第119話 元剣聖のメイドのおっさん、王女からとある魔物の話を聞く。
「何故、エステル様がここに……? それと、何故、ジェネディクトが、貴方様と一緒にいるのですか……?」
そう驚いた様子で俺が声を発すると、エステルは困ったように眉を八の字にさせた。
「そうだね。君が動揺するのも無理はない話だ。まず、僕たちが何故、ここにいるかというと……それはこの場にいるみんなと同じで、冒険者になるためだよ」
「冒険者になるため……?」
「立ち話もなんだ。奥にあるテーブルへと行こうか」
そう言って彼女は周囲の冒険者たちの奇異な視線にフッと笑みを浮かべると、席を立ち、そのまま奥にある四人掛けの丸いテーブル席へと向かって行った。
俺はチラリとジェネディクトに視線を向ける。
どうやら奴はテーブル席に向かう気はないようで……その場で足を組み、目を伏せ、不敵に笑みを浮かべているだけだった。
そんな奴の様子にチッと舌打ちを放った後、俺は状況が呑み込めていないのか首を傾げるグレイレウスの袖を引っ張り、テーブル席へと向かって行った。
そして腰を掛けると、向かいの席に座るエステルに顔を向ける。
「どうして、あの男が……ジェネディクト・バルトシュタインがここにいるのですか?」
「何故、ジェネディクトがここにいるかと問われれば―――僕が彼を牢から連れ出した、というのが答えになるかな」
エステルのその言葉に、俺は思わずテーブルにガンと拳を叩きつけてしまう。
そして俺は、彼女を睨みつけるようにして鋭い目を向け、開口した。
「……何故、そのようなことを? あの男がどれほど危険な存在なのかは、貴方も過去の体験で承知済みのはずですよね?」
「勿論、理解しているよ。この王国で彼を倒せる実力者は、恐らく……アネットさん、君だけだろう。【迅雷剣】ジェネディクト・バルトシュタインが本気で暴れれば、【剣聖】、【剣神】、複数人掛りではないと無力化することは叶わない。常人が制御できる存在ではないことは把握しているさ」
「そこまで分かっていて、何故、あの男を外に? いかに王女様だからといって、犯罪者を個人の意志で連れ回すなど、到底、許されることでは―――」
「アネットさん、知っているかい? 今、大森林では、討伐難易度SSSランクの魔物……災厄級の魔物が発生しているらしいんだ」
「え……?」
突然の話題転換に、俺は思わず首を傾げてしまう。
そんな俺を見て、エステルはニコリと、小さく微笑みを浮かべた。
「月の女神アルテミスを信奉するセレーネ教の総本山……聖騎士駐屯区の奥地にある『ジュセリア大聖堂』には、聖王が持つ位の【大司祭】と同等の地位を持つ、【聖女】さまがいらっしゃる。代々聖女さまの血筋には、特殊な能力が受け継がれていてね。彼女たちが持つ固有の加護のことを、君は知っているかな?」
「【未来視の加護】のことでしょうか? 代々聖グレクシア王国の聖女は、『救済の巫女』とも呼ばれ、未来視の力を使い、過去、何度も聖王国の危機を救ってきた。……まぁ、聖女さまに謁見できるのは、地位が高い王族や貴族の者だけなので、私自身は一度もお逢いしたことはありませんが。なので、未来視の力も、私はあまり信じてはいません」
前世の剣聖時代でも、聖女とは一度も顔を合わせたことはなかった。
故に、俺は、聖女に関する情報をあまり持ち合わせていない。
ただ、記憶にあるのは、彼女がこの俺を聖王国を滅ぼす可能性がある【滅し去りし者】と予言したと、師である先々代剣聖アレスが言っていたことくらいか。
結局、俺は聖王国を滅ぼすどころか、王国を守護する立場の【剣聖】になったのだから……予言は外れたことになるな。
だから正直、俺は、聖女とやらの力をそこまで信じてはいなかった。
「その、聖女さまが……先ほどの災厄級の魔物と、どう繋がりがあるのですか?」
「聖王陛下によって緘口令が敷かれているから、あまり大きな声では言えないけれど……一週間程前に、聖女さまがこう予言したらしいんだよ。大森林で発生した災厄級の魔物―――【暴食の王】が、聖王国に甚大なる被害をもたらすと、ね。それで今、【剣聖】【剣神】【剣王】たちは、その魔物を討伐するために、秘密裏に行動しているんだ。民衆を無闇矢鱈に怯えさせないためにね」
「……【暴食の王】……ですか」
前世の俺が15歳の時にぶっ殺した、クソデカトカゲ……確か、【黒炎龍】とか言ったか?
あれが、災厄級の魔物だったらしいが、あのレベルの魔物がまた聖王国を襲うというのか。
あの程度だったら……リティとハインラインの奴で、まぁ、何とかなる……のかな?
そう、懐かしの愛弟子と先ほど再会した兄弟子の顔を思い浮かべていると、エステルが目を細めた。
「だから……今は、少しでも強者が必要な時期なのではないかな、と、そう思ってね。僕は、彼を……ジェネディクトを牢から連れ出したんだ」
俺は彼女そのその顔に、無言で視線を向ける。
……エステルは以前、俺の兄、ギルフォードの奴と行動を共にしていた。
そして今度は、ジェネディクトの野郎ときた。
ギルフォードとジェネディクトの共通点といえば……ひとつしかない。
それは、バルトシュタイン家への深い憎悪だけだ。
魔物を討伐させるためにジェネディクトを牢の外に出したと彼女は言っていたが、恐らくは嘘だな。
エステルは何か真意を隠している。それだけは何となく、察することができた。
「……フフ。そんなに怖い顔で僕を見つめないでくれよ。確かに、君の推察通り、僕は君に何かを隠しているよ。でも、彼に魔物を討伐させようと思っているのは……真実さ。これには、嘘偽りはない」
「……あの男が、素直に、魔物狩りに付き合うとは思えませんが?」
「彼とは、ある取引を交わしたんだ。だから彼は、僕に付き従ってくれている。勿論、民衆に危害を与えるようなことは僕がさせないよ。そこは安心して欲しい」
「……」
ヴィンセントの奴が、以前、こう言っていたっけな。
エステルは暗殺を用いて、自分に反する貴族を何人も殺してきている謀略の鬼だ、と。
だが、幼い頃から彼女を知る俺には、どうにも、エステルが悪人には思えなかった。
ただ……ギルフォードとジェネディクトは、暴力を使って現体制を壊そうとしている人間なのは間違いない。
彼らと一緒に居る以上、エステルは、俺とヴィンセントの思想とは異なったものを抱いていると考えて良いだろう。
力によって聖王国を破壊しようと目論むエステルたちと、内側から聖王国を平和的に再生しようとするヴィンセント。
今後、もし、次期聖王を決める王選『巡礼の儀』が進んで行けば……エステル陣営とヴィンセント陣営がぶつかることは、避けられないのかもしれないな。
もしかしたら、ヴィンセント陣営寄りの位置にいる俺は、いずれエステルと戦うことになるのかもしれない。
「……ふぅ。長話をしてしまったね。そろそろ―――」
「おう、てめぇら、邪魔するぜ」
待合室に、突如、ハインラインが現れる。
ハインラインはズカズカと待合室の中を歩いて行くと、ジェネディクトの前で止まり、チッと、これみよがしに舌打ちを放った。
「こんの忙しい時に、冒険者ギルドにまで、この老体の足を運ばせおって……おい、【迅雷剣】、お前さん、冒険者採用試験を受けるって聞いたが、正気か? このワシが、犯罪者を冒険者にするとでも思っているのかのう?」
「フッフッフッ……。久しぶりねぇ、ハインライン・ロックベルト。昔は良い男だったというのに、随分と小柄なジジイになったものねぇ。人族の老化はやはり、早いみたいね」
「うるさいわい、半耳トンガリ野郎が。何故、お主のような犯罪者が普通に外を出歩いているのじゃ。脱走でもしたのか?」
ハインラインが剣呑な雰囲気を見せていた、その時。
エステルが席を立ち、ハインラインの背中に目掛け声を掛けた。
「ハインライン様。申し訳ございません、彼は、私の連れなのです」
「あぁ? 若造、てめぇ、いったい何を言って―――」
「私ですよ、剣神さま」
キャスケット防を脱ぎ、エステルはニコリと、ハインラインに笑みを浮かべる。
その姿を見て―――ハインラインは驚いたように目を見開くと、大きくため息を吐いた。
「……こんなところで何をしておられるのじゃ、殿下……」
「フフッ。例の件で、彼を登用できないかと、そう思いまして。件の魔物を討伐すために、この【迅雷剣】も対処に当たらせてもらえないでしょうか」
「無茶苦茶なことを言いなさる……奴は犯罪者なのですぞ?」
「分かっています。ですが、現在、他の王子たちは皆、自分の騎士を魔物討伐へと差し向けています。ですから私も、自分の陣営である彼を戦線に送り込みたいのですよ。謂わばこれは、王選の延長線上のようなものです」
「はぁ……確かに、この非常時じゃ。犯罪者の手も借りたくなるのは必然、か……」
大きくため息を溢すと、ハインラインは再び口を開く。
「殿下。こやつを正式に討伐隊に迎えることは許容できませんが……個人で行動するのなら許可しましょう。じゃが、期間は一か月までじゃ。期限が過ぎれば、ジェネディクトの持つ冒険者ライセンスは没収する。それで良いですかな?」
「ええ。それで構いません。流石はハインライン殿。話が分かる御仁だ」
「……こんな無茶、このような非常事態だからだと、ご理解くだされ。ワシは、どの王子にも肩入れする気はないのでな」
「存じ上げております」
エステルが優雅に頭を下げると、ハインラインは再びため息を溢す。
そして、待合室にいる他の冒険者志望者たちに顔を向けると、大きく声を張り上げた。
「予期しないアクシデントが起こったが……これから、冒険者採用試験を始める! 今日は特別にこのワシ自らが審査員をしてやる! 一列に並ぶんじゃ、小童ども!」
その声に、待合室で待機していた冒険者志望者たちは一斉に席を立ち、急いで一列に並び始める。
俺とグレイレウスも、そんな彼らに続き、列に並んだ。
「フフフフフ……」
列に並んだは良いものの……背後に並んだのが、ジェネディクトの奴だった。
不気味な嗤い声を上げている奴に対して、俺は肩ごしに鋭い目を向ける。
「……なんだ、てめぇ。何か俺に言いたいことでもあるのか?」
「いいえ。何も」
「ケッ、相変わらず陰険な野郎だ」
そう口にして、俺は、大きくため息を吐いた。
第119話を読んでくださり、ありがとうございました。
読者さまからある一点をご指摘をいただいたので、118話のオークのシーンを修正致しました。
オークが女性を襲うシーンを、女性の肉を喰らうというシーンに変えました。
御不快に思われた読者のみなさまには、深くお詫び致します。
申し訳ございませんでした。
ポイントを下げられた方がいらっしゃったようですが、また、どこか至らぬ点がありましたら、なんなりと言ってください。
即座にシナリオを修正致します。
また、こういう物語の展開などを求めているなどのご意見もありましたら、頂ければ嬉しいです。
最近の物語の質が落ちてしまっていて、本当に申し訳ございません。
ここが完全にダメ、ということでしたら、章ごとに全て書き直しもする所存です。
不甲斐ないところをお見せしてしまい、申し訳ございません。精進致します。




