第154話 元剣聖のメイドのおっさん、上級生二人の料理バトルに巻き込まれる。
「お嬢様。こちらをお飲みください」
ベッド脇にある椅子に座りながら、俺は、ロザレナへとコップを差し出す。
だがロザレナはそっぽを向き、首を横に振った。
「嫌よ。だって、その薬、苦いんだもん」
「……お嬢様。貴方様はまだ病み上がりなのですよ? ブルーノ先生も、朝晩はラパナ草を煎じたこの薬を飲むようにと、そう仰っていました。ですから……ほら! 飲んでください!」
ぐいぐいっと、ロザレナの頬にコップを押し付ける。
しかしロザレナはそれでも、頑なな態度を見せて来た。
「いひゃよ。ぜったいにのまにゃい」
「お嬢様」
「あたし、甘いもにょは大好きひゃけど、苦いもにょは大嫌いなにょ。だから、絶対に飲まにゃい」
「ぶり返したらどうするのですか。お嬢様は、ご自分がこの四日間いかに酷い状態だったのか、ご理解されておられるのですか? 私やみなさんがどれほど……お嬢様のことをご心配したのか。分かっておられるのですか?」
俺がそう、少し怒った口調でロザレナを叱ると……彼女はしぶしぶと言った様子で、コップを手に取る。
「……むぅー……わかったわよ……わかったから、そんなに怒った顔をしないでちょうだい。怖いから」
「まったく……。お嬢様、私は今からみなさまのお夜食と、お嬢様の病院食を作ってきます。なので、それまでに必ずお薬を飲んでください。良いですね?」
「……病院食って、お昼に出してきた、おかゆとサラダみたいなのでしょ? 嫌だ! みんなと同じご飯がいーい! お肉食べたーい!」
「何、子供みたいに駄々をこねているのですか……ちゃんと栄養のある献立を作りますので、我慢して食べてください。では、失礼します」
ロザレナに「鬼メイド」だとか「悪魔メイド」だとか罵倒されながら、俺は部屋の外に出る。
まったく……危うく病で死にかけたというのに、お嬢様は以前と何も変わらないんだな。
呆れ半分、いつものお嬢様が帰ってきて喜び半分、といったところだろうか。
「でも……お嬢様が元気になって、本当に良かった……」
俺はそう呟き、食堂へと向かうべく、階段を降りて行く。
大森林から帰還し、ロザレナお嬢様を看病に明け暮れたりと、この数日、本当に色々なことがあった。
災厄級の魔物に関しての事後処理が気になるところではあるが、今のところ、新聞などに俺の名前が出ている気配はない。
恐らくジェネディクトとエステルが、色々と画策してくれているのだろう。
俺が表舞台に名前を出したくない意図を汲んでくれたエステルには、そのうち、感謝を告げなければならないな。
まぁ、彼女は王女様だから……気軽に会えるような人物ではないのだが。
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「ふんふんふーん♪ ……あっ、アネットちゃん! ちょうど良いところに! 見てください、これ!」
「? オリヴィア?」
食堂を通り、キッチンへと赴くと、そこにはピンクのエプロンを身に着けたオリヴィアの姿があった。
彼女は満面の笑みを浮かべると、自分の目の前にある煮え立つ鍋へと手を指示してくる。
「私、ロザレナちゃんの回復を祝いまして、今夜は一品、お料理を作ってみたんです! どうですか、先生!」
「……これ、は……」
その鍋の中身を見て、思わず俺は、引き攣った笑みを浮かべてしまう。
何故なら、その鍋の中にあったのは―――――白目になった、オークの頭部だったからだ。
その頭を見て、思わず【暴食の王】を思い出してしまうが……漆黒ではなく、茶色の毛が生えたオークだったので、別個体であることが確認できた。
いや、というか暴食の王は俺が覇王剣で完全に消滅させたから、もう奴がこの世にいるわけないんだけどね、うん……。
その悍ましい鍋の光景を見つめた後、俺はオリヴィアへと視線を向け、恐る恐ると口を開く。
「オ、オリヴィア、こ、これはいったい何なのですか……?」
「え? ポトフです~」
「ポ、ト……フ……?」
「今日、お昼に市場に行ったんですけど~。そこで美味しそうなトマトと玉ねぎ、ジャガイモがあったので、ポトフを作ってみようかと思いまして~。どうですか~? アネットちゃんが大森林に行っている間、私、満月亭のお料理担当として頑張ったんですから~。料理の腕、上手くなっていますか? 先生~」
「い、いや、野菜とかの前に、まず何故、オークの頭が……鍋に入ってるんです、か……?」
「出汁が出るかな、と思いまして~。呪術専門のお店? で、安かったので購入してきました~」
「…………非常に言い辛いのですが……私が居ない間に、料理の腕が、ゴブリンシチューを作っていた4月に逆戻りしていますよ、オリヴィア……」
俺は思わず、目の前のその光景に大きくため息を溢してしまう。
するとキッチンに、エプロン姿のグレイレウスが姿を現した。
「師匠! そろそろ夕飯の準備をするのですよね! ぜひ、オレもお手伝いしま――――むっ! な、何だ、この鍋は!? オ、オークの頭、だと!? 悪魔でも召喚するつもりか!? ここは邪教の祭壇か何かか!?」
「グレイくん、何てことを言うんですかっ! これは、ポトフです!」
「ポトフ、だと……? オリヴィア、貴様……正気か?」
心底ドン引きした様子でオリヴィアを見つめるグレイレウス。
そんな彼に、オリヴィアは頬を膨らませると、むむっとした表情を浮かべる。
「剣のことしか頭にないグレイくんに、お料理の何が分かると言うんですか!! 私は、幼いころからお料理が好きで修行してるんですよ!! アネットちゃんに言われるのなら分かりますが、素人の貴方にそんなことを言われたくはないですっ!! 心外ですっ!!」
「オレはこの数か月間、アネット師匠の料理を盗み見て、師の技術を少しではあるが体得してきている。料理の道=剣の道でもあるのだからな。料理ができぬ者に、剣士たる資格はない……故に、貴様よりも、料理ができる自信がオレにはある」
「いや、グレイ、何度も言うが料理と剣は別に関係がな―――――」
「アネットちゃんのお料理の一番弟子は、私なんですけどっ!! ぐぬぬ、そこまで言うのなら……グレイくん、私よりも上手にポトフが作れるんですよね? 自信、あるんですよね?」
「無論だ。オレはある程度の料理は既に作れるようになっている。何故なら、オレは……偉大なるアネット師匠の弟子なのだからな!! フハハハハハ!!」
「アネットちゃんの弟子は、私ですっっ!!!!」
睨み合うグレイレウスとオリヴィア。
そんな彼らに呆れた笑みを浮かべていると、玄関口の方から声が聴こえて来た。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいますかー??」
「はーい。……あの、来客が来たようですので、私、行ってきますね? オリヴィア、グレイ」
「フハハハハハ!! 見ろ、オリヴィア!! オレのこの包丁テクを!! 縮地を習得したこのオレに、玉ねぎのスライスなど、造作も無いことなのだ!! フハハハハハハハハハ――――――ぶぇっくしょん!! む!? 涙と鼻水が止まらんぞ!! 何だこれは!?」
「うわぁっ、汚いですよ!! お料理中にクシャミしないでください!!」
来客のことなど気付かずに、三期生の先輩たちは騒ぎながら料理をしている。
にしても……俺が来た当初に比べてグレイレウスもオリヴィアもよく笑うようになったな。
思い返せば、俺がこの寮の生徒たちの中で一番仲良くなったのは、この二人だな。
入学してこの数か月で、随分と、二人との関係が深まったように感じられる。
いつの間にか俺にとって、大事な弟子と、大事な友人になってしまった先輩たち。
まさかロザレナと同じくらいに、大事な存在になってしまっているとはな。
時間の流れというものは、不思議なものだ。
「まったく。喧嘩はほどほどにしてくださいよ、先輩たち」
俺はそう呟き、言い争う様子の二人を静かに見つめた後。キッチンから出て、廊下を静かに進んで行った。
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「あ……アネットっち!」
「おや? ヒルデガルトさん? お久しぶりです」
玄関口に向かうと、同じ黒狼クラスの金髪ギャル、ヒルデガルトの姿があった。
彼女は俺の顔を見つめると、むむっと、怒った表情を浮かべる。
「お久しぶりです……じゃないっしょ!! あーし、怒ってんだからね!! アネットっち!!」
「お、怒ってる?」
「そう!! アネットっち、急に学校に来なくなっちゃってさ!! 気になって後日、満月亭に来てみれば、オリヴィア先輩から「アネットちゃんはロザレナちゃんの病気を治すために大森林へ行きました」とか聞いて……もー、何であーしたちに何にも言ってこなかったわけ!! ちょっと、冷たすぎない!?」
そう言ってヒルデガルトは詰め寄って来ると、俺の胸を軽く小突いて来る。
よく見ると、ヒルデガルトは涙目になっていた。
俺はそんな彼女に何を言ったら良いか分からず、動揺してしまう。
「す、すいません、ヒルデガルトさん。ご報告するのが、遅れてしまいました……」
「あーし、ロザレナっちが病気だって知って、何かできることはないのかなって……ずっと悩んでいたんだから。クラスのみんなに言って、全員で王都中のお医者さんに掛け合おうって、協力を仰ごうともした。でも……ルナティエっちが、今はアネットさんを信じるべきだって言って……あーし、この数日間、ずっと二人のこと心配してたんだから。もー、本当、サイアク!」
目の端の涙を指で拭い、ヒルデガルトはそっぽを向く。
俺はそんな彼女に対して、深く頭を下げた。
「ご心配してくださり、ありがとうございました。そうですね。お友達であるヒルデガルトさんにはいち早く、状況をご報告すべきでした。本当に申し訳ございません」
「ん……許す。今度からは、あーしたち魔法兵部隊の仲間も頼ってよね、アネットっち」
顔を上げると、そこには笑みを浮かべるヒルデガルトの姿があった。
俺はそんな彼女に同じように笑みを浮かべ、コクリと頷きを返す。
「はい。今度何かあれば、必ずみなさんを頼ります」
「うん、なら、よろしい。……そーだ、今日はそのことを一番に言いに来たんじゃなかった。ね、アネットっち、オリヴィアさんから例の話、聞いてる?」
「例の話?」
「あれ、聞いてない? 明日さ、終業式じゃん? だから、終業式が終わった後、ロザレナ級長回復祝いと黒狼クラス学級対抗戦祝勝会を兼ねて……この寮でパーティーする予定なんだ。今日のお昼にオリヴィア先輩と市場で会って、そういう段取りを付けたはずなんだけど……もしかして、聞いてない?」
「ええと、はい。パーティーの件は、初耳です……」
「ありゃ、そうなんだ。もしかして、サプライズ的な奴だったかな? あーし、何か、まずいことしちゃったかな?」
口元に手を当て、目をパチパチとさせるヒルデガルト。
俺はそんな彼女に笑みを浮かべ、口を開く。
「パーティーですか。良いんじゃないでしょうか? お嬢様もきっとお喜びになりますよ。とはいっても、彼女は病み上がりですので、あまり長時間パーティーに参加できるかは分かりませんがね」
「ちょっとだけでも良いんじゃないかな? アネットっちは学校に来てないから知らないだろうけど、ロザレナっち、学級対抗戦で勝ったことでますますクラスでの人気が上がっているんだよ? まぁ、ロザレナっちのことを目の仇にしてるアリスとかは、良い顔してないみたいだけど……。けれどもう、ロザレナっちは完全に黒狼クラスの級長になってる。みんな、すっごく心配してるんだから」
「そうなんですね。クラスのみなさんにお会いしたら、お嬢様も喜ばれると思います。明日のパーティー、とても楽しみですね」
「うん! あっ……そうだ。ベアトリッちゃんのことなんだけど……」
「? ベアトリックスさん、ですか?」
ヒルデガルトは何処かぎこちない笑みを浮かべた後、コホンと咳払いして、再び開口した。
「あの……今日、アネットっちに会いに行くから一緒に行く? って、声掛けたんだけど、頑なに拒んじゃって……ごめんね? 本当はあの子も来たがってたんだけどさ……」
「あ、そうなんですね。何かご用時でもあったのでしょうか? それとも……私、何か彼女を怒らせるようなことでもしてしまったのでしょうか?」
「いや……アレはそういうのじゃなくって……まぁ、良いや。明日、顔を合わせれば分かることだから」
そう言って呆れたため息を溢すヒルデガルト。俺はそんな彼女に首を傾げてしまう。
「それじゃあ、あーし、ロザレナっちのお見舞いしてくるね? クッキーとか持ってきたんだけど……食べれるかな、ロザレナっち?」
「喜ばれると思いますよ。最近、私の病院食に不満だだ洩れのご様子ですので」
「何それ。ウけるんだけど」
ヒルデガルトは靴を脱ぎ玄関に上がると、来客用のスリッパに履き替える。
そして、来客用のノートに自分の名前を記入すると、俺と共に廊下を歩き、ロザレナの部屋へと向かって歩いていくのだった。
第154話を読んでくださって、ありがとうございました。
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