第117話 元剣聖のメイドのおっさん、老人とその孫にセクハラされる。
「ワシは、『剣神』、ハインライン・ロックベルト。ここのギルド長をやっている者じゃ」
俺はその言葉に、思わず、目を見開いてしまった。
「ハインライン……だと?」
その名は、かつて、俺と共に同じ師の元で剣の研鑽を積んでいた……兄弟子の名だ。
俺の記憶にあるハインラインは、前世の自分と同じく、偉丈夫の大男だったはず。
だが、目の前の老人は女の身である俺よりも背が低く、随分と小柄な姿をしていた。
生前のこの男の覇気のある様相からは想像も付かない、年老い、萎れた老人の姿。
俺はその姿を見て……思わず、悲し気に目を細めてしまった。
「………まったく、時の流れと言うものは残酷なものだな。かつては俺と肩を並べ、戦場を駆けた大男だったというのに……。お前だって全然分からなかったぜ、ハインライン……」
「む……? お主、今、何か言ったかの? 最近、耳が遠くてのう……上手く聞き取れなかったわい」
「いいえ。なんでもございません、剣神様」
そう口にして、俺はカウンターから飛び降りる。
そして、奴に向かって、俺は深く頭を下げた。
「先ほどは失礼いたしました。私は、アネット・イークウェスと申します。隣におられる、グレイレウス様のメイドをしている者です」
「ふむ。お主、アネットというのか。ほっほっほっ、アネットよ、お前さん、メイドの身ながらなかなかやりおるのう。このワシの【暗歩】の気配に気付ける者は、この国でも殆どおらぬのじゃぞ?」
「いえ、私はただ付き添いの者でして。剣の腕は殆どございません。先ほど、剣神さまの気配に気が付いたのは……単なる偶然でございます」
「単なる偶然、か……。ふぅむ……」
ジロリと、こちらを値踏みするように視線を向けてくるハインライン。
このオヤジは、熱血バカではあるが、結構、鋭いところもあるからな。
流石に、今の言い訳で騙せるほど、間抜けではないか……?
一頻り俺の顔を見つめると、ハインラインは長い髭を撫で、フッと、笑みを浮かべる。
「お前さん、ワシの弟子にならぬか? 恐らくは、なかなかの才覚の者と見た」
その発言に、ギルド内の冒険者たちが、ザワザワと動揺した様子を見せ始める。
これは……あまり良くない展開と言えるだろう。
目立つことを避けたかったというのに、剣神に実力を認められたとあっては、否が応でも注目を集めてしまう。
ハインラインのその誘いにどう答えようか悩んでいると、グレイレウスがスッと、俺の前に出た。
そして彼は腕を組み、仁王立ちをし、威風堂々とした様子で口を開く。
「―――――ハインライン・ロックベルト。貴様の剣の腕は、王国随一だと、オレもよく知っている……。だが、我が師をあまり舐めないことだな!! 貴様のような老いぼれなど、師匠の実力の前では、塵芥程度にしか変わらな―――もがっ!」
「グレイレウス様、少し、黙りましょうね~~」
背後からグレイレウスの口を両手で覆い隠す。
すると奴は、むがががと、暴れ始めた。
そんな俺たちの様子に、訝し気に首を傾げながらも、ハインラインは好々爺とした穏やかな笑みを浮かべ、再度開口した。
「よくわからぬが……なかなかのイキのいい若人どもじゃな。青年、一応、お主の名前も聞いておくとしようかの」
その言葉に、グレイレウスは俺の手を振り払うと、鋭い眼光をハインラインへと向け、口を開く。
「オレの名前は、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。いずれ、貴様ら剣の神どもを倒し、【剣神】の名を戴く男の名だ。覚えておくと良い」
グレイレウスのその宣言に、ギルドで酒を飲んでいた冒険者たちは一斉にポカンとした表情を浮かべると……堰を切ったように、ガッハッハッハと大笑いし始めた。
「馬鹿か!!お前のようなチビが、剣神になれるわけがないだろ!!」
「お前のようなガキが生意気言うんじゃねぇ!! 見たところ、騎士学校の生徒か!! 大人しく学校でお勉強していろ、貴族のガキが!!」
過去、ロザレナが剣聖になると大見得切って馬鹿にされた時と同じように、冒険者ギルド内では、嘲笑の嗤い声が轟いていた。
だが―――――グレイレウスはその状況に一切動揺した素振りを見せずに、目の前のハインラインだけを鋭く睨みつけている。
そんな彼を見て、穏やかな笑みから一変……ハインラインは突如、挑戦者を見つめる、不敵な笑みを浮かべ始めた。
「ほっほっほっ。お前さん、よくワシに向かってそんなことが言えたのう。周囲からヤジを飛ばされるこの状況……お主、自分が今、どれだけ場違いなことを言ったのか分かっておるのかの?」
「オレは、王国最強の剣士である、偉大なる師の二番弟子だ。師の弟子として、恥ずべき姿など見せてはいられない。……一番弟子である姉弟子、ロザレナならばきっとどんな状況だろうと、自分は【剣聖】になると宣言したはず。ならばこそ、オレも、自分を偽るわけにはいかない。オレは、亡き姉の夢であった【剣神】になる。絶対にな」
睨み合うハインラインとグレイレウス。
ますますヒートアップする、野次の声。
そんな状況に、ハインラインは大きく声を張り上げた。
「―――――うるせぇぞ、てめぇら!! 夢を諦めた者が、夢を目指す若人を馬鹿にすんじゃねぇ!! てめぇらの中に、このワシに宣戦布告できる馬鹿はいるか!? いねぇだろ!! だったら大人しくだぁってろ、三流どもめが!!!」
その怒鳴り声に、冒険者たちはシーンと、静まり返る。
そんな光景を見つめた後、ハインラインは再度グレイレウスへと視線を向け、長い髭を撫でながらニヤリと笑みを浮かべる。
「お前さんのような気が狂った奴は久々に見たのう。ワシの亡き弟弟子を彷彿とさせるイカれ具合だわい。きっと、お主のその師とやらも、なかなかに狂人なんじゃろうて。ぜひ、手合わせしてみたいものじゃのう……」
「フン。我が師の相手は貴様では務まらん。【剣聖】クラスでも連れてくるのだな」
「ホッホッホッホッ!! 随分と生意気なこと言いおる若造じゃて!!」
「今に見ていろ、老兵。オレとロザレナで、【剣神】と【剣聖】の座を一気に塗り替えてやる。王国一の剣の道場、門下は、貴様の【蒼焔剣】の流派ではない。我ら、アネッ……いや、【箒剣】流派こそが、王国一だ!!」
………箒剣って何だよ、グレイレウス……。
突如作られたその謎の門下に、俺が引き攣った笑みを浮かべていると……ハインラインの背後から、一人の青年が現れた。
「貴様!! お爺様に向かって、何て口を聞いているのだ!! 不敬だぞ!!」
オレンジ色の髪をしたその剣士は、グレイレウスへと詰め寄ると、まくし立てるようにして開口する。
「お前も一介の剣士なのであろう? ならば、目上の者には敬意を表するのが礼儀だろう!! お爺様にため口で話をするんじゃない!!」
「誰だ、貴様は。随分と暑苦しい奴だな」
「俺は、アレフレッド・ロックベルト。剣神であるハインラインお爺様の孫だ!!」
ハインラインの孫……確かに、若い頃の奴と似た雰囲気のある青年だ。
真面目で暑苦しいところとか、特にな。
ということは、こいつ、ジェシカの兄とかなのかな?
そう、ハインラインの孫と名乗る人物にキョトンとした目を向けていると、アレフレッドは俺に気が付き、こちらに視線を向けてくる。
そして、何故か、顔を真っ赤にさせ始めた。
「なっ―――――なっ、なっ!!!!!」
「? 何でしょうか?」
そう声を放つと、アレフレッドは俺から視線を外し、前に立つグレイレウスへと憎悪の籠った目を向ける。
「………おい、そこのマフラー男。後ろにおられるそちらの美しい女性は、もしや………お前の恋人か?」
その言葉に、グレイレウスは鞘から刀を少し抜き、刀身を見せ、アレフレッドへと敵意を向けた。
「言葉に気を付けろ、ノッポ。この場で貴様を斬り殺しても、オレは一向に構わんのだぞ?」
「……その反応から見るに……そういうことか。クソッ!! あんな、ボンキュッボン……じゃなかった。あんな美しい女性をメイドとして囲っているなど、裏山けしからん!! 正直言って、ものすごいタイプだ!! 悔しい!!」
そう、アレフレッドが口にした、その瞬間。
グレイレウスは鞘から刀を抜刀し、足を前へと踏み込むと、アレフレッドの首へと目掛けて勢いよく剣を振ったのだった。
だが―――――アレフレッドは即座に腰の鞘からアイアンソードを抜き、その抜刀剣を難なくガードしてみせた。
その光景にグレイレウスは「ほう」と、感心したように息を吐く。
「ただの煩悩丸出しのゴミかと思ったが、なかなかやるな。我が師を貶した一点だけは許すことはできないが、この神速の一刀を防いだことは、褒めてやろう」
「お前の師を貶した!? いったい、何を言っている!? 俺は、君のメイドがとても好みのタイプだと、そう言っただけなのだが!?」
「……このまま殺されたいか? 次、我が師に邪な想いを抱いてみろ。その首、叩き落と――――」
「グレイレウス様。その辺で、おやめください」
俺のその一言に、グレイレウスは口を閉ざし、アレフレッドから離れる。
そして、大人しく、刀を鞘に仕舞った。
そんな彼を見つめた後、俺は、アレフレッドとハインラインに向けて、深く、頭を下げる。
「我が主人が剣を抜いてしまい、申し訳ございませんでした」
「え? い、いや、そんな、滅相も無い!! 確かに、俺が君に対して失礼なことを言ってしまったのは事実だ!! 謝罪しよう!!」
慌てた様子で頭を下げるアレフレッド。
ハインラインはそんな彼の肩をポンと叩くと、こちらにニコリと、微笑みを見せてくる。
「すまんのう。我が孫は、ワシに似て、ボンキュッボンなおなごには滅法弱いんじゃて。我がロックベルト家の男子は、お主のような巨乳で良い形をした尻をした女には、目がないんじゃ。許せ」
「……剣神さま? セクハラはやめていただけませんか? 道場の屋根裏に大量のエロ本を隠していたことを、奥方さまにお伝え致しますよ?」
「なぬっ!? な、何故、それを知っているんじゃ、貴様……!!」
目を見開いて、魚のように口をパクパクとさせるハインライン。
そして、ブツブツと、何かを呟き始める。
「あのワシの、生涯を賭けて集めたお宝コレクションのことは、アーノイックとジャストラムの奴しか知らないはず……まさか、ジャストラムの奴、他人に言いふらしておるな!? くっ! あの引きこもり狼女めが!! 次会ったら、どうしてくれようか……!!」
そう、見当違いの推測を立てたハインラインは、カウンター奥にある、ギルドの事務所の方へと歩みを進めて行った。
アレフレッドも俺に頭を下げて、祖父ハインラインの後を静かに追っていく。
……まったく。昔から真面目な顔してムッツリスケベ野郎だったが、歳取ってますます悪化してやがるな、あの男。
まさかこの身体に転生して、あいつにセクハラまがいのことされるだなんて思いもしなかったぜ。
あいつの孫にも惚れられるし……本当に、不可思議な状況だったな。
「? 師匠? 何だか、昔を懐かしむようなお顔をしてらっしゃいますが……どうかなさいましたか?」
「……いや、何でもねぇ。さて、冒険者採用試験を受けようとしようぜ、グレイレウス。ここからが、本題だ」
「はい!!」
そうして俺とグレイレウスは、再び、冒険者採用試験を受けるための契約書に、ペンを取ったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ハインライン視点》
「……お爺様。大森林で発生した、災厄級の魔物の討伐に、これから向かわれるのですよね?」
そう、背後から、孫のアレフレッドが声を掛けてくる。
ワシはそんな孫に対して、ホッホッホッと笑い声を溢した。
「まぁ、のう。国民を不安にさせないために、秘密裏に行動せよと、聖王陛下からのご命令じゃったが……下手したら今回、ワシは死ぬかもしれんのう。災厄級の魔物というのは、それほど、恐ろしい相手なのじゃて」
「……【剣聖】リトリシア様でも、難しいのですか?」
「あぁ。奴一人では、間違いなく無理じゃな。過去、アーノイックの奴が『黒炎龍』を一撃で倒したことから、災厄級の魔物が王国では弱く見られる風潮になってしもうたが……そんなことはない。あいつの異常な強さで、皆が勘違いしてしまっただけじゃ。災厄級の魔物は、人の世を壊滅させる恐れがある代物じゃ」
「同じ【剣聖】でも、アーノイック様とリトリシア様では、大きな力の開きがある、ということなのですか?」
「開きなんてもんじゃないわい。天と地、深海と宇宙程の差があるわ。……はぁ。あの男の真の強さを理解しておるのも、この世ではもう、ワシとリトリシアとジャストラムくらいしかおらんのかもなぁ。アーノイックが化け物じみた力を持っていたことなど、最早、若い者が誰も知らんのが現実じゃ」
そう言って大きく息を吐いた後。ワシはチラリと、先ほど通ってきた廊下を振り返る。
すると、アレフレッドが、不思議な様子で首を傾げた。
「どうかなさいましたか? お爺様?」
「アレフレッド。お主、さっきのあのメイドを見て、どう思った?」
「? どうとは? ボンキュッボンですか?」
「違うわい!! ……あの者、ワシの【暗歩】に気付いただけではなく、終始、一切の隙を見せなかった。グレイレウスとかいう若造がお主を斬ろうと剣を抜いた時も、一瞬、奴を止めようと足を数センチ動かしおった。だが……お前が剣を抜いたことを察知して、すぐさま所定の位置へと戻った。奴は、そこそこの力を持っておると見る。推察するに、剣の腕は、剣王クラス級、かの。気配探知能力だけは、剣神級か」
「そんなバカな。彼女は、とても可愛いらしいメイドさんです。……しかし、本当に可愛かったなぁ。いいなぁ、あんなメイドさんに朝起こしてもらいたいなぁ。そして、下からそのおっぱいを眺めてみたいなぁ……ぐふふふ……」
「お前は、本当に……アホじゃのう……。こんな奴がワシの跡を継いで道場主になると思うと、死にきれなくなってくるわい……」
そう口にして、ワシは大きくため息を吐く。
そして、再び、薄暗い廊下を真っすぐと、歩いて行った。
「まぁ、なんだ。あのグレイレウスとかいう若造、お前の良いライバルになりそうじゃな。あれはでかくなるぞ。良き素質を持っておる」
「では、ロックベルト道場に招き入れるのですか? 弟子にすると?」
「いいや、人の弟子を取る気はないわい。……しかし、あれほどの若造が、あのように心酔する師、か……。一度、会ってみたいものじゃのう。ぜひ、剣を交わらせてみたいものじゃ」
そうして、ワシは孫と共に、ギルドの事務所へと歩みを進めて行った。
更新、遅れてしまって申し訳ございませんでした!!(スライディング土下座
次こそは必ずや、近日中の投稿を目指します!!
いつも、読んでくださり、いいね、評価、ブクマを付けてくださる方々。
本当に感謝しております。
みなさまのおかげで、この作品は継続できています!!
本当に本当にいつも、ありがとうございます!!




