第115話 元剣聖のメイドのおっさん、幼馴染たちと再会する。
―――――王都、中央市街区に聳え立つ巨大な建造物。
冒険者ギルド『栄華の双剣』。
ここに来るのは、五年前、家出したロザレナを捜索しに来た日以来だろうか。
確かあの時の俺は、ロザレナを泣かした不作法な冒険者に対して、思わずブチギレてしまっていたっけな。
昔のことすぎて、今思い出すと、結構感慨深いものがあるような気がするぜ。
「――――ここが王国の冒険者ギルド、『栄華の双剣』ですか……。確か、ギルド長は【剣神】ハインライン・ロックベルトでしたよね。オレが目指す、【剣神】が運営している本拠地……。どんな猛者がいるのか、今からワクワクしてきますね、師匠!」
ギルドの外観を眺めていると、そう、背後から目をキラキラとさせたマフラー男が声を掛けてきた。
俺はそんな自称弟子に対して、呆れたため息を吐いてしまう。
「……先に言っておくが、グレイレウス。あまり目立つことはすんじゃねぇぞ? 俺はこれから人と関わる時には、基本的にお前のメイドという立ち位置で影に徹することに決めている。だから、どんなにムカつく野郎がいても事を荒立てるな。良いな?」
「せ、師匠が、オレのメイドに、ですか!? そ、それは認められません! 師匠は、オレの偉大なる師です! そ、そのような不敬なこと、できるはずもありません!!」
「良いから、素直に言うことを聞きやがれ! 師匠命令だ!」
「わ、分かりました……師匠命令であれば……従います……」
先程までの高揚していた様子とは打って変わり、しゅんとなるグレイレウス。
俺はそんな奴の姿に再び呆れたため息を吐いた後、先に行けと、顎をくいっと動かす。
そんな俺に対して、グレイレウスは顔を青ざめさせ、ブンブンと頭を横に振った。
「せ、師匠の前を歩くなど、そんなことできませんよ!! ギルドの中へは、先に師匠が入ってください!」
「アホか! どこの世界に主人を引き連れて前を歩くメイドがいるんだよ! オラッ、良いからさっさと行きやがれ! 真夏にマフラー撒いている変態野郎が!」
「ちょ、押さないでください! ダメですって、師匠! オレは弟子として、貴方様の後ろを半歩遅れて付き従う責務が―――――」
「……あの~、君たち、そこで何やってるのかな?」
グレイレウスの背中を足蹴りして、無理矢理押していた、その時。
突如、背後から女性の声が聴こえてきた。
何事かと振り返ると、そこには、赤い髪の女戦士がキョトンとした顔でこちらを見つめている姿があった。
彼女は困ったように頬を掻くと、こちらに微笑を向けてくる。
「あの、そこで騒がれると、私らギルドの中に入れないんだけど……」
「あっ、も、申し訳ございませんでした! どうぞお通りくださいませ!」
グレイレウスの腕を掴み、すぐに横に逸れて、女戦士へと道を譲る。
しかし彼女は、何故かギルドの中には入らず……俺の顔をジッと見つめて、不思議そうな表情をして首を傾げていた。
「あれ……? 君、どこかで会ったことあったけ?」
「? そう言われると……私も、貴方様のお顔をどこかで見たことがあるような気がしますね……」
お互いに顔を見つめ合い、首を傾げる俺と赤髪の女戦士。
そんな俺たちの様子を見ていた、女戦士の連れと思しきふくよかな体型をした男は……「あ」と、何かに気付いたような様子で目を見開いた。
「もしかして、君は……アネットさんかい?」
「え?」
「アネッ……ト? って、あ、あぁぁーーーーーっ!!!! あ、貴方、ジェネディクト・バルトシュタインを倒した! あの時の超強いメイド剣士!! 何でこんなところにいるの!? めっちゃ久しぶりじゃーんっっ!!」
赤髪の女戦士はそう叫ぶと、俺の手を強く握りしめてくる。
俺は困惑しながらも、そんな彼女に向けて口を開いた。
「な、何故、私の名前を知っているのですか……?」
「え? もしかして忘れちゃった? 私だよ! 子供のころ、貴方と一緒に奴隷商団に捕まっていた……アンナ・ハーミットだよ!」
「え? アンナさん……? では、後ろの方は……?」
「ギーク・エディアル。同じく君と一緒に捕まっていた奴隷の子供さ。久しぶりだね」
こちらに笑みを向けてくる、二人。
アンナとギーク。彼らは、かつてロザレナやエステル、そしてミレーナと一緒に奴隷商人に捕まり、脱獄するまで行動を共にしていた……少女時代の、奴隷仲間たちだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いやー、それにしても、懐かしいねー。アネットちゃん、昔も超美少女だったけど、まさかたった五年でこんなにも綺麗になるだなんて……私、本当びっくりしたよー」
「いえいえ。私などよりも、アンナさんの方がお綺麗になられましたよ」
「えー? やだなー、やめてよー! 私なんて、冒険者職で生活費稼いでる女だからさー。全然美容になんて気を遣えてないし、もう、十代にしてお肌もボロボロだよー?」
そう言って彼女はブドウ酒の入ったジョッキを手に持つと、その中身を豪快に口の中へと注いでいった。
……現在、俺とグレイレウス、そしてアンナとギークは、冒険者ギルドに併設されている酒場で、丸いテーブルを囲み、二対二の形で向かい合いながら席に付いていた。
何でもアンナが久々の再会に祝杯を上げたいとのことで……俺たちは彼女に引っ張られて無理やり、お酒(俺は禁酒しているので果実水)を飲まされることになっていた。
……正直、早く大森林に行きたいので、本音を言えば早々に切り上げたいところではある。
しかし、彼女たちは冒険者であるらしいから……何かしらの情報を引き出せるのではないのかと考え、俺は大人しく席に座ることに決めていた。
「んくっんくっ……ぷはぁ、美味しいなぁ、ブドウ酒! やっぱこれがないと身体にエネルギー入らないわー!」
「良い飲みっぷりですね、アンナさん」
「うふふ、まぁねー。そういえば、アネットちゃんは果実水を頼んだみたいだけど……お酒、飲まないの?」
「お酒には苦い思い出が多いものでして。私、体質的にとても酔いやすいのですよ」
「オレは酔った師匠も好きですけどね。師匠はお酒が入られると、本気で剣を振られますから。以前、オレとロザレナの戦いに乱入して、酔った勢いで皆を叩きのめしていったのは、良い思い出―――――ぐふぉっ!?」
テーブルの下で、グレイレウスの腹を肘で殴りつけた後、俺はジロリと自称弟子に視線を向ける。
すると彼は申し訳なさそうに、しゅんと顔を俯かせた。
その光景を見て、アンナは、俺の方にニヤニヤとした笑みを向けてくる。
「……それにしても、さっきから気になっていたんだけど、その連れの人……すんごいイケメンだね~。もしかして、アネットちゃんの彼氏的な何かなのかな?」
アンナのその発言に、グレイレウスは眉根をピクリと動かす。
そして、顔を上げ、目を伏せると……彼は静かに口を開いた。
「……貴様がアネット師匠の旧友でなければ、その不敬なる口ごと、今すぐたたっ斬っていたところだ。師の偉大さに感謝して、オレに斬られないことを喜ぶと良い」
「……? 師匠……?」
「オレの名前はグレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。偉大なるアネット師匠の二番弟子だ。以後、恋人などという下種な勘違いはしないでもらおうか」
「ほぇ~、弟子、かぁ。まぁ、確かに? アネットちゃん程の剣士であれば、その年齢でも弟子がいて不思議ではないのかな?」
アンナのその言葉に、グレイレウスは驚いたように目を見開くと、バンと勢いよく机を叩く。
そして、動揺した様子で、再び開口した。
「き、貴様……! まさか、アネット師匠の実力を……強さを知っているのか!?」
「え? あ、うん。私とギークは幼い頃、奴隷商人に捕まっていたところを彼女に助けられてね。王国最強に近い剣士、【迅雷剣】ジェネディクト・バルトシュタインをアネットちゃんが倒したのを、直にこの目で見ているんだ。……とはいっても、あの時のことを誰に話しても、信じてはくれないんだけどねー」
その言葉に、ギークは骨付き肉を頬張りながら答える。
「まぁ、そりゃ当然だと思うよ。だって、10歳の女の子……それも単なるメイドが、剣聖並みの実力の剣士を倒しただなんて……普通、誰も信じないからねー」
「うん、そうよね。ギークの言う通り、あの時の出来事を話しても、誰も信じてはくれないよねー。こうして再会した今でも、こんなに可愛い美少女メイドであるアネットちゃんが、そんなに強い人だなんてまったく思えないもん」
「あ、あははは……。できれば、あまり、私の実力を周囲に喧伝しないでもらえると、助かります……」
「え? 何で?」
「私はその、あまり目立ちたくないんです。常に、ただのメイドでいたいので」
「えー、勿体ないー。アネットちゃんだったらフレイダイヤ級冒険者にだって、一発でなれると思うのに。もしかしたら、剣聖にだって―――――」
突如、グレイレウスはアンナの会話を遮り、席を立つと、前のめりになって……彼女の両手をギュッと握り始めた。
その光景にギョッとすると、アンナは顔を赤くして、慌てふためき出す。
「ちょ、ちょっと、や、やだ、急に何!?」
「……貴様、アンナと言ったか。ぜひ、オレに……師匠の子供の頃の活躍を、全て!! 話してもらいたい!!」
「へ?」
「今まで、師の偉大さを語れる相手が、同じ弟子であるロザレナしかいなかったものでな。だから……今、オレは喜びに舞い上がってしまっている! 師の実力を知る者に出逢えたのが嬉しくてたまらないのだ! おい、話の流れ的に、そこにいる貴様も師の実力を知っているのだな! デブ男!」
「まぁ、オイラもその場にいたから、アネットさんの強さは勿論知っているけど……デブ男……せめてぽっちゃり系と言ってくれないかな……あと、普通にギークって名前で呼んで欲しい……」
「フ、フハハハハハ!! まさかこんなにも我が師の実力を知る者がいたとはな……!! 何たる僥倖! こんなに嬉しい日は他に無いぞ!! ハハハハハハハハハハ!!!!!」
アンナの手を離して、グレイレウスは狂ったように笑い声を上げ始める。
そんなこいつの奇行を、酒場にいる冒険者たちが訝し気な様子で見つめ始めたので……俺はグレイレウスの袖を引っ張り、無理やり彼を席へと座らせた。
「……大人しくしてください、グレイレウス先輩。ギルドの中で目立つことはしないでくださいと、あれほど事前に言ったではないですか……。もう忘れたんですか?」
「はっ! オ、オレとしたことが……つ、つい……! すいませんでした! 師匠!」
目立つなと言った傍から、隣から深々と頭を下げてくるグレイレウス。
そんな彼の様子を見て、アンナが引き攣った笑みを浮かべ、声を発した。
「………な、何というか……すごく、変わった人なんだね、アネットちゃんのお弟子さん……」
「すいません、お二人とも。この変人のことは一先ず置いておいてください」
俺は小さく息を吐くと、そのまま続けてアンナとギークに向けて開口した。
「実は、今日、私たちがこのギルドに来たのは……ある薬草を採取するためなのです」
「薬草?」
「はい。実は、私の主人、ロザレナお嬢様が―――――」
その後、俺は、彼女たちにロザレナの病を治すために『ラパナ草』を採取しなければならない旨を詳細に説明していった。
アンナとギークであれば、昔から知っていることもあり、それなりに信頼度はある。
だから、彼女たちから何か協力を取り付けられないかと、これまでの経緯を全部説明してみることにしたのだ。
そして、数十分程が経過し……全てを話し終えると、アンナが悩まし気に眉を八の字にして、大きくため息を吐いた。
「そっか。実はさっきから、不思議に思っていたんだ。あんなにアネットちゃんにべったりだったロザレナちゃんが、何で、今はアネットちゃんの傍にいないんだろう、って。……病気、か。それは災難だったね、ロザレナちゃん……」
「……お嬢様は今も、ベッドの上で苦しんでおられます。ですから、私は……何としてでも大森林に赴き、そこで『ラパナ草』を手に入れなければならないのです」
「なるほどなー。でも、この時期に大森林かー……。タイミング悪いねー……」
「? どういうことでしょうか?」
その疑問の声に、骨付き肉にかぶりつくギークが、静かに答える。
「もぐもぐ……何か今、大森林には極力近づくなって、一週間程前から『剣神』たちが、冒険者に注意喚起して回っているんだよ」
「剣神たちが、ですか……。何か、不穏なものを感じますね……」
「だよねー。でも、金等級以上の上級冒険者たちは、気にせずに大森林を探索しているみたいだけどね。基本的にウチら冒険者は、魔物討伐の依頼が無ければ、大森林でアイテムを採取して売るのが主な仕事だからねー。いくら剣神様といえども、収入源を抑えられたら敵わないのですよー」
「ちなみに、アンナさんとギークさんの等級ランクは、如何ほどなのですか?」
「私とギークはブロンズプレート、銅ランクだよ」
そう口にして、アンナは首からさげているネックレスを胸元から取り、こちらに見せてくる。
それは鈍い光を放つ銅のプレートであり、彼女が下級冒険者であることが窺えた。
「あっ、でも、私たち二人は銅等級冒険者だけど、パーティーランクは銀等級なんだよ。私たちのパーティー『宵の明星』には、もう一人、仲間がいるからね。その子が実質的なリーダーで、ランクが銀等級冒険者なんだ」
「もう一人の仲間……?」
「もうすぐ、来るはずだよ。フフッ、その子は、アネットちゃんも知っている子だよ~」
「私も、知っている……?」
その時、ギルドの扉が開かれ、そこから水色の髪の少女が姿を現した。
その少女は俺たちの元へと駆け寄ってくると、テーブル席の前に立ち、おどおどとした様子で口を開く。
「ご、ごごごご、ごめんなさいっ! アンナちゃん、ギークくん! 遅れてしまいましたぁ~っ!」
「あぁ、噂をすれば何とやらだね。ミレーナ、今日は驚くべきお客さんがいるんだよ!」
「え? お客さん?」
「そう。何と、五年前、私たちを奴隷商団から助けてくれた、アネットちゃ―――」
「ぴぃええええええええええええええええええッッッ!!!! あ、ああああ、悪魔メイド!!!!! 何で貴方がここにいるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 悪霊退散!! 悪霊退散!!」
「ミレーナさん……? 驚きました。貴方、銀等級冒険者だったんですか……」
まさか、俺たちが求めていた冒険者がこんなに近くにいたとは、な。
まぁ、ミレーナにはロザレナの事情を話してはいなかったから、知らなかったのも当然か。
とりあえず、怖がらせないように笑みを浮かべておくとしよう。
何かこの子、俺のこと常に怖がっている様子だし。
「にこっ」
「ぴぃぎゃぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!! 私のことをどう調理してやろうかと、邪悪な笑みを浮かべていてますぅぅぅぅ!! 人を痛め付けるのが趣味の、拷問メイドですぅぅぅぅ!!!!」
「……聞き捨てならないな、貴様。師への冒涜は、このオレが許さんぞ!」
そう言って、鞘から刀を抜き、ミレーナへと鋭い眼光を見せるグレイレウス。
そんな彼に対して、ますます怯え始めるミレーナ。
こいつら……一応、二期生と三期生の、俺の先輩なんだよな……?
全然そうは、見えないのだが……。
「今すぐ先ほどの言葉を撤回してもらおうか、ぴぎゃあ女。でなければ……斬る」
「ぴぃぃぃぃにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 悪魔メイドの部下は、やっぱり悪魔ですぅぅぅぅぅ!!!! 怖いですぅぅぅぅぅ!!!!!」
冒険者ギルドの酒場内で繰り広げられる、変人マフラー男と不遇姫カット少女の、謎の会話。
その光景に、俺はただただ……顔を引き攣らせることしかできなかった。
第115話を読んでくださって、ありがとうございました。
次回は、できたら、明日投稿する予定です。
よろしければモチベーション維持のために、いいね、ブクマ、評価等、お願いいたします。




