表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

170/331

第153話 元剣聖のメイドのおっさん、お嬢様と久しぶりに抱き合う。


「………んー? あれ? 朝ぁ……?」


 瞼を開くと、窓から差し込んできた朝陽が視界に入って来る。


 何だか……頭がぐわんぐわんとするわね。喉も乾いているし、お腹もすっごく減っている。


 まるで、何日間も寝たきりでいたみたい。少し、気分が悪い気がするわ。


「ふわぁ。アネット~ご飯~」


 あたしはベッドから上体を起こし、目を擦る。


 ……ん? そういえばあたし、学級対抗戦の後、どうしていたんだっけ?


 最後にある記憶といえば、学校の保健室でアネットと会話した時かしら?


 というか、結局クラスの勝敗ってどうなったの? シュゼットには勝ったけれど……ちゃんとあたしたち、勝ったんだよね?


「いたたた……何だか、腕や足の関節がすっごく痛い……。もう、あたしの身体、どうしちゃったのかしら――――って、うわぁぁ!?!?」


 あたしはそこで、自分の部屋に広がっている、光景を把握する。


 あたしの部屋には、何故か……寮のみんなの姿があったのだった。


 床にはグレイレウスがうつ伏せで倒れており、その上に、ジェシカが大の字になって眠っている。


 扉の端では水の入った桶を両手で持ったオリヴィアさんが船を漕ぎながら寝ていて、そんな彼女の肩に顔を乗せて、ルナティエが眠っていた。


 中には、何故かは知らないが、鷲獅子(グリフォン)クラスの担任教師の姿もあった。


 彼は椅子に座り、腕を組みながら眠りに就いていた。


 そして……ベッド脇に置かれた椅子の上には、あたしの大事なメイド、アネットの姿があった。


 アネットはいつかと同じようにあたしの手を握って、俯きながら静かに眠っていた。


 相変わらずアネットの顔は綺麗だなーっと、彼女の顔をジッと見つめていると……アネットの瞼が、静かに開き始める。


 そして彼女は顔を上げると、ポカンとした表情であたしを見つめて、驚いたように目を丸くさせた。


「お嬢、様……?」


「おはよ、アネット。ねぇ、何でみんなあたしの部屋の中にいるの? というか、何で、鷲獅子(グリフォン)クラスの教師がここにいるわけ? 意味分からないんだけど――」


「―――――お嬢様っっっ」


「え? ちょ、ちょぉっ!?!? な、何、アネットッ!?!?」


 アネットは身を乗り出すと、あたしの身体をギュッと抱きしめてくる。


 あたしはその突然の行動に思わず顔をボッと真っ赤にさせてしまって、パクパクと口を魚のように開いてしまった。


「ア、アアア、アネット!? な、何!? どうしたの!? こ、ここであたしを抱くとか……こ、これは、もしかして、そ、そういうことぉっ!?!? みんなの前であたしを自分のものにする気なの!? そういうプレイ!?!?」


「お嬢様ぁっ……!! お嬢様ぁっ……!!」


「……? アネット? どうしたの? 何で、泣いているの……?」


 アネットの横顔を覗き見ると、彼女は顔をクシャクシャにしながら大粒の涙を流していた。


 あたしはそんな彼女の様子に困惑しながらも、ポンポンと、アネットの背中を摩る。


「貴方がこんなに弱いところを見せるだなんて珍しいわね。いつもは、泣いているあたしがアネットに宥められていることが多いのに。何、どうしたの? 何か嫌なことでもあった?」


「良かったですっ、お嬢様っ……!! もう、どこにも行かないでくださいっ……!!」


 さらにあたしを強く抱きしめてくるアネット。あたしはそんな彼女を、母親のようにして抱き留める。


「馬鹿ね。あたしがアネットを置いてどこかに行ったりするわけないじゃない。でも、アネットにそう言ってもらえるのは何だか嬉しいわね。いつもは、あたしが貴方を追いかけることが多いから。ちょっぴり優越感?」


「うぅぅ……ぐすっ、ひっぐ」


 いつまでも泣き止まないアネット。うーん、泣き顔のアネットもすっごく可愛いなとか、そんな不純なことを考えながら彼女の顔をジッと眺めていると――――寮のみんなが、次々と起床し始めた。


 最初に目を覚ましたのはオリヴィアさんだった。


 彼女は顔を上げると、あたしの顔を見つめて大きく口を開く。


「……って、ロ、ロザレナちゃん!? み、みんな、ロザレナちゃんが目覚めましたよ!?」


「オリヴィア先輩~? 朝から大きな声でどうしたんですか……って、ロ、ロザレナぁっ!! もう、身体は大丈夫なの!?」


「ぐふぁっ!? お、おい、アホ女!! 貴様、オレの上で立ち上がるな!! 斬り殺すぞ!!!!」


「え? あ、ごめんごめん、グレイレウス先輩。……ん? というか何で、私の下にグレイレウス先輩がいるの? どういうこと?」


「まったく、朝から喧しい連中ですわねぇ。ディクソン! 紅茶の準備をしなさ―――って、あぁ、あの男はもう辞めたのでした。はぁ……新しい従者が欲しいところですわねぇ。まったく、わたくし、朝はフランシア領で獲れた高級茶葉の紅茶を摂取しないと頭が働かないんですのよ……ふむ、この際、貴方で良いですわ。そこの泣き虫グレイレウス、貴方、わたくしの紅茶を淹れなさいな」


「黙れ、クズ女。誰が貴様なぞの茶など淹れるか。大人しくその口を閉じておけ。不愉快だ」


「あらあらあら。泣き虫グレイレウスの癖に、このわたくしに随分と生意気な口を効きますわねぇ。……って、あら? ロザレナさん、回復したのですか? ここでリタイアしてくれた方が、わたくしが自動的に級長になって良かったんですけどね。ゴキブリ並みの生命力をしていますわね、貴方」


「ルナティエちゃん、そんなこと言って、貴方が一番ロザレナちゃんの看病をしてくれていたじゃないですか~? 一番寝る間も惜しんでロザレナちゃんの傍にいてくれたこと、私、知っているんですよ~?」


「ッ!! し、知りませんわ!! それはオリヴィアの勝手な想像、捏造ですわ!! ふ、ふんっ!!」


 腕を組んでそっぽを向くルナティエ。そんな彼女に笑みを浮かべるオリヴィア。


 グレイレウスの上から降りるジェシカに、そんな彼女に不満気な様子を見せて立ち上がるグレイレウス。


 そこには、マイスを除いた満月亭のみんなが、揃っていたのだった。


「オリヴィアさん、ジェシカ、グレイレウス、ルナティエ……みんな、何であたしの部屋にいるの?」


 あたしは、先ほどから気になっていたその疑問を全員に投げる。


 すると、横からアネットが声を掛けてきた。


「お嬢様。みなさまは、お嬢様のご病気を治すために、力を尽くしてくれていたのですよ」


「は? 病気? あたしが?」


「そうです。お嬢様は、この4日間……ずっと、眠りに就かれていたんです」


 アネットのその言葉に、あたしは思わずポカンと口を開いてしまった。






《アネット視点》


「――――――と、いうことで。お嬢様は学級対抗戦から四日間、『夢魔病』という古代の病に罹られ、意識を失っていたのです。ご理解いただけましたでしょうか?」


 俺はこの四日間に起こったことを、一通りロザレナに説明してみた。


 古代の病気に罹ったロザレナは、長い間、酷い熱にうなされていたこと。


 その病気を治す手がかりを、魔法薬学部の顧問であるブルーノ先生に教えてもらったこと。


 夢魔病を治療する薬草『ラパナ草』は、大森林の第6界域にしか生息しておらず、俺とグレイレウスは冒険者となってその薬草を採取しにいったこと。


 それらの事柄をかいつまんで話終えると、ロザレナは眉間に皺を寄せ首を傾げていたが……ゆっくりと現状を飲み込みつつある様子を見せた。


「とりあえず……分かったわ。悪かったわね。みんなには、迷惑を掛けてしまったわ」


「いいえ。ロザレナちゃんがこうして良くなってくれただけで、私は――――」


「オーホッホッホッ!! そうですわぁ!! もっとわたくしに感謝すると良いですわ、ゴリラ女!!」


「病み上がり後に聞くあんたのその高笑いは脳に響くわね、ドリル女……って、そうだ。ルナティエ、あたしたちのクラス、ちゃんと学級対抗戦で勝利したのよね? 一学期の勝ち星、あたしたち黒狼(フェンリル)クラスがちゃんと獲得したのよね?」


「勿論。貴方が情けなく倒れた後に、わたくしがシュゼットの腕章を取って教師に届け出ましたわ。これでわたくしたち黒狼(フェンリル)クラスは、一期生の中でも一目置かれる存在になったことでしょう」


「そっか。良かった。ふぅ……あのシュゼットにあたしが勝った、か。信じられないな。あいつは間違いなく、今のあたしが勝てるような奴じゃなかった。……そうだ、あの時の力……」


 ロザレナは自身の手のひらを見つめ、神妙な表情を浮かべる。


 俺はそんな彼女に、思わず、首を傾げてしまう。


「? お嬢様……?」


「……何でもない。んー、久々に学校に行きたいわねぇ。黒狼(フェンリル)クラスのみんなは、元気かしら!」


 その言葉に、俺たち寮のみんなはお互いの顔を見合わせる。


 そして、ロザレナへと視線を向け、笑みを浮かべた。


「ロザレナちゃん。学校はもう、明日で終わりなんですよ」


「あたし、今のところそんなに具合悪くないし、クラスの祝勝会とかあるのなら、少し顔を出したい……って、は? 終わり……?」


「お嬢様。学校は、明日の終業式で夏季休暇に入ります。明後日から、夏休みが始まるんです」


「夏休み……? え? もう、そんな季節なの?」


「はい。夏季休暇は久しぶりに、レティキュラータス家の御屋敷に帰ると致しましょう、お嬢様」


 俺のその言葉に、ロザレナは目をまん丸とさせるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「――――――それじゃあ、僕はこれで帰るよ。ロザレナさんには、安静にしておくように言っておいてね」


「何から何まで、本当にありがとうございました、ブルーノ先生」


 俺は、廊下でブルーノにそう言って頭を下げる。そんな俺に、彼は、ニコリと微笑を浮かべた。


「まさか本当にラパナ草を獲って大森林から帰って来るとはね。驚いたよ。今、王都では、大森林で発生した災厄級の魔物の話題でもちきりになっている。そんな状況で無事に帰って来られるとは……アネットさん、君はどうやら、とてつもない強運の星の元に産まれているようだ」


「いいえ。グレイレウス先輩や、パーティを組んでくださった仲間のみなさんが優秀だっただけのことです。私は、みなさんの後ろに居ただけですので」


 顔を上げ、そう言って小さく会釈すると、ブルーノは廊下の先に視線を向けて静かに口を開く。


「……今回の一件で、領村『パルテト』を守ることができなかったオフィアーヌ家は、民衆から強く非難を受けることになった。今、オフィアーヌ家には明確な当主がいないからね。この責任の追及は恐らく、当主代理のギャレット殿か、アンリエッタ夫人のどちらかに行くことだろう。ますます、オフィアーヌ家の後継者問題に大きな波乱が起こることは間違いない」


「そう……なんですね。ブルーノ先生は随分と、オフィアーヌ家のご事情に詳しいのですね?」


「少し、縁があってね。人よりも詳しいというだけの話さ。それよりも……アネットさん」


 ブルーノはこちらに視線を向けると、俺の目を見つめてくる。


 そして、何かを言いかけようと口を開いたが……首を横に振り、笑みを浮かべた。


「いや、なんでもない。そうだ。近い内に、一緒に食事でもどうだろうか? 美味しいお店を知っているんだ」


「はい。ぜひ、誘ってください」


「ありがとう。それじゃあね」


 そう言い残し、ブルーノは去って行った。


 彼はとても優しい青年だが――――どこか、微かに、闇を感じる部分がある。


 何か腹に抱えていると言うか、嘘吐きの気配と言うか。そんな雰囲気が少し感じられる気がする。


 まぁ、とはいっても彼はロザレナの命の恩人だ。無碍に扱うことなど、できるはずもない。


「アネットー! 背中拭いてくれるー!? 汗でベチャベチャで気持ち悪いのー!!」


「はいはい、ただいま参ります、お嬢様」


 部屋の中から聴こえて来たロザレナの声に、俺はもう一度彼女の部屋へと戻る。


 愛する主人の復活に、俺の心はとても、晴れやかになっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……災厄級の魔物【暴食の王】を、剣王アレフレッドが討滅する……か。まったく、なんじゃこのふざけた記事は。直にあの化け物と対峙した当事者には、嘘だと丸わかりの内容じゃわい」


 そう言ってハインラインは新聞を畳み、ベッドの上で大きくため息を吐く。


 そんな彼の横で、椅子に座ったロドリゲスは、隣の椅子に座るアレフレッドへと声を掛けた。


「おい、ボーイ。貴様、この記事はいったいどういうことだ? 簡潔に説明したまえ」


「いや、実のところ、俺にもよく分かってないんだよ。俺はあの時、暴食の王にボコボコにやられて、気絶したはずなんだ。俺があいつを倒すなんてあり得ない。お爺様の言う通り、そんな実力は、俺にはない」


「では、この新聞の記事はいったいどういうことなのだ? 今、貴様は、一国のヒーローのようになっているのだぞ? 次期剣神の候補者に名前が挙がっているくらいだ」


「えぇぇ!? いや、俺、そんな剣神に見合う実力なんて持ってないぞ!! こ、これは、何者かが適当な嘘を吐いているに決まって―――」


「アレフレッド。お主、気絶する寸前に、他に誰がいたか覚えておらんのか? リトリシアとジェネディクト以外に、あの場にいたのは誰だ? もう一度整理してみろ」


「そう、ですね……俺が覚えている限りでは、剣聖さまと、ジェネディクト・バルトシュタイン、あとは、俺が保護したパルテトの生き残りの兄妹、マルクとローザくらいで、他には……あっ!」


「どうした?」


「そういえば、意識を失う寸前に、誰かの声が聴こえた気がしたんです……知っている人の声だと思うんですけど、口調が……全然知らないような気配で……まるで誰だか分からないんです」


「男か? 女か?」


「女性だった、ような気がします」


 ハインラインはその言葉に、顎に手を当て、眉間に皺を寄せる。

 

 そんな彼に、ロドリゲスは笑みを溢した。


「師匠。この国で女性で最強の剣士は、剣聖さまだけです。あの御方以外ですと、剣神であるルティカ殿とジャストラム殿だけですが……あのお二人が、暴食の王に勝てる予想が付きません。まぁ、ジャストラム殿の剣は直に見たことがありませんので、断言はできませんが」


「ジャストラム、か……確かに、その線もなくはない、か……? 奴の剣であれば、或いは……いや、流石の【死神剣】でも、暴食の王に勝てるような力はないと思える。いったい何者だ? アレフレッドが出逢ったと言う、その女は?」


 ハインラインはそう呟いた後、窓に視線を向け、空を見上げる。


 オレンジがかったその空を見つめた後、ハインラインは、静かに息を吐くのだった。


「左腕を失い、暴食の王にさらなる力を与えてしまったワシは、此度の戦、若い皆の荷物でしかなかったな。今回ばかりはワシも老いを感じたわい。―――――おい、アレフレッド、ロドリゲス」


「はい? 何でしょう、お爺様」「何ですか、師匠」


「ワシは剣神の座から降り、隠居するぞ。後は任せたぞい」


「え……?」「は……?」


「【蒼焔剣】の看板、てめぇらのどちらかにくれてや――――いや、やっぱやめた。ワシの可愛い可愛いジェシカちゃんに継がせてやりたいから、その間の仮の師範代、お前らのどっちかがやってくれ。後の処理は、頼んだぞー♪ どれどれ、病室に隠し持って来ておいた、お宝本でも見るかの。ムフフフフ」


「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」」


 アレフレッドとロドリゲスは驚きの声が、病室内に大きく轟いていくのであった。

第153話を読んでくださって、ありがとうございました!

書籍1巻発売中ですので、よろしければ続巻のためにご購入、お願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] × この国で女性で最強の剣士は、剣聖さまだけです。 ○ この国で女性で最強の剣士は、剣聖さまです。 「最強」という時点で一人に限定されるので、「だけ」はいらないと思います。 ・「仮…
[一言] まぁそもそも一介のメイドがタイマンしてぶっ飛ばした、とは普通は思わないよな…… いつまで普通のメイドのフリ?で居られるか?w
[一言] ブルーノはシュゼットが当主になるくらいなら自分が当主になるとは言ってたけど静かに暮らしたいらしいしそれが本当ならこれアネットの正体に気づいたらアネットを当主に据えるために動きそうかな? もし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ