第126話 元剣聖のメイドのおっさん、邪悪な存在の気配に気付く。
「アンナちゃん、この辺が良いと思いますぅ……」
「……了解、ミレーナ。じゃ、今夜はこの辺りで野営することにしよっか。クレイマンさーん、馬車、ここで停めちゃおーう!」
アンナのその声に、馬車はゆっくりと停車する。
そして、完全に停車したのを確認すると、アンナは荷物を抱えて荷台から飛び降りた。
続いて、ミレーナ、ギークの二人も、慣れた手つきで荷物を手に荷台から降りていく。
そんな三人の後ろ姿を見送った後、俺は鞄から懐中時計を取り出した。
祖母、マグレットから貰ったその懐中時計に視線を向けると、時刻は午後二十二時過ぎを示している。
先ほど、オフィアーヌ領を通過したと、アンナが言っていたから……恐らく今日はここで野営して一泊するのだろう。
流石に徹夜で夜通し馬車を走らせるのは危険だからな。
十分に休息を取ってから、翌日明朝、オフィアーヌ領南の村落『パルテト』に向けて出発する。
そして、パルテトからそのまま直で大森林へと足を踏み入れる。
ギルドでの段取りを思い返すに、そういう流れなのだろう。
俺とグレイレウスは、荷台奥に置いていた野営道具一式―――丸められたテントを右脇に抱え、鍋などの調理道具をもう左手に持ち、遅れて馬車を降りる。
馬車を降りると、ミレーナがしゃがみこみ、周囲の地面を観察している様子が目に入ってきた。
その後、彼女は立ち上がると、キョロキョロと辺りを確認し始める。
そして今度は、手に弓を持ったまま、藪の中へと消えて行った。
俺は荷物を抱えながら、そんな彼女の動向に思わず首を傾げてしまう。
すると、アンナが荷物を片しながら、俺に声を掛けて来た。
「どうしたの、アネットちゃん。早く野営の準備済ませちゃおうよ?」
「あっ、すいません。少し、ミレーナさんの様子が気になってしまったもので……」
「ん? あ、そっか、アネットちゃんには言ってなかったっけ。あの子、レンジャーなのよ」
「レンジャー……なるほど、そういうことでしたか」
レンジャーとは、戦士や拳闘士、魔術師や修道士などの一般的な職とは少し異なった、目だった攻撃能力を持たない特殊なクラスだ。
レンジャー職の人間が担う仕事は、周辺領域の敵情視察、暗闇でのルート確認、弓矢やボウガンなどの遠隔射撃、前衛のバックアップなど、主に裏方に従事することが多い。
どちらかというと暗殺者に近い役職だが、暗殺者はレンジャー程器用ではなく、メイン武器も弓というよりはナイフなどの道具に特化しているので、彼らとはパーティで担う仕事が大いに異なる。
夜目が利くことから、レンジャーは、冒険者パーティの中では特に重宝されやすい人材だ。
「ミレーナさんが、レンジャーですか……。では彼女は、周辺に敵がいないか、探索しに行ったんですね」
「そういうこと。まっ、あの子、危険を感知することには長けてるからさ。その辺は信頼してあげても良いよ」
「アンナさんのクラスは何ですか?」
「私? 私はバリバリの前衛職の戦士だよ。武器は、メインに手斧を持って戦うんだ」
そう言って彼女は立ち上がると、腰から手斧を取り出してニコリと微笑む。
手斧か。通常の戦斧は割と重いからな。
手斧であれば女性にも扱えて、尚且つ、荷物が多い冒険者にとってあまり邪魔にならない武器ともいえる。
戦斧よりは速剣型の戦闘方法が要求されるから、身軽そうなアンナにはお似合いの武器だな。
「そうなんですね。じゃあ、ギークさんは?」
「オイラは、敵のヘイトを集める重戦士さ。主に、盾とダガーを使って戦うよ」
「なるほど。アンナさんが斬りこみ役で、ギークさんが盾役、そしてミレーナさんが後方から弓で援護し、状況分析をする、と。とてもバランスの取れたチーム編成ですね」
「えへへ、ありがと。アネットちゃんたちのクラスは?」
「私は……一応、剣士、ですかね?」
「オレも師匠と同じく、剣士だ」
「まぁ、そりゃ、そうだよね。それにしても……一人は確実にフレイダイヤ級確定だろう剣士に、もう一人はミスリル級の剣士、か……。二人が加入してくれたおかげで、うちらのパーティが一気に強くなった気するよ。何か、いつもより全然安心感が違うって感じ?」
「オイラも同感だね。いつもは結構緊張感持って旅をしているんだけど、今回はアネットさんがいるから、何だかとっても頼もしいよ」
「そんな……私は剣を振ることしかできませんから、アンナさんやギークさん、ミレーナさんみたいに旅の知識は全然ありません。なので、戦闘以外は、特に役に立つことも少ないかと―――」
「み、みみみみ、みんな!! ちょっと、こっち、来てくださいですぅぅぅっ!!」
その時。草木をかき分けて、藪の中からミレーナが姿を現した。
どこか怯えた様子の彼女に、アンナとギークはすぐに荷物から手を離し、武器を手に取り立ち上がる。
「どうしたの、ミレーナ!! 魔物でもいた!?」
「い、いえ、そういうわけではないんですけどぉ……ちょっと、変なものを見つけてぇ」
「? 変なもの?」
「説明するよりも実際に見て貰った方が早いので。ついてきてくれますかぁ?」
「ん、わかったわ」
アンナは頷きを返すと、右手に鞘の付いた手斧、左手にランタンを持ち、ミレーナへと近寄る。
そして、チラリとこちらに視線を向け、口を開いた。
「それじゃあ……ギークとグレイレウスくんは、クレイマンさんの援護のためにここに残って頂戴。野営の準備も進めておいてね。ごめん、アネットちゃんは私たちと一緒に来てくれる? なるべく戦闘力の要は分散させた方が良いと思うから」
「分かりました」
俺は立ち上がると、アンナの元へと向かう。
グレイレウスは俺に「お気を付けて」と言葉を掛けると、深く頭を下げてきた。
いちいちお辞儀なんてしなくても良いのに……本当、よくわからん奴だな。
グレイレウスに呆れた笑みを浮かべつつ、俺はアンナとミレーナの元へと合流していく。
俺が合流すると、ミレーナはおどおどとした様子で、先行して歩き出した。
「じゃ、じゃあ、ついてきてください。こっちですぅ……」
腰の丈まである草木をかき分け、歩いて行くミレーナ。
そんな彼女に習い、俺とアンナも草木をかき分け、歩いて行く。
月明かりがあるため、周囲はそこまで暗くは感じなかった。
それに、アンナの持つランタンもあるので、視界は明瞭と言っても良い。
「……周囲を森林に囲まれた草原、ですか」
オフィアーヌ領は深い森林に覆われた土地だと聞く。
王国最北端にあることから、冬はとても寒冷な土地となり一帯が樹氷と化す。
なるほど、確かにここは、木々が多く建ち並んでいる自然豊かな場所だといえる。
少し、不気味さを感じる大自然の気配というか……森の影が恐ろしく感じるというか。
上手く説明するのは難しいが、レテキュラータスやバルトシュタイン、フランシアとは、大分異なった雰囲気の土地だと言えるだろう。
「ホー…ホー…ホー…」
梟の鳴き声だけが、静かな森の中に鳴り響く。
藪の中を進むこと五分後。
突如、ミレーナは足を止めると、目の前を指差した。
「……あれですぅ」
ミレーナの視線の先に、目を向けて見る。
すると五メートル程先に、何者かが通ったであろう薙ぎ倒された草木の道が、横一直線に広がっていた。
魔物の群れが通ったような様子に見えるが……どうにも規模が大きいように思える。
ミレーナは周囲を警戒しながら歩みを進めると、その獣道の前でしゃがみこみ、地面に視線を向けた。
「見てくださいです、この足跡。複数の種類の魔物が入り乱れていますぅ」
「本当だ。なにこれ、見たことない」
獣道に残された足跡は、大中小、様々な形の魔物の足跡で埋め尽くされていた。
確かに、これはおかしなことだな。
基本的に魔物は他種族同士で群れを作ったりはしない。
人のように異種族と交流するようなことはせず、魔物は異なった種族同士は敵対視する傾向がある。
ロード種と呼ばれる特殊な魔物だけが、他の群れを統括することもあるみたいだが……ロード種は大森林の奥から滅多に姿を現さない存在だ。
したがって、大森林手前のこのオフィアーヌ領地で他種族混合の群れが形成されることなど、まずあり得ないこと。
これは……いったいどういうことなのだろうか?
訝し気に首を傾げていると、ミレーナがこちらを振り返り、ガタガタと肩を震わせた。
「う、うちが予測するに、この魔物たちは、強大な力を持つ何かから逃げて、大森林から大移動をし始めた……そう推測しますですぅ!! つまり、大森林には今、恐ろしい存在がいるということっ……!! や、やっぱり帰ろうよ、アンナちゃん!! どう見ても今のオフィアーヌ領に居るのは危険ですよぉ!! ミレーナの危険センサーがビンビンに反応してますですよぉぉぉぉ!!!!!」
「……」
アンナは顎に手を当て難しい顔をしながら足跡を見つめた後、チラリと、隣に居る俺に視線を向けて来た。
そして前を振り向くと、首を横に振り、ミレーナに対して口を開く。
「それはできないよ、ミレーナ。ここまで来た以上、絶対に大森林には行く」
「そうですよぉう! 帰った方が―――って、うえぇぇぇっっ!?!? な、何言ってるんですか、アンナちゃん!! 気でも狂ったのですか!! うち、レンジャーとして、パーティの撤退を進言してるんですよぉう!?」
「分かってる。この現状を鑑みるに、ミレーナの判断は多分、正しいんだと思う。貴方の危機管理能力は他のレンジャー職の冒険者と比べても群を抜いて高い。その推測は、当たってると思う」
「だったら―――」
「それでも、今は前に進むしかないんだよ、ミレーナ。ロザレナちゃんを助けるためにも」
「は、はぁ!? い、意味が分かりませんですぅ! 命あっての物種ですぅぅぅ!! ロザレナさんのためも何も、今は何よりも逃げるのが先決―――」
「? 待って、ミレーナ。あれ、何?」
「ふぇ?」
アンナは立ち上がると、付近に生えている木の上を見上げる。
俺とミレーナも同じようにして立ち上がり、木を見上げた。
すると、その時。ポタポタと、鼻先に……水滴のようなものが垂れて来た。
不思議思い指で拭って見ると、それは、真っ赤な血、だった。
「え? 何ですか、これ……?」
「ア、アアア、アネットちゃん!! あれ、見て!!」
「え?」
怯えた様子で俺の肩を掴み、背後に隠れるアンナ。
そんな彼女の様子に首を傾げつつ、再度、木を見上げてみる。
すると、そこに広がっていたのは――――枝に刺さった肉塊の塊だった。
原型を留めていないそれは、人の部位や魔物の部位が入り乱れており、肉団子状になっていた。
その悍ましい光景に、俺は思わず、目を見開いて驚いてしまった。
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「……」
狭い部屋の中。私―――シュゼットは、外から漏れる月明かりを頼りに書物に目を通していた。
私は、今、この一面レンガ造りの部屋に監禁されている。
先日起こった騒動、アネットさんが私の妹であることが発覚した、あの時。
私は、アネットさんを傷付けようと企む母に向けて、魔法を発動させようとした。
だが―――魔法は上手く発動しなかった。
あの瞬間においては、母の方が一枚上手だったのだ。
私が学級対抗戦でロザレナさんに敗北し、御屋敷に運ばれて来る間。
どうやら母は、眠っている私の手首に【魔封じの腕輪】を取り付けていたらしい。
母に敵意を向けた瞬間、母アンリエッタは呪文を唱え、私の魔法を封じることに成功。
その後、母のお抱えの騎士たちに取り押さえられ、私はこの離れの監禁部屋に閉じ込められたのだった。
「本当に……どいつもこいつも、くだらない」
私は本を閉じ、小さく息を吐く。
最早、オフィアーヌ家の当主争いなど、私にはどうでも良いこと。
私にとって何よりも大事なのは、もう、何者にも家族を奪わせないということだけだ。
アネットさん……私は、貴方にもう一度逢いたい。
もう一度逢って、貴方をギュッと抱きしめたい。姉として、妹である貴方と愛を育みたい。
「シュゼットさま。御夕飯です」
コトッと、扉の下の隙間から食事の乗ったトレーを入れられる。
私はベッドの上からその隙間に視線を向け、口を開いた。
「ありがとう、エリーシュア」
「……お嬢様、申し訳ございません。私は、貴方さまのメイドだというのに、何の力にもなれず……」
「気にすることはありません。貴方に落ち度などひとつもありませんよ」
「ですが……」
「行きなさい。貴方が今すべきことは、屋敷内でオフィアーヌ家のメイドである自身の立場を崩さないことです。私は必ず、この部屋から自力で出て見せる。その時のために、下手なことはせず、静かに情報収集をして備えておきなさい。良いですね?」
「……はい。失礼いたします」
そう言い残して、エリーシュアは離れから去って行った。
「―――エリーシュアちゃぁん? シュゼットちゃんの様子はどうでしたかぁ?」
オフィアーヌ家の御屋敷。
廊下の奥から歩いてきたエリーシュアの進路を塞ぐと、第一夫人のアンリエッタは彼女にそう声を掛けた。
そんな夫人に対して、エリーシュアはビクリと肩を震わせると、怯えた様子で頭を下げる。
「……奥様。シュゼットお嬢様は、普段と変わらぬご様子です。日夜、本を読んで過ごされています」
「そう。クスクス……母親に敵意を向けるだなんて、少しは反省して欲しいわねぇ、シュゼットちゃんも」
そう口にしてアンリエッタは口元にファーの付いた扇子を当てると、目を細めた。
第127話を読んでくださって、ありがとうございました。
久々の毎日投稿、以前の感覚を取り戻すには難しく、なかなかに大変です笑
ですが、発売日目指して頑張ります!!
書籍発売日が来る前には、オーク編は必ず終わらせたいと思っております。
本来はこの章はそこまで長くする予定ではなかったのですが、なんだかんだ長くなってしまってますね……まだ大森林にすら着いていないぞ……笑
次回は、明日、投稿する予定です!
毎日読んでくださり、いいね、感想等をくださっているみなさま方、ありがとうございます!!
とても励みになっております!!
先日も書きましたが、書籍一巻、各店舗様で予約開始しております!
続巻のために、ぜひ、ご購入してくださると嬉しいです!!




