第130話 元剣聖のメイドのおっさん、剣神に喧嘩を売る。
「あ、貴方は、もしかして……【剣神】、ルティカ・オーギュストハイム様……!?」
「え? 【剣神】……?」
褐色肌の鉱山族の少女は、俺たちの様子に、面倒そうに大きくため息を吐く。
そしてチッと舌打ちをすると、こちらに近寄って来た。
「なんだ、テメェらは。見たところ、雑魚冒険者ってところか? あのエロジジイ……冒険者すらまともに飼い慣らせねぇのかよ……あぁ、クソ面倒くせぇなぁ、もう!」
乱暴にボリボリと髪の毛を掻きむしると、ルティカと呼ばれた鉱山族は俺たちの前に立ち、ギロリと睨み付けて来た。
「おい、テメェら。等級ランクとパーティ名を名乗れ」
「あ……はい! 銀等級冒険者の、『宵の明星』と申します!」
「銀等級冒険者……やっぱり雑魚か。で、ここへは何しにきたんだ?」
「行商人であるクレイマンさんの護衛と、大森林に行くためです」
「……ギルド長であるハインラインの奴から聞いてねぇのか。大森林は今、冒険者の立ち入りを禁じられている。だから、回れ右してとっとと王都へ帰れ。迷惑なんだよ、テメェらみたいな雑魚がこの場に居ることがよ」
「で、ですが―――」
「お前らもこの光景を見て、理解しただろ。今現在、オフィアーヌ領は危険な災害に見舞われている。この事態の対処を、オレ様たち【剣神】はしなきゃならねぇ。だから、銀等級とかいう雑魚に構っていられる余裕はねぇんだよ。早く失せろ」
背中のハンマーを取り出し、ルティカはそれを俺たちへと突き付ける。
むき出しのその暴力的な闘気の圧に、アンナたちはゴクリと唾を飲み込んだ。
そんな彼女たちの様子を見て「ハッ」と鼻を鳴らすと、ルティカはハンマーを肩に乗せ、不敵に笑みを見せた。
「まっ、大森林に行きたきゃ、また日を改めて出直すんだな。このオレ様がここに来たんだ。【旋風剣】ルティカ・オーギュストハイムがいれば、すぐにこの問題も解決できる。だから、ここは大人しく帰って―――」
「お待ちください」
俺はスッと前に出て、ルティカの前に立つ。
するとルティカは訝し気に眉を潜めた。
「何だ、テメェは。メイド如きがこのルティカ様に何か言いたいことでもあるのか?」
「申し訳ございません。私は主人の病を治すために、どうしても大森林に行かなければならない事情があるのです。大森林に生えている薬草を採取しなければ、我が主人の命は……もう、あと数日間が峠だと思われます。ですから、どうか! 大森林に行く許可をお許しください! お願いします、剣神さま!」
俺はそう言ってルティカへと深く頭を下げる。
だがルティカは一切表情を変えずに、淡々と口を開いた。
「テメェの事情なんざ知らねぇよ。運が悪かったと諦めるこったな。こっちは王家の命令で動いているんだ。個人の考えなんて、オレには知ったこっちゃない」
「そこを何とか、お願い致します! お金が必要と言うのなら、後でお支払い致しますので―――」
その瞬間。ブンと風を切る音と共に、ルティカのハンマーが俺の顔の横を掠めた。
俺の首元に数cmの距離でハンマーを突き付け、ルティカはこちらに鋭い目を向けてくる。
「この【剣神】であるオレ様が、金で動くとでも思ってるのか、メイド。オレ様はこの国の最強格である【剣神】の一人だ。何で剣の神たるオレ様が、お前のような使用人風情の願いを聞き入れなきゃならねぇんだ? 立場を弁えろ。オレ様をそこらの金で動く傭兵や冒険者と一括りにするな。ぶっ殺すぞ」
「そんなつもりは―――」
「貴様……師匠に何をしている!!」
その時、背後からグレイレウスが飛び出し、ルティカへと飛び掛かった。
二刀流による神速の奇襲。その光景を見て、俺は声を張り上げる。
「馬鹿! やめろ、グレイ!!」
「何だ、お前」
グレイレウスはルティカの首元に向け、袈裟斬りを放つ。
だが――――――。
「ぐふっ!?」
ガギィンという鈍い音がするのと同時に、グレイレウスは俺たちの背後へと吹き飛ばされる。
前方を見ると、そこには……巨大なハンマーを振った後の、ルティカの姿があった。
「……ほう? ぶっ殺す気で戦槌を振ったんだが……クソガキ、お前、なかなか良い動きと目をしていやがるな」
「…………くっ……!!」
グレイレウスは背後にある建造物に叩きつけられた後、刀を杖替わりにして起き上がり、膝を付く。
その顔は苦悶の表情を浮かべており、鼻からは鼻血を流し、息は荒くなっていた。
なるほど。咄嗟にハンマーを刀でガードして……腹部への直撃を防いだが。
だが、その威力を殺しきれずに、結果、深刻なダメージを負ってしまったようだな。
……無事で良かった。あのルティカとかいう女のハンマーには、明確な殺意が宿っていたからな。
グレイレウスが無事だったことに大きく息を吐いた後、俺は再びルティカへと視線を向けた。
「……ルティカさま。どうしても、私たちが大森林に行くことを認めてはくださらないのですか?」
「あぁ、認めない。さっきも言ったが、メイド、そもそも自分たちが何かを言えるような立場にいるだなんて考えるな。オレ様は【剣神】、お前たちは銀等級冒険者。その差は歴然だ。強者の弁には素直に従え、人族のガキども」
「……」
どうやらルティカは、俺たちが大森林に行くことは絶対に阻止したいようだな。
理由は……まぁ分からんでもない。災厄級の魔物との戦いに、余計な茶々を入れられたくないのだろう。
強者であるからこその、傲慢な考え。察するに、この女は……今まで殆ど敗けたことがないのだろうな。
ここで俺が実力を出し、この調子に乗ってる半裸女をブチのめすのは簡単だ。
だが、それは最終手段として考えた方が良い。
そうなった場合、【剣神】を倒した俺の名前が王国中に広がってしまうことになる。
今後もロザレナのメイドとして在り続けるためには……ここは耐えるしかない。
一旦退く振りをして、ルティカが去った後に大森林に潜入する。それしか、今は道が無さそうだ。
「……分かりました。素直に、王都へと戻ることに致します」
「ちょ、アネットちゃん、本気なの!? ロザレナちゃんの薬草はどうするのよ!?」
「【剣神】さまがこう言っているようでは仕方ありませんよ。行きましょう」
そう言って俺はルティカに背を向け、皆に声を掛ける。
その時―――咆哮を上げ、グレイレウスが再びルティカへと突進していった。
俺はそんな奴の肩を、寸前で掴み、止める。
「グレイ、落ち着け!」
「師匠!! 止めないでください!! オレは、あの女が許せない!! 何故【剣神】ともあろう者が、助けを乞う民を見捨てようとするのか……!! 過去のオレは、力が無かったから姉を失った!! だからオレは力を求め、姉の墓前の前で弱き者を守れる【剣神】になると誓った!! それなのに……あの【剣神】はいったい何なのですか!! 強者の弁には素直に従えだと!? 冗談じゃない!! 貴様の傲慢で自分勝手な考えのせいで、ロザレナをむざむざと死なせてたまるものか!!」
前から、薄っすらと思っていたことだが……こいつは、満月亭の誰よりも情が強い男だな。
一見満月亭の仲間に興味がないように見せて、実は誰よりも情に厚く、人のことをよく見ている。
以前、ルナティエからの決闘をロザレナが受け入れた時、こいつは修行するロザレナに自主退学するよう声を掛けていたと、ロザレナから聞いたことがある。
あの学校で敗北した者の未来は惨めだ。だからこいつは、ロザレナに退学を勧めた。
『―――まったく、自分がどんな状況に立たされているのかも知らず、能天気な奴だな……。寮生のよしみで助言しておくが、今すぐこの学校を辞めて去った方が良いぞ。この学校において一度付いた敗者の烙印というのは、地獄そのものだからな』
一見すれば冷たいように見えるが、その中身は、相手を慮っての行動だということが良く分かる。
それだけじゃない。ルナティエが寮に来た時は真っ先に反対して、仲間を守る発言をしていた。
『……フン、仲良くなどできるわけがないだろう。この女は、ここに居る他の寮生たちとは違う。悪辣非道で性根の腐った女だ。寮に置いておいたら、何をしでかすか分かったものではないぞ?』
そして、ロザレナが病になってからグレイレウスはずっと、暗くなった俺やオリヴィア、ジェシカを明るくさせようと、常にいつも通りの自分で居てくれた。
『最近、師匠はロザレナの看病でお忙しそうでしたので! 勝手ながらお部屋のお掃除をさせていただきました!! お洋服もすべて綺麗に洗濯させていただきましたよ!!』
こいつは、誰よりも仲間を見ている。あの寮の中で誰よりも一番、優しい奴だ。
「――――――グレイ」
肩を掴みながら彼に声を掛けると、グレイレウスは俯きながらビクリと肩を震わせた。
俺はそんな奴を見つめた後、目の前に立つルティカへと視線を向け、不敵な笑みを浮かべる。
「ここに来る前にさっき、俺はお前にある言葉を言っただろう。もう忘れたのか?」
「え……?」
「俺がお前を導いてやるよ、グレイ。だからお前があいつを倒せ。俺がお前を【剣神】にしてやる。俺から見て、お前の方が―――この鉱山族よりも【剣神】に相応しい」
「師匠……?」
「あぁ? 何言ってんだ? てめぇ?」
「何でもございません。ただの取るに足らない雑魚の戯言です。……さぁ、行きましょう、みなさん。【剣神】さまのお仕事を邪魔するわけにはいきませんからね」
そう言葉を残して、俺たちはルティカの横を通り過ぎ、元来た道を引き返していく。
ルティカは先程の俺の言葉に何か言いたげな様子だったが、チッと不快気に舌打ちをして、踵を返して行った。
生前の俺の時代に居た【剣神】は、もっとマシな剣士が多かったものだが……時代の流れかね、あまり質が良くなさそうだ。
まぁ、別に良いか。俺の弟子があいつから席を奪うのはもう、確定している事なのだからな。
別段、気にするべくもない。グレイレウスは必ずルティカを押しのけ【剣神】になる。
だから、どうでもいいことだ。
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「馬車まで戻って来たけど……本当に戻る気なの? アネットちゃん?」
馬車の前に戻るや否や、アンナがそう声を掛けてくる。
俺はそんな彼女に対して首を振り、口を開いた。
「いいえ。何とかルティカさんが見ていない隙に、大森林に潜入しようと思います」
「え? そ、それって……大丈夫なの? あの【剣神】様、とんでもなく怒りっぽい人じゃない? バレたらすぐにハンマーが飛んでくるんじゃないの?」
「そうですね……ですから、万全を期して、バレないように行動する必要がありますね」
そう言って俺は小さく息を吐き、再びアンナに向けて開口した。
「申し訳ございません。アンナさんたちはここで帰った方が良いと思います」
「え……? ど、どうして……?」
「あの村の惨状を確認しましたよね? 現状を鑑みるに、ひとつの村を壊滅状態に陥れる魔物が現れたと見るべきです。村や小規模の街の存亡に関わる力を持った魔物……最低でも、『鬼災級』の魔物が発生したと思われます。『鬼災級』の討伐ランクはB-相当。等級ランクでは、ミスリル〜アダマンチウム等級に該当します」
「ミスリル〜アダマンチウム等級……」
「はい。ですから……銀等級冒険者であるアンナさんたちは、この先、その身に危険が及ぶ可能性がございます。ご帰還なされた方が懸命かと」
「で、でも、アネットちゃんがいれば……っ!!」
「私は、完璧な人間ではございません。何か予期せぬアクシデントがあれば、アンナさんたちのことを守れなくなる可能性がございます。……私は、友人である貴方たちを傷付けたくないのです。ですからどうか、この場は――」
「―――賛成だね。僕もこの先は、メンバーの再編成をすることをオススメしたい」
「え?」
草むらからガサッと音を立てて、キャスケット帽子を被った青年が現れる。
その青年は―――昨日ギルドで出会ったグライスことエステルだった。
エステルは驚く俺たちに微笑を浮かべると、腰に手を当て、口を開く。
「待っていたよ、アネットさん。突然だけど、僕と連れの彼と、大森林の攻略パーティを組まないかな」
エステルの背後に視線を向ける。するとそこには、木の枝に背を預ける―――ジェネディクトの姿があったのだった。
第131話を読んでくださって、ありがとうございました!
Xを見てくださっている方は知っているかと思いますが……なんと、剣聖メイドの書影が公開されました~!!
オーバラップ広報室さまの方でも表紙とあらすじを載せていただいていますので、チェック、お願い致します!!
表紙のアネット、めちゃくちゃ可愛いです!!
話は変わりますが、実は今日、ゲーマーズさまの方にお邪魔して剣聖メイドの限定版を予約してきました!!
自分で自分の本を買うのは初めてのことだったので、とてもドキドキしました!!
発売まであと23日……ワクワクです!!




