第114話 元剣聖のメイドのおっさん、冒険者パーティーの編成に悩む。
聖王国の北東に広がる、深い森林地帯―――『大森林』。
人類未踏の地と言われるその深い森林には、多くの原生植物と、多くの強力な力を持つ魔物が暮らしている。
そんな神秘の森の中から、秘宝を見つけ出して持ち帰るのが、冒険者たちの仕事だ。
だが、冒険者たちは、個々の実力によって大森林の中での探索領域をギルドによって定められている。
表層界域、第1~4界域が、《ブロンズプレート》・《アイアンプレート》等級冒険者の探索領域。
中層界域、第5~8界域が、《シルバープレート》・《ゴールドプレート》等級冒険者の探索領域。
中層界域、第9~10界域が、《ミスリルプレート》・《アダマンチウムプレート》等級冒険者の探索領域。
そして……深層界域、第11界域から先、未知の領域とされる12階層から先が、最高位冒険者である、《フレイダイヤプレート》等級冒険者の探索領域とされている。
冒険者とは、元来、未知のダンジョンを探索し、そこから過去の遺物である魔道具や利用価値のある原生生物、薬草などを採取し、国へと持ち帰る者たちのことだ。
近頃は、魔物を討伐する、用心棒のように思われがちではあるが……本来彼らは『冒険』という名の通り、未知の領域を開拓する開拓者なのである。
「……まぁ、これも全部、ハインラインからの入れ知恵なんだけどな。果たして、あの熱血親父は、まだ何処かで生きているのかねぇ……」
「? 何か言いましたか? アネットちゃん」
「い、いえ、なんでもありませんよ、オリヴィア」
「そうですか~? ………っと、これで完成です! どうですか、アネットちゃん!」
背後にいるオリヴィアの声に顔を上げると、前方にある姿見には、椅子に座っているハーフツインの少女の姿があった。
オレはその姿に、思わず目を丸くさせてしまう。
「え……? こ、これ、は……?」
「これは、アネットちゃんの『冒険者の姿』ですよ! ふふふー。前々から、アネットちゃんは何でいつもポニーテールで、まったくオシャレをしないのかと、疑問に思っていたんですよ~。やっぱり、私の目に狂いはなかったですね! 髪型を変えただけで、すっごく可愛くなっちゃいました!」
た、確かに、ハーフツインにしたら、別人のようになってしまった感があるな……。
何か、前にもまして、ロリっぽさに拍車がかかったというか……犯罪臭がやばくなったというか……。
でも、何だ。普通に似合っていて、可愛―――――。
「……って、何自分の姿に酔いしれてんだよ、俺は!! てめぇの中身はオッサンだということを忘れんじゃねぇ、アネット・イークウェス!!」
「ちょ!? アネットちゃん!? 急に鏡にガンガンと頭をぶつけだして、どうしたんですか!?」
とりあえず、一旦、自分に喝を入れておくことにする。
俺はこれからロザレナの【夢魔病】を直すために、大森林へと向かうこととなる。
中層界域の魔物など、俺の相手にすらならないだろうが……油断はしない方が良いだろう。
ロザレナを救うためにも、気合いを入れなければならない。
改めて、姿見の前に立ち、自身の姿を確認してみる。
その風貌は、今までとは少し異なったものだ。
メイド服の上からフードマントを羽織り、ベルトには、アイテムを収納するためのポーチを複数付けている。
スカートの中の太腿には護身用の短剣を装備していて、防御力を高めるために、腹部には鉄製のコルセットを身に着けている。
そして、右手には……今までの苦難を共にしてきた相棒、箒丸の姿があった。
これが、アネット・イークウェスの冒険者スタイル、とでも言うべき姿だろうか。
まぁ、何となくは……様にはなっているだろう。
相変わらず、箒だけは謎と思われそうだが。
けれど、今更この相棒を手放すのは、寂しいからな……。
オレの生前の愛刀であった『青狼刀』と並んで、いつの間にかこの箒丸にも、並々ならぬ愛情が湧いてきていた。
何だかんだ言ってロザレナお嬢様と同じくらい、付き合いが長いからな、この箒丸も。
思わず、頬ずりしてしまう。スリスリスリ。
「……アネットちゃん……? 箒を頬ずりして……いったい何をしているのですか……?」
背後にいたオリヴィアが、ドン引きした様子でこちらを見つめていた。
オレはそんな彼女にコホンと咳払いをして、頭を横に振る。
「いいえ、なんでもございません。い、行きましょうか、オリヴィア」
そう口にして、俺は背後にいたオリヴィアの背中を押し、廊下へと出て、自室の鍵を閉める。
そして……ロザレナの部屋の扉をチラリと一瞥した後。
頬をパチンと叩き、気を引き締めて、そのまま廊下の奥へと歩いて行った。
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「………眩しいな」
満月亭の外へと出ると、地面を照り付ける眩しい夏の太陽が俺を出迎える。
目を細めながら空に浮かぶ太陽を仰ぎ見ていると……背後から声を掛けられた。
「アネットちゃん……その、本当に……大丈夫なんですか……?」
後ろを振り返ると、そこには、心配そうにこちらを見つめるオリヴィアの姿が。
俺はそんな彼女に対して、微笑みを浮かべ、開口した。
「ええ。心配しないでください、オリヴィア」
「でも……冒険者ギルドというのは、聖騎士駐屯区とは違い、荒くれ者が多くいると聞きますし……。や、やっぱり、私も一緒に同行した方が……」
「大丈夫ですよ、オリヴィア。それに、オリヴィアがいなくなったら、誰がロザレナお嬢様の看病ができるというのですか? 流石に、残ったジェシカさんとルナティエお嬢様にお任せするのは……無理がある話でしょう?」
「それは……そうですが……」
ジェシカとルナティエに病人の看病など任せたら……余計にロザレナの体調が悪化してしまいそうだからな。
ジェシカは気合いが入りすぎて水の入った桶をロザレナに向けてぶちまけそうだし、ルナティエに関しては、そもそも人の面倒など見たことも無いだろう。
現状、満月亭で俺以外にロザレナの看病がまともにできそうなのは、監督生である、オリヴィアしかいない。
「でも、私、アネットちゃんが心配なんですよ。大森林というのは、人が入ってはいけない領域と呼ばれている所ですし……毎年何人も、冒険者の方が亡くなったという話も聞きますし……」
「そうですね。ですが、安心してください。これからギルドで雇う予定の冒険者の方もいますし、何よりもう一人、心強い仲間もいますから―――――」
そう口にしてチラリと隣に立つ男に視線を向けると、何故かそのマフラー男は、腰に手を当て胸を張り、オリヴィアの前で仁王立ちをした。
「そういうことだ、オリヴィア。このオレ―――偉大なるアネット師匠の二番弟子である、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロスがいれば、何も心配なことなどないだろう。魔物など、オレの華麗な刀捌きによって刺身にしてくれるわ!! 最近、アネット師匠の包丁捌きを盗み見て学んだオレの実力に、震えるが良い!! フハハハハハッ!!」
「……正直、不安しかないのですが。ちゃんと貴方は、アネットちゃんを守ってくださるのですか? アネットちゃんに傷一つでも付けたら……私は貴方のことを絶対に許しませんからね?」
「フン。何も知らないというのは滑稽な話だな。オレなどがいなくとも、アネット師匠に傷を付けられる人間など、この世界には一人としていないだろう。我が偉大なる師は、世界最強の剣士である。故に、師匠の本質を貴様の狭い視野で推し量るな、オリヴィア。その行為は我が師に対して不敬な行いだぞ」
「あぁ、もうっ! 相変わらず意味の分からないことを言いますね、グレイくんは!! アネットちゃんが世界最強の剣士なわけないじゃないですか!! だって彼女は、こんなに可愛いメイドの女の子なんですよ!!」
そう言ってオリヴィアが、ギュッと、豊満な胸で俺を抱きしめてくる。
そんなオリヴィアに対して、グレイレウスは呆れたようにため息を吐いた。
「ここまで頭の悪い奴だったとは思わなかったぞ、オリヴィア。こんなに熱弁しても、我が師の強さを認められないとは……。やはり、アネット師匠には一度、衆目の前で剣を振っていただきたいところだな……」
「……グレイレウス先輩? 以前注意したこと、もう忘れてしまわれたんですか? 私、前に言いましたよね? あまり私のことを周囲に喧伝しないで欲しい、と」
「………はっ!! も、申し訳ございませんでした!! 師匠!!」
突如、直立不動し、こちらに対して深くお辞儀をしてくる片目隠しマフラー野郎。
まったく、こいつは……出逢った当初に比べて、IQが下がってきてるんじゃないのか?
何か、俺の弟子だとか勝手に名乗り始めた辺りから、どんどんアホになってきている気がするのだが……本当に変な奴だな、この男は。
グレイレウスに呆れたため息を吐いた後。俺は、オリヴィアから離れ、彼女に微笑みを向ける。
「それでは、行ってきますね、オリヴィア。ロザレナお嬢様のこと、どうか、よろしくお願いいたします」
「はい。分かりました。アネットちゃんもどうか、くれぐれも気をつけてくださいね」
「ええ、分かっています」
そう言ってオリヴィアに別れを告げて、俺はグレイレウスと共に満月亭を後にした。
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「―――――さて、師匠。ギルドで銀等級冒険者を雇うというお話でしたが……オレには既に分かっていますよ。そのような気は一切、ないのですよね?」
聖騎士駐屯区から王都市街へと続く橋を渡っていると、背後からそう声を掛けられる。
俺は肩越しにグレイレウスへと頷き、言葉を返した。
「あぁ、まぁな。今のところ、ろくに金もないしな。俺自らが冒険者になり、大森林へ行く。そういう腹積もりでいた」
「ということは……ついに、周囲に実力を発揮するその日が来たということですね!! おぉぉ……感動で背筋が震えてきた……っ!! このグレイレウス、ここまで感激した日は今までにございません……!!」
「アホかてめぇは! 目キラキラさせてんじゃねぇ! 実力は隠すに決まってんだろ!!」
「え?」
「冒険者採用試験で実力を調整して、銀等級プレートを貰う算段でいたんだよ。だが……グレイレウス、お前が銀等級を手に入れることができれば、そんな無駄な調整をしなくても良さそうなんだけどな。どうだ、お前、銀等級冒険者になれる自信はあるのか?」
基本的に、パーティの中に上位の等級者がいれば、そのランクに見合った探索領域に下位冒険者も同行できるはず。
だから、グレイレウスが銀等級冒険者にさえなってくれれば、オレは別に下手に実力を調整しなくとも、最低ランクのブロンズプレートでも目的の第6界域を探索できる、というわけだ。
「フフ……フハハハハハハハ!!!! 師匠は、このオレを試すおつもりなのですね!! 良いでしょう!! 偉大なるアネット師匠の二番弟子であるこのオレが、如何ほどの実力者であるのかを、師匠に直にお見せ致しましょう……!!」
「何か、突然、妙なテンションになりやがったが……。ま、まぁ、良いか。とりあえず、剣士であるグレイレウスがいれば現状、前衛に不足はない。あとは、欲を言えば……後衛の魔術師と……薬草の知識のある人物が欲しいところではある、か……?」
人目が無ければ、俺一人で大森林を無双して闊歩しても良いのだが……俺はただ剣の腕があるだけで、冒険者稼業に関してはズブの素人だ。
過去、兄弟子であるハインラインに誘われて冒険者になったこともあったが、あの時は、他のパーティメンバーが優秀な人材だらけだったからな。
俺一人で大森林を歩いたら、遭難する可能性もあるし、薬草を見つけられずに途方に暮れて餓死するということもあり得る。
だから、今パーティーメンバーに欲しい人員は……安全な道を見極められるレンジャー職の冒険者と、いざとなった時に回復役ができる修道士か魔術師、そして、薬草などの知識がある鑑識眼を持った冒険者といったところだろうか。
………そう考えると、薬草の知識があるオリヴィアはパーティに必須だったかな?
とはいっても、お嬢様の看病を見る人間がいなくなるのは困るし……うーん、悩ましいところだ。
「ほら、師匠! 早く行きましょう!」
背後から目をキラキラと輝かせてそう急かしてくるグレイレウス。
俺はそんな奴に呆れた目を向けた後、そのままギルドへと向かって歩みを進めて行った。
まずは、投稿、遅れてしまって誠に申し訳ございません。
今月は、この作品の書籍化作業に追われておりました!
大事な1巻、初めて世に出す1巻なので、念入りに文章のチェックを行っておりました。
続きを楽しみにしていただいていた読者の皆様には、重ねてお詫び申し上げます。
本当にすいませんでした。
書籍化作業も一段落付いたと思いますので、近日中に、再び剣聖メイドの毎日投稿を再開したいと思っています。
書籍の方も、もしかしたらもうすぐ、報告できることがあるかもしれません!
アネットとロザレナが美麗なイラストとなって皆さまに見ていただける日を、とても楽しみにしております!




