第146話 剣聖の少女は、過去を想う。
「……!! 誰だ!!」
ルティカは胡坐をかきながら、地面に置いていたハンマーに手を当て、林を睨み付ける。
そこから出て来たのは、ヴィンセントの部下のコルネリアだった。
彼女は魔獣を背に休むルティカに深く頭を下げた後、顔を上げ、口を開いた。
「――――ルティカ様。私は、ヴィンセント様の配下のコルネリアと申す者です」
「あの悪人面野郎の部下、だと? いったいオレ様に何の用だ?」
「災厄級の魔物との戦いで負傷していた場合、治癒魔法で治療させていただこうと思い、ルティカ様の前へと馳せ参じました。ですが……見たところ、ルティカ様が怪我をしている様子は無さそうですね。ご自分で治療なされたのですか?」
「……あぁ。喉元をやられたが、鉱山族秘伝の魔法薬液で何とか凌いだ。今のところ、大きな怪我はどこにもねぇ」
「でしたら、今すぐリトリシア様とヴィンセント様の援護に向かってくださらないでしょうか? お二人は、この先で災厄級の魔物と交戦を――――――」
「断る!!!!」
ルティカのその大きな声に、コルネリアは目を丸くしてしまう。
その後、ルティカは震える身体を抱きしめ、顔を青ざめさせながら開口した。
「あいつは、あのオークは、人間じゃどうしようもできねぇ相手だ……!! そもそもの、本質が違うんだよ!! お前、あいつの目を見たことあるのかよッ!? アレは、人を喰いものとしか思っちゃいねぇんだッ!! あの化け物、このオレを、人間が豚や牛を見る目で見ていやがった!! は、はっきり言って、目の前であの邪悪な闘気に当てられたら、誰だってこうなっちまうと思うぜ!! アレは本物の悪魔だ!!!!」
「本物の、悪魔……?」
「そうだ!! 少しでも生き延びたいのなら、あの化け物とはけっして相対しちゃならねぇ!! この先オレ様たち人類が生き残るには、地上を闊歩するあいつに怯えながら、洞窟や地下でひっそりと生きるしか術はねぇんだよ!!」
「そんな……そんなこと言わないでください!! 貴方は剣神さまなのですよ!? 王国を守る剣の神が、魔物に怯えてしまっては、国民はどうなるのですか!?」
「国民など知ったこっちゃねぇ!! もう誰かを護るとか、そんなこと言っている事態じゃねぇんだよ!! 早くここから逃げるのが先決で――――ぐはぁっ!!」
突如現れた何者かに顔を蹴られ、ルティカは前のめりに転倒する。
彼女の前に登場した人物、それは、左腕を失ったハインラインだった。
ハインラインは右手の拳を握りしめると、ルティカに向かって咆哮を上げる。
「人の声がすると思って来てみれば――――てめぇ、それでも剣神か! てめぇも武器を手に執った人間ならば、最後まで前のめりになって死にやがれ!! 民を守るのが、力を持つ者の運命だ!! てめぇは戦士失格だ、ルティカ・オーギュストハイム!!」
起き上がるルティカ。それを庇うようにして立つ魔獣。
ルティカは魔獣の背を撫で宥めると、ハインラインへと顔を向けた。
「……何とでも言えば良い、エロジジイ。オレ様は、もう、あの化け物と戦うことはしない。だって、既にもう結果は分かっているからだ。剣聖も、剣神も、誰もあいつを倒すことはできはしねぇんだからよぉ……この世界はもう終わりだ。神サマとやらが人間の世を終わらせるために、あいつを地上に産み出したんだよ。きっとな」
「……チッ。ワシは戦うぞ。あやつを強くしてしまった失態は、この命に代えても取り返してみせる」
そう口にしてハインラインはコルネリアへと視線を向けた。
「おい、ヴィンセントの配下の娘。貴様の剣をワシに寄越せ」
「え? あ、はい!」
コルネリアは腰の剣を鞘ごとハインラインへと手渡す。
その剣を手に持つと、ハインラインは鞘に嚙みつき、口を使って鞘から剣を引き抜いた。
そしてペッと鞘を地面へ吐き捨てると、剣をまっすぐと構え、刀身へと視線を向ける。
「ふむ。見たところ、ミスリルで造られた剣か。刀の方が慣れてはおるが……まぁ、この際、両刃の剣も悪くはない。斬れるのなら何でも構わん」
「あ、あの、ハインライン様……まさか、そのお怪我で災厄級の魔物の元へと行かれるつもりですか? 左腕が無い状態では、危険です!」
「黙っとれ、小娘。満身創痍の状態こそ、血沸き肉躍るものじゃ。このワシを誰だと思っておる? ワシは、ハインライン・ロックベルト。最強の剣聖、アーノイック・ブルシュトロームの兄弟子である男じゃぞ!! あの怪物めは、このワシが絶対に―――ゲホッゲホッ!!」
「ハインライン様!?」
「……ゼェゼェ。チッ! 体力が元通りになったかと思ったら、まだ奴に与えられたダメージが残っておるとはな……!! 七面倒臭ぇ!! おい、小娘!! ワシに治癒魔法を使え!! てめぇ、さっきの話からして使えるんだろ!? 信仰系魔法がよぉ!!」
「う、腕の怪我は、私の信仰系魔法じゃどうしようも―――」
「んなことは分かっておる!! ダメージを回復させろと、ワシは言ったんじゃ!!」
「は、はいぃっ!! ただいま――」
「待ってください、我が師! 無茶をしてはいけません!!」
林の中から紫色の髪の男が姿を現す。彼はゼェゼェと荒く息を吐きながら、ハインラインへと詰め寄って行った。
「我が師! まずはアレフレッドを捜索し、一度王都に戻って、態勢を整えるべきです!! 今、オークと戦っても勝算は薄いと、私は考えます!!」
「【瞬閃脚】で撒いたかと思ったんじゃがのう、ちゃんと【縮地】でついてきおったのか、ロドリゲス」
「我が師! 大森林を出ましょう!! その左腕、適切な処理をしないと、出血多量になって大事になりますよ!?」
「ロドリゲスよ。剣聖と剣神、二人が交戦している今が好機なのじゃ。リトリシアとヴィンセントが奴に喰われれば、それこそあの化け物に一生勝てなくなるのは道理。この瞬間を逃せば、永遠に好機はやってこない。アーノイック亡き今、奴を倒せる存在がこの世から完全にいなくなるんじゃ。ワシが行かねばどうする」
「ですが……ですが……っ!! 今度奴と相対すれば、本当に……!!」
「泣くな、ロドリゲス。年寄りというものはどのみち、お前ら若者の先に死ぬものじゃ」
その後、森の中に、ロドリゲスの悲痛な叫び声が響き渡っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《リトリシア視点》
「なっ……なんですか、その、闘気、は……」
私は、目の前のオークから放たれる漆黒のオーラに、思わず身を硬直させてしまう。
漆黒の気配を漂わせ、周囲の草木を枯れさせるオーク。
その闇の中に浮かぶ紅い二つの目が―――ただただ……恐ろしかった。
この世に、こんな闘気を身に纏うことができる存在がいることが、理解できなかった。
この世界にある邪悪なもの全てを詰め込んだような、禍々しくおどろおどろしいオーラ。
その闘気の一端に触れた瞬間、心臓の鼓動が早く鳴り、もう一人の自分が「逃げろ」「逃げろ」と、激しく警鐘を鳴らしてくる。
アレは、人の勝てるものではない。アレは、神がこの世に遣わした災厄だ。
けっして人類が踏破することの叶わない、自然災害のようなものの一種。
そう、私の本能は告げていた。
「止まれ……止まれ、止まれ、止まれぇ……っ!!!!」
剣を持つ左手がガタガタと震えだす。私はそれを必死に、右手で押さえつける。
剣士は、相手に恐怖した時点で負けだ。どんな強者であろうとも、牙を剥いて立ち向かっていかなければならない。
私は、そう、父から教わった。だから――――――。
「――――――……私は、敗けるわけにはいかないんです!! 私は……私は、この国の剣聖なのだから!!!!」
五メートル先にいるオークに向かって高速で剣を左右に振り、ヒュンヒュンと多方面に斬撃を降り放つ。
剣を振り放つことで無数の斬撃を飛ばす、遠隔の攻撃に特化している剣技、【烈風裂波斬】。
剣を振るごとに、三日月の形をした斬撃が無数に折り重なり、オークへと向かって飛んでいく。
大量の斬撃が宙を飛び、それがオークに着弾すると同時に爆風が起こり、辺りに土煙が舞っていった。
「10、20、30――――40!!!!」
目にもとまらぬ速さで斬撃を放ちながら、私は放った斬撃の数を数え、叫んでいく。
その時。何故か私の頭の中に、過去の記憶が蘇っていった。
『……うぇっ! なんだよ、こいつ、死にかけの森妖精族エルフか!? くっせぇなぁ!』
道行く人々が、スラムの道端に倒れている幼い私に侮蔑の目を向けて、去って行く。
汚らしいと。見るに堪えないと。臭くて敵わないと。人々はそう言って私の前を通っていった。
悲しかった。だけど、涙は出なかった。だって、私の心はもう死んでいたから。
心を殺せば、どんな状況でも辛くなくなる。他人に見下されても、どうでも良く思える。
私は……無だ。道端に転がる、石ころなんだ。そう、思い込むようにしていた。
でも……死にたくなかった。生きたかった。まだ私は、この世界に存在していたかった。
『………ガキ、そこで、何をしていやがる』
いつの間にか、私を見下ろしている一人の男がいた。
熊のように大きな身体の、無精髭が生えた大男だ。
彼は光のない漆黒の目を私に向け、再度口を開く。
『……喋れねぇのか、お前』
『……』
『世の中のすべてに絶望したって顔をしていやがるな。こんなにガリガリにやせ細っちまいやがって。メシ、食ってねぇのか』
そう言って大男は深くため息を吐くと……突如、悲しそうに微笑みを浮かべた。
そして、私に向けて、その大きな掌を差し出してくる。
『俺と一緒に来るか?』
……その瞬間。ブワッと、瞳の奥から熱いものが込み上げ……大粒の涙が頬を伝っていくのが分かった。
さっきまで、上手く感情を殺しきっていたと思っていたのに。私は、道端の石ころだったはずなのに。
何故だか、止めどなく流れ落ちる涙の奔流を止めることができない。感情を、抑えることができない。
――――彼は、ゴミ同然の私を見つけ、手を、差し伸べてくれたのだ。
『あ……あぅ…あぁ……』
震える手を伸ばす。腕を上げるのも限界だったけれど、最後の力を振り絞って天へと手を伸ばす。
救いを求めるように、高く、高く、高く、手のひらを伸ばしていく。
そして、私は、その大きな指を……ギュッと、強く握りしめた。
『――――おっ、目覚めたか、クソガキ』
目が覚めると、ベッド脇にある椅子に、一人の大男が座っている姿が目に入って来た。
彼は新聞を畳むと、近くにあるテーブルから皿を手に取り、それを私の前に差し出してきた。
『食え。俺の特製料理だ。うめぇぞ』
『……』
彼が私の手に渡してきた皿の上。そこに乗っているもの、それは、ただ焼いただけの骨付き肉だった。
脂身が多そうなその肉は……衰弱しているこの身体には、結構、キツそうな代物だ。
私は彼に向けて首を横に振り、食べれないと言う意志を伝える。
すると大男はムッとした顔をして、その骨付き肉を私の口元に押し付けて来た。
『良いから、食え! てめぇ、このままメシ食わなかったら死ぬぞ! どれだけ自分が痩せているのか分かってねぇだろ!!』
『……』
グイグイと押し付けてくる。口元が肉汁でベトベトになるから、やめて欲しい。
でも、喋れないからその意志を伝えることができない。
『オラッ!! 大人しく食え!!』
『もがっ』
『おぉ、口の中に入ったな! ……って、ブハハハハハ! 面白い顔だな! 無表情なのにリスみてぇに頬が膨らんでるぞ!! ガハハハハハハハ!!』
『……』
非常に不愉快だ。勝手に口に突っ込んでおいて、勝手に笑われるなんて。
この人、滅茶苦茶すぎる。
『お? 怒ってんのか? 意外と表情が豊かな奴じゃねぇか、お前。名前はなんて言うんだ?』
名前……一応、お母さんから貰った名前はある。でも、今、それをこの人に伝えることはできない。
『……』
『あぁ、喋れねぇのか。呼び方が無いのは面倒だな……じゃあ、俺が適当に名前を付けるぞ。そうだな……』
チラリと、大男はテーブルの上にある花瓶を見つめる。そして、そこに挿してある一輪の花を手に取った。
『こいつは、リリィ……百合の花だ。花言葉は、「純潔」「無垢」「威厳」。奈落の掃き溜めという地獄の中で、必死に生きようと手を伸ばし、足掻き続けた、気高く威厳のあるお前のような少女にはぴったりの花なんじゃねぇかな。百合は、古代王国の言葉でリトリシアと言う。だから俺はこれからお前のことを――――リトリシアと、そう呼ぶことにするぜ』
そう言って彼は、大きな手で私の頭を撫でてくれた。
不思議と、悪い気持ちがしない。もっと撫でて欲しいとか、ちょっと思ってしまう。
『何だ? テメェ、何で頬を紅く染めていやがる?』
『……』
『まぁ、良い。なぁ、リトリシア。お前には気高き魂が宿っている。衰弱し、道端に横たわっているお前は、誰にどんな風に見下されようとも、その目はけっして曇らなかった。だからこれから先、その在り方を絶対に忘れるな。どんなに辛いことがあっても、地面に足を付けて立ち続けろ。そうすればいつか必ず、お前は幸せになれる』
初めての、お父さんとの出会い。初めての、男性に憧れを抱いた瞬間。
最強の英雄、アーノイック・ブルシュトロームの娘が、この世に誕生した瞬間だった。
『……えい!! えい!! そいやーっ!!』
剣を素振りしながら、私は大きく声を張り上げる。
あれから半年後。私は精神状態が回復し、無事、言葉を喋れるようになっていた。
父は、私が再び言葉を喋れるようになった時、すごく喜んでくれた。
ボロボロと大粒の涙を流し、私を抱きしめて「良かったな、良かったな」って、頭を撫でてくれた。
嬉しかったけど、お父さんは何処か私のことを赤ちゃんか何かだと思っている節がある。
洋服屋で新しいお洋服に袖を通した時は『可愛いでちゅねー、リトリシアちゃんはー』って言われて、思わず『……キッツ』って返してしまったこともあった。
外でおじさんが赤ちゃん言葉を使うのは、とにかく恥ずかしいからやめて欲しいところだ。
『……リトリシア、お前、なかなか剣のセンスがあるな。悪くない太刀筋になってきたじゃねぇか』
『本当? 私、お父さんに認められるような剣士になってる?』
『あぁ。なれてるぞー。俺の後を継いで次期剣聖になるのはお前かもしれねぇな、リティ』
そう言ってお父さんは私のことを肩に乗せ、肩車してきた。
私はその行為にむむっと口をへの字にさせて、不満を露わにする。
『お父さん! 私を抱っこするのなら、お姫様抱っこして!! 肩車はなんかやだ!!』
『あぁ? お前みたいな小さな身体の奴を、どうやってお姫様抱っこすれば良いんだよ? まだ10歳やそこらだろ、お前』
『いやなものはいやなの!! 私は立派なレディなの!!』
『プッ、ハハハハハ!! レディを名乗るんだったら、夜一人でトイレ行けないとか言って起こしてくんじゃねぇよ! 十年早ぇよ、クソガキが!』
『うぅぅぅ~~!! ば、馬鹿にしないでよ!! 私は将来、うーんと綺麗な美人さんになってみせるんだから!! 私のお母さん、すっごく美人だったんだよ!! 大きくなったらお父さんをメロメロにしちゃうくらい、簡単なんだから!!』
『ガッハッハッハ!! そうか!! なら、楽しみにしてるぜ、リティ!!』
ザザッと砂嵐が舞い――――場面が変わる。
『―――勝者、リトリシア・ブルシュトローム!!』
15歳になった私は、父の兄弟子であるハインライン殿の道場で100人斬りを達成していた。
私はこの時、既に剣神の座に就いていた。当時、王国始まって以来の天才児だと、周囲から持て囃されていたのを今でも覚えている。
『あ、あの! リトリシアさん! 僕、前から貴方のことが好きでした! ぼ、ぼぼぼ、僕と! 結婚を前提に、お、おおおおお付き合いをしてくださいませんか! お願いします!』
試合の後。道場の裏でハインライン殿の息子、クロード殿にそう告白された。
目の前にあるのは、震える手を差し伸べ、顔を真っ赤にしてお辞儀する青年の姿。
……彼は、とても良い人だ。
顔も性格も良いし、きっと、普通の同年代の女の子は二つ返事でこの告白をOKするのだと思う。
でも、私は……どうやら普通じゃないみたいだ。
だって、私は、子供のころから……父のことが好きだったからだ。
「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」
そう答えると、クロード殿は絶望した表情を見せた。
だけどすぐに明るく笑ってみせて「分かってました」と、そう口にした。
去って行く彼の背中を見送った後。私は思わず小さくため息を溢してしまった。
恋愛というものは、難しい。相手をどれだけ愛していても、その想いに答えてくれるとは限らないのだから。
私は、分かっていた。父は、最初から私を『娘』としか見ていなかったことが。
――――また場面が変わる。これは……私が、人生で一番、心の底から絶望した時の日のことだ。
『―――え? 師匠? 今、何て……言ったのです、か……?』
コーヒーの入ったカップを思わず床に落としてしまう。
そんな私の姿を見て、父は窓の前に置いた椅子に座りながら、ニコリと微笑を浮かべた。
『先月、医者に言われたんだよ。俺の命はもう長くないってな。もって一年、といったところらしい。翌年の冬、俺は病に伏して確実に死ぬ。……ずっと黙っていてすまなかったな、リティ』
『な……え? や、やめてくださいよ、師匠。冗談……ですよね?』
私がぎこちない笑みを見せると、お父さんは窓の外に広がる雪景色を眺め、静かに口を開いた。
『お前ももう26歳か。大人になれたお前の成長をこうして見守れることができて、俺は嬉しかったよ』
『し、師匠……?』
『今だからぶっちゃけるが……実は、奈落の掃き溜めでお前と出会ったあの時、俺は、あそこで自殺しようと思っていたんだ。自分の育ての親である師が、ある任務で、俺を庇って死んでしまってな。それ以来、自暴自棄になってしまっていた。酒を飲んでは暴れるわ、賭け事に手を出しては破産するわで……どうしようもないロクデナシだったよ、当時の俺は。でも、そんな時に』
最強の剣聖、偉大なる父は私に優しい笑みを向けると、再び口を開いた。
『そんな時に、お前と出会った。故郷で死のうとしていた俺の前に、必死に生きようとしていた幼いお前が、目の前に現れたんだ。お前は自分が救われたと言うのだろうが、それは違う。俺は……お前に救われたんだ。誰にも愛されず、怖がられるだけの孤独な俺が、家族というものを手に入れることができた。本当にお前との生活は楽しかったよ。俺は孤児だったから、子供の頃から暖かい家庭というものに憧れていてな。だから、一時でもお前の父親になれて、すごく、嬉しかった』
『……や、やめて、くださいよ……そんなこと、言わないで……』
『お前は……俺が父親で良かったか? リティ』
『良かったに決まってるじゃないですかっ!! 貴方以外の人に拾われても、私、絶対に幸せになんてなれなかった!! 貴方だから……私を拾ってくれたのがアーノイック・ブルシュトロームだから、私はまた喋れるようになって、笑えるようになったんです!! 私は、貴方が大好きなんです!! お父さん!!』
嗚咽を溢しながら泣きじゃくり、私は父の身体に目一杯抱き着く。
心を込めた愛の告白だったのだが―――お父さんにはそれが伝わっていなかった。
『そっか。俺もお前が大好きだよ、リティ。あぁ……良かった。これでもう、心置きなく旅立つことができそうだ。俺はちゃんと、お前の父親になれていたんだな』
『嫌だぁ……!! 私を一人にしないでくださいっ、お父さん、お父さんっっ……!!』
『リティ。俺が死んだ後、世界を見てくるんだ。そして……世界のどこかで愛する人を見つけろ。人は、一人では生きてはいけない生き物だ。俺は必ずお前よりも先に死ぬ。だから……俺が亡くなった後も、お前が誰かの傍で笑顔で笑っていられるように、家庭を築くと良い。子を成し、愛する人の傍で幸せに暮らすんだ』
それは、私にとっては残酷な願い、呪いだった。だって、私の好きな人は目の前にいるのだから。
私にとって、彼以外と家庭を築くなど、在り得ないことだ。
『残りの余命の一年間。一緒に楽しく暮らそう。な? リティ―――』
その後始まったのは、父と過ごす穏やかで暖かな蜜月の刻。
剣とは無縁の、二人の親子の、一幕だった。
第146話を読んでくださり、ありがとうございました。
思ったよりもリトリシアの回想が長くなってしまったので、オーク編を25日まで終わらせるために、2話投稿しようかなと考えております。
今日は……難しいかな? でも、頑張ります笑
書籍1巻、もう既に各書で販売が始まっているようです……!!
私が住んで居る宮城県にある、ゲーマーズ仙台店さまでは、何と、特設コーナーまで作っていただいているようです……!!
本当に嬉しいです!! みなさまのお手元に届く日を、今か今かと楽しみにしております!!




