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100話記念短編――回想 アーノイック・ブルシュトローム ③


「おらー!! 死ねやー!! クソ剣聖ー!!」


 早朝。自室から出た瞬間を狙い、俺は、剣聖の顔に向けて剣を振り降ろした。


 寝起き直後の、死角からの不意打ち。どんなに凄腕の剣士だろうと、この攻撃を回避することは――――。


「ふわぁ。あっ、おはよう、アーノイック」


「ぐふぁっ!?」


 朝の挨拶と共に、みぞおちに蹴りを食らわせられ――そのまま、吹き抜けになっている縁側から放り出され、俺は、庭の池にジャボンと落とされてしまった。


 ブクブクと泡立てながら、池の中から立ち上がり、ブルブルと頭を振って水気を飛ばす。


「ゲホゲホッ、糞が!!」


「……師匠、朝食の準備ができまし―――何をやっているんだ、アーノイック……」


 池の中から起き上がり、ビショビショになっている俺を見て、ハインラインは呆れたようにため息を吐く。


 だが、アレスはそんな俺を無視して、そのまま廊下を歩いて行った。


「さて、今日のご飯は何かな。楽しみだ」


「おい、待ちやがれ、剣聖!! 次こそテメェを殺してやる!! だから、今から俺と決闘しやがれ!!」


 剣聖は俺に聞く耳など持たず、そのまま去って行く。


 その後ろ姿を睨みつけながら、奥歯をギリッと噛みしめる。


 俺は、絶対に……あいつに勝ってみせる。


 俺の憎悪は、あんな男に止められるほど、ヤワなものではない。


 亡き姉へのために、この国の人間に災厄を撒くためには、あの男は……邪魔だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「死ね! 剣聖!」


「うるさいぞ、アーノイック。早く寝なさい~」


「ぐぎゃっ!!」


 深夜。眠っている隙を襲っても、奴は、即座に反応をして、俺に拳を繰り出してくる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「――――流石にメシ食ってる時は無防備だろ!! 死ね!!」


「あの…晩御飯くらいゆっくりと食べさせてくれないかな?」


「な、何っ!?」


 食事中でも、奴はフォークで、俺の剣を難なく受け止めてきた。



 その後、気が遠くなる程の数、アレスに不意打ちをかましてみたが…何故か、奴に、俺の攻撃が届くことは一度も無かった。


 このままでは、あの男に勝利などできる日は永遠に来ない。今のままでは、駄目だ。


 どうすれば、奴を倒せるのか。どうすれば、奴に俺の剣は届くのか。


 考えに考えを重ねながら、俺は、剣の修行に励み、毎日、アレスに奇襲を掛けていった。


 何度も何度も失敗するが、諦めはしない。周りの門下たちは馬鹿にした目で俺を見てくるが、そんなものはどうでも良い。


 俺は、あの男を必ず倒す。絶対にだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そうして、彼に挑んでは敗北するという日を繰り返し―――――いつの間にか、俺が剣聖の弟子となって、五年の歳月が経っていた。


 15歳、雪麗の節。冬。


 気が付けば、あんなに居た弟子は三人だけとなってしまい、現在剣聖の門下には俺とハインライン、後は、師匠であるアレスの娘のジャストラムだけとなっていた。


 他の門下生は、俺の…『一目見ただけで他人の技術を習得し、それを上位のものに昇華する』という力にやる気をなくし、何人も道場から去って行ってしまった。


 勿論、俺が悪いわけではないというのは分かっている。


 だが…あの、絶望の目で見つめてきた弟子たちの姿を、俺は、忘れることができなかった。


『俺が五年賭けて習得した剣技を、何でお前は一時間で習得できるんだよ! この化け物め!』


 ………あの言葉を、今の俺は、けっして忘れることができない。


「……」


「アーノイック。道場の真ん中で突っ立って、どうしたんだ? そろそろ稽古を始めないか?」


 静寂に包まれている道場の中に静かに立っていると、ハインラインが背後から声を掛けてきた。


 その隣には、ジャストラムがいるのが見て取れる。


 俺は二人に笑みを浮かべ、開口した。


「あぁ……。いや、先月、あのノッポとチビの兄弟がここを辞めて出て行っただろ? もう、剣聖の弟子も俺らだけになっちまったな、って、そう思ってな」


 俺のその言葉に、浅葱色の髪をした、犬耳の生えた少女――――剣聖の娘、ジャストラムが首を傾げ、抑揚のない口調で口を開く。


「………寂しいの? アーノイック」


「んなわけあるか! ただ……何となく複雑な想いがあるんだよ。俺がこの道場に入ってからというもの、次々に弟子たちが辞めていってしまったからな。俺のせいなんじゃないのかと思うのは、当然だろう」


「まったく……この四年で随分と殊勝なことを言うようになったじゃないか、アーノイック。お前がここに来たときなど、近付いて来た人間に無差別に噛みついていく、ただの狂犬でしかなかったというのに」


「………本当。すごく変わった。お姉さん、嬉しい」


「おい、頬を摘まんでくんじゃねぇよ、ジャストラム!! あと、姉ヅラしてくんじゃねぇ!! てめぇ、俺とそう歳変わらねぇじゃねぇか!!!!」


「………ジャストラムさんは、獣人族(ビスレル)だから、貴方たち人間の何十倍も長く生きる。つまり、とても偉い」


「だとしても、歳は変わらねぇだろうが!! ぶっ殺すぞ!!」


「………アーノイックは乱暴な言葉使うけど、何だかんだ優しい。お姉さんは知っている」


「うっぜー!! マジでこいつうっぜー!!!!」

 

 ニコリと小さく微笑みを浮かべているジャストラムから距離を取ると、ハインラインが大きな笑い声を上げた。


「はっはっはっ!! お前たち二人は本当に仲が良いな!! いっそのこと付き合ってみたらどうなんだ? ん? お前たち弟弟子と妹弟子が結ばれたら、兄弟子としては嬉しいことこの上ないぞ!」


「………どうする? アーノイック。恋人になってみる?」


「なるか!! てめぇみたいなちんちくりん、俺のタイプじゃねぇ!!」


「………だったら、どういう子が好みなの?」


「そうだな。俺様の好みは……どんな時でも勝ち気で、この俺を前に引っ張って行ってくれるような…自信満々な女が好みだな。あと巨乳。けっして、お前みたいな陰気女じゃねぇ」


「………巨乳……」


 そう呟き、ジャストラムは自身の小ぶりな胸を揉み始めた。


 俺はそんな彼女から視線を逸らし、ハインラインへと声を掛ける。


「そうだ、ハインライン。アレス師匠は、今日の稽古は無しにして良いって言ってたぜ。何か、大事な話があるって言っていた。道場で三人で待っておけってよ」


「そうか。話とは……いったい何だろうか?」


「………先月、アーノイックが、三人で集めた師匠のお誕生日プレゼントのお金を倍にするとか言って……全部競馬に注ぎ込んで…ハインラインと大喧嘩した件じゃない?」


「ジャストラム、お前、そのことを蒸し返すんじゃねぇよ! アレは俺も悪かったって、反省してんだからよ!」


「まったくだ。貴様のその賭け事と酒に対する執着は諦めた方が良い。いずれ身を滅ぼすぞ」


「だから、悪かったって言ってんだろうが! ったく、てめぇは本当に頑固の真面目野郎だな、ハインライン。んな良い子ちゃんやってて、人より年くって老け顔になっても知らねぇぞ!」


「お前のような愚弟がいるから、俺も真面目にならざるを得んのだ。まったく」


「…………二人は、お祖父ちゃんになっても喧嘩してそうだね」


「ジジイにまでなってこのクソつまんねー男なんかと一緒にいるか!」


「同感だ。老人になってまで貴様の尻ぬぐいをするのは御免こうむりたい」


 俺とハインラインが同時に顔を背けると、そんな俺たちを見て、ジャストラムは小さく微笑んだ。


「…………私は、獣人族(ビスレル)だから、二人よりも長くずっと生きる。だから、みんなが先に逝ってしまうのは……何だか寂しいな」


 そう言って、悲しそうな顔を見せる、ジャストラム。


 俺たちは、そんな彼女に何と言って良いのかが分からず、お互いに困った顔で口を閉ざしてしまった。


「―――――――やぁ、君たち、待たせてしまったかな」


 その時。アレスが、道場に姿を見せた。


 その姿に、俺たちは瞬時に整列して、大きく声を張り上げる。


「「「おはようございます! 師匠!」」」


「うん。おはよう。さて、今日は、みんなに大事な話があるんだ。―――――アーノイック」


「……何だ?」


「君を、次期剣聖の挑戦者として認める。これから行う決闘で僕に勝つことができれば、君がこの国の【剣聖】だ」


「は?」


 その言葉に瞠目して驚いていると、両隣に立っているハインラインとジャストラムから、パチパチと拍手を向けられる。


「おめでとう、アーノイック」


「………おめでとうー、ぱちぱち~」


「ちょっと待て、師匠。俺は別に、剣聖になりたいわけじゃ――――」


「剣を執れ、アーノイック。君はこの五年で、僕に届き得る牙を得た。……君もとうに気付いているのだろう? 君が、既に、頂に足を踏み込んでいるということが」


「………」


「もしや……去って行った他の門下生たちのように、僕に勝って、僕が、君を憎むとでも思っているのかい? 最近は、昔のように僕に挑んで来なくなった。その原因は、それかい?」


「い、いや、師匠、俺は…」


「まったく、君も甘くなったものだね。僕に牙を向きだしにしていた、獰猛な【鬼子】はいったいどこに行ってしまったんだ」


「お、れ、は………」


「―――――甘さを捨てろ!! アーノイック・ブルシュトローム!!!!」


 そう叫び、師匠は、腰の剣の柄に手を当てた。


 その青黒い剣は、斬り付けた者の傷を、治癒魔法で回復させない呪いを相手に付与する、妖刀、『青狼刀』と呼ばれる武具。


 剣聖が、本気を出す時に扱うとされる……最上級の業物だ。


「来い。お前は、今代の剣聖……【絶空剣】、アレス・グリムガルドに挑むに相応しい賊だ。君は、僕に挑み勝利するために、僕の弟子になった。そうだろう? 奈落の掃き溜めの【鬼子】アーノイック・ブルシュトローム」


 ピリピリと、空気が剣呑なものに変わっていくのが分かる。


 目の前にいるのは、普段の優し気な師のものではない。


 今、眼前にいるのは……剣の頂からこちらを見下ろす、世界最強の剣豪だ。


「やばいぞ、ジャストラム。逃げるぞ!」


「……ハインライン、分かってるけど、私、もうちょっと二人の戦いを見てみたい…」


「馬鹿、言ってる場合か! 師匠とアーノイックが本気で戦ったら、この周囲一帯は―――――」


「―――――――【絶空剣】」


 アレスは剣から鞘を抜き放つと、跳躍し、回転しながら猛スピードでこちらに向かってくる。


 俺は腰のアイアンソードを抜き、横薙ぎに振られたその剣をギリギリで受け止める。


 すると、次の瞬間。


 道場の壁は真っ二つに斬られ……屋根が、瓦礫となって、外へと落ちて行った。


あと一話でこの短編を終わらせる予定です!

回想編、あまり面白くないですよね、力量不足でごめんなさい!!


いつもブクマ、評価、いいね、本当に励みになっております。ありがとうございます!

次回は、明日投稿する予定です!

暑い日が続きますが、みなさま、熱中症にお気を付けください!

三日月猫でした! では、また!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] × 貴様のその賭け事と酒に対する執着は諦めた方が良い。 ○ 貴様のその賭け事と酒に対する執着は改めた方が良い。 ・・・かな?
[一言] 種族的に逆算して(戦死してなければ)アーノック時代の同期が まだ生きてる可能性がある、と
[良い点] 世を悲観しての抜身の刀感がすごくいい。
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