第120話 元剣聖のメイドのおっさん、採用試験を受ける。【あとがきにご報告があります!】
「―――よし、全員おるな。ではこれより、冒険者採用試験を始めるとするぞい。まずは中庭に移動をする。ついて来るんじゃ」
冒険者志望者たちの点呼を終えると、ハインラインはそのまま部屋の外に出て、年寄りとは思えない軽快な足取りで廊下の奥へと進んで行った。
そんな彼の後ろを、俺たち冒険者志望者総勢14名は困惑しながらも、大人しくついていった。
「さてさて。全員、ついてこれたかの」
ハインラインの案内によって辿り着いたのは、冒険者ギルドの中央にある、中庭―――とは名ばかりの、訓練場。
そこには試し斬り用に並べられた木人形や、弓兵用の的当て、剣や槍などの刃先を研ぐ研石場などの姿があった。
その光景をキョロキョロと窺いながら、冒険者志望者たちは再びハインラインの目の前で横一列に整列する。
そんな俺たちの姿を見届けると、ハインラインは背後で待機している一人の職員に声を掛けた。
「おーい、お前さん、アレを持ってきてくくれるかの」
ハインラインのその言葉に、ギルドの職員と思しき人物がコクリと頷きを返す。
そして彼は、訓練場の奥に建てられている用具室らしき小屋に入ると、すぐに外へと出て来た。
職員が手に持っていたのは、丸められた羊皮紙のスクロール。
それを片手に抱え、彼は足早に、ハインラインの元へと近寄って行った。
「ギルド長、持ってきました」
「うむ。では、それをここで発動させるのじゃ」
「分かりました」
職員はスクロールを地面に置き、それを俺たちに見える形で広げて見せた。
そこに書かれているのは、妖しく光る紫色の魔法陣。
グレイレウスはその魔法陣を見て首を傾げると、こっそりと、隣から俺に小声で話しかけてくる。
「? 師匠、あれって、召喚魔法のスクロール、ですよね?」
「あぁ、その通りだ。良く知ってるな、グレイ。王国では滅多に見られないものなのに」
「オレの実家であるアレクサンドロス家に、いくつかあったので知っていました。確か、召喚魔法というのは、帝国ではよく使われている代物なんですよね? 帝国の人間は飼いならした魔物……『魔獣』を召喚魔法で呼び出し、戦場で使役する。逆に聖王国の人間は、魔獣ではなく『精霊』を呼び出し、契約を交わして使役する……と、そんな話を聞いたことがあります」
「その通りだ。聖王国の人間にとって魔物は異端と呼ばれ、人類の害敵と呼ばれている存在だ。過去、王国は魔物を信仰する異教徒たちと紛争したこともあったからな。だから、帝国の人間のように、魔物を飼いならし使役したりはしない」
「そうなのですね。では、ハインライン・ロックベルトは今から『精霊』を喚び出すつもりなのでしょうか? それと志望者たちを戦わせて、採用試験を行う、と?」
「いや……召喚魔法というものは、別に、生物だけを召喚するものではない。俺が予想するに、あれは……」
「召喚・魔道具!」
召喚士らしき職員がスクロールに手をかざし、詠唱を唱えると、魔法陣の上に一体の試し斬り用の人形が現れる。
あれは、以前、聖騎士養成学校で闘気を計る際に使用したものと同じ類の魔道具と見て良さそうだな。
いや……前に学校で使用したものよりも上等なものだろうか。
表面が鈍い銀色に輝いており、胸の辺りに、紅い魔法石が埋め込まれている。
恐らくは、闘気と同時に魔力の数値も計れるものと見た。
「さて……では、試験の内容を説明するとするかの」
ハインラインは人形の横に立つと、その人形の腹当たりをコツンと、拳で叩いてみせた。
「試験の内容は簡単じゃ。この後、ワシが列の右側から一名ずつ、志望者の名前を順に呼んでいく。名前を呼ばれた志望者は、自分が持つ最大の必殺技を、闘気や魔法の数値を計るこの魔道具の人形にブチかますのじゃ。攻撃の仕方は自由。剣でも槍でも斧でも、魔法でも、何を使用して構わない。この人形は特別製でな、滅多なことでは壊れない仕様になっておる。故に、必ず全力の一撃をこいつに放つように。分かったかの」
そう口にすると、ハインラインは、先ほどの職員に椅子を用意させるよう命じる。
そして、人形の横から五メートル程離れた距離で椅子を配置させると、そこに腰かけ、大きく欠伸をしながら手に持っていた資料に目を通し始めた。
「そんじゃ、一番目は……マクガフィン・アルドス。前へ来い」
「は、はい!」
緊張した面持ちで、身なりの良い青年が前へと出る。
そして彼は人形の前に立つと、ゴクリと唾を飲み込み、腰から剣を抜き放つ。
そして中段に剣を構え、間合いを計ると……人形の右肩を狙い、右斜めからの振り降ろし、袈裟斬りを放って行った。
ガギィンという音が鳴ったのと同時に、人形の頭上に二つの数値が出力される。
『闘気 62』 『魔力 36』
その数値を見て、ハインラインはつまらなそうに息を吐き出す。
「合格最低ラインの50は越えている、か。ま、銅等級冒険者としてギリギリ雇ってやっても良いかの。……マクガフィン・アルドス、合格じゃ。この合格証明書をカウンターに持って行って、銅等級プレートと交換してこい」
「は、はい! ありがとうございます!」
安心した様子でホッと胸を撫でおろすと、青年はハインラインから証明書を貰い、試験会場を後にしていった。
そんな彼の背中を見送ると、ハインラインは次の候補者の名前を呼ぶ。
「次、サーニャ・キルベルス」
「はい」
長い槍を持った甲冑姿の少女が席を立ち、木人形の元へと歩みを進めて行く。
彼女が槍を構え、人形の頭部に向けて突き出すと、人形の頭部に数値が出現した。
『闘気 149』 『魔力 12』
その結果に、ハインラインは先程と同じように、合格証明書を彼女へと手渡す。
ただし今回のは、鉄等級の合格証明書だが。
俺はその光景を見つめ、短く息を吐き出す。
「……別に、普通の採用試験だな」
――――――なんてことはない、ただの闘気と魔力を計るだけの審査。
これならば、実力を調整しても、周囲にバレることはないだろう。
あとは、グレイレウスが銀等級クラスで合格できれば、御の字だな。
「―――次、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス」
「……師匠、行って参ります。貴方様の弟子として、恥じない結果を残してきます」
「あぁ、行って来い、グレイ」
グレイレウスは俺に深くお辞儀をすると、そのまま人形の前へと向かって行った。
そして、左右の腰に装備してある小太刀を、両手で抜き放った。
「…………フフフ。さっきから気になってたけど、あの少年は貴方の弟子なのかしら、アネット・イークウェス」
チラリと、声が聴こえた左隣に視線を向ける。
するとそこには、丸い黒サングラスの中からグレイレウスをジッと見つめる、ジェネディクトの姿があった。
俺は奴から視線を外し、グレイレウスへと再び視線を戻す。
「まぁな。とはいっても、正式に弟子にしたのはついさっきだけどな」
「クスクスクス……。王女様から聞いたけど、貴方、私を倒したあの時から、一切表に出てきていないって本当なの? 実力を隠したまま、ただのメイドとして過ごしていると聞いたけれど?」
「あぁ、そうだ。面倒事はごめんなんでな」
「まったく、理解に苦しむわねぇ。人知を超えた化け物が、単なる使用人に扮して生活を送っているだなんて。はっきり言って、気持ち悪いったらありゃしないわぁ。ゴミどもに紛れて周囲の雑魚を見下す生活は、そんなに楽しかったのかしら? フフフ……」
「弱者を痛めつけることが好きなお前と一緒にすんじゃねぇ、下種野郎」
「どんなに痛めつけても剣を手放すことをせず、笑みを浮かべたまま私に向かってきた化け物が、随分と人間らしいこと言うじゃないの。……良いかしら、アネット・イークウェス。貴方はどんなに人間の皮を被ろうが、その中身はれっきとした怪物よ。私たちのような人の領域から逸脱した怪物は、普通の人間と一緒に暮らすことなどできるはずがない。お前がどんなに雑魚を演じようとも、お前の手から剣と闘争心が消えることはない」
「……」
ジェネディクトのその言葉を無視していると、グレイレウスが両手で小太刀を構え、人形へと双剣の二連撃を放って行った。
その瞬間、人形の頭上に数値が投影される。
『闘気 567』 『魔力 17』
その数値の高さに、おぉぉぉーっと、歓声が巻き起こる。
ハインラインもその数値の高さに、ニヤリと、笑みを浮かべていた。
「ほほう、採用試験でいきなり500台を叩き出す奴は久々だな。グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス、文句なしの合格じゃ。等級はミスリル等級を配給してやろう。ほれ、合格証明書じゃ、受け取れい」
グレイレウスはハインラインに近寄り、証明書を受け取る。
そしてハインラインへと鋭い目を向け、グレイレウスは開口した。
「オレはいずれ、貴様ら【剣神】の一人を倒し、その座を頂戴する。その時を震えて待っているんだな、老兵」
「ほっほっほ。できたら、ワシが生きている時までに頼むぞい。【剣神】最強たるこのワシが、貴様の鼻っ柱を自らへし折ってやりたいからのぅ」
「……フン」
踵を返し、グレイレウスは俺の元へと戻って来る。
そんなグレイレウスに対して、俺はにこりと、微笑みを浮かべた。
「やるじゃないか。なかなかの数値だったぜ、グレイ」
「いえ。師匠に比べたら、まだまだです。これからも精進致します」
オレに深く頭を下げた後、グレイレウスは顔を上げ、小さく笑みを浮かべた。
「では、オレは先にギルドの酒場へと戻っていますね、師匠」
「あぁ」
「失礼致します」
そう言って再び頭を下げると、グレイレウスはそのままギルドの中へと戻って行った。
ハインラインはそんな彼の後ろ姿を見送ると、ハンと鼻を鳴らし、不敵な笑みを浮かべる。
「生意気な若造が。じゃが、良き心構えじゃ。剣士とは、常に高みを見据えていなければならん。期待しているぞ、アレクサンドロスの若造よ。――――――次、アネット・イークウェス!」
「はい」
名前を呼ばれ、前へと出る。
そして俺は長年の愛刀『箒丸』を手に持ったまま、人形の前に立った。
すると背後の冒険者志望者たちから、クスクスと、嘲笑の声が向けられる。
「何で、冒険者採用試験の会場に、メイドがいるの? それも、武器が、箒って……」
「場違い甚だしいよな。大方、主人の付き添いで付いてきただけの使用人、ってところか?」
「でもさっき、あのすごい数値を叩き出した子が、彼女に頭を下げていたわよ?」
「多分、靴紐を確認していただけだろ。だって、採用試験に箒を持ってくる、舐めた馬鹿メイドだぞ? 強いわけがないって」
背後から、そんな会話が聴こえてくる。
あー、まぁ、そりゃ、採用試験に箒を持ってきたら、そうなるよなぁ。
とはいっても、今更、代わりの剣を探すわけにはいかないしな。
どっちみち相棒の箒丸以外の剣を使う気もないんだし、ここは仕方ない。
それに、雑魚だと認識された方が、俺的には都合が良いからな。
別段この状況に、文句はない。
「ふぅ……」
俺は短く息を吐き出し、人形の前で、箒を構えた。
だが、それは、剣の構えではない。箒を前に突き出す動作――魔法の杖の構えだ。
「鋭利なる氷塊よ。我が敵を穿て……【アイシクルランス】!」
箒の先から2,3cm程の氷の刃が発現し、人形の胸に当たる。
だがその氷の刃は人形に突き刺さるどころか、弾かれ、そのまま静かに地面へと落ちて行った。
人形の頭に数値が表示される。
『闘気 55』 『魔力 41』
うぐっ、魔法を使用したのに、若干、闘気の方が値を上回ってしまったぞ……。
やはり、この数値を調整する作業は難しいな。ぴったり、思った通りにはいかないものだ。
以前学校で計った時は『32』だったから、もう一度計測した時には、数値が大幅に上がったり下がったりしていそうだぜ。
これからはなるべく、怪しまれないためにも、自分の闘気と魔力のステータス値を周囲には晒さない方が良さそうだ。
「ぷっ! あはははははははははっ!!!! 何だよ、その数値!! 今まで合格した奴らの中で一番、最低値じゃないか!!!!」
「本来のメイド業に戻った方が良いんじゃないの? 魔法使ってたけど、魔力、全然無いみたいだし!!」
背後を見ると、そこには、大笑いする冒険者志望者たちの姿があった。
俺はその光景を静かに一瞥した後、ハインラインの元へと歩みを進める。
「うむ。アネット・イークウェス。最低合格ラインの50を超えたから、一応、ギリギリ合格じゃな。ほれ、銅等級冒険者を認める証明書をくれてやる。カウンターに持って行って、等級プレートと交換してくるんじゃ」
「ありがとうございます」
そう言ってお辞儀をした後、俺はハインラインから証明書を受け取る。
するとハインラインは、こちらを値踏みするかのように、鋭い目を向けて来た。
「……ワシの【暗歩】の気配に勘付き、アレクサンドロスの若造の連れであったことから、相当な実力者だと思っていたのじゃが……お主、さっきの魔法、あれが全力か?」
「勿論です。私は、グレイレウス様にお仕えする、ただのメイドですので」
「先ほど、周りの志望者たちから馬鹿にされても一切表情を変えていなかったな。普通、人は恥をかいた時、何かしらの感情を見せるものじゃ。怒り、悲しみ、羞恥、絶望……そのいずれも、お主の顔には現れていなかった。お前さんのその目は、まるで、周囲の人間を道端の石ころにしか思っていなかったように、ワシには感じられたぞ?」
「まさか。自分は明らかに場違いな存在だと、理解しておりますから。馬鹿にされるのは当然のことなので、何も思わなかっただけですよ」
「……」
「失礼致します」
こちらに訝し気な視線を向けるハインラインに頭を下げ、俺は、ギルドの方向へと向かって歩みを進める。
「……まぁ、良いかの。次、ジェネディクト・バルトシュタイン」
ハインラインが次の試験者の名前を呼んだ、その時。
長い黒髪の細見の男が、俺の行方を塞いできた。
彼、ジェネディクト・バルトシュタインは、俺の姿を一瞥すると、静かに横を通り過ぎていく。
そして、通り過ぎる間際に、ポソリと、小さく呟いた。
「……腹が立つわね。貴方、雑魚に見下されて苛立たないのかしら?」
「別に。何とも思わない」
「私に勝った貴方が、雑魚に見下されるだなんて……私には、腹が立って仕方が無いわ」
「は?」
凄まじい闘気を身に纏わせ、ジェネディクトはそのまま人形の前へと歩みを進めて行く。
……あの野郎、何で、単なる試験ごときにあんな闘気を身に纏っていやがるんだ……。
俺は呆れたため息を吐きつつ、中庭からギルドの中へと入って行く。
するとその時、背後から「バキィッ」と何かが壊れる音が聴こえてきた。
そして、それと同時に、俺を馬鹿にしていた連中の喧騒が、悲鳴へと変わったのが分かった――。
「おいおい……あの野郎、人形を壊しちまったのか?」
俺はもう一度ため息を吐く。そして、そのまま、振り返らずに、廊下の奥へと歩みを進めて行った。
第120話を読んでくださって、ありがとうございました。
更新が遅れてしまったこと、誠に申し訳ございません。
書籍化の作業が忙しかったのと、めちゃくちゃスランプに陥っていました!笑
こ、これからはなるべく早めに更新します、はい!(何度目でしょうか……笑
さてさて、今日はタイトルにもあった通り、みなさまにご報告があります!
何と! この「最強の剣聖、美少女メイドに転生し箒で無双する」の書籍版の発売日が、ついに、決定致しました!
オーバーラップ様の公式サイトにある、オーバーラップ広報室さまの方にも載っていますが、発売日は【11月25日(予定)】となります!
来月末です! ものすごいドキドキです!
イラストレーター様は、とても美麗なイラストをお描きになられる、azuタロウ先生が担当してくださいました!
azuタロウ先生がお描きになられるアネットやロザレナを、みなさまに早く見ていただきたいです!
今日のご報告は、以上となります!
オーバーラップ広報室さまの方であらすじなども載っていますので、チェックしていただけると嬉しいです!
三日月猫でした! では、また!




