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第15話 元剣聖のメイドのおっさん、生前にモテていたことに気付く。





「もっと右足を前に出して、まっすぐ剣を上段に構えて・・・・・そう、後はもう少し腰を引くと良いかしら。ロザレナちゃん、覚えておきなさい。剣を振るということはまず第一に、姿勢を気を付けなければならないのよ」


「は、はい、お婆様」


 祖母であるメリディオナリスが騎士養成学校の卒業生だということを知ったあたしは、是が非でもと彼女に剣を教えてくれと、師事を頼んでみた。


 すると、彼女は思ったよりも簡単に承諾してくれてー---朝ごはんまでの間、あたしの剣を見てくれることになった。


 だから、今、あたしはこうしてお婆様に剣の稽古を指導してもらっているという訳だ。


「えいっ! そりゃっ! えいっ! えいっ!」


「重心が前足に偏っているわ。上段から頭部を狙った振り降ろし・・・・この型を『唐竹』と呼ぶのだけれど、この動きは大振りが故に隙が大きいの。だから、剣を振る瞬間に強く前へ足を踏み込み、相手がカウンターを仕掛けてくる前に、一気に決着を付けなければならないわ。足の踏み込みとスピードが重要なのよ」


「は、はいっ!! えいっ!! そりゃぁあっ!! えいぃぃっ!!!!」


「・・・・・・・・・今度は腰が前に出すぎている。剣を振った後は即座に重心を後方に持って行きなさい」


「はいっ!!!! えいやっ!! そりゃあっ!! えいいいぃっ!!!!」


「うん、そう・・・・そうね、最後の振りだけはギリギリ合格ラインね。ちゃんと腰が引けているし、重心の運び方も整ってきているわ。その姿勢が大事よ。物覚えと理解力が早いわね、ロザレナちゃんは」


「ゼェゼェ・・・・あ、ありがとうございます、お婆様・・・・・・・」


「でも、年齢にしては体力は無い方ね。・・・・って、まぁ、それは仕方ないかしらね。今までずっと病気で入院していたのだから」


 そう言ってお婆様は懐からハンカチを取り出すと、地面に座り込んでしまったあたしの額に、そのハンカチを当てて汗を拭ってくれる。


 そして一頻り汗を拭き終えると、優しい笑みを浮かべ、あたしの横にちょこんと体育座りをしてきた。


 あたしも同じように、箒を地面に置いて、お婆様の隣へと座ってみる。


「ロザレナちゃんは、どうして剣の腕を磨きたいのかしら??」


 突如隣から投げかけられてきたその問いに、あたしはどう答えようか悩んだ末に、率直に答えてみることにした。


「あたしには・・・・あたしには、絶対に追い付きたい人がいるの。その人の隣に、自信を持って立てるだけの自分になりたいから・・・・あの子の背中を守れる自分になりたいから、あたしは剣の腕を磨きたいの。好きな人と対等な自分になりたいのよ、あたしは」


 そう答えると、祖母は驚いたように目をパチパチと瞬かせた。


「へぇ? その答えにはお婆ちゃん、びっくりしたわ。だって、以前病院にいた頃のロザレナちゃんってば、伝記に載っているような『剣聖』になりたいって、いつも口酸っぱく言っていたじゃない。なのにどうしてそんなことを?? もう『剣聖』になるのは諦めたの??」


「そうじゃないわ。今も、『剣聖』はあたしの目指す剣の境地よ。だけど、あたしにとって『剣聖』はただの通過点でしか無くなったの。だって、それ以上に凄い人が・・・・憧れの人が、目の前に現れたんですもの。あの人を超えることこそが、あたしの目指す生きる道になったの」


「憧れの人・・・・・? ふーん? もしかしてそれって、アネットちゃんのこと?」


「ー---ッッッッ!?!?!? ど、どどどどうしてわかったのよっっ!?!?!?」


「フフフッ、単なるカマ掛けよ。そっかぁ、アネットちゃんがロザレナちゃんの憧れの人なんだぁ、へぇ」


「も、もう、からかわないでよ、お婆様!!!!」


「フフフフ・・・・ん? でも、アネットちゃんって、産まれてからずっとメイドの仕事してたってマグレットから聞いたような・・・・・・それなのにそんなに剣の腕があるんだ?? それはちょっと意外かなぁ」


 そう言って不思議そうな顔をして小首を傾げるメリディオナリスお婆様。


 その顔はどう見ても、子供のレベルで(・・・・・・・)剣が上手いんだろうな、と、思っている様子だった。


 彼女の想像している百倍、アネットの剣は凄いのだけれど・・・・これって、誰に言っても信じて貰えないのよね。


 あたしがいくらあの時起こった真実を語っても、お父様もお母様も、アネットが護身術の類を覚えている程度にしかあの子の凄さを理解してくれない。


 どんなに話しても、みんな、アネットがどれだけ凄いのかを分かってくれないんだ。


 それが何でなのかは・・・・多分、私がまだ幼い子供だからなのだろう。


 本当、大人って子供の言うことを何でもかんでも嘘だと思っちゃってるのね。嫌になるわ。


「あら? どうしたのロザレナちゃん? 急に不機嫌そうな顔しちゃって?」


「・・・・・別に。何でもないわ」


「もう、どうしちゃったのかしら・・・・・・」


 そう言って困ったように小さく息を溢すと、お婆様は前方へと顔を向け、中庭に聳え立つ紅葉した巨大な老木へと視線を向ける。


 そして、過去を懐かしむようにポツリと、静かに言葉を溢した。


「憧れの人のために剣を振る、か・・・・。やっぱり血は争えないのね」


「え・・・・・?」


「お婆ちゃんもね、ロザレナちゃんと同じように、ある人を追いかけて剣の道を歩んでいた時代があったのよ。その人に逢いたいがために、聖騎士養成学校に入学して、剣の修練に励んでたわ」


「それって・・・・お爺様のこと??」


「ううん、違う人のこと。あっ、今から話すことはお爺ちゃんには内緒よ?? 嫉妬で苦しんじゃいますからね」

 

 そう口にしてカラカラと明るく笑った後、お婆様は自身の過去について語りだした。










 

 その剣が異質なものであると、一目見た瞬間に私は理解した。


 一太刀ですべてのものを抹消し、一太刀でこの世界に大きな傷跡を残す覇王の(つるぎ)


 私は、王都の路地裏で悪漢たちを一瞬にして消し去ったそのひとりの青年の姿に、眼を見開き、ただただ茫然としたまま倒れ伏すことしかできなかった。


 「大丈夫か、嬢ちゃん」


 眼前に手が差し伸べられる。


 本来であれば、ここで彼の手を借りて、悪漢から助けてくれたお礼を私はこの青年に言わなければならないだろう。


 だが・・・・・私の口からは、何も声が出なかった。


 剣の一振りで路地裏の道を崩落させ、悪漢たちを肉片ひとつ残さずに消し去った、想像の範疇を超えた彼のその力に、わたしは恩よりも先に怯えの感情を抱いてしまっていたのだ。


 そんな私の感情を表情から察したのかー---青年は手を引っ込めると、悲しそうに自虐じみた笑みをその顔に浮かべた。


「ハハハ、怖いか。まっ、そりゃそうだよな。こんな力・・・・どう見ても人間のそれじゃねぇよな」


 そう言って青年はため息を溢すと、背中を見せて、その場から去って行く。


 そして手をヒラヒラとあげると、悲しそうな声色で私に言葉を放った。


「すぐに聖騎士の連中を呼んでくるからそこでジッとしてろよ。ったく、もうこんな危ねー場所に顔を出すんじゃねーぞ、貴族のねーちゃん」


「ッ!! ー-----ッッッ!!!!!」


 彼にお礼が言いたくて、何とか声を発しようと試みるが・・・・・何故か、思うように声を発することができなかった。


 助けてくれたことに、ちゃんとお礼が言いたかったのに。


 その手を取らずに怯えてしまったことを、ちゃんと謝罪したかったのに。


 なのに、まるで喉の奥に何か詰まってしまったかのように、上手く声を出すことができなくなっていた。


「・・・・・ッ!! まっ・・・・・・まっ・・・・・・・て・・・・・・・・!!」


 何とか絞り出すように声を出してみたものの、そんなか細い声は当然、彼に届くことはなく。

 

 最強の『剣聖』、アーノイック・ブルシュトロームは、路地裏に私を残し、颯爽とその場から去って行ってしまったのであった。



 






 その後、私は何としてでもあの青年にお礼と謝罪が言いたくて、お父様に今代の『剣聖』様にお目通しができないかどうかを懇願してみた。


 だけど、私は先月、分家筋の親類であるギュスターヴと婚約を交わした身。


 婚約者ではない男と二人で逢引きするなど言語道断と、父はアーノイック様との面会を許してはくださらなかった。


 でも、私は、何としてでも・・・・・あの御方に再会したかった。


 あの時の彼の悲しそうな表情と、怖がられることに慣れてしまったのか、諦念の籠った冷たいあの漆黒の瞳・・・・。


 あの顔と瞳、あの時の光景すべてが、寝ても覚めても頭から離れてくれることが無かったから。


 もう一度会って、謝って、それから・・・・・あの御方とお話をしてみたかった。


「はぁ・・・・・・」


 御屋敷の二階の窓から、中庭に聳え立つ老木を私はため息を溢しながらボーッと見つめる。


 すると、そんな私の姿を不思議に思ったのか、背後に立っていたマグレットが首を傾げながら声を掛けて来た。


「あの、メリーお嬢様、如何なされたのですか??」


 幼い頃から一緒にこの御屋敷で育ってきた親友である彼女ならば、今の私のこの気持ちを理解してくれるかもしれない。


 そう思った私は、今の状況を包み隠さず、彼女に話してみることにした。


「マグレット・・・・・私、どうすれば良いのかしら・・・・・御家が決めた婚約者がいる身だというのに、何故か・・・・・何故か、他の殿方のことが頭から離れてはくれないのよ」


「は? え? えぇぇっ!?」


 目をまん丸にして、ポニーテールを左右に揺らしながら驚くマグレット。


 思ったよりも、彼女は恋愛事には疎いようだ。


 いつも常にキリッとし、凛とした表情をしている彼女が、私の恋愛事でここまで驚くなんて・・・・ちょっと面白いかも。


 でも、いつものように彼女をからかって遊ぶ気力が、今の私にはない・・・・今胸中に浮かぶのは、婚約者であるギュスターヴと、お礼を言えなかったアーノイック様への罪悪感だけだ。


 私はモヤモヤとして破裂しそうになった胸を右手で抑え、再び、ハァと、悩まし気にため息吐いた。






 それから二年の歳月が経った。


 17歳になった私は、父を説得し、何とか聖騎士養成学校に入学することを果たした。


 何故、聖騎士養成学校に入学したかと言うと、それは・・・・・風の噂でアーノイック様がこの学校に入学する意志があることを、聞き及んでいたからだ。


 だから、アーノイック様目当てであることを父には伏せ、花嫁修業(無理やりなこじ付け)と称し、騎士学校へと入学することにした。


 だけど、この学校の運営は四大騎士公のバルトシュタイン家、それ故に・・・・四大騎士公の中では爪弾き者にされているレティキュラータス家の立場は、この学校の中ではあまりよろしくなかった。


 それでも、持ち前の明るさと底意地の悪さを武器に、何とか友人を作り、何とか足場を固め、それなりに楽しく学校生活を送ることはできていた。


 自分でも驚いたことに、何も才覚がないと思っていたら、それなりに剣の腕が私にはあったらしく、無事に在学中に騎士位の叙勲を果たすこともできたのだった。


 学校生活は勉学、交友共に、とても充実した毎日を、私は送ることができていたと言えるだろう。


 そう、学校生活は別段、悪くはなかったのだが・・・・・。


 私の本来の目的であった、彼はというと・・・・・。


「はぁ。アーノイック様はいったいいつ入学してくるのかしら・・・・・??」


 最終学年の4年生になっても、アーノイック・ブルシュトロームが騎士養成学校に入学してくることは、無かった。


 あの銀髪の超絶イケメンに再びお逢いしたかったというのに・・・・・あの時のお礼と謝罪を言って、私のこの恋心が本物かどうかを確かめたかったのに・・・・・。


 彼が、私の前に姿を現すことは、あの過去の一件以来一度も無く。


 結局、私は卒業後、お家の意向に従い分家筋のギュスターヴと結婚する顛末となったわけだ。










「ってなことでね、お婆ちゃんもロザレナちゃんと一緒で・・・・昔は好きな人のために剣を習っていたんだよ」


 そう、昔話を語ったメリディオナリス御婆様は、懐かしそうに眼を細め、落葉する木々の落ち葉たちをジッと見つめていた。


 今まであたしは腕を組んで静かにお婆様のお話を聞いていたのだけれど・・・・話を聞き終わったところで、思わず首を捻ってしまう。


「あの、お婆様・・・・・それって、全然あたしと違わないかしら?」


「え? どうして?」


「だって、お婆様はアーノイック・ブルシュトロームに逢いたいがために騎士学校に入って、ついでに剣の修行をしていただけなんでしょ?? あたしは、アネットの横に立てるくらいの剣士になりたいから、剣の修行をしているのよ。全然剣を振る目的が違うじゃない」


「そうかしら?? 好きな人のために剣を学ぶ・・・・その意味合いは同じじゃなくって??」


「うーん・・・・御婆様のは何というか・・・・一番の目的がアーノイック・ブルシュトロームじゃない?? あたしは、アネットのことも勿論好きだけど、同じくらいの想いで剣の道も極めたいと思ってるの。だから、御婆様とあたしは、剣を振る理由が全然違うと思うわ」


 そう言うと、お婆様はフフフと笑い、私の頭を優しく撫でてきた。


「そうね、ロザレナちゃんとはちょっと違うかもね。私は自分がアーノイック様の隣に立てるような剣士になるだなんて、端から無理だと諦めてしまっていたからね。そこが、私のこの初恋が失敗に終わった要因・・・・だったのかもしれないわ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 何処か寂しそうな表情をして、虚空を見つめるお婆様。


 あたしはそんなお婆様を励まそうと、彼女の前に行き、腰に手を当てて仁王立ちする。


「お婆様の叶えられなかった、その初恋は・・・・代わりにあたしが叶えてみせるからっ!」


「え?」


「お婆様には悪いけれど・・・・・あたしは自分のこの・・・・初恋、は、絶対に叶えてみせるんだから。だから、一緒にしないでよねっ!!」


「フフッ、もしかして励ましてくれようとしてくれてるのかしら??」


「ち、違うわよ。あたしは、お婆様とは違うってことを証明したいの。あたしは自分の力で、好きな人も剣の腕前も手に入れて見せる。絶対にね!」


「そう・・・・・じゃあ、陰ながら応援しているわね」


 そう口にして、お婆様は私の頭をさらに強く撫でながら、優し気な微笑みを浮かべるのであった。














「そうか・・・・・・メリディオナリス夫人って・・・・あの時のご令嬢だったのか」





 老木の裏で隠れながら、先程盗み聞きしていた話を思い返し、俺はポリポリと頬を掻く。


 流石に十代の頃のことなんて、すっぽりと頭から抜けてしまっていたが・・・・なるほど、な。


 確かに、よくよく思い返してみれば面影はあるな。


 路地裏で悪漢たちに襲われそうになっていた、あの時の少女が、か・・・・。


 何とも数奇な運命だぜ、こりゃ。


 こうして彼女から昔話を聞いてなきゃ、過去に接点があったことなんて分かりはしなかった。


「しかし、驚きだな。生前の俺を知っている人間が、まさかこのレティキュラータス家にいたなんて・・・・」


 本当人生、どう転ぶかなんて分かったものじゃねぇな。


 まぁ、髭モジャのオッサンからメイド美少女に転生したこの件より意味不明なことなんて、早々起こることじゃないと思うけれど。


 とにかく・・・・あの時のあの女の子が、俺に対してどういう気持ちを抱いていたのかが今ここで分かって・・・・本当に良かったと思う。


 俺の【覇王剣】に恐怖心を抱いても、それでも俺に対して礼と謝罪をしたいと行動を起こし、騎士養成学校にまで入った彼女には・・・・・純粋に感謝と敬意を抱く。


 当時の俺がもし彼女と出会っていたのなら、きっと、運命は大きく異なっていたのだろうな。


 人々に怯えられることに辟易して【覇王剣】を封じることも無かっただろうし、【覇王剣】を封じたせいでジェネディクトを逃がしてしまったミスもおかさなかっただろうし・・・・・。


 多分、人の温かさを早々に理解していたのなら、リトリシアと出逢うことも無かったのだろうな。


 師匠も・・・・もしかしたらもっと長く生きていたのかもしれない。


 彼女のような優しい女性に出逢っていたら・・・・俺は、随分と違う生き方をして、随分と違う人間になったのだろうな。


「いや・・・・これはたらればの話で、無意味な妄想だな。俺と彼女は出逢わなかった。だからこそ、今のこの未来がある」


 俺はそう独り言を呟き、老木から離れる。


 そして、静かに踵を返すと、仲睦まじく会話をする老婆と孫を邪魔しないよう、その場から足音を立てずに離れていった。

 第二部一話まで書き終えたので、順に投稿していきたいと思います!


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― 新着の感想 ―
切ない話です… 誰しもこういう後悔はありそう。 こういうのを乗り越えながら大人になっていくのでしょう…
[一言] いざという時は勇ましいのに日常ではこっそり聞き耳を立ててしまう…完全に少年漫画の主人公ですねこれ。百合は遠い…
[良い点] 前世は残念でしたが、これからに百合百合しまくって補うべきのです(笑)
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