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第131話 元剣聖のメイドのおっさん、新たに謎パーティを編成する。


「エステルさん……?」


 突如藪の中から出て来たエステルに対して、思わず動揺した声を溢してしまう。


 そんな俺に対してエステルは小さく笑みを浮かべると、俺たちの前に立ち、口を開いた。


「悪いけど、さっきの一部始終を遠くから見せてもらっていたよ。交渉相手が悪かったね。ルティカ・オーギュストハイムは四人いる【剣神】の中でも一番、話が通じない相手だ。彼女を簡単に説明するのならば、戦闘狂、と言った方が良いのだろうか。とにかく、ろくに会話ができない、猪突猛進という言葉が相応しい人物だよ」


 そう口にして目を伏せフッと鼻を鳴らすエステル。そんな彼女に対して、アンナは戸惑いつつ声を発した。


「な、何でグライスがここにいるの? 昨日、冒険者ギルドで別れたはずじゃ……?」


「何でここにいるのか、か。その質問には、僕には僕のやるべきことがある、と、答えるしかないかな。生憎と、君たちと僕の目的は同じだ。僕は大森林に行かなければならない事情がある。だけど、ルティカ・オーギュストハイムの前に姿を現すことはできない。で、あるとするならば……パルテトの中を通過せずにこっそりと大森林に潜入する必要がある、というわけさ。僕と君たちは、ほぼほぼ同じ状況下にいるんだよ、アンナさん」


「同じ状況下……ですか。だから先ほど一緒にパーティを組もうと、そう言ってきたのですか?」


「その通りだよ、アネットさん。今、大森林はとても危険な状態だと言える。ある怪物が暴れ回ったせいで、魔物たちが混乱し、普段は奥の界域にいる魔物たちも現在は第1~4界域の低級の領域に出てきている。ならば、選りすぐりのメンバーで攻略に挑まないといけないのは必然の状況だろう」


 エステルは目を開けると、俺の瞳をまっすぐと見つめてくる。


 ……前から思っていたが、こいつの目は不思議な雰囲気が宿っているな。


 銀の瞳の奥にあるのは、水色の煌めき……氷のような冷たさが見て取れる。


「どうかな、アネットさん。僕たちと一緒に大森林に行かないかい? 君ならば戦力としては申し分ない。むしろ、十分すぎるくらいだ」


「僕たち、ということは……貴方の背後にいるその男も一緒、ということですよね」


 チラリと、藪の中で大木に背を預けるジェネディクトに視線を向ける。


 ジェネディクトはあまりこちらに顔を見せようとはせず、終始、森の奥を静かに見つめていた。


「? 誰? あの人……?」


 アンナが不思議そうにジェネディクトを見つめていると、その視線を遮るようにしてエステルが立ち、アンナに声を掛けた。


「彼は僕の従者だ。それよりも……アンナさんたちはすぐにでも王都に戻った方が良いよ」


「え? な、何で、私たちは帰らないといけないの!?」


「ここはじきに苛烈な戦場に変わる。大森林に発生した怪物を討伐するために、現在、【剣聖】【剣神】【剣王】たちが集結しつつあるんだ。討伐対象は、国家を滅亡させる危険性のある『災厄級の魔物』。王国中の最高戦力を用いて、聖王陛下は魔物を討伐する気だ。君たちは巻き込まれないためにも、早々に帰路につくべきだよ」


「で、でも……!! ロザレナちゃんの病気を治すためには、大森林にしか生えていない薬草が必要で……!!」


「状況をよく見るんだ。災厄級の魔物が出た時、君がもし魔物に人質に取られたら、アネットさんは身動きを封じられることになる。今この場において最も必要なのは、少数精鋭の戦力だ。申し訳ないが……この状況下で大森林に向かう以上、君では足手纏いになりかねない」


「……ッ!! じゃ、じゃあ、グライスは足手纏いにはならないっていうの!! 貴方はそんなに強いっていうの!!」


「いいや、僕は強くはない。もしかしたら、肉体的には君よりも弱いかもしれないね。だけど……いざとなった時、状況を正確に判断し、正解へと導くことはできる自信はある。僕には【転移の魔道具(マジックアイテム)】もあるんだ。もし、僕の存在が邪魔だとなったその時は、潔く逃げる道を選ぶさ」


「…………」


 アンナは悔しそうに下唇を噛むと、チラリと、俺の横顔を見つめてくる。


 そして俯き、絞り出すような小さな声量で開口した。


「……分かった。納得はいかないけど……グライスが私の代わりに薬草を取ることを協力してくれるのなら……素直にここは帰ることにする。でも、約束してよ? 絶対に、アネットちゃんに薬草を持ち帰らせるって。お願い……」


「勿論だ。僕としても、ロザレナさんには死んで欲しくはない。僕にとって、あの奴隷時代に捕まっていたみんなは……大事な友達、幼馴染なんだ。絶対に薬草は採取して、アネットさんに持ち帰らせる。そこだけは、安心して欲しい」


「うん……わかった」


 そう言ってアンナは踵を返し、馬車へと向かってとぼとぼと歩き出す。


 そんな目の前を通り過ぎる彼女を見つめると、ミレーナは額の汗を拭い、ふぅと大きくため息を吐いた。


「いやー、うち的にはものすっごく良い展開になったので、グライスさんには正直感謝していますぅ。災厄級の魔物がいるとか、あんな、村人全員が恐ろしい目に遭っている状況を見たら……普通、回れ右して帰るのが当然ですからねぇ。無事王都に戻ることになって本当に良かったですぅぅ……さっさとおうちに帰ってお休みするですぅぅ」


「……ミレーナ、オイラ、この状況で素直にそんなことが言える君が羨ましいよ……」


「何を言ってるですか、ギークくん。うちは最初からあの拷問メイドについていくことには反対していたですよぉう! 絶対にトラブルになるのは目に見えてますから! あとみんなは幼馴染とか友達とか言っていますが、ミレーナにとって正直ロザレナさんなんてどうでもいい存在なんですぅ!! うちにとって一番大事なのは、自分の命であって―――」


「あっ、そうだ。ミレーナさんは残ってくれるかな。その恰好を見るに、君、レンジャーなんだろう? レンジャー職の人はルート確認のためになるべくパーティに居て欲しいんだ。頼めるかな?」


「は……へ?」


 ミレーナは信じられないものを見るかのような目で、エステルへと顔を向ける。


 エステルはそんな彼女に近付くと、ポンと肩を叩いた。


「君はかなり優秀な冒険者だと、ギルドで会った時から僕はそう評価していたんだ。だから……僕たちと一緒に大森林を攻略する再編成メンバーに加わってくれないかな?」


「ぜ、絶対に嫌ですぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!! 何でアンナちゃんには王都に帰れって言ったのに、ミレーナにはここに残れって言うんですかぁぁぁぁぁ!!!! うちは本当に、足手纏いになりますですよぉぉぉぉぉぉ!!!! 災厄級の魔物なんて恐ろしい奴がいるところに、行きたくはないですぅぅぅぅぅ!!!!」


 涙目になり手を前に突き出し、激しく拒否を示すミレーナ。


 そんな彼女の肩から手を離すと、エステルは微笑を浮かべた。


「そうか。そんなに拒絶されたら仕方ないね。君を仲間に引き入れるのは諦めるとするよ」


「ホッ……そ、そうですよぉう! うちみたいな三流冒険者連れて行ったところで、魔物の餌になってしまうだけですからぁ。絶対にやめておいた方が良いですよぉう……!」


「いや、君は優秀な冒険者だと僕は思うよ。だから、そんなに自分を卑下しなくても良い」


「え? えへっ……えへえへぇ~。ま、まぁ、それほどでもあるかもしれませんけどぉ、うちは王国のレンジャー職冒険者の中でも、トップクラスだと思いますけどぉ。えへへへ~」


「? あれ、ちょっと待って、ミレーナさん。前髪に虫が付いているよ?」


「ぴぎゃう!? む、虫~~!!」


「僕が取ってあげるよ。目を閉じて」


「は、はいですぅぅ!!!!」


 怯えた様子で目を伏せるミレーナ。


 エステルは彼女の顔を見つめた後、ミレーナの背後にある馬車へと何かジェスチャーを送る。


 そして、ミレーナの前髪に一瞬触れると、彼女に優しく声を掛けた。


「もう目を開けて大丈夫だよ。取ったから」


「は、はいですぅぅ~……」


 ホッとした様子でミレーナは安堵のため息を漏らす。


 そんなミレーナの様子にクスリと笑みを溢した後、エステルは踵を返し、彼女へと背を向けた。


「それじゃあ、僕たちはもう行くよ。ここに長居していたら、ルティカ・オーギュストハイムに見つかってしまうかもしれないからね」


「はいですぅ~。御達者で~」


 元気いっぱいに手を振るミレーナ。


 残った俺とグレイレウスはそんな彼女の姿を見届けた後、横を通り過ぎていくエステルに黙ってついていく。


 俺は前を歩くエステルに対して、小さく声を掛けた。


「……エステルさんは本当に、人が悪い方ですね」


「君にそう言われるのは心外だな。僕としては、君もこちら側の人間だと思っているのだけれど?」


「こちら側の人間?」


「目的のためならば―――手段を選ばない、という点さ」


「さて、うちも早く馬車に乗って王都に帰り―――あれ?」


 背後から素っ頓狂なミレーナの声が聴こえてくる。


 さっきから分かってはいたことだが……エステルもなかなかに性格が悪いものだ。


 ミレーナが目を瞑った隙に、アンナたちが乗った馬車に先へ行けとジェスチャーを送るなんて……本当に、容赦がない。


「ば、馬車がないですぅぅぅぅぅぅぅ!!!!! なんでぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 肩越しにチラリと背後に視線を送ると、そこには、絶望した様子のミレーナの姿が。


 そしてミレーナはハッとした顔をすると、引き攣った笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来る。


「ちょ―――ちょっと待ってくださいぃぃぃ!!!! やっぱりミレーナも一緒について行きますぅぅぅぅ!!! こうなったら、拷問メイドの傍にいることが一番の安全策……い、いえ!! ミレーナ、どうしてもアネットさまのお傍に居たくなりましたぁぁ~!!!! そ、それに、ロザレナさんが心配ですからね!! ミレーナもお供致しますですよぉぅう!!」


「……何か、ぴぎゃあ女が喚きながらこちらに向かってきていますよ、師匠(せんせい)。斬りますか?」


「いや、何で斬るんだよ……放っておけ」


「ちょ、無視しないでくださいぃぃぃぃ!!!! 靴でも舐めますから!! 置いていかないでくださいよぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!」


 こうして俺たちは、大森林を攻略するために新たにパーティを再編成することになったのだった。

 

 俺、アネット・イークウェス。そして弟子のグレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。


 騙されて同行することになったレンジャーのミレーナ・ウェンディ。


 そして、急遽合流した第三王女【白銀の乙女】エステリアル・ヴィタレス・フォーメル・グレクシア。

 

 最後に……王女の従者である【迅雷剣】ジェネディクト・バルトシュタイン。


 正直言って、傍目から見たらわけのわからない謎の組み合わせだ。


 だが……不思議と、悪くない編成に思える。


 ジェネディクトの奴がいることが最大の懸念ではあるが、この際目をつむろう。


 俺の目的は、ロザレナの病を治療できる『ラパナ草』を採取すること。


 そのためならば、悪人とだって手を組んでやるさ―――。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……悲惨な光景じゃな」


 ハインラインは木の枝に突き刺さって吊るされている肉団子を見つめ、深くため息を吐く。


 そんな彼に対して、弟子のアレフレッドは眉間に皺を寄せて声を放つ。


「お爺様。やはり件の魔物、早急に討つべきです。ブリュエットの話では、例の魔物は食べた獲物の力を己にのものにすることができるらしいですからね。これ以上力を付ける前に、早く見つけて殺してしまうのが最善策かと」


 アレフレッドのその言葉に、紫色の髪の青年は手鏡で自身の顔を見つめながら、言葉を返す。


「ボーイ、そんなに焦る必要などないのではないかい? どっちにしろオフィアーヌ領にはもうハインライン様がお着きになられているんだ。王国最強の剣士がいるのだから、事態の解決はもう決定事項さ!! ハハハーンッ!! うん、今日も私は美しい!!」


「おい、ロドリゲス!! ここはもう戦場なんだぞ!! 手鏡で自分の顔なんて見るんじゃない!! あと、お爺様の御力を信じるのは良いが、頼り切りになるな!! お前も【剣王】の端くれなら自分で魔物を倒す気概くらい見せろ!!」


「ふふん。我がエンドクライブ家の一族は、美しさだけを求める画商の家系。故に、私も剣と戦いには美しさを求める。醜いものは極力切りたくはないのさ」


「お前はまた、ふざけたことを―――!!!!」


「よさんか、お主ら。弟子同士で喧嘩をするな!」


「は、はい!! 申し訳ございませんでした!! お爺様!!」


「これはこれは醜いところをお見せしてしまったかな。申し訳ない、我が師(マイマスター)


 二人の弟子は師であるハインラインに対してそれぞれ謝罪の言葉を口にする。


 そんな二人の様子に呆れたため息を溢した後、ハインラインは木の根元に視線を向ける。


「……見たところ、この場に人が来た形跡は多く残されておるな。足跡は比較的新しいものじゃ。察するに、五時間以内で二人……いや、三人がここへ来ておる。ここは、オフィアーヌ領パルテトの村へと続く街道のすぐ傍の林の中。その地形から鑑みて、村人ではなく旅人じゃな」


「このような状況下で旅人……ですか。下手したら、その旅人、【暴食の王】に既に襲われている可能性がありますね」


「そうじゃな。【暴食の王】は人、魔物、家畜、見境なく食ろうておるようじゃ。相対すればまず間違いなく、喰われることは必至の状況じゃて」


 そう言ってハインラインは長い髭を撫でると、アレフレッドへと視線を向ける。


「アレフレッド、【転移の魔道具(マジックアイテム)】を嵌めた指輪でこの近辺の倒木を触り、いつでもここに転移できるようにマーキングしておけ。ここは彼奴めの餌の保管所と見た。マークしておいた方が得策じゃろう」


「はっ! 了解致しました!」


 アレフレッドは祖父に頷きを返すと、指輪を嵌めた右手で近くにある大木に触れ、転移のスポットとして登録を完了させる。


 その姿を確認した後、ハインラインは何者かが通ったであろうなぎ倒された草原の先にある―――森林の奥へと視線を向けた。


 そして、弟子二人へと静かに開口する。


「……アレフレッド、ロドリゲス。今からワシは【瞬閃脚】を使って移動を開始する。お主たちはまだ【縮地】しか使えぬじゃろう? ついて来るのが難しいのならば後からゆっくりついてきてもらっても構わぬぞ」


「ご冗談を。このアレフレッド、お爺様に振り放されぬよう、気合いを入れてついていきますよ」


「ボーイに同意するよ。私も、我が師(マイマスター)の背中を見失うなんてことはしないさ」


「はっ、若造どもが。【剣王】として恥の無い結果を残せよ」


 そう口にした―――その瞬間。


 ハインラインはつま先立ちで地面を蹴り上げ、目にも止まらぬ猛スピードで森林の中を駆け抜けていく。


 そんな彼の背中を追いかけ、遅れて弟子二人も【縮地】を使い、懸命についていく。


 ハインラインたちはこうして、オフィアーヌ領の北に広がるフィアレンスの森を探索していくのであった。

第132話を読んでくださって、ありがとうございました。

オーク編もいつの間にか中盤へと入りました!

最後までお付き合いしていただければ、嬉しいです!

よろしければ、いいね、感想、ブクマ、評価等、お願い致します!


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― 新着の感想 ―
[一言] ミレーナ、身から出た錆という言葉を100回復唱した方がいいぞ オーガとハイラインの戦いを始めそうだけど、ルティカの敗北前につければいいなぁ
[良い点] 剣王の質の低下ここに極まれり? [一言] >あっ、そうだ。ミレーナさんは残ってくれるかな。 イィィィィヤッフゥゥゥゥゥゥゥゥ(歓喜の叫び声)
[一言] ミレーナは本当にぶれないですね(笑) しかし、エステルに認められるくらいの実力者だったとは。。。!
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