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第116話 元剣聖のメイドのおっさん、兄弟子に尻を触られそうになる。


「あうあうあうぅ……」


「……ギロリ」


 アンナの背後に隠れるミレーナと、そんな彼女を俺の隣から睨みつけるグレイレウス。


 俺はその光景に深くため息を吐いた後、グレイレウスの頭をポカンと軽く叩いた。


「グレイレウス先輩、ミレーナさんをそんなに睨みつけないでください」


「……分かりました。おい、ぴぎゃあ女。次、オレの前で我が師を侮辱してみろ。銀等級冒険者だろうが何だろうが、師を蔑ろにする者は……斬り殺す」


「ぴぎゃうっ!? あ、あの、夏なのにマフラーしている人、恐ろしいですぅぅ!! 流石は悪魔メイドの弟子ですぅぅぅ!!」


「こら、ミレーナ! アネットちゃんは悪魔メイドなんかじゃないでしょ! 彼女は、私たちを助けてくれた命の恩人なんだよ? そんな酷いこと言わないの!!」


「ア、アンナちゃん……」


 ミレーナは、恐る恐るといった様子で、アンナの肩越しにこちらへと視線を向けてくる。


 そんな彼女に向けて、俺はニコリと、優しく微笑みを浮かべた。


「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! やっぱり怖いですぅぅぅ!! 何考えているか分からないですぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」


「貴様! 斬り殺すぞ!」


「だからやめろって言ってんだろ、グレイレウス!」


「ごふぁぁッ!?!?」


 脳天にチョップを放つと、グレイレウスは唸り声を上げ、頭を押さえ始めた。


 俺はそんな変人男を一瞥した後、コホンと咳払いをして、再びミレーナへと視線を向ける。


「ミレーナさん、私たちは別に、貴方に危害を加えるつもりはないのですよ。ただ、私たちに御力を貸してはいただけないかと、相談に来ただけなのです」


「……相談、ですか……?」


「はい。実は―――――」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「………そう、ですか。ロザレナさんのために、薬草を……」


「ええ。ですから、私たちと冒険者パーティーを組んで、大森林へと足を運んでくださらないでしょうか。どうか、この通りです。お願い致します」


 そう言って、俺は席を立ち、ミレーナへと深く頭を下げる。


 そんな俺を見て、アンナとギークは、そっとミレーナに声を掛けた。


「ミレーナ、協力してあげようよ。彼女は、私たちにとって命の恩人でしょ?」


「オイラも、アネットさんに協力することに異存はないよ。恩人だからね」


「………」


 ミレーナは顔を上げると、チラリと、こちらを伺い見てくる。


 ――――ミレーナ・ウェンディ。


 終始おどおどとしてはいるが、彼女は子供の頃、共に奴隷商団に捕まっていた仲間であり、幼馴染だ。


 アンナやギーク、エステルと一緒で、彼女も善人であることは間違いな―――――。


「無理ですぅ」


「………え?」


「う、うちにとって一番大事なのは、自分の身だけですぅ……。な、なので、ロザレナさんがどうなろうが知ったこっちゃないですぅ……えへへへへ……」


 何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべるミレーナ。


 俺はそんな彼女の顔を見て、思わず額に青筋を立ててしまう。


「……ミレーナさん?」


「今、大森林は、剣神様方によって立ち入りが制限されているんですよぉう。きっと、恐ろしい魔物が発生したんだと思いますぅ……。そんな恐ろしい場所、どんなに頼まれたって、ミレーナは行きたくないですぅっ! 他人の病気なんて知らないですぅ~!」


 そう言って、えへえへと笑い声を溢してくるミレーナ。


 うん、何かイラッとするな、このメスガキ。


 思わず殴りたくなるくらいの良い笑顔。普通にムカつくわ。


「貴様!! 師匠(せんせい)が頭を下げているというのに、その態度は何だ!!」


「えへっ、えへへへぇ~。今、うちが優位に立っていること、忘れないでくださいねぇ。うちはこの冒険者パーティー『宵の明星』のリーダーですからぁ。決定権は全部うちにあるんですよぉ♪」


「くっ! 何というクズっぷりだ、貴様! 金髪ドリル女とはまた方向性の違ったクズさだぞ!! お前、それでも本当に冒険者なのか!?」


「うちは、大好きな原生植物を採取するために冒険者になったんですぅ。人助けなど、二の次ですぅ~~♪」


 そう口にして、口笛を吹き始めるミレーナ。


 なるほど……根は優しい少女だと思っていたが、どうやらそれは俺の思い違いだったようだな。


 自己保身のためなら、弱っている相手など簡単に見捨てる。清々しい程までのクズだわ、この女。


「ちょっと、ミレーナ! 何でそんなこと言うのよ! アネットちゃんは恩人なのよ? まさか、見捨てる気!?」


「恩人だろうが何だろうが、うちは、この悪魔メイドには絶対に関わりたくないんですぅ! うちは【危険予知の加護】を持っているから、分かるんですよぉう!! このメイドは、そんじょそこらの剣士とは格が違うんですぅ! というかそもそも、生物としての枠組みから、大きく逸脱しているんですよぉ! そこのメイドは!!」


「生物の枠組みから、大きく、逸脱している……? アネットちゃんが?」


「そうですよぉう!! みんなが思うよりもずっと、アネットさんは恐ろしい人間なんですぅ!! というか、こんなに怖い人、今までに一度も見たことがありませんっっ!! 魔物なんか比じゃないくらいですぅぅ!!」


 なるほど……【危険予知の加護】、か。


 確か、闘気や魔力を視認できる【魔眼の加護】の下位互換能力だったな。


 生物に流れる微弱な闘気や魔力の流れを、薄っすらと感知することができる、加護の力。


 その加護の力があったからこそ、幼少期からミレーナは、俺に対して過剰な恐怖心を抱いていたのか。


「………分かりました。リーダーであるミレーナさんが断った以上、無理に頼む気はありません」


 俺は席を立つ。すると、グレイレウスも不機嫌そうな様子で席を立った。


 その光景を見て、アンナが慌てた様子で俺たちを引き留めてくる。


「ま、待ってよ、アネットちゃん! ミレーナも悪気はなかったと思うの! この子、普段から自己中心的ではあるけれど、ここまで酷いことを言う子じゃ……」


「アンナちゃん! まだ、分からないんですか! アネットさんの目をよく見てみてください!」


「は? 目……?」


 アンナは不思議そうな様子で俺の目を見つめてくる。


 そして、首を傾げると、再びミレーナへと顔を向けた。


「普通に大きくて可愛い青い目じゃない? いったい何なのよ?」


「私は……昔からこの人の目が、怖くてたまらなかったんですぅ!! ここじゃないどこかを見つめていて……世の中のもの全てを塵芥にしか思っていない、冷酷で非情な瞳……!! ジェネディクトさんと戦ったあの時なんて、死の間にいたというのに、この人は笑っていた……!! 命のやり取りを素で楽しんでいたんですよ、このメイドは!! はっきり言って異常です!!」


「貴様!! 今の言葉は看過でき―――」


「止せ、グレイレウス。ミレーナの言っていることは、正しい」


「!? 師匠(せんせい)!?」


 その怯えた顔は……前世で散々見てきたことがあるから、分かる。


 彼女は加護を通して、俺の本質を見抜いたのだろう。


 ならば、余計なことを言っても、無駄なこと。


 ミレーナはアネット(今の俺)を通して、背後にいる、アーノイック(過去の俺)の影を見ているのだから。


「邪魔しましたね。では、失礼致します」


「……」


 アンナたちに頭を下げた後、グレイレウスと共に席を立つ。


 背後でアンナが何か叫んでいる様子だったが……無視して、俺たちは冒険者ギルドの奥へと歩みを進めて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「まったく! 何なんですか、あの女は! 師匠(せんせい)のことをまるで怪物でも見るかのような目で見つめて! 流石に不敬すぎます! やはり、斬っておくべきか!」


「そんなに怒ることじゃねぇよ、グレイレウス。あれが、俺という人間の本質を知った者の、当然の反応だ」


「そんなことはありません! 師匠(せんせい)の偉大なる御力を前にしたら、即座に平伏し、頭を下げるのが普通の反応です!!」


「いや、俺の力を知っても尚普通に接してくれる、お前やロザレナお嬢様が異質なだけだよ。人の枠から外れた力を持った者は、忌み嫌われる運命にあるんだ。過去に散々化け物と言われた身だ。もう慣れてる」


師匠(せんせい)……」


「さっ、気を取り直して冒険者採用試験を受けるとしようぜ。ギルドのカウンターは……あっちか」


 酒場コーナーを抜けて、ギルドの受付窓口へと歩みを進める。


 カウンターの前に立つと、眼鏡を掛けた受付嬢がニコリと、こちらに柔和な笑みを見せてきた。

 

「こんにちわ。依頼の受付でしょうか?」


「あ、いいえ。私たち、冒険者になりたいのです。なので、今から冒険者採用試験を受けさせてはもらえないでしょうか?」


「あぁ、冒険者志望の方でしたか。畏まりました。では、まず、こちらの用紙に氏名、住所、身分を証明できる情報等をご記載ください」


 そう言って、受付嬢は俺とグレイレウスに二枚の用紙を手渡してくる。


 俺たちは同時に紙を受け取り、二人並んでカウンターで身分情報を記載していく。


 すると、その時。突如、背後からザワザワとした動揺の声が聴こえてきた。


 何事かと振り返ると、ギルドの入り口に、小柄な体格の老人と、その老人の背後に付き従う、屈強な体格をした戦士たちの姿が見えた。


 老人は長い髭を撫でると、ギルド内を見渡し、ホッホッホッと愉快気に笑い声を上げる。


「よぉ、お主ら。順調に冒険者稼業、やっとるかのう?」


「よ、ようこそいらっしゃいました!!」


 バッと、冒険者たちは勢いよくテーブル席から立ち上がり、一斉に老人へ向かって頭を下げ始める。


 目の前の受付嬢も、慌てて頭を下げ始めた。


 その光景に、俺は思わず訝し気に首を傾げてしまった。


「……? 何だ、あの爺さん、何か偉い奴なのか?」


「せ、師匠(せんせい)、ご存知ないのですか!? あの老人は――――」


「ほほう? お主、良いケツしとるのぅ。ちと、触らせてもら……」


 いつの間にか背後に、老人の姿があった。


 俺は、反射的に上空へ飛び上がる。


 そして、箒を腰に構えながら、カウンターの上へと着地した。


 すると、こちらのその行動に驚いたのか……いつの間にか近寄って来ていた目の前の老人は、目を見開き、困惑の声を発した。


「……お、お主……まさか、ワシの【暗歩】の気配に気付きおったのか……?」


「…………何者ですか、貴方は」


 この俺の間合いに一瞬で入って来るとは……この爺さん、間違いなく、只者ではないな。


 すっとぼけた顔をしているが、その身に宿る闘気は並み大抵のものじゃないように感じられる。


 いったい何者なんだ、このジジイは……。


 奴が取ったたったひとつの行動のせいで、反射的に避けてしまったぞ……。


「ほっほっほっ。カウンターの上にある用紙を見るに、お主、これから冒険者採用試験を受ける新人か。いやはや、面白い人材じゃのう。見どころあるぞ、メイドのお嬢ちゃん」


「貴方……名前は何というのですか?」


「ワシか? ワシは―――――」


 髭を撫でると、老人はニヤリと、不敵な笑みを浮かべる。


「ワシは、『剣神』、ハインライン・ロックベルト。ここのギルド長をやっている者じゃ」


 俺はその言葉に、思わず、目を見開いてしまった。

第116話を読んでくださって、ありがとうございました。

投稿、予定よりも遅れてしまい、申し訳ございません。

いつも読んでくさだる皆さま、いいねを付けてくださる30名の皆さま、本当にありがとうございます~(T_T)


よろしければモチベーション維持のために、評価、ブクマ等、お願いいたします。

次回も近いうちに上げる予定ですので、また読んでくださると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミレーナは言動はともかく、引き際がちゃんと見えてる有能な子に見えますね。あまりパーティ仲が悪いことにならないと良いけど。 [気になる点] アーノイックとアネットって何歳差になるんでしたっけ…
[一言] ハインライン、ただ試すだけにアネットのお尻を狙ったのか?それとも本当にスケベになってしまったから狙ったのか? しかし、信頼できるかわからんなぁ。今のところまともな剣聖は師匠ぐらいしかいないか…
[良い点] ガワだけ美少女メイドのはずのアネットが、女性キャラ中一番カワイイ女の子って感じるのは、いろいろすごいですよね。(個人の感想です) [気になる点] ミレーナ、実は良いリーダーなのではないでし…
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