第142話 元剣聖のメイドのおっさん、暴れる。
「―――クソッ! あのオークの魔王種め! まさか我らに反旗を翻すとは、思いもしなかったぞ!!」
半壊した屋敷の中。一匹の老ゴブリンはそう口にして手に持っていた杖を地面に叩きつける。
そして、目の前で膝を付く二体のゴブリンに向けて、大きく声を張り上げた。
「良いか、戦士種たちよ! 断じて、この第6界域から先に、あのオーク・ロードを侵入させてはならぬぞ!! ナーガ・ロードが殺された今となっては、我らが魔族を守る要!! ここで彼奴めを必ず殺してみせるのじゃ!! ゴブリン・ロードたる余こそが、この大森林を統べる真の魔王であることを知らしめてやる!!」
「グギャギャギャッッ!!」「クカカカクギャッッ!!!」
ゴブリンたちは、自身の王に向けて喝采を送る。
そんな配下たちの姿に、ゴブリンの王が満面の笑みを浮かべた―――その時だった。
「アギャギャギャ!!!!」
外から、血相を搔いた様子の一匹のゴブリンが王の元へと駆け寄って来た。
そんなゴブリンに対して、王は不思議そうに首を傾げる。
「む? そんなに慌ててどうしたのじゃ、普通種よ」
「グ、グギャウギャギャァ!!!!!」
「な、何!? 第5界域内に、人間の一団が現れただと!? そいつらに―――監視隊が殲滅された!? それは誠か!! 普通種よ!!」
「アググゥ……」
「冒険者たちか!? この状況下で大森林に来るとは、何とも酔狂な奴らよ……!! まぁ、良い!! 戦士種!! 脆弱な人間どもの相手などせずに、この地の防衛に努めよ!! 何人たりとも、我らの居城である第6界域へと足を踏み込ませるな!! 良いな!!」
「ウゥゥ……」
低い唸り声を上げ、戦士種と呼ばれた巨体のゴブリンはノシノシと足音を立て、屋敷の外へと出て行く。
その光景に、ゴブリンの王はニコリと、邪悪な笑みを浮かべるのであった―――。
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「――――まぁ、ざっとこんなものかしらねぇ。王女さま、怪我はないかしら?」
辺りに広がる数十体のゴブリンの死体を前にして、ジェネディクトは大きくため息を溢す。
そんな彼に対して、エステルは微笑を浮かべ、言葉を返した。
「大丈夫だよ。にしても……君たちは本当にすごいね。あんなに居たゴブリンたちを、一瞬にして倒してしまうだなんて。惚れ惚れするような剣の腕だったよ」
「クスクス……あんな雑魚どもの掃除に、私とアネット・イークウェスが剣を振るうのは、些か過剰な戦力だったとは思うけどねぇ。でも、そこのマフラーくんには荷が重い数だったから、仕方ないかしら」
「何だと、貴様」
グレイレウスはピクリと不快気に眉を動かし、ジェネディクトを睨み付ける。
ジェネディクトはその眼光を真っ向から受け止めて、口を開いた。
「まともに【縮地】すら使えないような剣士が、よく彼女の弟子だなんて名乗れるわねぇ。貴方、見たところ速剣型の剣士のようだけれど……色々と動きがお粗末なのよ。さっきのような低級の魔物、ゴブリン相手には苦戦することもないのでしょうけど、そのうち、必ず壁にブチ当たることになるわ。貴方の剣はただの我流のセンス任せにすぎない。技術と経験が圧倒的に不足しているのが目に見えて分かる」
……ジェネディクトのその言葉は確かに正論だ。
教師の言葉を無視してずっと我流でやってきたグレイレウスは、剣の技術と経験値が足りていない。
だが、基本的にグレイレウスは俺以外の言葉を聞き入れることをしないだろう。
きっと、奴のその指摘に、この馬鹿弟子は怒る狂うに決まって―――。
「…………確かに、オレが未熟なのは事実だ。オレのような不出来な剣士は、師匠の弟子たる資格はないのだろう。だが……オレは、オレのことを弟子として認め、信じてくださった師に報いるためにも、必ずこの御方の相応しい弟子になってみせる。技術と経験の不足、か。貴様の言葉、オレの成長のためにも、深く心に留めておこう」
そう言ってグレイレウスは鞘に刀を仕舞うと、クルリと踵を返し、俺の元へと戻って来る。
ポカンと呆けた表情を浮かべている俺に、グレイレウスは不思議そうな顔をして言葉を発した。
「師匠? どうかなされたのですか?」
「い、いや、お前……よく、怒らなかったな? てっきり、ジェネディクトに『貴様にオレの何が分かる!』って怒鳴るものかと思ったのだが……」
「オレが未熟なのは事実ですから。それと、この旅を通して、改めて考えてみたのです。オレに足りないものが何なのかを」
「足りないもの?」
「はい。まず必要なのは、冷静に思考することではないかと思いまして。思い返してみればオレは、物事に対してすぐに怒ってばかりでした。師匠を侮辱されたことに怒り狂い、ルティカにぶっ飛ばされたこと、ジェネディクトの闘気を向けた結果、膝を付かせられたことなど―――感情を優先にし、考えなしに強者に飛び込みすぎでした。これでは、ただの猪突猛進な猪です」
……驚いたな。グレイレウスの奴、自分で自分を見つめ直し、短所を発見したのか。
自分のダメなところを探して治すというのは、なかなかできることではない。
この旅を通じて、こいつも成長しているんだな……おじちゃん、こういう若者が成長する姿には目がウルウルになってしまいます。歳かもしれません。この身体の年齢、ピッチピッチの16歳なんだけど。
「? 師匠? 瞳が潤んでいますが……どうかなさいましたか?」
「い、いや。何でもない。それよりも、グレイ。速剣型の剣士として上を目指すのならば、あの男は良い見本になると思うぜ?」
そう言って俺はエステルと会話しているジェネディクトへと視線を向ける。
そして再び、グレイレウスへと顔を向けた。
「あの男は、王国最強の魔法剣士ではあるが……元々は、速剣型で名を馳せていた聖騎士だった。肉体を強化する補助魔法で極限まで自身の速度を上げ、雷属性の魔法石が装着された三日月剣で、光のような速度で相手を切り刻む。速さというものを極めた男―――それが、【迅雷剣】ジェネディクト・バルトシュタインだ」
「……速剣型の極致、のような存在ですか?」
「あぁ、その通りだ。まぁ、剣の速さで言えばリトリシアの方が上かもしれないが、肉体的な速さで言えば、あいつの右に出る者はいない。どちらかというと剛剣型である俺の動きを見て学ぶよりも、百倍、勉強になると思うぜ」
「相手の動きを盗むのも、剣士としての成長に繋がる……以前までのオレだったら、他人の動きを真似るなど、恥ずべき行いだと考えていたのでしょうが……今は違います。自身の成長ためならば、貪欲にならなければならないのが現状ですから。強くなるためならば、何だってやってやりますよ」
「その意気だ。欲しいものを本気で手に入れたいのなら、余計なプライドなんて捨てちまえ」
「はい!」
グレイレウスは元気よく返事をして、笑みを浮かべる。
俺はそんな奴の頭を背伸びして撫でた後、エステルへと声を掛けた。
「エステルさん、休憩は終わりにして、さっそく行くとしましょうか」
「うん、そうだね。目指すは第6界域『孤月の丘』。さっそく行くとしよう。ミレーナさん、先行、お願いできるかな?」
「うぅぅぅ……結局戦闘中、誰もうちを守ってくれませんでした……もう嫌ですぅ、このパーティ~!!」
悲痛な叫び声を上げながらも、ミレーナは先行して歩みを進めて行く。
そうして俺たちは、草原を歩き、次の界域へと向かって進んで行くのだった。
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「はぁはぁ……くそっ!! 何であいつ、私たちのことを追って来れるのだ!!」
森の中を、ハンラインを背負ったロドリゲスが疾走していく。
彼は額に玉のような汗を浮かべながら、背後に視線を向け、ギリッと歯を噛み締めた。
「まだ、姿が見えない程に距離はあるが……完全に、私たちの後を追ってきている!! 何故だ!! 何故、そんな遠距離からこちらを追って来れる!! 足跡も残らないように気を付けて走っているというのに!!」
「……恐らくは、匂い、じゃな。オークは鼻が利く魔物じゃ。一度相対したワシの匂いを覚え、後を追って来ているのであろう」
「ゼェゼェッ!! ど、どうすれば良いのでしょうか、我が師!! いずれは体力も限界を迎え、【縮地】も使用できなくなります!! そうなった場合、背後から猛追してくるあのオークに追いつかれてしまうのは必至な状況になるかと……!!」
「――――――剣を借りるぞ、ロドリゲス」
「え?」
ハインラインは背中におぶさりながら、ロドリゲスの腰にあるサーベル剣を引き抜く。
その行動に、ロドリゲスは思わず足を止め、驚きの声を上げた。
「な、何をなさるつもりですか、我が師!! ま、まさか、ここで一人残ってあのオークと戦うなどと言うつもりじゃ―――」
「馬鹿もん。今のワシが挑んだところで、むざむざと死ぬだけじゃ。そんな無謀なことはせんよ」
「だったら、何故、剣を!?」
「……生きていれば、必ずあの怪物を倒せる日が来る。そう信じて、ワシは、ここで―――己の左腕を斬り捨てる」
「え……?」
一切の迷いなく、ハインラインは、自身の左腕を剣によって斬り捨てた。
ボトッと落ちるハインラインの左腕。
その光景を、苦悶の表情を浮かべながら見つめると、ハインラインはロドリゲスに声を掛けた。
「包帯替わりに服を破いて寄越せ、ロドリゲス。気休め程度に止血をしたら、ワシを背負って全力でこの場から離れろ。直に、この腕の匂いにつれられて、オークの奴めがやってくるぞ」
「マ、我が師!! う、腕が……腕が!!!!」
「早くしろ!!!! ワシのこの選択を無駄にしたいのか!!!!!!」
怒声を上げるハインライン。その言葉にビクリと肩を震わせると、ロドリゲスは自身の上着を破り、それを包帯のようにしてハインラインの左腕の切断面に撒きつけていった。
そして一頻り巻き終えると、師を背中に乗せ、ロドリゲスは【縮地】を使用してその場を離れる。
涙で顔をグシャグシャにしながら、ロドリゲスは、森の中を駆け抜けて行った。
「――――――天晴だ、老剣士。貴様は、本当に素晴らしい。気高き覚悟と強さを持っている。やはり、武人としては、貴様を殺すには惜しい存在かもしれないな」
地面に落ちているハインラインの左腕を見つめ、オークはクククと嗤い声をあげる。
そして、その腕を拾いあげると、大きく口を開き―――ムシャムシャと、食べていった。
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ついに、第6界域『孤月の丘』の前へと辿り着いた。
丘には一面緑色の草原が広がっており、奥には、湖畔から確認できたオフィアーヌ家の別荘が見える。
まぁ、そこまでは別に良い。この丘の上がそういう地形になっていたことは、下から見て理解できていたからだ。
だが……目の前にいる、この大量のゴブリンたちは……何なんだ?
何故、孤月の丘を守る形で、ゴブリンたちが群れをなしてこちらを待ち構えているんだ……?
その光景を見つめ驚いていると、ドシンドシンと足音を立てて、3メートルはありそうな二体の巨体のゴブリンが群れの前へとやってきた。
巨体ゴブリンたちは手に持っていた巨大な石斧をブンと一回転させると、地面へと置き、フンと鼻息を鳴らす。
明らかに、ここから先への侵入を拒んでいる様子だ。
『ラパナ草』は目と鼻の先にあるっていうのに、面倒くさいな……全員ぶっ飛ばしてやるか?
俺は箒を構え、二体のゴブリンを睨み付ける。
だが、そんな俺を庇うようにして、グレイレウスとジェネディクトが前へと出た。
そしてグレイレウスはこちらに視線を向けると、声を掛けてくる。
「先に行ってください、師匠! この二体の相手はオレにお任せを!」
「クスクス……見たところ、このゴブリン、相当強いわよ。貴方程度じゃ相手にならないかもしれないわねぇ」
「笑止。どんな強者であろうとも、師の道を阻むのならば乗り越えるのみ。さぁ、師匠! ラパナ草を取りに、行ってください!」
……確かに、今、優先すべきことは、何よりも早くラパナ草を入手することだ。
少し、グレイレウスが心配ではあるが……あいつの意志を汲み取り、ここは任せるとするか。
剣士として成長するには、修羅場を潜らなければならないのは必至、だからな。
「……分かりました。ここは、お二人にお任せ致します」
俺はクルリと背後を振り返る。
そこには、エステルとミレーナの姿があった。
ミレーナはエステルの背中に隠れ、ガタガタと身体を震わせ、目の前のゴブリンたちに恐怖の声を漏らす。
「うぅぅぅ……な、何ですか、あのゴブリンの群れはぁ……!! 異常ですぅ!! 通常のゴブリンの群れは、10~20体程が普通なのに……ひゃ、百匹近くいますよぉう!! お、恐ろしいですぅぅぅ!! ミレーナはとっても可愛いから、ゴブリンに捕まったら、えっちなことされてしまうですぅぅぅ!!!!」
あからさまに怯えるミレーナ。俺はそんな彼女に対して、疑問の声を掛けた。
「ミレーナさん、確か貴方は魔法薬学部に所属していて、薬草に関して知識が深いのですよね?」
「え? ま、まぁ、それなりに、知識はありますが……」
「良かった。なら、一緒に来てもらえますか?」
「は?」
「失礼致します」
俺はミレーナを脇に抱え、持ち上げる。小柄な体格のため、とても持ち運びがしやすい。
「ちょっ、な、何してるんですかぁぁぁ!?!? お、降ろしてください!! うち、一緒に行くだなんて一言も―――!!」
「では、行ってまいります。エステルさん、グレイのこと頼みますね」
「うん、分かったよ。気を付けてね、アネットさん」
「はい」
俺はそう言って頷いた後、改めてゴブリンたちの群れに視線を向ける。
そして、ニヤリと笑みを浮かべると……右手に箒を持ち、左手にミレーナを抱えて、空へと高く跳躍した。
「ぴぎゃあああああああああああああ!!!!! 高いいいいいいっっ!!!! 嫌ですぅぅぅぅ!!! な、何で!! 何でいつもうち、こんな目にぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
「【覇王剣・零】」
片手で箒丸を上段に構え、振り降ろす。
そして、通常の【覇王剣】よりも威力が控えめの【覇王剣・零】を発動させる。
控えめといっても、【覇王剣】。ゴブリンの群れを崩壊させることなど、容易いこと。
上段に振り降ろした剣はとてつもない衝撃波と共に、目の前のゴブリンたちを、風景を、一瞬にして吹き飛ばしていくのだった。
第142話を読んでくださって、ありがとうございました。
今日から一週間後、ついに、剣聖メイド第1巻が発売致します!
長きにわたり、この作品を支えてくださった読者の皆様方、本当にありがとうございました!!
1巻を、楽しみにして待っていただけると幸いです!!




