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第113話 元剣聖のメイドのおっさん、弟子に下着を洗濯される。


「ア、アネットちゃん? ミレーナちゃんが……どうかしたのですか?」


 突如ミレーナに近寄り、彼女の口を塞いだ俺の様子に、オリヴィアが困惑げに背後から声を掛けてくる。


 俺はミレーナから手を離した後、肩越しにニコリと、オリヴィアへと微笑みを向けた。


「いいえ、何でもありませんよ? ね? そうですよね、ミレーナ先輩?」


「ほ、ほひぃ!? え、えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? 今、貴方、うちのことを脅し―――」


「何でも、ありませんよね? ……ね?」


「はひぃ!! な、何でもありませんですぅっ!! はいいぃぃっ!!」


「? そう、ですか……?」


 怯えるミレーナに何処か訝しむ様子を見せた後、オリヴィアは、キョロキョロと辺りを見回し始める。


「……ロザレナちゃんのお薬を貰いに来たのですが……どうやら、ブルーノ先生は研究室にいらっしゃらないみたいですね」


「せ、先生は今、奥にある書斎にいると思いますですぅ! 何か、集中して本を読んでいるみたいでしたよぉ?」


「書斎……なるほど、そうでしたか」


 そう言ってオリヴィアは数秒程考え込むような仕草を見せると、黒板脇にある扉へと向かう。


 そして扉の前に立つと、こちらを振り返り、おいでおいでと手を招いてきた。


「アネットちゃん、こっちです。ついて来てください」


「分かりました。……ミレーナ先輩、先ほどのことはくれぐれも、よろしくお願いしますね?」


「うぅぅ…五年前と変わらず、悪魔メイドですぅ…。恐ろしい女の子ですぅ……!!」


 ガクガクと身体を震わせて、目の端に涙を浮かべながら俺を見ているミレーナに微笑を浮かべた後、俺は、オリヴィアと共に黒板の隣に設置している扉の中へと入って行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「何というか……すごい部屋ですね……」


 その部屋は、薬品の入った瓶が並んだ棚が大量に置かれていた。


 俺はキョロキョロと辺りを見回しながら、手近にあった棚の小瓶に視線を向けてみる。


 その瓶の中には、頭に若葉が生えた緑色のカエルが、ブスッとした顔でこちらを睨んでいる姿が見て取れた。


「な、なんですか、このカエル……。何だか腹立つ顔していますね……」


 瓶の中のカエルに訝しげな視線を向けていると、オリヴィアが隣へとやってきて、クスリと笑みを溢してくる。


「その子は、ハーブ・ケロルと呼ばれる、大森林に住んでいる珍しい魔法生物さんなんですよ~。月に一度、頭の上に上級薬草を生やす特性を持った、とっても変わったカエルさんなんです~」


「え……? 上級、薬草……ですか!? このブサイクなカエルが、ですかっ!?」


 一束金貨二十枚はする、高価な上級魔法薬液(ハイ・ポーション)の原材料を、このカエルは、月に一度に頭から生やすというのか……? な、なんつー、金の成る木なんだ、こいつ……。


 「はぇ~」と、瓶の中にいるカエルに驚いた声を上げていると、棚の向こう側から、声が聴こえてきた。


「おや、アネットさん、来たのかな?」


「あっ、はい! ブルーノ先生! 今、そちらに向かいます!」


 オリヴィアと共に棚の迷路を掻い潜って行き、最奥にある書斎のようなエリアに辿り着く。


 そこで、白衣を着たブルーノ先生は、一冊の本を片手に持ちながら、足を組んで椅子に座っていた。


 彼の前にあるテーブルの上には照明具のランタンと、液量器、ビーカー、ロート、薬匙、鍋などの調剤器具一式が並べられており、先生が、解熱剤を調合してくれていたことが窺えた。


「お待たせしてしまって申し訳ございません、ブルーノ先生」


「いや、そんなに待ってはいないよ。今さっき、薬の調合が終わったばかりだからね」


 そう言って彼はパタンと本を閉じると、胸ポケットから小瓶を取り出し、それを俺へと差し出してくる。


 俺は、彼の元へと近付いて、紫色の粉が入ったその小瓶を受け取った。


「それは、様々な薬効のある薬草を混ぜた解熱剤だ。今、僕が手元の材料で作れるものでは一番強力な奴だよ。スプーン一杯分の粉をコップの水に溶かして、夜に、ロザレナさんに飲ませてあげると良い」


「ありがとうございます、ブルーノ先生。何とお礼を言って良いのか……!」


 俺は、先生に対して深く頭を下げる。


 そんな俺に対して、ブルーノ先生は首を横に振り、真面目な声色で口を開いた。


「………こんなことを言うのは、あれだけど……。恐らく、その解熱剤では、彼女の病状が回復することはないと思われるよ。良くて、症状が一日二日程度、緩和されるだけだ」


「そう……なのですか……」


 非情な現実を、目の前に付きつけられる。


 現状、王都の医者たちは、レティキュラータス家の息女であるお嬢様を診察してくれる気配はない。


 それに、お嬢様は……フランシア平原で、古代の未知の病原体に感染した可能性もある。


 文献にも載っていない病状を治療できるような医者など、早々居はしないだろう。


 いったい……いったい、どうすれば……。


「アネットさん」


 顔を上げると、そこには、こちらを真っすぐと見つめるブルーノ先生の姿があった。


 彼は席を立つと、手に持っていた一冊の本を俺へと手渡してくる。


「先生、これは……?」


「聖王国の歴史書だ。王歴800年から1500年代までの大まかな出来事が、この書物には載っている」


「歴史、書……?」


「この本によると、今から三千年程前に、フランシア領で流行り病が流行っていたそうだよ。その流行り病は、一度罹かると二度と目が覚めることがなかったことから……夢魔(サキュバス)の名を取って、『夢魔病』、と名付けられたそうだ」


「夢魔、病……」


 俺はそう口にして、その本を受け取る。


 するとブルーノ先生は、ニコリと、小さく笑みを浮かべた。


「どうやらこの夢魔病が聖王国で流行った際、聖騎士たちは大森林に自生している植物【ラパナ草】を採取して、患者に煎じて飲ませることで、感染を抑えていたらしい。……そんな逸話が、この本には書かれていたよ」


「と、いう、ことは………」


「あぁ。まだ、ロザレナさんの身体に感染した細菌が、夢魔病のものかどうかは分からないけれど……その病原体かどうかを断定できれば、彼女を治療することが可能だ」


 そう言ってブルーノ先生は、床に置いてある鞄を手に取った。


「僕は今からもう一度満月亭に行って、ロザレナさんの血液を採取してくる。病原体の確認をしてくるよ」


「せ、先生は……ど、どうして、そこまで、私の力になってくださるのですか……?」


「どうして、か。ふむ……」


 何故かブルーノは一瞬だけ目を逸らして言い淀むと、再びこちらに視線を向け、ニコリと微笑を浮かべてきた。


「僕は、心の綺麗な人間が好きだ。アネットさん、君がご主人様であるロザレナさんを真に想う姿を見て、君がどれだけ心根が美しい女性なのかを知ったよ。僕が君を手助けする理由なんて、そんなものだよ」


「ブルーノ先生……」


「僕の家は、どいつもこいつも、金に目が眩んだ醜悪な人間たちしかいなくてね。だから、君のような人間は、とても眩しく見えるものなんだ」


 そう言って微笑みを浮かべるブルーノに、俺も同じように笑みを向けた。


 聖騎士出身の人間でも、彼のように優しい人間はいるものなのだな。


 この国の元剣聖として、ブルーノのような真っ当な騎士がいたことは、とても嬉しいことだ。


「………むぅ~~~」


 突如、オリヴィアが俺を抱きしめて、ブルーノから引き剝がすように遠ざけてくる。


 何故か彼女は、不機嫌そうな顔をして、ブルーノのことを睨みつけていた。


「オ、オリヴィア、どうかしたのですか? 突然、私のことを抱きしめてきて……?」


「………アネットちゃんは、少し、無防備すぎます」


「へ? 無防備……ですか?」 


「貴方はもう少し、男の人から自分がどういう風に見られているのかを、理解した方が良いと思います」


 ……? いったいそれは、どういう意味なんだ?


 その言葉の意図を理解できずに、困惑げに首を傾げていると、ブルーノ先生はフッと、短く息を溢した。


「オリヴィアさんはアネットさんのお姉さんのような存在なんだね」


「……ロザレナちゃんがいない間は、私がアネットちゃんの守り神になりますから。この子に悪い虫など、一匹も付けるつもりはありません」


 そう言って、オリヴィアとブルーノは互いの目を見て睨み合う。


 よく分からずに、俺だけが、その空気に置いてかれていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「………確定だ。採血したところ、ロザレナさんが【夢魔病】に感染していることが分かった」


 そう言ってブルーノはロザレナの部屋から出ると、廊下で待機していた俺とオリヴィアに声を掛けて来た。


 俺はその言葉にコクリと頷き、彼の目を見つめて、開口する。


「では……大森林で【ラパナ草】を採取してくればよろしいんですね? ブルーノ先生」


「そうなるね。でも……大森林は階層ごとに強力な魔物が発生している、とても危険な場所なんだ。ラパナ草は、銀等級冒険者のみが足を踏み入れられるエリア、第6階層に生えている。とてもじゃないが、君たちだけで足を運ぶには、無茶な領域だ」


 ご心配には及びません。私、強いので! ……と、言いたいところではあるのだが……聖騎士である彼に俺の実力を知られるのは、極力避けたいところだな。


 ブルーノが善人だということは理解したが、彼がゴーヴェンと内通している可能性もゼロではない。


 ロザレナお嬢様がこのような状態の時にゴーヴェンが新たな刺客を送ってくるのは、流石にまずい。


 今は、ただのメイドの少女を演じるしかない……か。


「では、冒険者を雇って、大森林への同行を願う……それが、ベストなところ、でしょうか?」


「個人的には、君には、大森林になど行かずに、ここで待機してもらえると助かるのだが……今の君にはそう言っても聞かなそうだね」


「はい。お嬢様は、私が助けますから」


 そう言って譲らない姿勢を見せると、ブルーノ先生はあからさまに大きなため息を溢す。


「僕はこれでも一応、元聖騎士の身分だ。聖騎士は、大森林へ足を運ぶことは……聖王陛下からの要請が無い限り、固く禁じられている。大森林は、冒険者たちが管轄するエリアだからね。だから……僕は、君たちとは同行できない。すまないね」


「謝らないでください。ブルーノ先生のおかげで、お嬢様の病気の正体が発見できたのですから。貴方に非などひとつもありません」


 そう言って目を細めてニコリと微笑むと、ブルーノは何故か硬直する。


 そしてその後、彼は視線を逸らし、頬をポリポリと搔き出した。


「………困ったな」


「え?」


「いや、何でもないよ。とにかくアネットさん、大森林に行くならば、十分に気を付けることだ。あそこには、ゴブリンも多く生息すると聞く。ゴブリンたちは、君のような可愛らしい少女を攫い、凌辱の限りを尽くす卑劣な生き物だ。他にも、人を食べる凶悪な魔物がたくさんいるよ。だから――――」


「どんなに脅されようとも、私は大森林に行きますよ」


「……そうか。だったら、同行する冒険者……銀等級レベルの猛者は、十分に見極めて雇うことをお勧めするよ。雇い主と冒険者が大森林で行方不明になった話、というのはよく聞く話だからね」


 そう言ってブルーノは俺の肩をポンと叩くと、心配そうな顔をして口を開いた。


「ラパナ草が手に入ったら、僕の研究室に足を運ぶと良い。薬は僕が作るよ」


「ありがとうございます」


「……あぁ、休学届はこちらで出しておくから、心配しないで」


「はい」


「とはいっても、あと一週間程で夏休みに入るから……君にとっては早めの夏季休暇、といったところかな。それじゃあ、健闘を祈るよ、アネットさん」


 そうして、魔法薬学の教師、ブルーノ・レクエンティーは廊下の奥へ歩みを進め、静かにその場から去って行った。


 ………大森林、か。


 数多の冒険者たちが挑戦しては、誰もその最奥に辿り着けた者がいないとされる、神秘の秘境。


 魔物たちの発生源ともされるその場所に、まさか、足を踏み入れることになろうとはな。


 一度も行ったことのない場所故に、そこがどのようなところなのかは、見当も付かない。


「……アネットちゃんは、その……冒険者さんを雇って、大森林に行くのですか……?」


 そう口にして、隣に立っていたオリヴィアが、心配そうな顔をして声を掛けてくる。


 オレはそんな彼女に対して、コクリと頷きを返した。


「はい。明日にでも、冒険者ギルドに足を運びたいと思っています」


「で、でしたら、私も―――――――」


「話は聞かせてもらいましたよ!! 師匠!!!!」


 突如、ロザレナの向かいにある俺の部屋の扉が開き、中からエプロン姿のグレイレウスが姿を現した。


 そして彼はフッと笑みを浮かべると、腕を組み、不敵な笑みを浮かべる。


「大森林には、数多の強者たる魔物たちが生息していると聞いています。でしたら、アネット師匠の二番弟子であるこのグレイレウスも、御一緒に同行させてもらえれば幸いでございます! 師匠に、オレの剣の成長を直に見てもらいたいです!!」


「いや……グレイレウス、何故お前は……俺の部屋から出て来たんだ……?」


「最近、師匠はロザレナの看病でお忙しそうでしたので! 勝手ながらお部屋のお掃除をさせていただきました!! お洋服もすべて綺麗に洗濯させていただきましたよ!!」


「何やってんだ……お前……」


 グレイレウスのその謎の行動に呆れていると、オリヴィアがグレイレウスへと静かに近付いてき……彼の腹部に向けて、強烈な腹パンをかましていった。


「ごふぁっ!? い、いきなり、何をする……オリヴィア……」


「グレイくん!! アネットちゃんは女の子なんですよ!? 勝手にお洋服を洗うだなんて……も、もしかして、し、下着も洗ったんですか!?!?」


「それは、勿論だ。我が偉大なる師に、汚れたままの下着を履いてもらうわけにはいかないだろう?」


「流石にノンデリすぎます!!!!」


「ぐはぁっ!? な、何故、二回も殴られなければならないのだ……オレは……」


 ドサリと地面に倒れ伏す、三角頭巾とエプロンを付けた、マフラー野郎。


 ………とりあえず、大森林に向かうパーティの一人は、グレイレウスでも良い、か。


 こうして俺は、大森林に向かうべく、冒険者パーティを結成することとなったのだった。

第113話を読んでくださって、ありがとうございました!

次回は、近いうちに投稿する予定です!!

よろしければモチベーション維持のために、ブクマ、評価、いいね、よろしくお願いいたします!!


気が付けばもう八月ですね…! 八月の内に、第五章を終わらせたいです!

みなさま、熱中症に気を付けて、お体をご自愛ください!

三日月猫でした! では、また!


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― 新着の感想 ―
[良い点] グレイレウスが弟子というより舎弟みたいになってきてるw このままアネットの姐御!とか言われるようになるのかな… [気になる点] 大森林で箒無双は見られるのかが気になってます!
[一言] 面白かったです。応援してます。
[一言] うーん、まともな聖騎士もいたのね ならばゴーウェンとかが関わっている聖騎士や王族がおかしいのか? 冒険にいくってのもまた波乱なことが起きるだろうね
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