第124話 元剣聖のメイドのおっさん、冒険の旅に出る。
「おっ、アネットちゃんたち! 野営道具は無事買えた?」
商店街通りから戻ると、ギルドには既にアンナたちの姿があった。
俺はこちらに手を振るアンナに、ペコリと、小さく頭を下げる。
「申し訳ございません、お待たせしましたでしょうか?」
「ううん、私たちも今来たところだから気にしないで。……あれ? アネットちゃん、そんなに荷物変わってなくない? テントとか買ったんだよね?」
「それが……」
俺はチラリと、背後にいるグレイレウスへと視線を向ける。
アンナは俺の様子に首を傾げつつも、同じようにして背後へと視線を向けた。
そして、グレイレウスが背負っている巨大なリュックを見て、アンナは驚いたように目を丸くさせる。
「……って、えぇぇっ!? グ、グレイレウスくん、何、その大きなリュックサックは……!?」
グレイレウスの背中には、丸められた二つのテントが取り付けられた、巨大な鞄の姿があった。
だが、そんな大きな鞄を背負っている本人はいたって冷静そのもので、真顔のままアンナに言葉を返す。
「野営道具一式だ。師匠のお手を荷物で塞ぐわけにはいかないからな。弟子として、師の荷物も一緒に運んでいるんだ」
「……お、重くないの? 大森林は結構険しい道のりだけど……大丈夫?」
「問題は無い。これも修行の一環だ」
「えぇ……?」
どこか引いた様子で、アンナはグレイレウスの顔をジツと見つめる。
そんな彼女に対して、俺は小さく息を吐き、口を開いた。
「彼には一応、自分の分は自分で持つと言ったのですが……一切、聞いてくれないんですよ。ですから、このアホのことは一旦無視でお願いします」
「な、なんというか……やっぱり変わってるね、グレイレウスくんは……」
あはははと乾いた笑い声を上げた後、アンナはコホンと咳払いをし、メンバー全員の顔を一人ずつ見つめる。
そして、腰に手を当て、ニコリと笑みを浮かべた。
「それじゃあ、全員準備も整ったということで……さっそく、オフィアーヌ領行きの馬車に向かうとしよっか。オフィアーヌ領南の村落『パルテト』に行って、そこから大森林に入るよ。目標採取アイテムの【ラパナ草】は……確か、大森林の第6界域に生息しているんだよね、アネットちゃん」
「はい。ブルーノ先生……いえ、知人から貰った本には、そう書かれていました」
「了解。じゃあ、まず、進行ルートを説明するよ」
そう言ってアンナは鞄から丸められた羊皮紙を取り出し、テーブルの上にそれを広げて見せた。
その羊皮紙には、俺たちが住まうこの大陸―――エリシュオンの全てが詳細に書かれていた。
東の大国、聖グレクシア王国。
その北に位置する、大陸の北と西を覆い尽くす深い森林が、人類未踏の地【大森林】。
大森林から先に続く地は未開となっており、途中から何も絵が描かれていない。
7年程前に、聖王国のフレイダイヤ級冒険者が第12界域に行って帰ってきたという話を聞いたが、今現在でも人類が足を踏み入れた領域は、12界域までのようだ。
大森林の奥に何があるのか……人々は未だに、何も分かってはいない。
最奥には魔物の親玉が居るとか、国ほどの大きさがある金銀財宝が眠っているとか、大森林の向こう側にはさらに大陸が広がっていて、人々の住む世界が広がっているとか……とにかく、色々な予想がされている。
夢見る秘境。開拓者たちの目指す新天地、それが、大森林という場所なのである。
「まず、今からオフィアーヌ領行きの馬車に乗って、大森林の入り口にある村『パルテト』に行くでしょ? 今は……午前十一時くらいだから……着くのはざっと夕方辺りかな。村の宿で一泊して、明日の朝に大森林に出発。状況によるけど、第6界域までだったら、一日、二日あれば辿り着けると思うよ」
「では、概ね旅の期間は三日間、ということですね」
「そうなるね。パルテトの村で食材が無かった場合、もしかしたら食料は現地調達になる可能性もあるかもだけど……平気?」
「構いません。こう見えてもサバイバルは慣れていますので」
「良かった。じゃっ、とりあえず出発しよっか。冒険者パーティー『宵の明星』と……あれ、アネットちゃんたちのパーティー名は何て言うの?」
「パーティー名ですか? 特に決めてま―――」
「『流派・箒剣道場』、というのは如何でしょうか! 師匠!」
「絶対に嫌です。というかパーティー名じゃないでしょう、それ……」
グレイレウスの発言に呆れたため息を吐いた後。
俺たち冒険者チーム一行は、オフィアーヌ領行きの馬車に乗るべく、ギルドの外へと歩みを進めて行った。
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「―――素晴らしい戦いだったぞ、【剣王】」
全身切り傷だらけのオークはそう言って、目の前で倒れ伏している剣士を見下ろした。
剣士はヒューヒューとか細い息を溢しながら、血だまりの中、辛うじて命を繋いでいた。
そんな彼に対して、オークは感嘆の息を溢す。
「まさに、死闘であったな。我は今まで、人を単なる食料としか思っていなかったが……少し、考えが変わったぞ。我は、貴様という武人には一定の敬意を示そう。生きたまま、苦しみを与えながら喰らうなどということはせぬ。安らかに眠ると良い。貴様の剣は、努力の軌跡は、我の中で生き続ける」
そう口にすると、オークは剣士の背中に剣を突き刺した。
絶命した剣士の姿を静かに見下ろすと、オークはその肉を喰らおうと、手を伸ばす。
だが―――その時。
オークの背後から、何者かの声が聴こえて来た。
「―――カカカ、お主、強いのぉう」
藪の中から姿を現したのは、四体のゴブリンが担ぐ神輿の上に乗った―――緑色の年老いた一体のゴブリンだった。
そのゴブリンは長い髭を撫でると、オークを値踏みするかのように、黄色い目を細める。
「数千年単位でしか産まれない魔王種の魔物、か。カカカ、我らが魔の神も、面白い存在を誕生させおったものじゃて」
「……貴様、我と同じ、言葉が喋れる魔物か?」
「左様。余はゴブリンの一族を纏める王、小鬼の王と申す。貴殿と同じ、王の名を冠する者じゃ」
「王の名……? む?」
今度は、小鬼の王とは反対側の藪から、一体の別の魔物が姿を現す。
その魔物は上半身が人間の女性、下半身が蛇のような身体をした、異形の魔物だった。
蛇の魔物は長い黒髪の中からチロチロと舌を伸ばし、ニヤリと、不気味な笑みを浮かべる。
「私の名前は、蛇人の王。お初にお目にかかります、オークの王よ」
「……何だ、貴様らは。オークの王とは、いったい何のことだ?」
「フフフ……我ら魔族の中には、時折、知能と力を持った魔王種という魔物が産まれるのですよ。私たちと貴方様は謂わば同じ定め、ロードの名を持った仲間といえるでしょう。いえ……仲間というのは少し違いますかね。貴方様は、私たちすらも超える、特殊な力をお持ちのようですからね」
「そうじゃな。実はワシらは、情報魔法を使用し、貴殿が誕生してからこのパルテトを襲うまでの行動全てを監視させてもらっていた。それで、ひとつ、確信を得たのじゃ。貴殿は……魔族を束ねる真の王の器であるということをな」
そう口にして、しわがれたゴブリンは神輿からピョンと降りると、杖を突きながらゆっくりとオークの前に歩いて行った。
ナーガも地面を這い、漆黒のオークの前へと赴く。
そして二匹はオークの前に並ぶと、深く頭を下げ、同時に口を開いた。
「「我ら魔族は、貴方様の誕生を心から待ちわびていました、魔王様。これより我ら小鬼族と蛇人族の一族は、貴方様の軍門に降ります。忌まわしき人間の世を終わらせるために、どうか、ご助力をお願い申し上げます」」
「……クックックックッ」
「? 魔王様?」
オークは額に手を当て、可笑しそうに笑い声を上げる。
そして紅い瞳でナーガとゴブリンを見下ろすと、静かに開口した。
「貴様らは、我を王に戴き、共に人間を根絶させたいのか?」
「その通りですじゃ。人の世を終わらせ、魔物の世界を作るのが我ら魔族の使命。余とナーガの王だけでは、それを叶えるのは難しい。ワシらはどちらも【剣王】と同等クラス。【剣聖】【剣神】を倒すためには、より強者が上に立って導いていかねばならないのは当然の摂理じゃからのう」
「ええ。そのためには、貴方様の御力が必要不可欠なのです、オークの王、オーク・ロード様。貴方様は今現在、力量的には我らとそう変わらぬ実力者ですが、食べた者の能力を己の糧とするその力を使えば……いずれ【剣聖】にもその力が届くことは叶いましょう。魔王様。どうか、我らの悲願を叶えてくださ―――」
その瞬間。オークは、持っていた剣で―――ナーガの首を切断した。
その光景に、ゴブリン・ロードは瞠目して驚く。
オークはゴロリと落ちたナーガの首を拾うと、その顔面の頬を……林檎のようにかぶりつきはじめた。
頬の肉を噛み千切り、クチャクチャと咀嚼した後、オークは不快気に眉を顰める。
「……不味いな。やはり、肉は人に限るようだ」
「なっ……え? な、何を……何をしているんじゃ? お主は……?」
「見て分かるだろう、ゴブリン。我は、今、肉を喰っている。……何か勘違いをしているようだが、我は別に人の世を根絶させたいなどとは思っていない。我にあるのは、この飢えと渇きを満たすために、多種多様な種を喰らうという本能だけだ。人も魔族も、総じて我の餌にすぎない。理解したか、小鬼の王。我は、貴様たちなど端から仲間とは思っていない」
オークは瞳孔の開いた紅い目で、年老いたゴブリンの顔をジッと見つめる。
その理解し難い異質な姿に、ゴブリンの王は「ひぃぃぃ」と掠れた声を上げ、手下たちを引き連れ、藪の中へと逃げて行った。
オークはナーガの頭を地面に放り捨てると、ゴブリンたちが去っていたその後を、静かに追って行く。
だが……その時。オークの身体に、首の無いナーガの尻尾がまとわりついた。
身体を完全に拘束すると、首が切断された箇所から、新たなるナーガの頭が生えてくる。
頭を生やし終え、完全回復したナーガロードはチロチロと舌を出し、楽し気に口を開いた。
「……フフフ。どうやら勘違いしていたのは、貴方様のようですね。我らロード種は、貴方様と同様に、特殊な加護を持って産まれ出でる者。私の加護は【原初の蛇】。どの部位を斬りつけられようとも、即座に治癒再生することが可能です。つまり―――私の身体を一気に消滅させない限り、私は不死身ということです」
「ほう。面白い力だな。再生能力か。クククク……実に、素晴らしい」
「……身体は完全に拘束させていただきました。心を入れ替え、私たちと共に歩む気にはなりましたか?」
「無いな。貴様らは我の餌でしかない」
「……残念です。貴方様は、我ら魔族を導く存在になる者かと思いましたのに」
ぐぐぐっと、蛇の尻尾に力が入り、オークの身体、そして首を強く締め付ける。
だが……オークは苦悶の表情ではなく、笑みを浮かべていた。
「ククッ、ハハハハハハハハハハハハハッッッ!! 良いぞ!! 死線を越え、強者の力を喰らえば喰らうほど、我は強くなる!! 根比べといこうではないか!! 蛇の王よ!!」
オークは、自身の首を締め付けるナーガの尻尾に――思いっきり噛みついた。
辺りに紫色の血が飛び散り、オークはその肉を咀嚼し始める。
その光景を見て、ナーガは、呆れたようにため息を溢した。
「いったい、何の真似ですか? いくら私を食べたところで、私の身体は即座に治癒し、再生を―――」
「延々と尽きぬ肉!! 不味いが、悪くはない獲物だ!! そうやって我の身体を強く締め付けていろ、蛇!! 我が縊り殺されるか、貴様が喰われる痛みに狂い、精魂尽き果てて再生の加護を使用せず、自ら死を選ぶか―――我慢比べといこう!! どちらがこの世に残る種であるか、勝負をしようではないか!! ハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
「―――貴方は……」
ナーガは、自身の身体を貪り喰うオークに冷や汗をかく。
そして、このオークが、自分たちとは違うところから産まれた異質なものであることを理解した。
―――魔物たちでさえも理解できない、絶対的な捕食者。
それが、このオークの正体であることを、ナーガの王は今更ながらに理解したのだった。
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オフィアーヌ領行きの馬車は、行商人の所有しているものだった。
荷台を覗いてみると、中にはパルテトの街やオフィアーヌの領都へと運ぶ物資が乗っている姿が見て取れる。
なかなかに立派な馬車だ。見たところ、馬の状態も良さそうに思える。
「……いや~、大森林行きの冒険者パーティーがいて、助かったよ~。最近はオフィアーヌ領に行く冒険者の数もめっきり減ったからさ。困っていたんだよ~」
馬車を近くで眺めていると、そう口にして、二十代くらいの男性が近付いて来た。
そんな彼に対して、アンナは笑みを浮かべ、言葉を返す。
「こちらとしても助かりましたよ。オフィアーヌ領行きの旅行馬車も今、一切無くなっていますからね。タイミング良く行商人の方がいて、助かりました!」
「いやいやいや、お礼を言うのは僕の方さ。道中、夜盗や魔物から守ってくれる冒険者さんがついてくれるだけで、旅の安心度は全然違うからね! あっ、僕の名前はクレイマン。短い間だけど、よろしく頼むね」
「私はアンナです。よろしくお願いします」
アンナとクレイマンと名乗った男性は固く握手を交わす。
……災厄級の魔物が発生したせいか、王都にある旅行馬車はオフィアーヌ領行きのものが全て無くなっていた。
俺たちはギルドを出た後、その光景を見てほとほと困り果てていたのだが……アンナが機転を利かせ、行商人の馬車ならどうかと、策を提案してきた。
行商人たちは基本的に用心棒代わりに傭兵や冒険者を雇って他の街へと移動する。
なら、快く同行を引き受けてくれる商人がいるのではないか。
そう考えたアンナは、王門の前で馬車を停めている行商人を何件か回って―――そして現在、何とか、同行を許可してくれるオフィアーヌ領行きの行商人を見つけ出すことが叶ったのだ。
これもすべては、彼女の機転のおかげと言えるだろう。
「優秀だな、アンナさんは」
社交性と良い、策を思い付く機転と良い、彼女は傍目から見てとても優秀に思える。
実質、この冒険者パーティーのリーダー的な立ち位置にいると言っても良い存在だろう。
まぁ……本当のリーダーは彼女ではなく、こいつなんだけどな……。
チラリと、背後にいる水色の髪の少女に視線を向ける。
すると彼女は「ぴぎゃう!?」と悲鳴を上げ、視線を横に向け、ダラダラと汗を流し始めた。
「な、ななななな何か、拷問メイドがこっちを見ていますぅぅ……お、恐ろしいですぅぅ……」
「じー」
「うぅぅ……そ、そんなに見られもぉ、ミ、ミレーナは、屈しませんよぉ……。うちは、拷問メイドよりも先輩なんですからぁ……このパーティーでの地位は、ミレーナの方が上なんですからぁ」
「じー」
「あうあぅあぅぅ~!! お、お金ですか!! お金が欲しいんですかぁ!? だ、だったら、こ、これ上げますから!! こっち見ないでくださいぃぃぃっ!!」
何故かミレーナが懐から貨幣の入った袋を取り出してきた。
……何でこの女は、俺がいちいち顔を見るだけで、怯えだすのだろうか。
闘気を感じる加護の力があるにしても、流石にビビリすぎだろ……。
俺、一度もミレーナに対して何かしたことは無いんだけどなぁ。
パーティーを組むことになったのだからいい加減、慣れて欲しいところだ。
第125話を読んでくださって、ありがとうございました!
発売まであと30日。
ドキドキですね……!!




