第127話 元剣聖のメイドのおっさん、仲間たちと会議をする。
「あっ、おかえりなさい、師匠―――ん? アンナとぴぎゃあ女の顔色が悪いですね。何かあったのですか?」
野営地に戻ってくると、薪を両手に抱えたグレイレウスが、首を傾げてこちらに近寄って来る。
俺はそんな彼に微笑を浮かべると、静かに口を開いた。
「少し、不気味なものを発見しましてね。とりあえず……今は野営の準備を進めましょうか。私、晩御飯を作ってきますよ。夕食時にお話する内容でもないと思いますが、何があったのかはその時に、グレイ先輩とギークさんに説明致します」
「? 分かりました。では、オレは焚火を作った後、師匠の料理をお手伝い致しますね!」
そう言ってグレイレウスは踵を返し、再び野営の準備に取り掛かっていった。
オレはチラリと背後に視線を向け、未だに顔面蒼白なアンナとミレーナに声を掛ける。
「大丈夫ですか、アンナさん、ミレーナさん」
「ごめんね、アネットちゃん……ちょっと気分が優れなくて」
「無理もありませんよ。突然、あんな光景を目にしたら、誰でも―――」
「ご、拷問メイドさんは、ず、随分と余裕な様子ですねぇ……!! 人や魔物がグチャグチャの肉団子にされていたというのに、何でそんなに冷静でいられるんですかぁ!!」
ミレーナが、信じられないものを見るかのような様子で俺の顔を見つめてくる。
俺はそんな彼女に対して、困ったように笑みを浮かべた。
「時と場合においては、どんな光景を目にしても冷静でいることが重要なのですよ、ミレーナさん。戦場というのは一瞬の油断が死に繋がります。ですから―――」
「や、やっぱり貴方は異常ですぅぅ!! 普通、あんな光景を見たら瞳に恐怖心が宿るものですよぉ!! それなのにアネットさんは、道中、まるで怯えている様子は見られなかった!! それは……あのような光景は以前から見慣れていた、からなのではないのですかぁ!!」
「流石に、普段からあんなものは見慣れてなんかいませんよ。ですが……人の死体というのもには見慣れている。それは事実ですかね」
「ひぅっ!!」
掠れた悲鳴を上げ、アンナの背中に隠れるミレーナ。
俺はそんな彼女にため息を吐いた後、野営の準備をするべく、グレイレウスたちの元へと歩みを進めて行った。
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その後、野営の準備を一通り終えた俺たちは、焚火を囲んで夕食を摂ることになった。
夕飯のメニューはとてもシンプルなもので、香草と干した肉を混ぜただけの粥だ。
食材は、事前にアンナが持って来ていたものを使用させてもらった。
今回で食材は殆ど使い切ってしまったので、今後は現地調達するか、大森林前にある村落『パルテト』で供給しなければならなそうだ。
食料は冒険者に取って必需品になるが、どうしても邪魔な荷物になりがちだ。
なので冒険者たちは基本的に旅先の付近の村で調達するか、野生動物を狩猟して食べて行くしかない。
「……うん、良い感じですかね」
焚火に掛けた鍋をおたまで混ぜながら、俺はそう呟く。
そして、五人分のお椀に粥を入れて行くと、順番にみんなへと手渡して行った。
そうして全員の手に夕飯がいきわたったのを確認すると、自分の分の粥を椀によそい、焚火近くにある岩に腰かけた。
隣の切り株にはグレイレウスが座り、少し離れた場所にクレイマンさん、向かい側に、アンナたち三人が座る。
ミレーナがどうしても俺の傍には座りたがらないので……こういう形となってしまった。
「……それじゃあ、ご飯時に話すことじゃないと思うけど……さっき私たちが見て来たあの光景、改めて話させてもらうね」
緊張した面持ちで、アンナはそう呟く。
アンナはその後、ギークとグレイレウス、そしてクレイマンさんに向けて、先ほど起こった出来事を詳細に説明していった。
「――――人や魔物が、肉団子にされて木の枝に突き刺さっていた、ですか。ふむ。何とも、奇妙で悍ましい光景ですね」
グレイレウスはそう呟くと、眉間に皺を寄せ、マフラーに顔を埋める。
ギークとクレイマンさんも、同様に険しい表情を浮かべていた。
俺はそんな彼らの様子を静かに見つめた後、全員に向けて開口した。
「まずは、あのようなことをした何者かの背景を考察することが重要です。あの肉塊を作った者は何故、人や魔物の肉を団子状にして木の枝に刺していたのか。敵の行動を推察することが、現状、何よりも優先すべき課題かと思います」
「何故……た、ただ単に、生き物の命を弄んでいたから、じゃないの?」
「弄ぶだけなら、木の枝に刺す必要は無いと思います。恐らくは……あのような光景を造り出した何者かは、餌の保存的な意味合いで、ああやって木に刺していたのではないかと考察します。もうひとつの可能性は、敵対者に自分の力を誇示させたかったか。どちらにしても、人間に対して明確な敵意を持っていることは明らかですね」
「……十中八九、魔物の仕業、だよね。ギルド長が言っていたように、やっぱり大森林で何か異常なことが起きているのは間違いないのかな……。こんなこと、今まで見たことがなかったし。しかも、ここは大森林でもないのに……って、そうだ! オフィアーヌ領でこんな異常事態が起こっていること、オフィアーヌ家の貴族様方は、ちゃんと把握しているのかな?」
悩まし気に首を傾げるアンナ。そんな彼女に対して、行商人のクレイマンさんは言葉を返した。
「どうだろうね。僕は、何度もオフィアーヌ領と王都を行き来しているから、この土地の内情には詳しい方なのだけど……今、オフィアーヌ家には当主がいないらしいんだ。子息たちが次代の当主を争って、後継者争いをしていると聞いたことがあるよ。だから、領地の異変に気付いてはいないんじゃないかな。お家騒動に必死でさ」
「だとしたら、酷い話ですぅぅ……。貴族様が領民の平和を守らなくて、誰が守るんですかぁ!! しっかりして欲しいですぅぅ!! 税金泥棒のクソ野郎どもですぅぅっ!!」
「ミレーナ。もし、今の言葉をオフィアーヌ家の一族に聞かれたら……あんた、牢屋に入れられるかもしれないわよ?」
「ぴぎゃう!! う、嘘ですぅ!! ミ、ミレーナが、かの栄えある四大騎士公様にそんな酷いこと言うわけないじゃないですかぁ~。ご命令ならば、く、靴だって舐めますよぉう~。えへ、えへへぇ~」
うん、相変わらずの清々しいくらいの三下っぷりで、おじちゃん安心です、ミレーナちゃん。
ちなみに、一応ここにオフィアーヌ家の一族はいるんですよ、三下ーナちゃん。
うーん、ミレ虐のために正体をバラしたくなってくるな……いや、流石にそんなアホなことはしないが。
コホンと咳払いした後、俺は再度、みんなに向けて口を開いた。
「ひとつ、みなさんに提案したいことがございます。良いでしょうか?」
「? 何、アネットちゃん?」
「もし、この先も異常な事態が見られた場合、その時は……アンナさんたちやクレイマンさんは一度、王都に引き返した方が良いかもしれません」
「!? 何それ、どういうこと、アネットちゃん!?」
立ち上がり、驚いた表情を浮かべるアンナ。
俺はそんな彼女に、そのまま言葉を返した。
「申し訳ございません。情報が不確かなものなので、みなさまを混乱させまいと今まで口を閉ざしていましたが……やはり、このような状況になった以上、きちんとお話しようと思います。実は、先日、ある方からこのような情報を耳にしていたんです。―――――大森林に災厄級の魔物が発生した可能性がある、と」
「さ――――――え? さ、災厄……級……?」
皆、食事の手を止め、硬直した様子を見せる。
そんな全員に対して、俺は続けて開口する。
「はい。どうやら聖女さまがそう予言したらしいのです。ですから今、【剣聖】【剣神】【剣王】様方は、討伐のために秘密裏に動いている、とも。聖王陛下は、民の間に混乱が起こらないようにこの情報に緘口令を敷いているそうです。なので、末端である冒険者の皆様には、その情報が届いていないみたいですね」
「う、嘘でしょ? さ、災厄級って、神話上の魔物のことだよ? 先代の剣聖様が倒したとされる、黒炎龍以来の……そ、そんな怪物が、現代で復活したっていうの!? それって、かなりやばいことなんじゃ―――」
「ぴぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! だ、だから、大森林に今行くのは止めようって言ったじゃないですかぁぁぁぁぁぁ!!!!! 災厄級の魔物なんて、銀等級冒険者であるうちらじゃ、太刀打ちなんてできませんよぉぉぉぉぉ!!!!! 今すぐ帰りましょぉぉぉ!!!!! 恐ろしいですぅぅぅぅ!!!!!」
「だ、駄目だよ!! ロザレナちゃんの薬草を取りにいかなきゃいけないんだし!! それに……アネットちゃんがいるんだから、きっと大丈夫よ!! 災厄級の魔物にだって、アネットちゃんならきっと―――」
「アンナちゃん!! 災厄級の魔物は神話上の化け物ですよぉう!! 例えアネットさんでも、まともに太刀打ちすることは相当に厳しいものだと思いますぅぅ!!!!」
確かに、現代に発生した災厄級がどれだけの力を持っているかは未知数だからな。
俺が前世でぶっ殺したクソデカトカゲ……黒炎龍よりも強い可能性は十分にある。
そう、顎に手を当て考え込んでいると、行商人のクレイマンは訝し気に首を傾げた。
「? 気になったんだけど……何で、そこのメイドさんがいれば大丈夫なのかな? 災厄級の魔物とまともに太刀打ちする? メイドさんが? 何で?」
俺の実力を知らない彼からしてみれば、先ほどの会話はまるで意味が分からないものだったのだろう。
そんな彼を置いてきぼりにしながら、アンナとミレーナは言い争いを続ける。
とりあえず今夜はここで休み、後日、どうするかを決めた方が良さそうだな。
俺は、例えアンナたちが引き返す道を選んでも、一人で大森林に足を踏み入れるつもりだ。
ロザレナを助けるためなら、災厄級の魔物だろうと何者だろうと一刀に斬り伏せて見せるさ。
はっきり言って、今の俺には魔物のことなど、知った事ではない。
ロザレナを病の苦しみから解放させる。そのためなら、他のことなど二の次だ。
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「喰らった生物の力を己の糧に変える、か。どうやら随分と厄介な力を持った魔物のようじゃのう」
そう口にしてため息を吐くと、ハインラインはベッドの上で休んでいる少女へと声を掛ける。
「ブリュエット・スタインルーク。よくぞ無事でワシにその情報を持ち帰ってくれた。お主のその行動は、人類の救済へと繋がるものじゃ。感謝するぞい」
「……ハインライン様。あの魔物は、あきらかに普通じゃありませんでした。私はその姿を一目見ただけで足が竦んでしまい、震えが止まらなくなってしまいました。そんな私を庇い、兄弟子のレノスはあの化け物に喰われ―――私を逃がすために、お師匠さま……【剣王】ルイン・ウッド様は、一人残られてしまいました。私のせいで、私のせいで、二人が……っ!!」
「お主の兄弟子も師も、けっして、お主を恨んではおらんよ。恨まれるべきはこのワシじゃ。災厄級の魔物を調査させるために【剣王】とその子弟を、ワシが直接パルテトへと派遣したのじゃからな。まさか……よもや大森林の外へと出て、村を襲っているとは思いもしなかった。その凶暴性を鑑みるに、早急に手を打つ必要がある相手じゃな」
「ハインライン様、お気を付けください。先ほども言ったように、あの魔物は何かが違います。一目見ただけで分かる、根源的な恐怖と言いますか……とにかく異質な雰囲気を纏った魔物です。あんな化け物、私は、今まで見たことがありません……っ!!」
自分の身体を抱きしめ、さらにガクガクと震えだすブリュエット。
そんな彼女に、ハインラインは悲し気に目を伏せると、踵を返し、部屋を出た。
部屋を出ると、病室の前に立っていた二人の剣士はハインラインへと頭を深く下げる。
そして、その一人――ハインラインの孫であるアレフレッド・ロックベルトは、ファーの付いたマントを取り出すと、それをハインラインの肩へとそっと掛けた。
その後、ハインラインは廊下を歩きながら懐から葉巻を取り出す。
その葉巻を、もう一人の紫色の髪の剣士は人差し指に火の魔法を発動させ、着火させた。
葉巻を吸い上げると、ハインラインはふぅと息を吐き出し、空中に煙をくゆらせる。
そして、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
「亡くなった我が弟子、ルイン・ウッドには悪いが……災厄級の魔物、か。剣士としては血沸き肉が躍るのぅ。ククッ、この歳にしてまさかこのような感情を抱くことになるとはな。ワシも、剣士としての性を忘れることができないというわけか」
「お爺様。これから、どうなされるおつもりで?」
「リトリシア、ルティカ、ヴィンセントよりも先に、件のオークをワシ自らが討伐する。王領北の関所にある転移の祠を使って、今すぐ大森林に向かうぞ。ヴィンセントの奴は明日、【剣聖】【剣神】全員で団結して共に大森林へと向かおうと言うておったが……悪いが無視させてもらう。ワシの剣士人生最後の敵として、災厄級めを手向けにさせてもらうとしよう」
「またまた……何を言っているのですか、お爺様は。貴方様は真の王国最強の剣士。いずれ、リトリシア・ブルシュトロームから『剣聖』の座を奪うつもりでいたのではないのですか?」
「ハハハッ!! 流石にワシはそこまで傲慢ではないぞ、アレフレッド!! 全盛期ならいざ知らず、今のワシでは、恐らくリトリシアとどっこいどっこいといったところじゃて。それに、ジャストラムの奴もおる。あやつは、ワシとアーノイックの兄弟弟子じゃからな。奴もなかなかの腕前じゃったぞ」
「ジャストラム様は、今回の戦いには本当に参加されないのでしょうか?」
「あの超級の引きこもりは、金と食料が底を尽きるまではどこかの穴倉で怠惰な生活を送っているのだろうよ。災厄級など、興味の欠片もないじゃろうて」
そう言い残すと、ハインラインは歯をむき出しにし不敵な笑みを浮かべ、真っすぐと廊下を歩いて行った。
「楽しみじゃのう。災厄級の魔物――【暴食の王】か。果たして、どの程度の実力者なのか……このワシの枯れた心に火を灯してくれることを、祈るばかりじゃわい」
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平野を、一匹の獣が疾走していた。
その虎のような獣の上に乗っているのは、褐色肌の小柄な少女戦士―――【剣神】『旋風剣』ルティカ・オーギュストハイムだった。
ルティカはニヤリと笑みを浮かべると、叫ぶようにして、大きく口を開く。
「ははっ!! 剣聖にもエロジジイにも悪人面のオッサンにも、災厄級の魔物は渡さねぇぜ!! オレ様が一番に災厄級を狩って、王国中にルティカ様の名前を刻んでやる!! 鉱山族最強の戦士がどれほどのものか、脆弱な人族どもに見せてやるとするぜ!!」
ルティカは獣に跨り、咆哮を上げながら、夜の草原を疾走する。
巨大なハンマーを振り回す【剣神】『旋風剣』もまた、大森林に向けて出発していたのであった。
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「……お父さん。明日、災厄級の魔物を討伐しに、大森林へと行ってまいります。どうか、空の上で見守っていてください。貴方の娘として、恥ない結果を残してきます」
王国辺境にある雪山。
そこに建てられた墓石を前に、リトリシアはしゃがみ込み、手を組み、祈りを捧げていた。
そして目を開けると、立ち上がり、墓石を静かに眺める。
石柱を地に差しただけのその簡素な墓には、ボロボロになったマントが被せられていた。
このマントは、リトリシアの養父であるアーノイック・ブルシュトロームが生前好んで身に着けていたもの。
リトリシアはそのマントを静かに見つめると、手を伸ばし、マントの端を小さく破り取った。
そして、マントの切れ端を右腕に巻き付けると、威風堂々とした態度で踵を返す。
月明かりが雪山を照らす中、リトリシアは覚悟を決めた様子で指輪を空へと掲げる。
そして彼女は転移の魔道具を使用し、王都へと戻って行くのだった。
第128話を読んでくださって、ありがとうございました。
いいね、感想、ブクマ、評価、本当に励みになっております。
発売日まであと27日……!!
発売が近付いて来る度に緊張しすぎてメンタルが削られて行く感じがします笑




