幕間 グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス
《グレイレウス 視点》
幼い頃、オレは、姉のような人間になりたかった。
姉、ファレンシアは強い人だった。
騎士学校を主席で卒業し、そのまま聖騎士位と【剣王】の座を叙勲した、超一流の剣士。
マフラーを靡かせ、常に不敵な笑みを浮かべる彼女は、オレの目にはとてもかっこよく映っていた。
そんな姉のように強い剣士になりたいと、8歳の時、貴族の子息が集まる剣術指南教室に足を運んだが……オレはそこで、厳しい現実を知ることになる。
『一本、そこまで! 勝者、アルファルド・ギース・ダースウェリン!』
ダースウェリン家の嫡子に負け、オレは無様に膝を付く。
アルファルドと呼ばれた少年はケッと声を溢し、オレに一瞥することもなく、その場を後にしていった。
その後、オレは他の貴族の嫡子たちと何度も組手を行ったが、一度も勝利を納められることはなく。
十戦十敗したその時、絶望した顔で立ち尽くすオレの肩を、教師はポンと叩いて来た。
『グレイレウスくん。君は確か……アレクサンドロス家の養子で、帝国出身の出だったね?』
『え? う、うん、そうですけど……?』
『見たところ、同い年の子供たちと比べて体格も小さく、腕も細い。明らかに、君は剣士の身体ではないよ。どんなに努力したところで、身体は作り直すことはできない。残念だが……これからどんなに努力したところで、君が剣士として大成することはないと断言できる』
『……え?』
顔を上げ、瞠目して驚いていると、教師は首を横振った。
『君はどちらかというと、魔術師に向いている身体付きだ。今からでも遅くはない。ここは道を変えたらどうかな、グレイレウスくん』
『せ、せんせい! ぼ、僕には、魔法因子がひとつも無いんです!! 魔法因子が無いから、帝国の家から養子に出されたんだって……お姉ちゃんがそう言っていました! だからお姉ちゃんは、魔術師ではなく、剣士になったんだ! 僕も……僕も、お姉ちゃんみたいな強い剣士になりたいんです!! お願いします、せんせい!! 僕、頑張りますから!! 僕に、強い剣士になるための指導を―――』
『私はこの職に就いてから、今まで何人もの生徒を見てきている。だから、分かるんだ。……断言するよ。君は―――どんなに努力を重ねたところで、剣士として成功することはない』
『そん……な……嘘、だよ、そんなの……嘘だよっ!!』
教師は涙をポロポロと流すオレに何も言わずに、気まずそうな様子でその場を後にした。
そして、次にオレの傍に寄って来たのは―――同じ教室に在籍している貴族の嫡子たちだった。
彼らは嘲笑うような笑みを浮かべると、オレの周囲を囲み、言葉を放ってくる。
『おいお前、そんなチビの癖して、何でこの教室にいるんだ?』
『十戦十敗なんて、この教室以来の快挙じゃないか? どれだけ才能が無いんだよ、お前』
『う……うるさいうるさいうるさい!! あっちいってよ!!』
『あれ? 泣いてるぞ、こいつ? 本当に女みたいな奴だな! なよなよしやがって! キモいんだよ、お前!』
『あぐっ!! や、やめてよ!! 蹴らないでよ!!』
嫡子たちは寄ってたかってオレを小突いたり、蹴ったり、暴力を振って来る。
オレは、そんな彼らに抵抗することもできず。そのまま、ボコボコにやられてしまうのであった。
『ぐすっ、ひっぐ……うぅぅぅ……』
『見窄らしいですわね、貴方。それでも王国貴族の嫡子なんですの?』
嫡子たちがオレをいじめるのに飽きて居なくなった後。
その場で這いつくばり涙を流していると……いつの間にか目の前に、金髪ドリル髪の幼女の姿があった。
彼女はこちらを心底馬鹿にするように笑みを浮かべると、懐からハンカチを取り出し、それをオレの目の前に落としてくる。
そして、静かに口を開いた。
『それで顔でもお拭きなさい。まったく……貴方のような弱虫、わたくし、大嫌いですわ。他人に才能が無いから無理だと言われた程度で剣を折り、諦めるのならば、一生そうやって地面に這いつくばっていなさい。わたくしは、才能が無かろうが何だろうが夢へと向かって前へと進む!! どんなに卑怯な手を使おうとも、勝ち続けてやる!!』
『うぅぅぅ……僕は……君みたいに強くはなれないよ……』
『あっそ。じゃあ、今後、わたくしの前に二度と顔を見せないでくださいまし。才能を言い訳にする奴は心底ムカつきますの。ごめんあそばせ』
そう言って彼女は、オレの前から去って行った。
オレは、少女に貰ったそのハンカチを握りしめ……再び大きく、泣き声を上げた。
『うわっ、グレイ、ボロボロじゃん。どうしたのよ?』
『……え? お姉ちゃん?』
剣術指南教室から帰って来た後。
一人、御屋敷の屋根の上で泣いていると、姉が隣に座り、そう声を掛けて来た。
三角座りをして塞ぎ込むオレに姉は笑みを浮かべると、オレの頭をそっと優しく撫でてくる。
『今日、初めて剣術教室に行ったって、お義父さんから聞いたよ。……あんたは誰よりも優しい子だから、人に対して剣なんて振れなかったんじゃないの? それで泣き虫だのなんだの言われて、同級生に返り討ちにあったとか? 察するに、その怪我はそんな感じの結果かしら?』
『……お姉ちゃんも、僕には剣の才能が無いって言うの? お姉ちゃんまで……僕には剣は向いてないって言うの?』
『そんなことはないさ。あんたは、この私……いずれ【剣神】になるファレンシア様の弟なのよ。優しすぎるところは確かに剣士にとっては欠点かもしれないけど、誰よりも優しい剣士が一人くらいいたって別に良いじゃない。ね?』
『お姉ちゃん……』
ファレンシアはフフッと笑い声を溢すと、オレのおでこにデコピンしてくる。
そして立ち上がると、空に浮かぶ星空を見つめ、大きく口を開いた。
『良い、グレイ! 私はね! 将来【剣神】になって、弱い立場にいる人たちを守れる人になりたいの!! それで、帝国に居るお母さんと妹を迎えに行くの!! 王国に二人を連れてきて、家族みんなで暮らすのよ!! これが、私の夢!!』
『……お母さんは、僕たちを捨てて、このアレクサンドロス家へ養子に出した酷い人だよ?』
『捨てたのはきっと、お母さんじゃないよ。帝国貴族であるお父様……だと思う。良い、グレイ。家族がいるのなら、大事にしなきゃ駄目だよ。お母さんには何か言いたい事もあるかもしれないけど……まだ見ぬ妹には罪はないんだから、優しくしてあげなさい。ね、これは、お姉ちゃんとの約束』
そう言って、ファレンシアは小指を差し出してきた。
オレは不満げに唇を尖らせながらも、その小指に自分の小指を差し向ける。
『指切りげんまん! 嘘吐いたら……えっと、谷底にある魔物の巣に叩き落す、指切った!』
『それは流石に物騒だよ、お姉ちゃん……』
オレと姉ファレンシアは顔を見合わせて、お互いにクスリと笑みを溢した。
『お姉ちゃん!! 嫌だよ!! 僕を一人にしないでよーーーーっっ!!』
三年後。姉は殺人鬼『首狩りのキフォステンマ』に殺され、首を切断された状態で家に帰って来た。
棺桶に入ったその亡骸を前に、オレが嗚咽を溢しながら涙を溢していると……養父のアレクサンドロス男爵が、両手の上に畳まれたマフラーを乗せ、こちらに近寄ってきた。
そのマフラーの上には、一枚の手紙が置かれていた。
封筒には、『泣き虫小僧、グレイレウスへ』と書かれている文字が。
オレは震える手でマフラーと手紙を受け取り、封を切って、その手紙に目を通す。
すると、そこにはこう書かれていた。
『―――我が弟、泣き虫小僧へ。これを読んでいるということは、私が次の任務、『首狩り討滅作戦』の戦いに敗けて、死体となって家に戻って来た……ということだと思います。まずは、ごめんね。あんたを一人にしちゃって。幼い弟を一人残すとか、お姉ちゃん、姉貴としてはダメダメだったよねぇ。そこの点だけはマジで反省してる。不甲斐ない姉をどうか許してください』
オレは「うぅぅぅ」と涙を流しながら、二枚目の手紙に目を通す。
『お姉ちゃん、悔しくて仕方ないなぁ。【剣神】になる夢も叶えられず、弟がどんな剣士になるのかも見られずに、こんなところで死んじゃって。ねぇ……グレイ、あんたは自分の夢を叶えなさいよ。あんたは以前の剣術指南教室がきっかけで、教師というものが嫌いになって、いつも一人で剣の練習をしていたけど……世界は広い。きっといつか、あんたが心の底から憧れ、あんたのことを真に想ってくれる素晴らしい師匠に出会えるはず。だからね、泣いてばかりいないで前に進みなさい。お姉ちゃんは、空の上であんたが夢を叶えるのをずっとずっと……見守っているから―――』
オレはその手紙を読み終わった後、姉の形見であるマフラーを首に撒く。
そして、棺桶の中にいる首のない姉に向けて、大きく口を開いた。
『お姉ちゃん!! お姉ちゃんの夢は、僕が代わりに継いでみせるからっ!! 僕は必ず、【剣神】になってみせる!! お姉ちゃんがお空の上で心配しないように、もう、泣き虫じゃなくなるから……っ!! 強い男になってみせるから、見ていてよ!! お姉ちゃんのお顔も……絶対に、僕が、取り戻してやるから……っ!! だから―――だから!! うぐっ、うぅぅっ……うぁぁああああああぁあぁぁぁぁぁんんん!!!!!!!』
この時、オレは……決めたのだ。
【剣神】となり、姉の首を奪い取った『首狩りのキフォステンマ』をこの手で討ってやると。
オレはもう、泣き虫小僧などではない。オレにはもう、心から尊敬できる師がいる。
オレの名前はグレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。
世界最強の剣士アネット・イークウェスの弟子にして、いずれ、【剣神】となる男だ―――!!!!!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
刀を横薙ぎに振る。すると、目の前にいるゴブリンの首は簡単に地面へと落ちて行った。
その後ろで、ゴブリンの仲間たちは動揺した様子を見せる。
……ゴブリンを殲滅すること自体は、容易い。
だがオレは、今、【縮地】を習得しなければならない試練の最中にいる。
肩越しにチラリと背後を窺うと、そこには腕を組んでこちらを見つめる我が師の姿が。
……あの御方を失望させるわけにはいかない。
あの人は、オレのことを外面でしか見て来なかった、今まで出会って来た教師どもとは違う。
オレに才能が無いから剣を握るのは諦めろと言って来た、あの大嫌いな教師とは違う。
あの人は……オレの方が【剣神】に向いていると、ルティカの前で堂々と宣言してくださったのだ。
あの時、こんなオレを認めてくださった師の行動に心の底から感動し……涙が出そうになった。
だが、泣いてはいけない。オレはもう、泣き虫などではない。
いつの日かロザレナを超え、アネット師匠の一番弟子になれるように―――オレは、夢へと向かって、ひたすらに前へと突き進むのみだ!!!!
何故ならオレは、【剣神】になる男だからだ―――!!!!
「むっ!?」
一瞬、速度が上がったような気がした。
もしかして……これが、【縮地】の感覚か!?
いや、まだ、この感覚を扱いきれる自信はない。
今のはたまたまマグレで、運良くスピードが上がっただけのこと。
だが……か細い糸であろうとも、その道に微かな光が見えた気がする。
オレは笑みを浮かべ、手斧を持って襲い掛かって来るゴブリンに向け―――二対の刀を構えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット視点》
「【縮地】を発動するには至らなかったが―――制限時間内でゴブリンを殺してみせた、か。なるほど、悪くない結果だ、グレイ」
「ぜぇぜぇ……あ、ありがとうございます……!!」
常につま先立ちで戦っていたせいか、グレイレウスはふらふらの状態でこちらに近寄って来る。
俺はそんな奴にクスリと笑みを浮かべると、ポケットからハンカチを取り出す。
奴の額の汗を拭いてやろうかと思ったのだが―――ハンカチは、血の斑点で黒く染まっていた。
「あっ、そうだ、これ……アルファルドと戦った時に、お前が俺の返り血を拭くためにくれたハンカチだったな。悪い、お前の汗を拭おうと思ったんだが……」
「いいえ、大丈夫ですよ師匠。そのハンカチも、元はと言えば貰い物ですしね」
「貰い物?」
「何でもありません」
グレイレウスはハンカチを受け取ると、懐かしそうに目を細める。
そしてそれで額の汗を拭うと、ニコリと微笑を浮かべた。
「さぁ、行きましょう、師匠!! ロザレナを助けるために、早く第6界域へと急がねば!!」
「あぁ、そうだな。グレイ」
師弟揃って森の中へと歩みを進めて行く。
そんな俺たちの後を、エステル、ジェネディクトがついてくる。
ミレーナはというと、遅れて、俺たち二人を後ろから追いかけて来た。
「ま、待ってください、拷問メイド師弟~~!! レンジャーであるミレーナより先に行くとはどういう了見ですかぁ~~!!!!」
ミレーナは俺たちに追いつくと、頬を膨らませながら前を歩いていく。
そんな彼女と言い争いをするグレイレウス。
俺は仲睦まじい(?)二人を眺め、クスリと笑みを溢した。
何ともよく分からない組み合わせのパーティだったが……何処か、良い雰囲気があるな。
ジェネディクトだけは未だに信頼してはいないが、まぁ、見たところ奴もこちらに対して害を成す気は本当にないのだろう。
「……」
背後を振り返る。あの男は終始殆ど喋らず、目を伏せ、微笑を浮かべながら歩いているだけだった。
その首元には―――相変わらず、蠍のタトゥーの紋章が刻まれているのが見て取れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「キャハッ、キャハハハハハハハハッッッ!!!! 【暴食の王】さまは、すっごいねぇ!!!! 体力切れとはいえ、あの【剣神】ハインライン・ロックベルトを倒しちゃったわよぉ!!!! 王国最強格の剣士の全力の攻撃を耐えきるなんて……びっくりびっくり~!!!!」
林の中に潜んでいたフードを被った少女は、そう言って手を叩き、無邪気に笑い声を上げる。
そんな彼女に対して、蠍の入れ墨を首元に入れた片腕の無い男は、不機嫌そうに口を開いた。
「―――おい、キフォステンマ。あまり声を出すな。我ら組織の使命は、かの魔物【暴食の王】なる使徒の援護だ。ちゃんとそこのところを分かっているのか? 長老たちに怒られても俺は知らないぞ?」
「キャハハハハッ!! 何を言ってるのよぉ、ゲラルト!! 五年前、奴隷商団が崩壊したあの時、あんたを騎士団から助けてやったの誰だと思ってるのぉ? 少しくらいはアタシの言動に目を瞑りなさいよぉ~!! それに……アタシは組織の斬りこみ隊長、異教徒討伐機関の長よぉ? 闇商人出身のあんたが命令すんじゃないわよぉ~? ジェネディクトももういないのに、蠍の残党風情が、調子に乗らないでくれるぅ?」
「……チッ、分かってるよ、蜘蛛の御姫さま―――『首狩りのキフォステンマ』。今回の任務の責任者はあんただ。大人しく従うさ」
「まっ、今回のお仕事は、あのオークを陰ながら援護してぇ、王国に甚大な被害をもたらすことなんだけどぉ……見たところ、アタシたちが介入する必要も無さそうねぇ。アタシぃ、さっさと帰っておうちにあるコレクションちゃんたちを鑑賞したいわぁ」
「ハインラインは殺さなくても良いのか?」
「うーん、あの爺さんの首取っても観賞価値は無さそうだし……それに、どうせあのオークちゃんが食べちゃうでしょ。ほら」
フードの少女が指さす先で、オークは気を失ったハインラインの頭を掴み、宙へと浮かせる。
その光景を見て、少女は不気味な笑みを浮かべるのだった。
読んでくださって、ありがとうございました!
後半に出て来たゲラルトは、覚えている方も少ないかもしれませんが、物語冒頭に出て来たジェネディクトの部下です笑
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また次回も読んでくださると嬉しいです!




