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第138話 元剣聖のメイドのおっさん、知らない間に弟子に祈りを捧げられる。


「あっ、やば……!! 急に背後を取られたから思わずぶっ飛ばしてしまった……ご、ごめんなさい、大丈夫ですか、貴方!!」


 俺は急いで槍のような石柱に駆け寄り、吹き飛ばされた少女の元へと向かって行く。


 すると少女は、髪を乱しながらボロボロな姿で立ち上がり―――ゼェゼェと荒く息を吐きながら、長い前髪の奥からこちらを睨み付けて来た。


「―――な、何!? 何だ、お前っ!! い、今、このアタシを……箒で!? は……はぁぁぁぁぁぁぁ!?!? あ、あり得ないだろ!! お前!! このアタシが誰だか分ってんのか!!」


「……? どなたかは存じ上げませんが……お身体の方、大丈夫でしょうか? 激しく身体を殴打されましたので、あまり無理はなされない方がよろしいかと……」


「……………殺す!! たかがメイド、それも称号持ちですらない奴にこのアタシが膝を付かされたなんて、誰かに知られたら……人生最大の恥だわ!! ここでお前の口を封じるためにも、絶対に殺してやる!!!!!」


 少女は湾曲した鎌を頭上へと放り投げると、クルクルと回転させ、再びキャッチする。


 そして腰を屈めると――顔の前で腕をクロスし、両手に持った鎌を逆手に構えた。


「お前程度に、全力は出さないわ!! だけど、さっきみたいに油断したりはしない!! 隙など見せずに、目にもとまらぬ速度でお前を圧倒してやる!! もう――――あんたがここで終わることは確定よぉッ!! キャハハハハハハハハッッ!!」


 少女はクロスしていた腕を左右に振り、空中に鎌を飛ばす。


 そして、地面を蹴り上げると、黒い残像を残しながら物凄い勢いで俺の周囲を駆け始めるのだった。


「木々の合間を蹴り上げ、音もなく完全に気配を断ったか……暗殺者が得意とする歩法【暗歩】だな」


 見たところ、この少女、俺よりも二つか三つ下くらいの歳に見える。


 その若さで【暗歩】を習得するとは……末恐ろしいな。恐らくは、天才と呼ばれるタイプだろう。


 思わず箒でぶっ飛ばしてしまったが、この少女に実力の一端を見せてしまったのは、失策だったかもしれないな。


「キャハッ!!」


 またしても、林の中から鎌が二つ、投擲される。


 空中を舞う四つの鎌は、クルクルと回転しながら――――俺の首目掛けて、四方から襲い掛かってきた。


 俺はその光景を見て、ふぅと短く息を吐く。


 そして、静かに口を開いた。


「―――とはいえ、正直、そこまでの実力者ではないと思えるな」


 誰も見ていないし、このレベルの剣士だったらここで倒してしまったところで……支障はないかな。


 俺は地面を蹴り上げ、上空と跳躍する。


 下方に視線を向けると、「キン」と四つの鎌がぶつかり、地面へと落ちていく姿が確認できた。


 その姿を見届けた後、俺は空中の上で回転しながら地面へと着地し、再び地を蹴り上げ、【瞬閃脚】を発動させる。


 そして、林の中にいる少女の眼前へと一瞬にして間合いを詰めていった。


「は……? はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」


 目を見開き、まぬけな表情を浮かべる少女。俺はそんな彼女に対して首を傾げ、声を掛けた。


「あの、どこの誰かは存じ上げませんが……ごめんなさい。急いでいるので、ここで失礼致します」


「な……なななな、何でぇぇぇぇ!?!?!?!? お、お前、な、何で、アタシの目の前に―――」


 俺は最後まで言葉を言い終える前に少女の腹に拳を入れ、即座に意識を失わせる。


 カハッと掠れた息を吐くと、少女は目を閉じ、力なく地面へと横たわった。


 白目を剥いて横たわる少女を見下ろし、俺は腰に手を当て、大きくため息を吐く。


「はぁ……。何だかよく分からないが……見知らぬ少女に手を上げてしまったぞ。ちょっと、罪悪感があるな……」


 少し実力を見せてしまったのも、気にかかる点だ。


 とはいっても、こいつ、俺の名前すら知らないだろうし……剣士としてそれなりの腕があるんだったら、メイドに敗けたなんて誰にも言わないだろうし……ま、まぁ、一先ず、大丈夫かな?


「察するに、実力は剣王クラスかな? この女」


 全力は出さないと言っていたから、奥の手があったのだろうが―――まっ、今更どうでもいい話か。


 今の俺の目的は『ラパナ草』のみ。それ以外は正直、どうでもいい。


「――――アネットさーん、どこだーい? もうすぐ崖の麓に降りるよー!!」


 後方の方から、エステルの声が聴こえて来た。


 俺は「はーい」と大きく返事をして、チラリと、倒れ伏す少女に視線を向ける。


「本当にごめんなさい、見ず知らずの剣士さん。貴方は見たところ才能がありますから……これからも頑張ってくださいね」


 そう言葉を掛け、俺は踵を返し、崖の麓へと戻って行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ハァハァハァ……」


 ルティカはダラダラと流れる喉元を押さえ、地面に膝を付きながら、焦燥した様子で目の前のオークを睨み付ける。


 そんなルティカに対して、オークは不気味な笑みを浮かべ、見下ろした。


「クククッ、やるな、鉱山族(ドワーフ)。まさか、首を噛まれたというのに、落下する瞬間にこの我の腹にハンマーを放ってくるとは……その胆力、少し見直したぞ」


「ガハッ、デ、デメ゛ェ……ッ!!!! よ゛、よ゛ぐも、オレ様の喉を……ッ!!!!」


「クククククッ、なかなかに美味であったぞ? 一部ではあるが……貴様の肉、確かに我が喰わせてもらった。ふむ……少々試してみるとするか。こういう感じか? ――――【旋風剣】」


 オークが剣を横薙ぎに振ると、突如突風が巻き起こり――ルティカは後方へと吹き飛ばされてしまった。


 五メートル程の距離で飛ばされた後、ルティカは起き上がり、オークへと信じられないものを見るかのような目を向ける。


「なっ―――!! な゛、な゛んでテメェがその技を使えるんだ!!!! その剣は、重量のある武具と、常人離れした筋力を持った者だけが使える絶技だぞ!! そんな、お前の持っているボロボロの剣で使える技じゃ、けっして―――」


「我は、喰らった者の持つ能力を己の糧へと昇華し、完璧に扱うことができる。貴様の剣技、【旋風剣】を習得して理解したが……この技は、重量のある武具や筋力のおかげで発動できる技ではなさそうだぞ? どうやらお前は、自身の得意とするこの剣技の発動原理すら理解せずに使用していたみたいだな。クククククッ……」


「な、何を言ってやがる!! そ、そんな訳が……その剣は、世界でも、オレ様しか発動できない剣のはずなんだ……ふ、ふざけたこと言ってんじゃねぇ!! 猪頭!!」


「……くだらぬ。どうやら貴様は類まれぬセンスだけで武芸を使っていた、半人前にすぎなかったようだな。少しは頭を使って戦って見たらどうだ? まぁ……お前はここで我に喰われるのだから、その失敗を悔やむこともできぬのだがな」


 オークは歩みを進めて、ルティカの元へと歩いて行く。


 その光景を、震えながら見つめるルティカ。


「お゛、お゛い……や、やめろ……く、来るな……っ!!!!」


「……」


「来゛るんじゃねぇッッ!! オ、オレを誰だと思ってるんだ!! オレは……【剣神】なんだぞ!! こんなところで……こんなところで、終わるわけが……!!」


「我は、この世に存在する全ての生物を喰らい尽くすために産まれた……【暴食の王】だ。貴様も、今まで我が喰らってきた者どもと何も変わらぬ。ただの肉だ。人は、肉を喰らうために家畜を育てているのであろう? それと変わらぬ。我にとって貴様は……皿の上にある美味そうな料理でしかない」


 漆黒の毛の中に浮かぶ、二つの紅い瞳。


 その姿を見て、ルティカは産まれて初めて―――恐怖という感情を知った。


 人間が久しく忘れていた、『食べられる側』にいる弱者の気持ち。


 自分は強者なんかではない。狩られる側にいるということを、このオークを前にして、彼女は初めて理解したのだった。


「く、くるな! ……い、いやだ、やだよ……た、たべないで……」


 尻もちをつきながら、ルティカは後退りをする。


 それを、オークは静かに追って行く。


「やめて……オ、オレが悪かった……!! だ、だから、いやだ!! 喰われて死ぬなんて……いやだよ!!!!」


 怯え、ついには身体が動かせなくなるルティカ。そんな彼女に対してオークは、無言で手を伸ばす。


 その光景に、ルティカはさらに大きく叫び声を上げた。


「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!! くるなくるなくるなくるなぁぁぁぁ!!!!!」


 あと数センチでルティカの鼻先に手が届く、そんな距離でオークが手を伸ばした―――その時。


 突如、草むらから虎のような獣が姿を現した。


 そして獣はルティカを庇うようにしてオークの前に立ちはだかると、咆哮を上げ、オークを睨み付ける。


「む? 何だ貴様は―――ぬっ!?」


 虎のような獣は、オークへと目掛け、容赦なく爪を振り降ろす。


 その爪を身体を逸らすことで容易に回避すると、オークは即座に後方へと跳躍して、飛び退く。


 その隙を見て、獣はルティカの服を噛み、背中へと乱暴に乗せる。


 そうして――――獣はガルルルと唸り声を上げると、地面を蹴り上げ、林の中へと逃げていくのだった。


「―――待て……くっ!」


 オークは追いかけようとするが、歩き出そうとしたその瞬間、フラリと身体をよろめかせてしまう。


 チッと舌打ちをすると、オークは頭を押さえ、短く息を吐いた。


「……度重なる強者たちとの連戦で、流石に疲労が溜まっていた、か……。どうやら再生の加護は、肉体を修復するだけで、その身に蓄積される疲れは癒さないようだな。まぁ……良い。あの小娘は手負い。この森を抜けられる程の体力は残っていないだろう。……そのうち見つけ出して、必ず奴の身を喰らい尽くしてやるとしよう」


 そう言葉を残し、オークは林の中へと入って行く。


「……その時までしばしの休息を取るとするか。我の巣がある……大森林第6界域(・・・・)へと向かうとしよう」


 そしてオークは、身体の疲れを癒すために、森の中へと進んで行くのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……何だ? この激戦の跡は……?」


 二時間後。


 ヴィンセントとリトリシアは、フィアレンスの森にある、ルティカとオークが戦っていた場所に辿り着いていた。


 そこに残されていた、大地が抉れた跡、森林が薙ぎ倒された形跡を見て、ヴィンセントは眉間に皺を寄せる。


「察するに、これは、件の災厄級の魔物と【旋風剣】殿が戦った形跡だろうか? 見たところ、剣神と互角……いや、もしかしたら奴は、それ以上の力を持っているのかもしれないな」


「……ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン、これを見てください」


「どうかしたかね? 剣聖殿」


 リトリシアに呼ばれたヴィンセントは、首を傾げながら、しゃがみ込み地面を凝視するリトリシアへと近寄って行く。


 そして、リトリシアが見ていた視線の先にあるものを確認すると、驚きの声を上げた。


「これは……」


「はい。血の跡です。大森林の方へと、点々と続いています」


 そう冷静な声で発した後、リトリシアは別の個所へと指を差し示す。


「そして、こちらをご覧ください。獣のような足跡と、人型の魔物の足跡が、混在しています。この獣のような足跡は、ルティカさんが飼われている魔獣のものかと思われます」


「では、こちらの人型の魔物の足跡は―――」


「はい。恐らくはルティカさんを追い詰めた、災厄級の魔物かと思われます」


「ま、待て待て、結論付けるのが早いでのではないのかね、剣聖殿! ルティカ殿が追い詰められたというのは、現状、未だ分かってはいないだろう! 血の跡だけを見て考えるのは早計だ!」


「? そう結論付ける結果しか、ここには残されてはいないかと思いますが? ここにあるのは、赤黒く変色した血―――つまりは、人間のものです。魔獣や魔物のものとは異なります。ルティカさんが災厄級に追い詰められ、魔獣に乗り、大森林へと身を隠した……そう考えるのが、妥当なのではないでしょうか?」


「し、しかしだな……。血痕と足跡でそう決めつけるのも、どうかと……」


「―――ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン。先にひとつ言っておきます。この魔物……もしかしたら、私たちが想像しているよりも遥かに強い力を持っているかもしれません」


「……その根拠は何だね?」


「勘です。どうにも、この大森林に来てから……妙な胸騒ぎがするんです。こんなこと、私が剣聖を継いで35年で、初めてのことです」


「なるほど……先代剣聖アーノイック様の代から、貴殿は剣を振って来た古き者だ。根拠がなかろうと、その勘、俺は信じるとしよう」


「……古き者とか言わないでください。人族(ヒューム)の感覚からすれば、私は五十代のおばさんなのでしょうが……森妖精族(エルフ)からしてみれば、まだまだ私はピチピチの若者です。歳より扱いしないでください。不愉快ですから。良いですね?」


「う、うむ。女性に対してすまなかった。謝罪しよう」


 フグのように頬を膨らませて怒るリトリシアに、ヴィンセントは深く頭を下げる。


 そんな彼を一瞥した後、リトリシアは暗闇が続く深い大森林を見つめ、静かに口を開いた。


「……ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン。オークと遭遇したら、貴方は私のバックアップに回ってください。貴方のその能力は、どちらかといえば、そっちの方が向いているでしょう?」


「!? 待て、剣聖殿。俺の【氷絶剣】は、1対1でこそ輝く力だ。俺の攻撃範囲内に君がいれば、君もただでは済まないぞ!?」


「構いません。ある程度は、耐えられる自信がありますから」


 そう言って微笑を浮かべると、リトリシアは腰にある一本の刀を触った。


「……お父さん。どうか、力を貸してください」


 その弱々しい声は誰にも届くことなく。虚空へと、静かに消えて行った。

第138話を読んでくださって、ありがとうございました。

そろそろ、オーク編も佳境に入りそうです!

また次回も読んでくださると嬉しいです!

いつも、いいね、感想、評価、ブクマ、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] アネットが首切り少女を一蹴したところ! あれ?箒の使い手だから一掃のほうがいい? それと、ルティカへの" わ か ら せ " [気になる点] 前話にあったルティカの「200トン」ってい…
2023/11/14 00:40 退会済み
管理
[気になる点] やっぱり首切りもルティカも考えなしじゃねーかよ!!(笑)でも、首切りを放っておいたのは不味かったなぁアネット… 気絶させたなら、大事をとる意味でも連れてこないとな リトリシアの速度が…
[良い点] キフォステンマが雑魚扱い、最低でも剣王以上の強さのはずなんだけどなぁw ルティカは…命が助かってよかったね、剣士としては心が折れては死んだも同然だろうけど… [気になる点] 剣神と二連戦で…
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