第137話 元剣聖のメイドのおっさん、知らないうちに首狩りを倒す。
ルティカとオークが相対してから―――七時間が経過していた。
既に辺りには夜の帳が落ち、周囲は暗闇に閉ざされている。
ハンマーを構えるルティカの目の前には、倒壊した倒木の上に倒れるオークの姿があった。
全身斬り傷だらけだが、オークは瓦礫をふるい落とし、フラリと起き上がる。
その紅い瞳はギラギラと暗闇の中で輝き、戦意を失った様子はない。
その様子を見て、ルティカはチッと大きく舌打ちを放った。
「何だ、テメェ。どれだけタフなんだ? 七時間もの間オレ様の旋風剣を受け続けて、何故、立ち上がることができる?」
「クククッ。貴様は確かに強い。だが、先ほどの老人に比べれば決定打にかけるな。この数時間、何度も受けて理解した。お前では、この我を殺しきることはできぬ」
「あぁ? 見たところ確かに耐久力は、尋常ではなさそうな様子だが……オレ様のハンマーで殴り続ければ、いずれお前も死ぬだろ。反撃できずに一方的に嬲られ続けるお前じゃ、オレ様の身に傷ひとつを負わせることすら叶わねぇさ」
「ククククク……。どうやら頭の方も足りぬようだな。何故、我が貴様の攻撃を受け続けても立ち上がることができるのか―――理解していないとみえる」
オークはそう口にして、自分の右手にある傷を眺めた。
その傷は、組織同士が縫合され、徐々に塞がりつつあるのが見て取れる。
その光景を見つめた後、オークは両手を広げ、ルティカへと不気味な笑みを向けた。
「さぁ―――ここからが本番だ。ククッ、約束しよう、ルティカ・オーギュストハイム。この一戦で、我は……貴様の肉を喰らってみせる」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ、猪頭。さっさと死ね!!!!」
ルティカは空中に飛び上がり、ハンマーを構え、眼下にいるオークへと鋭い目を向ける。
そして、咆哮を上げると―――全力を以ってハンマーを振り回し、辺りに突風を巻き起こした。
鉱山族最強の戦士へと代々受け継がれていく、一族の秘宝、『戦鎚ミョルニルグ』。
その重量は20トンを優に超えており、屈強な肉体を持つ鉱山族でも、扱えるものはそうはいない。
だが、ルティカにとってそのハンマーは、木の棒を振るかのごとく軽さで振ることができていた。
その圧倒的な重さのあるハンマーを振り回すことで、彼女は突風を造り出し、大地に嵐を呼び起こす。
付いたあだ名は『旋風剣』。またの名を、『嵐を呼ぶ災禍の子』。
彼女のその圧倒的な暴力の風は、天候さえも操ることができ、仲間である鉱山族からは、破壊神として恐れられているのだった。
「―――ガハハハハハハハハハハハッッッ!!!! 面倒臭ぇから、これでお終いにしてやるよ、猪頭!! オレ様の全力だ!! 喰らいやがれ!! ――――――【雷鳴嵐舞】!!!!!」
空中でグルグルとハンマーを振り回すことにより、竜巻が巻き起こる。
竜巻は空中に浮かぶ雲を引き寄せ、辺りに雨や突風を引き起こす。
その突如天候が荒れた様子を見て、オークは興味深そうに口を開いた。
「……ほう。面白い。嵐を呼ぶ力か」
「竜巻に呑まれて消えろ!! 災厄級!!」
ルティカは、ハンマーで引き起こした竜巻を、オークへと目掛けて放つ。
だが、オークは地面を蹴り上げ、恐れずに竜巻の中へと入って行った。
その光景を見て、ルティカは呆れたようにため息を吐く。
「ハッ! 何をするかと思えば……馬鹿かテメェ。その竜巻に入れば最後、風にその身を斬り裂かれて終わりだ。何ともくだらねぇ幕引きだったな、災厄級―――」
「クククッ、果たしてそれは……どうかな」
嵐の中、オークはその身をボロボロにしながらも、上空へと舞い上がって行く。
オークの身体には、即座に傷を治癒する再生の加護【原初の蛇】の効果が宿っていた。
その力があるが故に、突風に身を引き裂かれようが即座に再生。治癒することに成功。
嵐の中であろうとも、五体満足で、生きることができていた。
そんなオークの姿を確認すると、ルティカは驚いたように眉をひそめる。
「何―――? いったい、どういう―――」
「脳みそにも筋肉がいっているようだな、小娘。先ほど相まみえた老剣士と比べて、貴様は遥かに格が劣るようだ。貴様の身体能力、筋力などのスペックは、まさに天から送られた贈り物……他に類を見ない逸材のように感じられる。だが―――それを操る者の程度が低ければ意味はない。貴様の敗因、それは、相手の能力を考察せずにただ己の力に過信し、単純な攻撃頼りだった……という点だろう」
オークは竜巻を利用して上空へと舞い上がる。
そして、ルティカの目の前まで上昇すると、口を大きく開け―――彼女の首元へと嚙みついた。
「うっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!? や、やめろ、テメェ!! 何しやがる!! 離しやがれ!!!!!」
「貴様のその天賦の才、身体能力、風の力……この我が―――貰い受ける」
オークは牙を立て、ルティカの首に深く突き刺す。
鮮血が空中に飛ぶ中、二人は、地面へと落下していくのであった―――。
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「……さて、荷支度も終えたし……そろそろ行くとしようか、みんな」
午前七時半。野営の準備を片付け終えた俺たちは、次なる界域を目指すべく、歩みを進め始めた。
森の中を進み、地図を眺めながら、次の界域である第3界域のことを考えていると――エステルが隣にやってきて、そっと声を掛けて来た。
「昨日はごめんよ、アネットさん。色々と迷惑をかけてしまったね」
「いいえ。気になさらないでください」
「いいや、気にするよ。この埋め合わせは絶対に……そうだ! 今度、僕が経営している洋服屋にまたおいでよ! 君に似合うようなとっておきのドレスを、作っておくからさ!」
「ドレスを、作る……?」
「あれ、言っていなかったっけ? 僕、服を作るのが好きなんだ。だから、趣味で洋服屋を経営していてね。たまに自分が仕立てた衣服を販売していたりするんだよ。勿論、民たちには内緒で、ね。フフフフッ」
そう言って無邪気に笑みを溢すエステル。
そのあどけない笑顔に、今朝方ジェネディクトから聞いた『魔王』の影は一切感じられない。
……彼女は本当に、王位に就いた後、諸外国に宣戦布告をするつもりなのだろうか?
本当に……戦争を起こそうとしているのだろうか?
俺には、エステルがそんなことをするような人間には、どうしても見えない。
「ん? どうしたんだい? 僕の顔をジッと見つめて?」
「いえ……。相変わらずお綺麗なお顔立ちをされているなと、そう思っただけです」
「あははは! いいや、僕なんかよりも、君の方が綺麗だよ?」
「そんなことは……」
「ちょっと、二人とも、イチャイチャしてないで真剣に大森林を探索してくれますかぁー? もうすぐ第3界域『闇の玉座』に行くんですからぁ~。もうちょっとシャッキとしてくださいですぅ~」
そう、前方にいるミレーナが頬を膨らませながら声を掛けてくる。
俺とエステルはそんな彼女に対して笑みを見せた後、気を引き締めて、森の中を歩いて行った。
―――第2界域『黄昏の古代都市』。ここは、神話時代の聖王国の跡地と呼ばれている。
そして、次に赴く第3界域『闇の玉座』は、その王国の王城があったとされる場所だ。
勿論、俺たちは考古学者では無いため、遺跡を探索する気など毛頭ない。
当初の予定では、今日一日で『ラパナ草』の生える第6界域に到達する計算だ。
……俺はラパナ草を入手したら、即座に大森林を抜けて、帰路に就こうと思っている。
転移の魔道具を使用してすぐに満月亭へと戻りたいところなのだが―――大森林の中は、魔力を妨害する磁場の影響なのか、何故か、魔道具が使用できない環境となっている。
そのため、まずは大森林を抜けて最寄りの村であるパルテト、フィアレンスの森に戻らねばならないのだ。
「本当に、謎が多く、不思議な場所だな、ここは……」
この大地の全ての生物が誕生したとされる神秘の秘境、大森林。
古代の人間が使用したとされる魔道具が発掘される場所だというのに、大森林内では魔道具が使用できないという謎。
そして、大森林奥から魔物が誕生するという、未だその原理が解明されていない不可思議な謎。
この森には、現代においても多くの秘密が隠されている。
「アネットさん? 知っているかい?」
先ほどの俺の呟きが聴こえたのか、エステルは隣を歩きながら話し掛けて来た。
彼女は俺に微笑を浮かべると、前を向き、再び口を開く。
「これは、城にあった書物で読んだことで、眉唾な話なのだけれど……魔物というのは、皆、この大地、エリュオンにある三つの大国―――聖王国、帝国、共和国の中央都市を目指して向かって歩いて行く習性があるそうだよ。過去、大森林で発生した災厄級の魔物【黒炎龍】は、王国の城を目指して進行し、城下を襲った。今回の【暴食の王】も、聖女さまの未来視では王都の中枢に進行し、剣聖、剣神たちと戦い、甚大な被害をもたらしたと予言されている」
「……魔物たちは、人々の住まう国にある……何かを求めて動いている……と?」
「あくまでも、そういった仮説があるという話さ。大森林で産まれた魔物が、森の外に出て生息地を拡げるということ自体は珍しくはない。もっとも、人里に降りてきた魔物は、冒険者に狩られてしまう運命にあるから―――国の中心部を目指して魔物が進軍するというのは、調べようもなく、定かではない話なのだけれどね」
そう言ってクスリと笑みを溢すエステル。
……魔物が何かを求めて、人の住む都に進行する、か。
ただのオカルト話のため、信じるに値しない話だが―――まぁ、頭の隅にでも置いておくとしよう。
三時間後。俺たちは、巨大な谷の壁面に作られた鍾乳洞の中を進んでいた。
この鍾乳洞の中は、どうやら既に第3界域『闇の玉座』の内部らしい。
蝙蝠が飛び交う洞穴の中を、松明を掲げながら進んで行くと―――突如、大きな空間が目の前に現れた。
その空間には、巨大な苔むした石の玉座と壁画の姿があった。
これが、古代王朝の聖王が座っていたとされる『闇の玉座』だろう。
正直言って、椅子の形を模したただの巨大な石なので……昔の王族は本当にこれを玉座として使っていたのか? と、思わなくもないが。
壁画には、王冠を被った紫色の髪の女性と、それを崇める民たちの絵が描かれているが見て取れる。
玉座と壁画を眺めた後、俺たちは奥へと続く洞穴を見つけ、その中をまっすぐと進んで行った。
―――洞穴の中は、ひたすらジメジメとしていた。
怯えるミレーナに腕を抱かれながら、鍾乳洞を1時間程歩いて行くと―――ようやく、外へと出ることが叶う。
外へと出ると、久々の太陽の光に、皆、眩しそうに目を細めるのだった。
「うぅぅ~。眩しいですぅぅ~。やっと外に出れましたぁ~」
「鍾乳洞を抜けた、ということは……ここは、第4界域『槍の峡谷』か」
そう口にして、グレイレウスは眼前に広がる森林地帯を見つめる。
目の前に広がるのは、森の中から槍のように生えた無数の柱の姿。
そこには深い霧がかかっており、空には、大きな鳥型の魔物が飛び交っている姿が確認できる。
見たところ……今いる地点から崖下の森に降りるには、この急な崖を降って行くしか手段はなさそうだな。
目算、50メートルくらいはありそうだ。
俺は一、二、と、軽く膝を屈伸させる。
そして、屈伸を終えた後、チラリと、エステルへと声を掛けた。
「先に行って、下に異常がないか見てきます。みなさまは、ロープを使って安全に降りてきてください」
「え? ―――って、ちょ、アネットさん!?」
エステルの戸惑いの声を無視し、俺は崖から飛び降り、垂直下に真下に落ちていく。
時折崖を蹴り上げ、宙を華麗に舞って行く。
そして、地面とあと10メートルという距離になった、その時―――俺は、箒を横薙ぎに振り放った。
「【旋風剣】」
箒から風が巻き起こり、俺はフワリと浮かび上がり、無重力下で地面へと着地することに成功。
無事に地に足を付けた後、スカートをぽんぽんと叩き、俺は、キョロキョロと周囲を窺って見た。
「ふむ。見たところは、何の異常はありませんね」
森の中には深い霧が立ち込めており、動く者の気配は感じられない。
とりあえず、魔物や危険な原生生物の姿は無いとみて良さ―――。
「―――キャハハハハハハハ!! 何、あんた!! 今の【旋風剣】? ルティカしか使えないその技を、何であんたみたいなメイドが使えるのぉ? もしかして、ルティカの弟子とかぁ? ……ん? 【旋風剣】って、巨大なハンマーと馬鹿力あってこそ発動できる特別な剣じゃなかったっけ? それを箒で? んん?」
突如、木の上から声が聴こえて来る。俺はチラリと、声が聴こえた上方へと視線を上げて見た。
すると、木の枝の上に、可愛らしく足をブラブラとさせて座っている金髪の少女の姿があった。
彼女は両の頬に手を置きながら、ニヤリと笑みを浮かべ、再び口を開く。
「まぁ、いっか。ねぇねぇ、聞いてくれる、メイドちゃん。アタシ、剣王とハインライン・ロックベルトのトドメをさそうと、ここまで連中を追ってきたんだけど……もう、歩くのに疲れて、しんどくなってきちゃったの。それに、あーんなむさくるしい男の首獲ったって、全然、コレクションにはならなそうなんだもん。アタシをコケにしたルティカの奴を殺しに戻ろうかと思ったけど……あれは、オークちゃんの餌だから、手出しちゃまずいよねぇ~。はぁ、もう、おうち帰ろうかなぁ~。十分仕事したよねぇ、アタシぃ~」
「……? 何者ですか? 貴方?」
「キャハハハハ!! もうこの際、アタシの渇きを潤すんだったら、別に貴方で良いかなぁ。ルティカの弟子だったら、あいつも悔しがることだろうし―――その首、アタシが獲って、可愛がってあげる」
木の枝から姿を消し、目の前からいなくなる謎の少女。
そして、次に姿を見せたのは―――俺の背後だった。
「キャハハハハハハハ!!!!! その可愛いお顔、持って帰って新しいアタシのお友達に―――」
「いや、だから、何なんですか? 貴方」
俺は背後を振り返り、彼女の顔面に軽く箒を振り放つ。
すると謎の少女はものすごい勢いで森の中へと吹き飛んでいき―――ズドーンと、土煙を上げながら槍の柱にぶつかっていくのだった。
第137話を読んでくださって、ありがとうございました。
オーク編、あんまり面白くないと思いますので……早急に終わらせたいと思います!!
この章が終わるまで、お付き合いの程、よろしくお願いいたします!!




