、眉間に皺を寄せてしまった。
「流石に……やりすぎではないでしょうか? 確かに、聖騎士を養成する学校として、厳しい校則を設けるのは理にかなっているとは思います。ですが……全校生徒の前で、一人の生徒を瀕死の重体にするなんて……私は、おかしいと思います」
「ですよね。オレも同意見です師匠。この学校は、弱者に対してあまりにも容赦がなさすぎます。確かにオレも、努力しない者に剣を持つ資格はないと思いますが……流石に騎士団長ともあろう人間が生徒を半殺しにするのは、異常だと思いますね。剣を折って、無力化するだけで良いはずです」
「…………」
グレイレウスのその言葉に、オリヴィアは沈痛な様子で俯き始める。
そんなオリヴィアの姿に、グレイレウスは訝しげな様子で声を掛けた。
「? どうした? オリヴィア。具合でも悪いのか?」
「い、いいえ……。やっぱりおかしいですよね……あの人は……」
「あの人?」
「……オリヴィア……」
そうだよな。オリヴィアにとってあの男は、実の父親なんだ。
オリヴィアは左目の怪我を、オフィアーヌ家が襲撃された日に父親によって刻み付けられた。
だから、奴の話を聞けば、心を痛めるのは当然のこと、か。
少し、空気が読めなかったかもしれないな。ここでその話をするべきではなかった。
「だ、大丈夫ですよ、アネットちゃん。私、気にしてませんから。ですから、そんなに心配そうな顔をしないでください。ね?」
俺の表情を見て、胸中を読んだのか。オリヴィアがぎこちない笑みを浮かべ、そう声を掛けてきた。
オリヴィアがバルトシュタイン家の娘であることを知らないグレイレウスは、よく分からないという顔で首を傾げていたが―――今は一先ず無視することにしよう。
俺は話題を変えるべく、最初にしていた料理の話へと戻した。
「そうです。今日は、この寮でパーティーをするんですよ! 頑張って豪勢なお料理を作りたいので……二人には私のアシスタントをしてもらいます! よろしいですね?」
「はい! お任せを、師匠!」「やった! アネットちゃん、私、頑張りますね!」
笑みを浮かべる二人。俺はそんな彼女たちに、先ほどから気になっていた質問を投げる。
「今日はせっかくのパーティーなのですから、お二人のお友達を寮に連れてきても構わないんですよ? 三期生の鷲獅子クラスと毒蛇王クラスのお友達、じゃんじゃん呼んじゃってください!」
「友達、です、か……」「お、お友達……」
暗い表情でお互いの顔を見合う二人。
……う、うーん、何か、聞いちゃいけないこと聞いてしまったかもしれないな。
地雷を踏んでしまったかと焦っていると、オリヴィアがハッとした顔で手を上げた。
「アネットちゃん! ミレーナちゃん連れてきても良いですか! 彼女は、同じ部活に所属しているお友達ですので!!」
「あ、ミレーナさんですか? そうですね。私も、今回の旅では彼女にはお世話にな……」
その時。頭の中で思い浮かんだのは、終始ぴぎゃあぴぎゃあと叫び声を上げていた謎の生物の姿だった。
宝箱を見つけ、これは自分のものだと勝手に進み、魔物の巣に飛び込んだミレーナさん。
崖を登っている最中に怪鳥に襲われ、連れ去られそうになったミレーナさん。
ゴブリンの群れを倒して進んでいる時に、脇に抱えられながら、ぴぎゃぁぁと叫ぶミレーナさん。
…………。……ろくな記憶がない……。
い、いや、ミレーナが居てくれたからこそ、大森林をスムーズに攻略することができたんだぞ!!
うん。あの子のおかげでロザレナは助かったと言っても過言ではない。うん、やっぱり過言かもしれない。
「……ぴぎゃあ女だと? オリヴィア貴様、あの自己保身優先女と知り合いなのか?」
「何てこと言うんですか、グレイくん! ミレーナちゃんは引っ込み思案ですが、とっても良い子なんですよ!」
「師匠。オリヴィアが言っているミレーナと、オレたちが知っているぴぎゃあ女は、名前だけ同じで別個体の者なのでしょうか?」
「い、いや……同じ個体だと思うよ、グレイ……」
「ぴぎゃあ女が、良い奴……? 正気か、オリヴィア……?」
心底驚いている様子のグレイレウスと、数少ない友人を馬鹿にされ怒るオリヴィア。
俺はそんな二人に笑みを浮かべた後、静かに口を開いた。
「そうですね。ミレーナさんを誘うのならば、アンナさんたちにも声を掛けたいところですね。それと、今回の件で一番お世話になったブルーノ先生にも。……エステルさんもお誘いしたいところですが……彼女に声を掛けるのは難しいそうですね。流石に王城に行くわけにもいきませんし」
俺はそう呟いた後。言い争う上級生二人に、改めて声を掛ける。
「グレイ、オリヴィア。私、パーティーの食材の買い出しも含めて、ミレーナさんやアンナさん、ブルーノ先生に声を掛けてきますね。やっぱり、パーティーをするのならば、人が多い方が良いですし」
「師匠! 荷物持ちとして、オレもお付き合いします!」
「私も―――と、言いたいところですが、おうちに病み上がりのロザレナちゃん一人置いて行くのは忍びないので、私は残りますね~。そのうちジェシカちゃんとルナティエちゃんも帰ってくると思いますので、お留守番しています~」
「あ、すいません。お嬢様のことをお任せしますね、オリヴィア」
「はいです~」
俺に朗らかな笑みを浮かべるオリヴィア。
その時、グレイレウスが顎に手を当て、思案気な様子でオリヴィアへと声を掛けた。
「……オリヴィア。前々から気になっていたのだが……マイスの奴は、寮に帰ってきているのか?」
「マイスくん、ですか? 残念ながら彼は、もう20日くらい、寮には帰ってきてませんね……」
「あいつが女の家に行って、数日の間寮に戻って来ないことは今までも多々あったが……今回は異常に長いな。まったく、相変わらずふざけた男だ。ロザレナのことで皆、忙しかったというのに……」
「そうですね~。マイスくんは昔から、よく分からない行動が多い方でしたから。三年間同じ寮で暮らしていますが……彼だけは、よく、素性が掴めていないんですよね~。女の子が大好きだということしか、分かっていません」
「フン。まぁ、師匠の前をウロチョロしないだけでせいせいするな。あの男は、師匠のお身体に気安く触れるから前からどうにも――――……ん? 師匠? どうかなさいましたか?」
マイスについて少し考え込んでいると、グレイレウスがそう、俺に声を掛けてきた。
俺は首を横に振り、グレイレウスへと笑みを浮かべる。
「いや、何でもないです。行きましょうか、グレイ」
「はい!!」
俺は元気よく挨拶してきたグレイレウスと共に、そのまま食堂を出て行った。
第156話を読んでくださって、ありがとうございました!
パーティーが終わったら、今度こそオーク編終了です~!!
この章を長く読んでくださって、ありがとうございました~!!




