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第123話 元剣聖のメイドのおっさん、変態貴族の子息を叩きのめす。


「ほら、さっさとかかってこいや、クソガキども。遊んでやるよ」


 箒丸を肩に置き、連中を挑発するように右手でクイクイッと、動かした。


 するとアルファルドたちはプッと吹き出し、さらに大きく笑い声を上げ始める。


「キヒャヒャヒャヒャ!! こ、ここまでくるとアホ通り越したさらにクソアホだな! どういう思考回路したら、てめぇがオレ様たちに戦いを挑むなんて結論に辿り着きやがるんだ!! こっちは六人で、てめぇは一人なんだぞ!! それも、武器が箒だぁ!? 舐めてんのかぁ!? あぁん!?」


「良いか、アルファルド。お前も剣士の端くれならよく覚えておくと良い。この世には、子供のように小柄な体格をしていても化け物みたいな力を持つ奴や、魔法使いの(なり)をしている癖に、不意打ちで仕込み刀を使ってくる計算高い奴もいる。後学のために学んでおくと良い。人は、見た目で判断してはいけないってことをな」


「はぁ。何を言うかと思えば、くっだらねぇ。おらっ、てめぇら、このアホメイドを壊さない程度に存分に痛めつけてやれや」


「良いのか? ダースウェリンの坊ちゃん。段取りでは、あんたが先にこいつを痛めつけるんじゃなかったのか?」


「興ざめだ。こんなバカをオレ様が嬲っても、面白くもなんともねぇ。てめぇらにくれてやる」


「それじゃあ、遠慮なく」


 男の一人が、下卑た笑みを浮かべながらこちらに近付いて来る。


 190cmはあろう巨漢の大男は、俺の前に立つと、ポキポキと拳を鳴らした。


「へへっ、悪いな、姉ちゃん。俺は生粋のサディストでな。弱い者、特に女をいじめるのが大好きなんだ」


「そうか。俺はどちらかと言うと強い奴と戦う方が好きだけどな」


「そんな余裕な態度を取ってられるのも今の内だぜ? 今からヒーヒーと泣き声を上げさせてやる!! ―――オラァッ!!」


 男がまっすぐと拳を俺に向けて放ってくる。


 俺は、その拳を―――そのまま右手の手のひらで難なく受け止めてみせた。


 パシッと乾いた音が鳴り響くが、俺の身体は微動だにしない。


 そんな俺の様子を見て、男は、瞠目して掠れた声を上げる。


「……は? え、な、何で……?」


「おいおい、バルヴィーク、何遊んでるんだ? 何でたかがメイドに拳を抑えられてんだよ!」


「い、いや、遊んでるわけじゃ……いたたたたたたたたたたたッッッ!!!!」


 俺は男の拳を掴むと、手首を反対側に回し、男の腕を逆回転させる。


 すると男は地面に膝を付き、叫び声を上げ始めた。


「いぎゃあああああああああああああああッッッ!!!! や、やめろ!! う、腕が!! 腕が折れる!!」


「お前は弱い者いじめが楽しいんだろ? だったら俺に教えてくれよ。いったいこれのどこが、楽しいんだ?」


 男の腕に足を掛け、俺はそのまま―――その腕を、中程からブチ折った。


 ボキッと鈍い音がしたのと同時に、男はさらに悲鳴の声を上げる。


「うッ、ぎぃあ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!」


 あらぬ方向に腕が曲がり、男は地面の上でのたうち回る。


 俺はそんな男を静かに見下ろした後、前方で固まっているアルファルドたちに視線を向ける。


「確かに、純粋なパワーで言えば女の身である俺よりも、ガタイの良いこいつの方が遥かに上だろうな。だが―――力の受け流し方、力の扱い方というのは、ただ拳をブン回したりするだけのものじゃない。俺が知っている拳術に【心月無刀流】という流派がある。この拳術は、相手の力を逆に利用するもので、使い手となれば女子供老人でも大の男を投げ飛ばすことが可能だ」


「なっ―――何言ってやがるんだ、テメェ……!?」


「お前ら程度の拳なんて、俺には一生掛かっても当たらねぇって言ってんだよ。女だとかメイドだとかで俺を舐めるのは良い加減止めにして、剣を抜いて全力で掛かって来いや、クソガキども。俺も暇じゃねぇんだ。やるならやるでまとめてさっさと来い」


 前髪を後ろに上げ、俺はふぅと息を吐く。


 こちとら、ロザレナお嬢様の病をいちはやく直さなきゃならない身なんだ。


 雑魚どもに掛けてやる時間など、あるわけがない。


「……おい、てめぇら。全員で掛かれ。殺す気でやれ!」


 アルファルドのその号令に、男たちは腰の鞘から剣を取り出し、こちらにジリジリと近寄って来る。


 背後に居た連中も同じように、俺の元へとにじり寄って来た。


 その光景にグレイレウスは壁際に行くと、腕を組み、フンと鼻を鳴らす。


「フン。彼我の戦力差すらも分からない愚か者どもめが。だが……師匠(せんせい)の戦いを間近で見れる絶好の機会であることもまた事実。そのことに関しては感謝するぞ、ゴミ虫ども」


「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ、田舎貴族アレクサンドロス家のクソガキが!! メイドの雌ガキをぶっ殺したら、次はテメェだ!! この女を助けなかったことを後悔させてや―――」


「ぐふぁっ!?」


 アルファルドの背後へと、男が吹き飛ばされて行く。


 オレは前に突き出した拳を元に戻すと、箒をポンポンと肩に叩き、呆然と立ち尽くすアルファルドへと鋭い視線を向けた。


「手下にばかりやらせて、お前は高みの見物か? ―――よっと」


 背後から不意打ちをしてきた男の剣を俺は身体を逸らすことで避ける。


 そして、跳躍すると、男の顔面へと回し蹴りを放って行った。


 グレイレウスの居る横の壁に打ち付けられ、男は血を吐き出しながら地面に横たわる。


 その光景に、アルファルドは―――信じられないものを見るかのような様子で、硬直していた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《アルファルド視点》


「ゼェゼェ……何なんだ……何なんだ、テメェは!!」


 息を荒げながら、目の前に居るメイドへと剣を振り降ろす。


 だが、メイドの少女アネットは、冷静な様子で身体を逸らしその剣をいとも簡単に回避してみせた。


「あり得ねぇ……あり得ねぇだろ!!」


 オレ様はさらに剣を加速させ、唐竹、袈裟斬り、右薙と、あらゆる方向から剣を振り放った。


 だが、メイドはその攻撃を欠伸をしながら、踊るように難なく回避してみせる。


 ―――意味が分からねぇ。だってオレ様は、称号持ちの剣士【剣鬼】だぞ?


 なのに、何でこんなアホ面しているメイド如きに、簡単にあしらわれなきゃいけねぇんだ?


 あのシュゼットのように、担任のリーゼロッテのように、普段から強者のオーラが出ている奴なら分かる。


 だが、こいつはそんな気配を微塵にも表に出していない。どこにでもいる、ただのメイドだ。


 付き人として聖騎士養成学校に入って来た使用人風情に、このダースウェリン家の嫡男であるオレ様の剣が当たらない、だと?


 十代で称号を持ち、剣の天才だと、周囲から持て囃された……このオレ様が……?


 こんな、こんな……剣の世界とは無縁そうなガキに!? こんなことがあってたまるか!!


 ふざけるんじゃねぇ!!


「嘘だ……こんなことは、嘘だ……ッ! オレ様は、四大騎士公の分家の一族だぞ!?」


 その瞬間。大振りに降った剣が空中に弾き飛ばされ、オレ様の首元に箒が付きつけられた。


 奴の顔に視線を向けてみる。


 ―――アネットはオレ様のことなどまるで興味の欠片もなく、道端にある石ころを見ているかの如く、ただ冷たい目でこちらを見つめていた。


 暗闇に浮かぶ、青い瞳。その姿に、思わずゾッとしてしまう。


 ……格が違う。端っから相手にすらなっていない。


 こいつとは剣を振って来た年数が違う。この一瞬の攻防で、それを即座に思い知らされた。


「そんな、馬鹿なことがあるってのかよ……」


 同年代でここまで剣を扱える奴がいただなんて……オレ様は、この世界をよく知らなかったんだ。


 理解した。そもそも、オレ様は……天才などではなかった。


「……負けだ。好きにしやがれ」


 ドサッと地面に膝を付ける。


 こちらが戦意喪失をしたのを確認したのか、アネットは無表情のまま箒を下げる。


 そして、足元で転がっているゴロツキの胸ポケットから煙草とマッチ箱を奪うと、煙草を一本取り出し、それを口に咥え、マッチで火を点けた。


 そして、ふぅと煙を吐くと、頬に血を付けたまま、オレ様を見下ろしてくる。


「素直に投了を認めるその心意気自体は悪くねぇ。お前の剣には、努力の血の跡が見えた。だが―――てめぇはこの俺を雑魚だと決めつけ、俺が大事にしている魔法の杖を、そして大事な友達を……無作法に踏みにじりやがった。今まで何でも思い通りになると思っていたんだろ? お前の敗因はただ傲慢だった。それだけのことさ」


 煙草をもう一度吸い、煙をくゆらせると、アネットはそのまま道の奥へと進んで行く。


 グレイレウスはこちらを一瞥することもなく、メイドの後をついて行った。

 

「畜生……」


 オレ様は顔を俯かせる。


 これほどまでに惨めな思いをしたのは……人生で初めてのことだった。


 完膚なきまでに敗北した。心の中のものが、全て、空っぽになった感覚がした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……ヒッ!」


 路地を抜け大通りに出ると、通りすがりの主婦が俺の顔を見てか細い声を上げる。


 そして彼女は何処か怯えた様子で、足早にその場から去って行った。


 その光景に訝し気に首を傾げていると、背後からついてきたグレイレウスが声を掛けてきた。


師匠(せんせい)。こちらでお顔をお拭きください」


「え?」


 グレイレウスが懐からハンカチを取り出し、それを俺に差し出してくる。


 その突然の行動に驚いていると、グレイレウスは再び口を開いた。


師匠(せんせい)の右の頬に、あの愚か者どもの血がべっとりとくっついてしまっています。通行人に訝しがれないためにも、早めにお拭きになられた方がよろしいかと」


「あぁ、なるほど。さっきのはそういうことだったわけか。サンキュ」


 ハンカチを受け取り、右の頬を丁寧に拭いていく。


 そして、紅くなったハンカチを、煙草を咥えながら四つ折りに畳んで行った。


「じゃあ、帰ったら洗って返すよ。汚して悪かったな」


「そ、そんな! 大丈夫です!! オレが洗濯しますから!! 師匠(せんせい)のお手を煩わせるわけにはいきません!!」


「良いから。これでも俺はメイドなんだ。洗濯は任せろ」


 ハンカチをショルダーバッグの中に入れ、俺はニコリと笑みを浮かべる。


 するとグレイレウスは、困ったように眉を八の字にさせた。


師匠(せんせい)。貴方様の身の回りのお世話をするのは、弟子であるオレの仕事です。ですから、そんなに気を遣わないでください」


「うるせぇ。メイドは俺の本分だ。炊事、洗濯、掃除の仕事は誰であろうとも絶対に譲らねぇよ」


 そう口にした後、俺は最寄りのゴミ箱に近寄り、咥えていた煙草を放り入れた。


 そして、人込みに混じり、大通りを歩いて行く。


 そんな俺の背後を、グレイレウスは静かについてきた。


師匠(せんせい)は、煙草を嗜まれるのですか?」


「嗜むってほどじゃないけどな。まぁ、昔は仕事終わり……戦いの後には必ず吸っていたっけな。特に、イライラするとどうにも吸いたくなっちまうんだ。まぁ、止めていた期間が長いから、別段、ヘビースモーカーってわけでもないけどな」


「なるほど……オレも吸ってみようかな」


「止めとけ。煙草は百害あって一利なしだ。身体に害しかねぇぞ。それに……身体に匂いが付くと、森妖精族(エルフ)獣人族(ビスレル)などの異種族に嫌われやすくなる。もし、異種族と関わり合うことになった場合、煙草はマイナス要素にしかならないぞ」


「でも……オレ、師匠(せんせい)みたいになりたいんです!!」


「はぁ?」


「先ほどの師匠(せんせい)は本当に素晴らしかったです!! 最小限の動きだけで敵の攻撃を躱し、相手の急所に的確に拳や蹴りを叩きこむ……あの華麗な御姿こそが、まさに武の極致!! このグレイレウス、師匠(せんせい)の美しさには心から感動して……って、師匠(せんせい)! 先に行かないでください! オレの話を最後まで聞いてください!」


 背後から謎テンションで追いかけて来る弟子に呆れたため息を溢しつつ、俺は通りをまっすぐと進んで行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《リトリシア視点》


「おい、剣聖! そんなにアイテムを買い込んでどうすんだ!! 召喚魔法のスクロールを持って行けばすぐに済む話だろ!!」


 店の前で魔法薬液(ポーション)を物色していると、背後から【剣神】ルティカ・オーギュストハイムにそう声を掛けられる。


 私はそんな彼女に、思わずムッとした表情を向けてしまった。


「ルティカさん。魔法薬液(ポーション)はすぐに扱えるように手持ちに持っていくのがセオリーですよ。我々前線で戦う剣士にとって、回復アイテムは必需品。スクロールなどでアイテムを召喚している時間を、わざわざ敵が待ってくださると思いますか? スクロールは、後衛職が持つべきものです。前衛には元から不要な物品です」


「はっ! 例の聖女さまが予言したとかいう魔物に、そこまで警戒する必要があるのかねぇ。【剣神】一人いれば片が付く問題だと思うがな!」


「ルティカさん……自分の腕に自信を持つのは結構ですが、過信しすぎるのは如何なものかと思いますよ。我が師はいつもこう言っていました。最強の座に就いたとしても、慢心せずに、己を超える存在が何処かにいることを常に念頭に入れておけ、と。剣士とは、永遠の挑戦者のことです。挑戦無き者は剣士ではありません」


「師って、【覇王剣】のイカサマ野郎のことか? 前にも言ったが、オレは先代の剣聖の偉業は信じちゃいねぇぜ。海や大地を割るだなんて、嘘くせー話、現代の剣士の殆どは誰も心から真実だったとは思っていねぇよ。みんな、吟遊詩人たちの脚色だと思っているぜ。勿論、オレもな!」


「……また、それですか? いい加減、我が師アーノイック・ブルシュトロームのことを噓吐き呼ばわりするのはやめてもらえませんか? 非常に不愉快です。思わず剣を抜きたくなるほどに――――――ん?」


 その時。風に乗って、煙草の匂いが鼻に入って来た。


 その嫌な臭いに思わず顔を顰めて、背後を振り返る。


師匠(せんせい)! 待ってください!」


 夏だというのにマフラーを靡かせる若い青年と、その前を歩くメイドと、私はすれ違う。


 王国では珍しい空のようなシアンブルーの瞳に、素朴だが綺麗な顔立ちをした少女。

 

 ハーフツインテールを可愛らしく揺らしながら、箒を持った少女は、そのまままっすぐと前を歩いて行った。


「メイドから……煙草の匂い?」


 可愛らしい純朴そうな少女から匂ってきた煙草の匂いに、私は思わず首を傾げてしまう。


 だけど、すぐに思考を切り上げ、私は再び店先に陳列されている魔法薬液(ポーション)の瓶へと、視線を戻していった。 

第124話を読んでくださってありがとうございました。

実は、先日の10月23日でこの作品を連載してから一年が経過していました!

長く読んでくださったみなさまに深い感謝を申し上げます!

本当に、ありがとうございました!


そして……今日、10月25日から1か月後の11月25日には、なんと、剣聖メイドの書籍第1巻が発売致します!!

発売日までの一か月間、なるべく高頻度で最新話をアップしたいと思います!

カウントダン的な感じで出来たら良いなと思っています!

もうすぐ予約も始まるのかな? めっちゃドキドキです!

書店でアネットの表紙が並ぶのを、今か今かと待ちわびています!

ではではみなさま、また次回でお会いしましょう!!


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― 新着の感想 ―
[一言] bookwalkerに予約した! 素晴らしい作品です!
[気になる点] リトリシアは煙草の臭いがただ嫌だったのか、それともアーノルドの吸っていた煙草の臭いと同じだったから気になったのか? グレイレウスは確かにアネットの戦いをみたけど剣をみてないからまだまだ…
[一言] 1周年おめでとうございます! 毎話毎話楽しみにさせていただいています!(^^)! 今後ともアネットを眺めさせていただきます!!
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