第116話 元剣聖のメイドのおっさん、兄弟子に尻を触られそうになる。
「あうあうあうぅ……」
「……ギロリ」
アンナの背後に隠れるミレーナと、そんな彼女を俺の隣から睨みつけるグレイレウス。
俺はその光景に深くため息を吐いた後、グレイレウスの頭をポカンと軽く叩いた。
「グレイレウス先輩、ミレーナさんをそんなに睨みつけないでください」
「……分かりました。おい、ぴぎゃあ女。次、オレの前で我が師を侮辱してみろ。銀等級冒険者だろうが何だろうが、師を蔑ろにする者は……斬り殺す」
「ぴぎゃうっ!? あ、あの、夏なのにマフラーしている人、恐ろしいですぅぅ!! 流石は悪魔メイドの弟子ですぅぅぅ!!」
「こら、ミレーナ! アネットちゃんは悪魔メイドなんかじゃないでしょ! 彼女は、私たちを助けてくれた命の恩人なんだよ? そんな酷いこと言わないの!!」
「ア、アンナちゃん……」
ミレーナは、恐る恐るといった様子で、アンナの肩越しにこちらへと視線を向けてくる。
そんな彼女に向けて、俺はニコリと、優しく微笑みを浮かべた。
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! やっぱり怖いですぅぅぅ!! 何考えているか分からないですぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
「貴様! 斬り殺すぞ!」
「だからやめろって言ってんだろ、グレイレウス!」
「ごふぁぁッ!?!?」
脳天にチョップを放つと、グレイレウスは唸り声を上げ、頭を押さえ始めた。
俺はそんな変人男を一瞥した後、コホンと咳払いをして、再びミレーナへと視線を向ける。
「ミレーナさん、私たちは別に、貴方に危害を加えるつもりはないのですよ。ただ、私たちに御力を貸してはいただけないかと、相談に来ただけなのです」
「……相談、ですか……?」
「はい。実は―――――」
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「………そう、ですか。ロザレナさんのために、薬草を……」
「ええ。ですから、私たちと冒険者パーティーを組んで、大森林へと足を運んでくださらないでしょうか。どうか、この通りです。お願い致します」
そう言って、俺は席を立ち、ミレーナへと深く頭を下げる。
そんな俺を見て、アンナとギークは、そっとミレーナに声を掛けた。
「ミレーナ、協力してあげようよ。彼女は、私たちにとって命の恩人でしょ?」
「オイラも、アネットさんに協力することに異存はないよ。恩人だからね」
「………」
ミレーナは顔を上げると、チラリと、こちらを伺い見てくる。
――――ミレーナ・ウェンディ。
終始おどおどとしてはいるが、彼女は子供の頃、共に奴隷商団に捕まっていた仲間であり、幼馴染だ。
アンナやギーク、エステルと一緒で、彼女も善人であることは間違いな―――――。
「無理ですぅ」
「………え?」
「う、うちにとって一番大事なのは、自分の身だけですぅ……。な、なので、ロザレナさんがどうなろうが知ったこっちゃないですぅ……えへへへへ……」
何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべるミレーナ。
俺はそんな彼女の顔を見て、思わず額に青筋を立ててしまう。
「……ミレーナさん?」
「今、大森林は、剣神様方によって立ち入りが制限されているんですよぉう。きっと、恐ろしい魔物が発生したんだと思いますぅ……。そんな恐ろしい場所、どんなに頼まれたって、ミレーナは行きたくないですぅっ! 他人の病気なんて知らないですぅ~!」
そう言って、えへえへと笑い声を溢してくるミレーナ。
うん、何かイラッとするな、このメスガキ。
思わず殴りたくなるくらいの良い笑顔。普通にムカつくわ。
「貴様!! 師匠が頭を下げているというのに、その態度は何だ!!」
「えへっ、えへへへぇ~。今、うちが優位に立っていること、忘れないでくださいねぇ。うちはこの冒険者パーティー『宵の明星』のリーダーですからぁ。決定権は全部うちにあるんですよぉ♪」
「くっ! 何というクズっぷりだ、貴様! 金髪ドリル女とはまた方向性の違ったクズさだぞ!! お前、それでも本当に冒険者なのか!?」
「うちは、大好きな原生植物を採取するために冒険者になったんですぅ。人助けなど、二の次ですぅ~~♪」
そう口にして、口笛を吹き始めるミレーナ。
なるほど……根は優しい少女だと思っていたが、どうやらそれは俺の思い違いだったようだな。
自己保身のためなら、弱っている相手など簡単に見捨てる。清々しい程までのクズだわ、この女。
「ちょっと、ミレーナ! 何でそんなこと言うのよ! アネットちゃんは恩人なのよ? まさか、見捨てる気!?」
「恩人だろうが何だろうが、うちは、この悪魔メイドには絶対に関わりたくないんですぅ! うちは【危険予知の加護】を持っているから、分かるんですよぉう!! このメイドは、そんじょそこらの剣士とは格が違うんですぅ! というかそもそも、生物としての枠組みから、大きく逸脱しているんですよぉ! そこのメイドは!!」
「生物の枠組みから、大きく、逸脱している……? アネットちゃんが?」
「そうですよぉう!! みんなが思うよりもずっと、アネットさんは恐ろしい人間なんですぅ!! というか、こんなに怖い人、今までに一度も見たことがありませんっっ!! 魔物なんか比じゃないくらいですぅぅ!!」
なるほど……【危険予知の加護】、か。
確か、闘気や魔力を視認できる【魔眼の加護】の下位互換能力だったな。
生物に流れる微弱な闘気や魔力の流れを、薄っすらと感知することができる、加護の力。
その加護の力があったからこそ、幼少期からミレーナは、俺に対して過剰な恐怖心を抱いていたのか。
「………分かりました。リーダーであるミレーナさんが断った以上、無理に頼む気はありません」
俺は席を立つ。すると、グレイレウスも不機嫌そうな様子で席を立った。
その光景を見て、アンナが慌てた様子で俺たちを引き留めてくる。
「ま、待ってよ、アネットちゃん! ミレーナも悪気はなかったと思うの! この子、普段から自己中心的ではあるけれど、ここまで酷いことを言う子じゃ……」
「アンナちゃん! まだ、分からないんですか! アネットさんの目をよく見てみてください!」
「は? 目……?」
アンナは不思議そうな様子で俺の目を見つめてくる。
そして、首を傾げると、再びミレーナへと顔を向けた。
「普通に大きくて可愛い青い目じゃない? いったい何なのよ?」
「私は……昔からこの人の目が、怖くてたまらなかったんですぅ!! ここじゃないどこかを見つめていて……世の中のもの全てを塵芥にしか思っていない、冷酷で非情な瞳……!! ジェネディクトさんと戦ったあの時なんて、死の間にいたというのに、この人は笑っていた……!! 命のやり取りを素で楽しんでいたんですよ、このメイドは!! はっきり言って異常です!!」
「貴様!! 今の言葉は看過でき―――」
「止せ、グレイレウス。ミレーナの言っていることは、正しい」
「!? 師匠!?」
その怯えた顔は……前世で散々見てきたことがあるから、分かる。
彼女は加護を通して、俺の本質を見抜いたのだろう。
ならば、余計なことを言っても、無駄なこと。
ミレーナはアネットを通して、背後にいる、アーノイックの影を見ているのだから。
「邪魔しましたね。では、失礼致します」
「……」
アンナたちに頭を下げた後、グレイレウスと共に席を立つ。
背後でアンナが何か叫んでいる様子だったが……無視して、俺たちは冒険者ギルドの奥へと歩みを進めて行った。
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「まったく! 何なんですか、あの女は! 師匠のことをまるで怪物でも見るかのような目で見つめて! 流石に不敬すぎます! やはり、斬っておくべきか!」
「そんなに怒ることじゃねぇよ、グレイレウス。あれが、俺という人間の本質を知った者の、当然の反応だ」
「そんなことはありません! 師匠の偉大なる御力を前にしたら、即座に平伏し、頭を下げるのが普通の反応です!!」
「いや、俺の力を知っても尚普通に接してくれる、お前やロザレナお嬢様が異質なだけだよ。人の枠から外れた力を持った者は、忌み嫌われる運命にあるんだ。過去に散々化け物と言われた身だ。もう慣れてる」
「師匠……」
「さっ、気を取り直して冒険者採用試験を受けるとしようぜ。ギルドのカウンターは……あっちか」
酒場コーナーを抜けて、ギルドの受付窓口へと歩みを進める。
カウンターの前に立つと、眼鏡を掛けた受付嬢がニコリと、こちらに柔和な笑みを見せてきた。
「こんにちわ。依頼の受付でしょうか?」
「あ、いいえ。私たち、冒険者になりたいのです。なので、今から冒険者採用試験を受けさせてはもらえないでしょうか?」
「あぁ、冒険者志望の方でしたか。畏まりました。では、まず、こちらの用紙に氏名、住所、身分を証明できる情報等をご記載ください」
そう言って、受付嬢は俺とグレイレウスに二枚の用紙を手渡してくる。
俺たちは同時に紙を受け取り、二人並んでカウンターで身分情報を記載していく。
すると、その時。突如、背後からザワザワとした動揺の声が聴こえてきた。
何事かと振り返ると、ギルドの入り口に、小柄な体格の老人と、その老人の背後に付き従う、屈強な体格をした戦士たちの姿が見えた。
老人は長い髭を撫でると、ギルド内を見渡し、ホッホッホッと愉快気に笑い声を上げる。
「よぉ、お主ら。順調に冒険者稼業、やっとるかのう?」
「よ、ようこそいらっしゃいました!!」
バッと、冒険者たちは勢いよくテーブル席から立ち上がり、一斉に老人へ向かって頭を下げ始める。
目の前の受付嬢も、慌てて頭を下げ始めた。
その光景に、俺は思わず訝し気に首を傾げてしまった。
「……? 何だ、あの爺さん、何か偉い奴なのか?」
「せ、師匠、ご存知ないのですか!? あの老人は――――」
「ほほう? お主、良いケツしとるのぅ。ちと、触らせてもら……」
いつの間にか背後に、老人の姿があった。
俺は、反射的に上空へ飛び上がる。
そして、箒を腰に構えながら、カウンターの上へと着地した。
すると、こちらのその行動に驚いたのか……いつの間にか近寄って来ていた目の前の老人は、目を見開き、困惑の声を発した。
「……お、お主……まさか、ワシの【暗歩】の気配に気付きおったのか……?」
「…………何者ですか、貴方は」
この俺の間合いに一瞬で入って来るとは……この爺さん、間違いなく、只者ではないな。
すっとぼけた顔をしているが、その身に宿る闘気は並み大抵のものじゃないように感じられる。
いったい何者なんだ、このジジイは……。
奴が取ったたったひとつの行動のせいで、反射的に避けてしまったぞ……。
「ほっほっほっ。カウンターの上にある用紙を見るに、お主、これから冒険者採用試験を受ける新人か。いやはや、面白い人材じゃのう。見どころあるぞ、メイドのお嬢ちゃん」
「貴方……名前は何というのですか?」
「ワシか? ワシは―――――」
髭を撫でると、老人はニヤリと、不敵な笑みを浮かべる。
「ワシは、『剣神』、ハインライン・ロックベルト。ここのギルド長をやっている者じゃ」
俺はその言葉に、思わず、目を見開いてしまった。
第116話を読んでくださって、ありがとうございました。
投稿、予定よりも遅れてしまい、申し訳ございません。
いつも読んでくさだる皆さま、いいねを付けてくださる30名の皆さま、本当にありがとうございます~(T_T)
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次回も近いうちに上げる予定ですので、また読んでくださると嬉しいです!




