第118話 元剣聖のメイドのおっさん、思わぬ形で宿敵と再会する。
「アネット・イークウェス様、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス様。ご両名、書類の方、受理致しました。それでは、冒険者採用試験を行う会場へとご案内いたします。こちらについてきてください」
受付嬢は俺たちの渡した契約書を引き出しに仕舞うと、先ほどハインラインたちが入って行った背後の扉へと向かって歩き出した。
俺とグレイレウスは、そのまま受付嬢の後を付いて行く。
扉を開けて、カウンターの奥へと入ると、そこには長い廊下が続いていた。
薄暗く、あまり日光が入らないせいか、どこか湿気が多いように感じられる。
俺たちは、キョロキョロと辺りを見渡しながら、歩みを進めて行く。
そうして数分程歩き続けると、受付嬢はある部屋の前で立ち止り、こちらに顔を向けてきた。
「こちらが、待合室になります。試験は20分後に開始致しますので、しばらくお待ちください」
そう言って、受付嬢は深く頭を下げ、先ほど通ってきた道を戻って行った。
俺は受付嬢を静かに見送った後、グレイレウスへと小さく声を掛ける。
「……恐らく、採用試験と言っても、その中身は、闘気や魔力を図る簡単な審査テストを行うだけだろう。グレイレウス、お前、俺より先に審査を受けて、銀等級冒険者になれるかどうか確かめてみろ。もし、お前が銀等級冒険者になれるようだったら……俺は銅等級程度に実力をセーブするつもりだ」
「師匠。もし、オレが、銀等級冒険者以上の実力を発揮できたら……その時はオレに、本気で剣を教えてはくれないでしょうか?」
チラリとグレイレウスの顔を見つめると、彼は、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
そんな奴に対して、俺はフッと、鼻を鳴らす。
「いつも剣の稽古を見てやってるだろ。それじゃ、駄目なのか?」
「はい。ロザレナが、騎士たちの夜展でルナティエと戦った時に、貴方様は、彼女に本気で剣を教えていた。あの時のように、このオレにも、師匠の本当の剣を教えて欲しいのです。オレは……名ばかりではなく、貴方の本当の弟子になりたい。アネット師匠の、本当の門下生でありたいのです」
「ひとつ聞いておく。お前が力を欲する理由は何だ?」
「え?」
「……強大な力は、使う人によって正義の英雄にも、邪悪な魔王にもなる。だから、強き者は決して闇に堕ちてはいけない。力は、正しき者が使う必要性がある」
「……? 師匠?」
「お前は以前、俺に、亡き姉の復讐のために剣を執ると言っていたな。そして、亡き姉の夢であった【剣神】になることがお前の夢だとも言っていた。俺は、復讐は別に否定はしない。だが、復讐に囚われることだけは絶対に許しはしない。人は視野が狭くなると、周囲のものが見えなくなるものだ。……あいつのように……ギルフォードのように、な」
「ギルフォード? とは、いったい、誰のことなのですか?」
「いや、何でもない。とにかく、俺の弟子になりたいのなら、常に己を律し、無辜の民はけっして傷つけるな。それが、先代の師の教えであり、俺が正式に弟子と認めた者に伝えている教えのひとつだ。これを守れるようなら……稽古を付けてやっても良い」
「……師匠……!! それでは……!!」
「俺の教えを守るようなら、これからてめぇを俺の『弟子』として認めてやるよ。だから、さっきみたいに無闇矢鱈に剣を抜くんじゃねぇぞ。分かったな? ―――グレイ」
「ッッ!! はいっ!!」
深く頭を下げてくるグレイ。俺はそんな彼に笑みを溢した後、試験会場の待合室の扉を開いた。
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―――王国領最北、フィアレンスの森の先にある、大森林。
そこで、一匹のオークは、深い森の中を彷徨い歩き続けていた。
「……ハラガヘッタ……」
彼は、日々、渇きに苛まされていた。
何を食べても胃が満たされることは無く、何を殺しても、自分の心が満ちることはない。
ただ本能のそこにあるのは、他種族の生物を殺し、糧とし、喰らうことだけ。
他の同族のオークたちは本能のまま生きるだけだが、自分は違う。
自分には理性というものがあることを、彼は理解していた。
―――故に、満たされない渇きが、ひたすらに彼の心を蝕んでいた。
何故、何を食べても満たされず、目に入るものすべてを、自分は喰らい続けなければならないのか。
何故、飽くなき食欲に、これほどまでに自分の行動を操られなければならないのか。
獣は、誕生してから今まで、周囲のもの全てを喰らい尽くす自分自身に、ただただ困惑するしかなかった。
「……おい、みんな、来てくれ! こっちにオークがいるぞ!」
気付けばオークの目の前に、見たことのない生物の姿があった。
彼ら3名の正体不明の生物―――人族の冒険者たちは、即座にオークの周囲を取り囲む。
そして、その中の一人の剣士の男が、馬鹿にしたように嘲笑の嗤い声を溢し始めた。
「プッ、あははははははっ! 何だ、この瘦せこけた見窄らしいオークは! こんなの倒して部位を持ち帰ったところで、ランク昇格の成績にもなりはしねぇぜ! ……ったく、どうせならもっと強い魔物とエンカウントしたかったなぁ~。運ないわー、俺ー」
「リーダー。オークは基本的に、群れで行動すると聞きます。なので、近くに巣があると思われます。彼らはCランク相当の低級の魔物ですが、獰猛で好戦的と聞きます。十分に、ご注意を」
そう、大きな帽子を被り、杖を持ったローブ姿の女魔術師が声を発する。
その声に、一番先頭に立つ剣を持った短髪の男は、ハンと、鼻を鳴らした。
「どうせ巣から追い出された雑魚だろ、こいつは。油断したところで、この金等級冒険者である俺が、こんな奴に敗けるかっての」
「ちょっと、リーダー! あんまり調子に乗らないでよ! あんたそう言って、この前だって―――」
斧を持った女戦士が最後まで言葉を発する前に、リーダーと呼ばれた男は、剣を構え、オークに向かって跳躍する。
そして、上段に剣を構え、彼はそのアイアンソードを、オークの脳天に向けて振り放っていった。
――――――だが。
「…………は?」
瞠目して驚く、男。
何故なら、彼の剣は……オークの二本の指によって、簡単に受け止められてしまっていたからだ。
自身の剣をたった二本の指で止められたことにより、剣士は硬直し、唖然とする。
オークはそんな彼の顔をつまらなさそうに一瞥すると、ボキッと、剣の刀身を指で折ってみせた。
そして、オークは、拳を握ると……呆然とする剣士の顔に目掛け、猛烈なパンチを繰り出した。
「!? ロギンス!!」
仲間である少女たちが叫び声を上げる間もなく、男の顔面ははじけ飛び、辺りに、脳漿と血肉、そして眼球が飛び散って行った。
その光景を見て、女魔術師と女戦士は、恐怖で顔を青ざめさせる。
そんな彼女たちにオークは鋭い眼光を見せると、ドサリと、女剣士はその場に尻もちを付いた。
「なっ……な、なっなななな……何で!! う、嘘、でしょう……? ロ、ロギンスは、金等級冒険者なのよ? そ、そんな彼が、群れることでしか能のない、低級の魔物であるオークに、い、一撃でやられるだなんて……お、おかしい、でしょ……? おかしいでしょ、こんなことっっ!!」
「メリクリーヌさん! に、逃げましょう! こ、こいつ、何だか、やばいです……!!」
恐怖で身体をガタガタと震わせる二人。そんな彼女たちを尻目に、オークは、地面に飛び散った脳漿の一部を指で掴み、それを―――口へと運んでいった。
そして、脳の一部を咀嚼し、飲み込むと、オークはニヤリと、不気味な笑みを浮かべる。
「…………そうか、これか。これが……我が求めていたものか」
「え……? ロギンスの……声……?」
「なるほど、知能を得た瞬間に、全てを理解した。我の加護の力は【暴食の王】というものなのか。喰らう度に、相手の力を奪い取れる……フッフッフッ、なるほど、これは面白い……」
死んだはずの男の声が、オークから発せられる。
二人は、その状況にますます動揺した様子を見せていると……オークは、笑みを浮かべたまま、女魔術師と女戦士に、視線を向けた。
「まだ餌はある。我は、もっと、強くなる―――」
そう口にすると、オークは……女戦士と女魔術師の元へと、歩みを進めるのだった。
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冒険者ギルドの待合室に入ると、そこには何名か先客がいた。
漆黒のローブを纏った、やたらと胸元を開けた巨乳の女魔術師。
盗賊上がりと思しき人相の悪い男、緊張した面持ちの金髪の身なりの良い青年。
そして、奥のソファーに座る、キャスケット帽を被る茶髪の青年と、フードを被った、長い黒髪の、怪しい風貌をした高身長の男………………ん?
何かあの男、どこかで見たことあるような……? ……………あれ?
「? 師匠? 急に立ち止まられて、どうかなさいましたか?」
「いや……まさか、な……そんなわけ、ねぇよな?」
俺は急いで、室内の奥へと歩みを進めて行く。
そして、フードの男の前に立つと、その顔を伺い見てみた。
「…………なっ―――何ぃっ!?!? や、やっぱり、て、てめぇは―――!!!!!!」
「? 何かしら、貴方……って、あら?」
俺と目が合うと、目の前の男は驚いたように目を丸くさせる。
そして目を細め、不敵に笑みを浮かべると……男は足を組み、口を開いた。
「フフフフフ……まさか、貴方とこんな所で再会するとはねぇ。五年で随分とでかくなったじゃない、メイドのメスガキ」
「―――ジェネディクト・バルトシュタイン!! 何故、てめぇがここにいやがるッッ!!!!!」
俺は即座に後方へ飛び退き、箒を真っすぐと構える。
こちらの様子に、他の冒険者志望の連中が奇異な視線を向けてくるが……関係ない。
この男は、前世、今世合わせて、因縁のある相手。
アーノイック・ブルシュトロームにとって、そして、アネット・イークウェスにとって、最大にして最凶なる相手。
幼い頃に死闘を繰り広げた、闇商人の頭領の姿が、そこにはあったのだった。
「てめぇ、牢から脱走しやがったのか!? 何でお前が外を好き勝手に出歩いていやがる!!」
闇組織を統括し、奴隷商で大量のガキを売り払ってきた大犯罪者であるこの男は、けっして、世に解き放っては良い存在ではないはず。
それなのに、何故、こいつがここにいやがる? 何で、外に出ていやがる?
五年前に俺がこいつを倒した後、この男は、聖騎士団が保有する牢獄塔に閉じ込められているはずだろ?
いったい、どういうことなんだ、これは……。
困惑しながらも、ジェネディクトがいつ何をしても良いように、戦闘態勢を整えていた……その時。
ジェネディクトの隣に立っていた青年がスッと立ち上がり、俺と奴の間に割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと待って、アネットさん! 困惑する気持ちは分かるけれど、今の彼は無害だ! だから、とりあえず、その箒を下ろしてくれないかな!?」
「部外者は黙ってろ!! この男は、王国最強格にして最凶の犯罪者だ!! ここでまた、こいつを逃がすわけには―――」
「ひ、一先ず、落ち着いて! ほら、僕だよ! アネットさん!」
目の前のキャスケット帽を被った青年が、至近距離で俺に顔を向けてくる。
そして彼は帽子を外すと、ニコリと微笑みを浮かべた。
「久しぶり。前に会ったのは、二か月前くらいに、僕が経営するお洋服屋さんで、だったよね」
「え……? お前……エステル、か……?」
「今はお忍び中だから、昔みたいにグライスって名乗っているけどね」
そう言って彼女は目を細めて、クスリと、笑みを溢すのだった。
第118話を読んでくださってありがとうございました!
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