第144話 元剣聖のメイドのおっさん、薬草探しに奔走する。
「後は、お前だけだな」
肩に箒を乗せ、俺は年老いた老ゴブリンへと不敵な笑みを浮かべる。
すると群れの親玉と思しきゴブリンは、目を見開き、大きく声を張り上げた。
「何だ……何だ、お前はぁッ!!!! は? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?!? 余の軍勢が、たった一人の、それも脆弱な人間の雌如きに滅ぼされた、だとぉッ!?!? な、何なんだ、これは!! 余は、幻でも見ているというのか!!」
「ん? お前、魔物の癖に人の言葉を喋れるのか? 変わった奴だな」
人語を喋れることに驚き、そう声を放つ。
するとゴブリンは杖をカンと鳴らし、こちらを鋭く睨み付けてきた。
「その不敬な態度を改めよ、人間!! 余は、ゴブリンの王にして、至高なる闇の君に産み出されし一柱、魔王種であるぞ!! 本来、貴様のような乳臭い雌が謁見できる存在ではないのじゃ!! 控えろ、愚かなる人間めが!!」
「魔王種……? あぁ、確か、大森林の奥には魔王と呼ばれる強い魔物がいるって、昔、ハインラインの奴から聞いたことがあるな。お前がそれなのか? へぇ、初めて見た。もしかして、巷で噂の災厄級ってお前のことなのかねぇ……? だったら肩透かしも良いところだな。お前、全然、強くなさそうだ」
「……き、貴様ぁぁぁッッ!!!!」
「ア、アアアア、アネットさん! あの魔物、めちゃくちゃ怒ってますよぉぉぉ!! そ、それと、【危険予知の加護】で視えたのですが……あ、あのゴブリンお爺ちゃん、相当なレベルの魔力を保有していますです……!! 察するに、上級魔術師クラス……いえ、特級魔術師クラスかと思われます……っっ!!」
そう口にすると、ミレーナはガクガクと身体を震わせ、ゴブリンの王を見つめる。
そんなミレーナに対して、老ゴブリンは再び杖の端を地面に叩きつけると、楽し気に笑い声を上げた。
「カッカッカッ! そこの小娘、魔力を視認できる魔眼を持っているようだな! 如何にも! 余は特級魔術師の力を持つ最強の魔術師である!! 余の力は、世界を破壊するもの!! 右手を振れば大地を焼き尽くし、左手を振れば、瞬時に大地を凍てつかせる!! 人間如きが持てぬ超常の力を、余はこの身に宿しておるのだ!! 頭を垂れよ!! カハハハハハ!!!!」
老ゴブリンは高らかに笑い声を上げると、空高く天へと杖を掲げる。
そして目を血走らせ、叫び声を上げた。
「この力を、とくと見よ!! ……燃やせ、燃やせ、燃やせ―――我が敵を飲み込み、喰らい、灰へと変えよ、貴様の餌はそこにある―――【インフェルノ・ファイアーボール】!!」
杖の先に小さな火球が浮かび上がる。その火球は、燃やせという言葉と共にどんどん大きくなっていき―――直径10メートル程の巨大な火球へと姿を変貌させていった。
その光景を見て、ミレーナはあわわわわと怯えた声を漏らし、叫んだ。
「や、やばいですぅぅぅぅぅ!! あ、あれ、多分、神話時代の魔法だと思いますよぉぉぉぉぉぉっ!! に、逃げましょう、アネットさん!! そ、それか、今すぐはおーけんを使ってくださいです!! そ、それしか、あの魔法を止める手段は―――」
「……」
俺は無言で、ゴブリンの頭上に浮かぶ火球を見つめる。
ゴゴゴゴと音を立て、辺りに強烈な熱気を放つアレは、確かに最上級魔法―特級魔法に相違ないだろう。
過去、ジェネディクトの奴が俺に対して使用した、特二級魔法【ライトニング・アロー】。
アレと、同等のレベルの……いや、それ以上の魔力が、あの火球には宿っていた。
確かに、自分で言うだけのことはあるな。魔術師としては段違いの実力を持っていやがる、このゴブリンジジイ。
生前含めて俺が今まで見て来た魔術師の中でも、あのゴブリンより強い魔力を持った者は見たことがない。
魔術師の最高峰、最強の魔法使いの姿が、そこにはあった。
「まぁ、とはいっても、この程度、問題にすらならないがな」
俺はミレーナを地面へと降ろす。そして、前に出ると―――箒を両手で持ち、斜め横にして構えた。
そんな俺に、ゴブリンの王はニヤリと笑みを浮かべる。
「カカッ! その見窄らしい箒を両手に持ったところで、いったい何ができると言うのだ? 余のこの魔法は、神級の炎の魔法! けっして、剣士如きにこの魔法の発動を止めることはでき―――」
「俺は本来、剛剣型なんでな。速剣型のように片手で剣を扱うのは苦手なんだ。だから、剣は……両手で持った方が強くなる」
俺は息を深く吸い、吐き出す。
そして、ゴブリンの頭上にある火球に目掛け、箒を肩から斜め下方までフルスイングしてみせた。
全力で振った、箒の一振り。
その瞬間、ドンと、大気が大きく揺れる音が聴こえてくる。
周囲にいたミレーナとゴブリンの王はその衝撃に耐え切れず、尻もちを付いてしまっていた。
「え……? え……?」
背後から、ミレーナの怯えた声が聞こえる。
俺は箒を肩に乗せると、空を仰ぎ見た。
「お掃除完了、といったところかな」
箒の一振り。それは、見えない風を呼び起こし、火球をかき消し、空に浮かぶ分厚い雲に穴を開け放ったのだった。
その光景に、ゴブリンは唖然とした様子で、俺の顔を見つめる。
「な……なっ、なん、な―――は? え?」
「これで、後はお前を掃除して終わりだ。父さんと母さんの思い出の地から出て行きやがれ、鼠野郎」
俺は地面を蹴り上げ、跳躍する。
そして、箒丸を横薙ぎに一閃し―――ゴブリンの王の首を、即座に刎ねていった。
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「……師匠の方は、もう終わったようだな。流石は師匠。個で軍を撃破するとは……やはりあの御方こそ、王国最強、いや、世界最強の名に相応しい御方」
そう口にして、グレイレウスは額から流れ落ちる血を拭い、目の前にいる敵を見据える。
身長5メートルはありそうな巨人、戦士職ゴブリンはそんな彼を見下ろすと、石斧を肩に乗せ、馬鹿にしたように下卑た笑みを浮かべた。
その姿にフンと鼻を鳴らすと、グレイレウスは刀を両手に持ち、構える。
「クスクス……手、貸してあげようかしら? マフラーくん?」
その声がしてきた方向にグレイレウスが視線を向けると、そこには、既に戦士職ゴブリンを倒しているジェネディクトの姿があった。
ジェネディクトは横たわった戦士職ゴブリンの腹の上に足を組んで座り、見物と言った様子でグレイレウスを見つめている。
そして彼はクスクスと一頻り笑みを溢すと、再度、口を開いた。
「このゴブリン、実力にして剣王クラスだと思われるわ。貴方には荷が重い相手なんじゃないかしらねぇ」
「黙っていろ。そんなことくらいは、未熟なオレでも理解はしている」
ゴブリンは石斧を高く振り上げ、グレイレウスの脳天目掛け振り降ろす。
その斧を寸前で躱し、グレイレウスはすぐに間合いを取った。
ギリギリの攻防。見たところ、唐竹を使用してきたことからして、このゴブリンはどう見ても剛剣型だった。
元来、速剣型は、剛剣型には強く出ることができるはず。
剛剣型は、威力の高い一撃を放つことに特化しており、隙が多いのが弱点だからだ。
だが、グレイレウスは思うように攻撃に転じることができなかった。
何故なら―――このゴブリンは、剛剣型だというのに、グレイレウスよりも上の反応速度と速さを持っていたからだ。
「チッ! 巨体の癖に、速いとはな……!!」
外した石斧を即座に持ち上げ、ゴブリンは横薙ぎに振り放つ。
それを屈むことで回避するが、その隙を狙い、身体に目掛け、ゴブリンの強烈な蹴りを放たれる。
その攻撃を避けることができずに、グレイレウスは後方へと吹き飛ばされてしまった。
「クスクス……無理ね。今の貴方じゃ、この魔物を倒すことは出来ないわぁ。圧倒的に技術が不足している貴方では、剣王の壁を乗り越えることはできない」
膝を付きながら、グレイレウスはゲホゲホッと、地面に血を吐き出す。
だが彼は即座に立ち上がり、刀を構えた。
「黙っていろと言ったはずだ、迅雷剣! オレは、どんな無理難題であろうとも踏破してみせる!! オレの名は、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス!! 偉大なるアネット師匠の弟子にして、いずれ剣神になる男だ!! この程度の壁、乗り越えられなくて何になる!! ロザレナの奴は、絶対的な力の差のあるシュゼットという壁を乗り越えて見せた!! ならば、オレも、この壁を乗り越えてみせるのみだ!!!!」
マフラーを靡かせ、そう咆哮を上げるグレイレウス。
そんな彼の姿をジッと見つめると……ジェネディクトは静かに口を開いた。
「……重心を、常に移動する方向へと傾けることを意識しなさい。【縮地】は、つま先立ちで地面を軽く蹴り上げることで発動する歩法。3センチ。この高さで跳ぶことを頭に叩き入れなさい」
「何……?」
「ほら、次の攻撃が来ているわよ。よそ見していたら首が吹き飛ぶわ」
グレイレウスは前を向く。そして、向かってくる石斧を再び寸前で躱した。
「マフラーくん。貴方、剣の動きばかりに目を向けているわね?」
「ハァハァ……それがどうした?」
「良い? 剣ではなく、相手の身体の動きをつぶさに観察しなさい。生物の動作というものは、意外と単調なものなのよ。どう動かせば、どう剣を振ることができるのか。その動きさえ理解していれば―――相手の剣の型を予知し、事前に見切ることが可能になるわ」
「動き、か」
「ええ。貴方、剣の修練を今まで何度もやってきたのでしょう? だったら、その動きも、何となく理解しているのではないのかしら?」
「……」
グレイレウスは、ゴブリンの腕の動き、足の動きをつぶさに観察する。
足が前へと踏み込んだのを見た、その時。彼は『唐竹』が来ることを理解し、即座に身体を横に逸らした。
その瞬間。彼が居た真横に石斧が振り降ろされる。上段からの振り降ろし、それは唐竹だった。
攻撃を予知されたその光景に瞠目して驚くゴブリン。だがゴブリンはすぐに態勢を整える。
そして、連続して、石斧の連撃を放って行った。
しかし、その連撃を、グレイレウスは最小限の動きで全て躱してみせた。
彼の目の先にあるのは、石斧ではなく、ゴブリンの足元だけだった。
「それで良いわ。まったく、私自身があの子にやられた見切りを、あの子の弟子に教えるだなんてね……酷い話」
そう口にしてジェネディクトは大きくため息を溢す。
そして、続けてグレイレウスに声を放った。
「次は、さっき言った【縮地】の動きの実践よ。重心を移動する先へと傾け、つま先立ちで常に3センチ間隔で跳ぶ。そして、今の見切りを織り交ぜて―――動いてみなさい」
「グルルルァァァァァァァァ!!!!!」
攻撃が当たらないことに発狂したゴブリンが、石斧を全力で横薙ぎにスイングしてくる。
だが、グレイレウスは恐れずに前へと跳躍した。
斧が彼の身体に当たる寸前、グレイレウスの姿は掻き消える。
次に現れたのは、ゴブリンの斧の上だった。
そして再度つま先立ちで跳躍し、姿をかき消す。
ゴブリンは斧を完全に横に振った後、姿を消したグレイレウスを探して、キョロキョロと辺りを見回した。
「ここだ」
グレイレウスはゴブリンの肩の上に乗り、二つの刀を逆手に構える。
そして、回転し、そのまま―――ゴブリンの首を、切断してみせたのだった。
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「……さて、無事、鼠の掃除も終えたことですし……さっそくラパナ草を探すとしましょうか。ミレーナさん、この本に載っている、この薬草なのですが、手分けして一緒に探し―――ミレーナさん?」
鞄から本を取り出した、その時。背後から、ミレーナのすすり泣く声が聴こえて来た。
何事かと後ろに顔を向けると、そこには、両手を地面に付けて四つん這いになっているミレーナの姿があった。
彼女はボロボロと涙を流しながら、こちらに顔を向けてくる。
「もう……もう、たくさんですぅぅ!! アネットさんたちと一緒に冒険してから、ミレーナ、酷い目にしか遭ってないですよぉうぅぅ!!!! 何でうちがこんな目に遭わなきゃならないんですかっ!! 帰ったらもう二度と、貴方たちには関わりません!! 絶対にです!!」
「いや、ミレーナさん、忘れているようですが、貴方……私と同じ学校の生徒なんですよ? 帰ったら、学校で顔を合わせることもあるかと思うのですが……」
「はわっ!? そ、そうでした……この化け物メイド、後輩なのでした……。うぅぅ、もう、嫌ですぅ~逃げ場がないですぅ~~」
「もう、そんなこと言わずに手伝ってください。よいしょっと」
俺はミレーナに近付き、再び脇に抱える。するとミレーナは案の定、暴れ始めた。
「ぎゃーっ! またこの抱え方ですかぁ!! 何でサングラスの人と良い、貴方と良い、ミレーナを荷物のように持つのですかぁ!! せめて壊れ物を扱うかのようにお姫様抱っこして欲しいですぅぅぅ!!!!!」
「さて。この本によると、『ラパナ草』は、孤月の丘の木陰に生息しているらしいんですよ。ですが、この辺に木はあまり生えていませんね……。ゴブリンたちが伐採したのでしょうか?」
「む、無視ですか……まぁ良いです。あのですね、日陰を好む植物は、西日を嫌う傾向があるんですよ。ですから、東の方を重点的に見てみるのが良いですよぉう」
「なるほど。では、東の方角に生えている草を調べてみるとしましょうか。ありがとうございます、ミレーナさん」
「べ、別に……うちはすぐ帰りたいだけですから……」
そう言って唇を尖らせるミレーナに微笑を浮かべた後、俺は鞄から方位磁石を取り出し、方角を確認する。
そして、左脇にミレーナを抱えながら、東の方へと足を進めて行った。
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「……剣聖殿、アレが……災厄級の魔物、かね?」
「はい」
リトリシアとヴィンセントは、目の前に現れたオークに対して腰の剣に手を当て、構える。
オークは着地の態勢から立ち上がると、そんな彼らに対してフフフと不気味な笑い声を上げた。
その身から漂う邪悪な気配に、ヴィンセントは兜越しにゴクリと唾を飲み込む。
「剣聖殿、あの魔物、どう見ても剣神クラスでは無さそうだぞ? 察するに、剣聖クラス……信じられないくらいに強い闘気を身に纏っているように感じられるが?」
「……私も、今、驚いています。以前遭遇した時とは、闘気の質がまったく違いますから。まるで別人のように……能力がけた違いに跳ね上がっています」
そう言ってリトリシアは戦闘態勢を取りながら、ギリッと奥歯を噛み、声を張り上げた。
「【暴食の王】!! 貴方、相当な実力の剣士を喰べましたね!! いったい誰を喰べたのですか!! 答えなさい!!!!」
「フッフッフッ。我が喰らったのは、この背中にある剣の持ち主だ」
そう口にして、オークは青い刀剣を背中から取り出し―――『蒼焔剣』をリトリシアへと見せつける。
その剣を目にしたリトリシアは、目を見開き、思わず呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
「ぇ……? ハインライン殿……?」
「おや、動揺しているようだな? 殺し屋稼業の【剣聖】にとって、感情とは余計なもの……なのではなかったのかな? 森妖精族よ」
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
リトリシアは瞳に涙を溜め、オークへと飛び掛かる。
そんな彼女に、ヴィンセントは叫び声を上げた。
「ま、待ちたまえッ! 剣聖殿ッッ!!」
「よくも、よくも、私の数少ない家族を!! 許さない!! 絶対に、許さない!! ―――【閃光剣】!!!!!!」
リトリシアは、オークに目掛け、神速の抜刀剣、【閃光剣】を放つ。
この剣は、世界最速の太刀。過去、先代剣聖のアーノイック以外に、誰も止めることができた者はいない。
何者であろうとも瞬きの一瞬に首が斬り裂かれる、世界最高峰の剣技。
一瞬で人の首を刎ねることができるから、最強の剣。
彼女が剣聖に到達することができたのは、この剣技のおかげであった。
だが、その神速の剣は――――――オークの首に届くことは、なく。
災厄級の魔物【暴食の王】の手によって、握られ、簡単に止められてしまっていたのだった。
「なっ―――え……? 嘘、ですよね……?」
「造作も無い」
オークは剣を握りしめると……バキッと、先端を折ってみせた。
その剣は、世界最硬石のフレイダイヤで造られたもの。
フレイダイヤを破壊できる者など、歴史上、先代剣聖のアーノイックしかいなかった。
その光景を見て、リトリシアは硬直し、呆けたように固まってしまった。
「う、嘘……なに、これ……?」
「剣聖殿!!」
ヴィンセントが大きく声を張り上げた、その瞬間。
オークの強烈な拳が、リトリシアの腹に目掛け放たれる。
その拳の絶大な威力にリトリシアは吹き飛ばされ、奥にある大木に叩きつけられてしまうのであった。
第144話を読んでくださって、ありがとうございました!
あと5日で1巻、発売しますよ!!!!
うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 緊張しますーーーー!!!!!!!
発売までにオークを倒したい!! オーク編終わらせたいです!!!!
気合いを入れます!!
アネットとオークの戦い、盛り上げていきますので、また次回も読んでくださると嬉しいです!!




