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第134話 元剣聖のメイドのおっさん、弟子に試練を与える。


 大森林 第1界域 『古代種の森』。


 ここは、深い森林地帯が広がる界域であり、千年前から姿を変えていない原生生物たちの巣となっている。


 とはいっても、そこまで危険視されている生物はここにはいない。


 攻略難易度は最低のE-であり、見習い冒険者たちの修行の場と呼ばれていたりもする。


 しかし―――滅多に日が差し込まないこの界域は鬱蒼としており、常に視界は不明瞭。


 攻略難易度の低い界域ではあるが、迷いやすい地形になっているため、遭難する者もそう少なくはない。


「ぴぎゃあああああああああああああ!! で、出ましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 先行して歩いていたミレーナは叫び声を上げると、すぐに俺たちの元へと戻って来た。


 そして俺の背中に隠れると、あわわわと怯えた声を発し始める。


 何事かと首を傾げていると、周囲からガサッと草むらが揺れる音が聴こえて来た。


 その音を聞いたグレイレウスとエステルは、すぐに俺の傍に近寄り、背中を守る形で円形状のフォーメーションを作り、周囲を警戒し始める。


 ジェネディクトはというと、特に立ち位置を変えずに、腰に手を当て微笑を浮かべていた。


「クスクスクス……どうやら、囲まれてしまったみたいねぇ」


 ジェネディクトがそう言葉を放った、その瞬間。


 木々の合間から、緑色の肌をした人型の魔物―――ゴブリンが姿を現した。


 俺たちの周囲を囲むようにして十数体程のゴブリンが姿を現し、草木をかき分けゆっくりとこちらに近寄って来る。


 黄色い目でこちらを睨め付け、涎を垂らしながら、石斧を手ににじり寄って来る小柄な体躯の魔物。


 ゴブリンの基本的な討伐難易度はE~B+、銅等級~ミスリル等級とされている。


 一体程度はそこまでの力は持たないが、群れを成すことでその脅威はグンと上がる軍政系の魔物だ。


 こいつらはこんなアホそうな面をしてはいるが、意外にも知能が高い。


 戦士(ウォーリア)職、魔術師(ウィザード)職、修道士(プリースト)職と、各自異なる戦闘スタイルを持つ個体がおり、人間と同じようにしてパーティを編成して戦闘に臨む。


 とはいっても、最弱と言われる魔物――ゴブリンだ。


 筋力や反射神経などの能力値は、人間よりも遥かに劣るのは事実だ。


「……ひとつ、試させてもらうとするか」


 俺は近くの木に近寄ると、木に背を預け、腕を組む。そして、グレイレウスへと声を掛けた。


「良い機会だ。グレイ、そいつらを全員、一人で倒してみせろ」


「……師匠(せんせい)?」


「戦闘中は常につま先立ちで戦え。制限時間は10分。それを超えるようならば、お前に代わり俺がこいつら全員をぶっ殺す。……悪いが今回の旅、余計な時間を掛ける気も、弱者のお守りをする気もないのでな。もし、お前がこの程度の敵も倒せないのなら―――速攻、満月亭の寮へと帰らせる。災厄級の魔物はいる以上、足手纏いは不要だ」


「……フッ、フハハハハハハハハハハハハハハ!!!! なるほど!! 師匠(せんせい)の仰ることは尤もです!! 道先案内をするミレーナに、治癒魔法を覚えているグライス、それに、王国最強の魔法剣士であるジェネディクト・バルトシュタイン―――確かに、今のこのパーティの中では、未熟な剣士であるオレが一番不要な存在であることは明らかです!!」


「ちゃんと状況を理解していたか。ならば……潔く帰るか?」


「いいえ。帰りません。オレは、この旅で……師匠(せんせい)に認めてもらえるような、一端の剣士へと成長するつもりです。頂への歩みは、絶対に止めはしない。オレは、いずれ剣神になる男、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロスです!!」


 そう言ってグレイレウスは前に出ると、左右の腰から双剣の刀を抜き放ち、周囲にいるゴブリンへと闘気を放ち始める。


 そして、ニヤリと不敵な笑みをを浮かべると、咆哮を上げた。


「それと、師匠(せんせい)!! オレを舐めるのも良い加減にしてください!! オレは、貴方の弟子なんですよ!! 世界最強の剣士であるアネット・イークウェスの弟子が……こんなところで退くわけがないでしょう!!」


「……あぁ、そうだな。だったら……俺の弟子として、その実力をこの俺に示せ、グレイ!」


「はい!! とりゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 グレイレウスは双剣を構えると、ゴブリンに向かって跳躍していくのだった―――。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハインラインは、オークへと向かってまっすぐと刀を向ける。


 そして、静かに口を開いた。


「―――【狐火】よ、喰らい尽くせ」


 その言葉と共に、空中に浮いていた火の球は一斉に―――オークへと襲い掛かっていった。


 四方八方から襲い狂う、無数の蒼い火球。


 火球はオークへと直撃すると、けたたまし音共に爆発し、辺りには土煙が巻き起こった。


 触れれば対象を炭化するまで燃やし尽くす、命を喰らう炎……【蒼焔】。


 その【蒼焔】の火球を宙に無数に浮かべ、弾丸のように飛ばし、相手をハチの巣にする絶技【狐火】。


 ハインラインにとってこの技は、別段、奥義というわけでは無かった。


 そもそもの話、彼にとってこの【蒼焔】という能力は、剣に付随しているスキルでしかない。


 ハインライン・ロックベルトは、この災厄級の魔物と呼ばれるオークを前にしても―――本物の実力の一端すら、出してはいなかったのだ。


「……やれやれ。アーノイックの奴が倒した災厄級、黒炎龍レベルの魔物を期待しておったのじゃがな……。つまらぬ幕引きじゃわい」


 剣を鞘に仕舞い、ハインラインは短く息を吐く。


 そして、煙の向こう側にいる、幼い二人の兄妹へと声を掛けた。


「おーい、そこの小童ども。無事かのう~?」


 少年と少女は尻もちを付きながら、未だにオークの死体を燃やし続けている大きな炎と、その向こうにいる小柄な老人を交互に見つめていく。


 そして、ゴクリと唾を飲み込むと、少年は意を決して老人へと声を発した。


「お、お爺ちゃん、な、何者なの!? あの化け物を一瞬で倒してしまったけど!!!!」


「ワシか? ワシは……そうさな。その化け物を討伐するためにここにやってきた老剣士じゃよ。まぁ、安心せい。あの災厄級と思しき獣を倒した以上、もう、怖いことは起こらぬ。じゃから―――」


「ッッッ!?!? お爺ちゃん、後ろ!!!!!」


 その言葉と共に、背後を振り返るハインライン。


 すると、そこには―――勢いよく拳を振っている途中の、オークの姿があった。


 オークの拳はハインラインの顔面に直撃する。彼は吹き飛ばされ……そのまま少年たちの傍にある大木へと叩きつけられた。


 オークはゼェゼェと荒く息を吐くと、目を血走らせ、歯をむき出しにし、不気味な嗤い声を上げる。


「グククッ!!!! グハハハハハハハハハハハハハ!!!!!! 素晴らしい!!!! 素晴らしいぞ、老人ッッ!!!! 今のは本気で死ぬかと思ったぞッッ!!!! お前は、今まで我が相対してきた剣士たちとはレベルが違うッッ!! 恐らくは、人の世界において最強の剣士なのだろうな!! こんなに高揚したのは初めてのことだ!! グハハハハハッ!!!!!」


 両手を広げ、狂ったように嗤うオーク。


 そんな彼の姿にチッと舌打ちをすると、ハインラインは鼻に手を当て、ブッと、鼻血を地面へと落とす。


 そしてよろめきながら立ち上がると、オークを睨み付けた。


「お主……どうやってワシの【狐火】の包囲網から逃げおおせた?」


「フッフッフッ、別に、逃げ出したというわけではないぞ。何、簡単な話だ。我には、再生の加護があるのでな。炎が触れた箇所の肉の一部を即座に剣で剥ぎ取り、対処したまでのこと。後は……爆発した煙に乗じて林の中に隠れ、奇襲を打った……というわけだ」


「触れた箇所の肉を即座に剣で剥いだ……? あの一瞬で、全身に襲いかかった全ての炎に対処したというのか?」


「無論、あの炎の雨を前にしては完全に対処しきるのは不可能だった。回避できるものは回避して、当たらざるを得ない炎に関しては肉を削ぐことで処置を施したのだよ。我にもし、再生の加護が無ければ―――我は即座に燃やし尽くされ、今頃焼死体となって殺されていただろうな。ククッ、本当に面白い技だ。貴様の力、ぜひ……この我が、貰い受けたい!!」


 そう言ってオークはハインラインへと歩みを進めて行く。


 そんなオークに対して、ハインラインも無表情で歩みを進めて行った。


「再生能力がある以上【蒼焔】は利かぬ……ということか。まぁ、あれは剣に付いているオマケのスキルのようなものじゃからのう。やはり、最後にものを言うのは、自分自身の筋肉ということじゃて」


 そう口にして、ハインラインは先程使っていた『蒼焔剣』ではなく、腰布に差しているもう一本の刀の持ち手を握る。


 その剣は、どこにでも売っているようなただの安物の刀だった。


 年季の入ったその刀を鞘から引き抜くと、ハインラインは中断に刀を構え、大きく息を吸った。


 そして、息を吐き出すのと同時にカッと目を見開き―――足を強く前へと踏み込み、地面を陥没させた。


「何……?」


 オークは、突如様子が変化したハインラインのその姿に、瞠目して驚く。


 先ほどまでは腕も足も細く、しわがれた年老いた老人のはずだった。


 だが……深呼吸した途端、ハインラインの腕と足の筋肉はボンッと盛り上がっていったのだ。


 それだけじゃない。


 辺りには、先ほどまでとは比べものにならないほどの闘気の圧が、ピリピリと漂い始めたのだった。


「ホッホッホ。ワシはのう、【蒼焔剣】という名前が前から嫌いだったのじゃ」


 オークは声を発することができない。いや、口を開くことすらもできない。


 ただ彼は呆然と立ち尽くし、目の前に居る老剣士を見つめることしかできなかった。


 闘気の圧に圧倒させられているオークに対して、ハインラインは中段に剣を構えたまま再度開口する。


「ワシはのぉう……実を言うと、ひとつも剣技(・・)が使えぬのじゃ。ワシは、今でこそ剣の神を名乗ってはおるが、元々は才能がなく、凡人そのものでな。魔法も剣も扱えぬ、取るに足らぬ脇役……それがワシ、ハインライン・ロックベルトという男の本質だったのじゃ」


「……何を……いったい何を言っている? さっき、貴様は炎の剣を自在に操っていただろう……? あれは、まさしく、剣技と称すに相応しいものだったぞ……?」


「いいや、アレは、単に剣に付随している効果で遊んでおっただけのことよ。そもそも、本気を出せる相手もそんなにおらんかったのでな。炎の能力が付いた剣で遊んでおったら、いつの間にか【蒼焔剣】と呼ばれておった、というだけの話じゃ。それに……ワシには、~剣と名付けられるような、剣士の格を表わすような主だった剣技が無かったからのう。ワシにできることは、ただ己の力のみで剣を振るう。それだけじゃった」


 ハインラインは服を破り捨て、地面へと捨てる。


 するとそこには、老人とは思えぬ鍛えられた筋肉と腹筋、古傷が無数に刻まれた跡が残っていた。


 ニヤリと笑みを浮かべると、ハインラインは刀を構え、オークへと突進する。


 オークはすぐに剣を構えて、横薙ぎに降られたその剣をガードし、防ぐ。


 だが……。


「ぐっ!! ぬっ……ぬぅぅぅぐぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!」


 剣の威力を殺しきれず、オークは吹き飛ばされ、背後の森の中をゴロゴロと転がって行くのだった。


 すぐに体勢を整えようとオークは起き上がるが、目の前には既に、跳躍するハインラインの姿があった。


 ハインラインはオークの顎を蹴り上げると、宙へと浮かせる。


 そして自分も地面を蹴り上げると、宙を飛ぶオークの前に現れ、彼の顔面に、目にも止まらぬ速度で数発の拳を叩きこんでいった。


「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャッッッッ!!!!」


「ぐふっ、おぐっ、うぐっっ!! こ、この、調子に乗るなぁ!!!!」


 首目掛けて横薙ぎに剣を振られるが、ハインラインは目の前から一瞬にして姿を消した。


 そして―――いつの間にかオークが降った剣の上に、ハインラインは立っていた。


 驚き戸惑うオーク。ハインラインは足を高く上げると、そんな動揺するオークの脳天へと踵を落とす。


 オークは血を吐き出しながら、地面へと叩きつけられる。


 そんなオークに対して、ハインラインは落下しながら剣を上段に構えた。


「これは、ただの上段の剣じゃ。アーノイックの【覇王剣】の真似事にしかすぎない。じゃが―――この八十数年鍛え抜いてきた筋肉によるこの一撃は、相当なものじゃぞ!! とくと味わうと良い!! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」


「ま、待っ―――」


「筋肉こそが全てを解決するのじゃ!! 筋肉isゴッドォォォォ!!!!」


 上段に降られた剣が、オークの構えた剣に当たった瞬間。


 地面が陥没し、ドゴォォンと爆発音が鳴り……半径五メートル程の周囲一帯の木々は全て、薙ぎ倒されていくのだった―――。





「―――今度こそ、終いかのう……はぁはぁ……」


 ハインラインはオークの腹の上に乗り、白目になり気絶しているオークの首元に刀の切っ先を差し向ける。


 先ほどの一撃は、彼にとって、全盛期の十分の一にも満たない力だった。


 本来の彼であれば、わざわざ威力の高い上段を使わずとも、闘気を纏った剣の一振りで周囲一帯にクレーターを造り出すことが叶ったはず。


 そして、本来であれば……この一撃でここまで体力を使うこともなかった。


 ハインラインは一瞬フラリとよろめくが、何とか踏みとどまる。


 そして荒く息を吐きながら、両手で刀を握り、オークの首を切断しようと剣を高く掲げた。


 しかし―――。


「ウグルゥアァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!」


 オークは起き上がると、口元から白い泡を吹き出しながら、ハインラインの首を掴む。


 そして、ハインラインをそのまま、後方の地面へと激しく叩き付けた。


「ぐはっ!? な、何じゃと!?」


「グルアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」


「ぐっ、うぐっ!! は……離せ!!」


 オークは全力でハインラインの首を絞め上げる。


 その腕を振りほどく体力も無いハインラインは……そのまま瞼を閉じ、呆気なく、意識を失ってしまうのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……? 何ですか、今の音は……闘気の爆発、ですか?」


 リトリシアは遠くの空を見上げ、訝し気に首を傾げる。


 そんな彼女に対して、全身フルプレートの漆黒の甲冑を着たヴィンセントは静かに声を掛けた。


「どうかしたのかね、【剣聖】殿。何か気がかりなことでも見つけたのか?」


「……いいえ。今は急いでフィアレンスの森を抜けましょう。まずは、パルテトに向かい、村民の状況を確認しなければ」


 そう言ってリトリシアは金色の長い髪を靡かせ、森の奥へと進んで行く。


 そんな彼女に続いて、ヴィンセントと彼の部下であるコルネリアも、歩みを進めて行った。

第134話を読んでくださって、ありがとうございました!!

オーク編は、自分が好きなように書いている回なので、毎回、読者の皆様に楽しんでもらっているのか不安です笑

最近のお話は男だらけの戦闘だらけの回なので、華がないですよね……?

オーク編は、グレイレウスとミレーナがヒロイン、なのかな……?笑

オーク編、発売日までには絶対に終わらせる所存です!!


書籍1巻発売日まであと19日……!!

また次回も読んでくださると嬉しいです!!

よろしければ、いいね、感想、評価、ブクマ、お願い致します~!!

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― 新着の感想 ―
読んでいて時々、これ百合だよな?と思う時はありますが、面白いのでヨシ!
[気になる点] リトリシアとかアネットとか、華はあるからいいと思いますよ 作者様が楽しんでいるようで良かったです
[良い点] 脳筋の完全体おじいちゃん・・・・・・ [一言] 悲劇のヒロインミレーヌ。かわいそうに。南無阿弥陀仏
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