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100話記念短編――回想 アーノイック・ブルシュトローム ②



「――――――はい、みんな、注目! 今日からこのグリムガルド道場の門下となる、新しい仲間を紹介するよ。アーノイック・ブルシュトロームくん、10歳だ。みんな、よろしく頼むよ」


「放しやがれ、クソ剣聖!! 俺はてめぇの弟子になんざなる気はねぇ!!!!」


 翌日。衣服の首根っこを掴まれ連れて来られたのは、家の横にある木造建築の古びた道場だった。


 そこには十代前半の少年少女たちが道着を着て木剣を手にもっており、皆、突如現れた俺を不思議そうな顔をして見つめていた。


 そんな中、集団の中で最年長と思しき少年がこちらに近寄り、静かに声を掛けてくる。


「師匠、その子供の名前はアーノイックと言うのですか?」


「そうだよ、ハインライン」


「もしかして彼は……あの、シャーリア子爵家の人間を惨殺した…【鬼子】のアーノイック・ブルシュトローム、ですか……?」


「その通りだ」


 アレスのその言葉に、ハインラインと呼ばれた少年は疲れたように眉間を押さえる。


「師匠……彼は国家指名手配されている、A級犯罪者ですよ? そんな彼を剣聖の弟子なんかにしたら、四大騎士公たちは当然、黙っていないと思うのですが……?」


「うん、まぁ、そうだろうね。でも、彼がもし、たった数年で王国の要となる人材になったとしたら…誰も何も言うことはできないんじゃないかな」


「王国の、要……? そ、それはもしかして、彼を次代の剣聖に、ということですかっ!?!?」


「あくまでも可能性の話だけどね」


 その瞬間。道場にいた少年少女たちは、俺へと鋭い眼光を向け始める。


 俺はそんな光景にハッと鼻を鳴らし、意趣返しにと、こちらを睨んでいる彼らへと鋭い視線を送ってやった。


「あ? 何見てやがんだ、雑魚ども。ぶっ殺すぞ!! あぁ!?」


「……師匠が連れて来たということは、彼にはそれなりに才能があるということは察せられますが…どうにも、性格は、剣聖の器とは程遠いもののように思えますね……」


「は、ははは。それはまぁおいおい、だね」


 そう言って笑うと、アレスは道場の床へと俺を放り投げる。


 そして、周囲を囲むガキどもに、剣聖アレスは大きく声を張り上げた。


「みんなに、今から課題を与えるよ。その課題は、この新入生のアーノイックくんを完膚なきまでに敗北させること。彼をもし、剣を使って、地面に膝を付かせることができたとしたら―――その者を次代の剣聖の挑戦者候補として認めるとしよう。制限時間は一時間。では……始め!」


 その言葉に、弟子たちはザワザワと動揺し始める。


 そんな彼らの様子を見つめながら立ち上がると、周囲を取り囲むガキどもの中から、二人の少年が前へと出てきた。


 そのノッポとチビの少年二人組は、俺の眼前に立ち、ニヤリと笑みを浮かべる。


「師匠、本当にこのクソガキを倒したら、俺を剣聖候補として認めて貰えるんスか?」


「あぁ。約束するよ」


「だったら……俺たち兄弟が真っ先にこの生意気なガキをぶちのめしてやりますよ。ってなわけで、いっちょ、痛い目見てもらうぜ、クソガ―――――」


 ノッポの男が木刀を構えようとした瞬間。俺は跳躍し、奴の顔に回し蹴りを放っていった。


「かはっ!?」


 頬を蹴られ、地面へと倒れ伏していく男。


 俺はそんな彼の身体に飛び乗り、その顔面に向けて、容赦なく拳を何発も叩きこんでいった。


「誰が痛い目に遭うって? ははははははっ!!!! オラッ!! 顔面グチャミソにして面白れぇ顔にしてやるよ!! ヒョロガリ野郎!!!!!」


「ぐふっ、や、やめ…ごふっ!!!!」


「まさか、そんな殺意のこもってねぇ甘ちゃんの剣で、この俺に勝てるとでも思っていたのか? 笑えるな!! 剣を構えたら、あとは生きるか死ぬか、それだけだ!! 敵を舐めてかかって、その喉笛に噛みつこうともしなかったお前は、ここで死ぬ!! 恨むのなら俺を嗾けた剣聖を恨むんだな!!!!」


「あ、兄貴!? お、お前!! やめろっ!!!!」


「あぁ? やめろだぁ? てめぇ、誰に向かって口を聞いてやがる…? 殺されてぇのか?」


 返り血を浴びた顔で、この男の弟と思われる小柄な体格へとそう声を放つ。


 すると、少年は怯えた顔で尻もちを付き、身体を震わせ始めた。


 俺はそんな彼の姿にフンと鼻を鳴らすと、ノッポの男の身体から降りて、周囲にいる剣聖の弟子たちへと視線を向ける。


「……おら、何ボサッと見てやがる? 仲間が殺されかかってんだから、さっさとかかってこいや。それとも、もしかして剣聖の弟子ってのは、この程度のことでビビっちまう温室育ちの坊ちゃんだらけなのか? くだらねぇなぁ、クククククッ」


 そう言ってクイクイと指を折り曲げて挑発してみると、剣聖の弟子たちはこちらに敵意をむき出しの視線を向けてきた。


「……良いか、お前ら。全員で行くぞ」


「あぁ。あんな悪魔のような奴を、剣聖の候補生になどさせてたまるか。アレが剣聖になったら、この国は終わってしまう」


 木刀を構え、弟子たちは闘気を放ちはじめた。


 俺はその姿にクククと嗤い声を溢し、先ほど倒した男が持っていた木刀を拾い上げ、上段に構える。


「やはり、暴力というのは分かりやすくて良いぜ。無駄なことを考えずにいられる」


 ただひたすら目の前の敵を叩き伏せ、その脳天をかち割り、脳漿を辺りに飛び散らせる。


 人を殺すという行為程、この胸の奥にある怒りを抑える方法は他にはない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ゼェゼェ……」


「ほう、お前は、なかなかやるじぇねぇか、クソガキ」


「ガキはお前もだろう、アーノイック・ブルシュトローム」


 剣聖の弟子たちは、総じて全て叩き伏せてやった。


 その殆どが、軽く剣を振っただけで戦意を喪失し、恐怖に顔を歪めさせたが―――目の前にいるこの男だけは違った。


 オレンジ色の髪に橙色の瞳のその青年は、木剣を中段に構え、こちらをまっすぐと見据えてくる。


 その姿に俺は笑みを浮かべ、肩に木剣を乗せ、口を開いた。


「お前、名前は?」


「……ハインライン・ロックベルトだ」


「ハインライン、か。なるほど、確かにお前には才能がある。何たって、この俺様の剣を受けて立っていられるのだからな。そこらにいる倒れ伏している弟子たちなんかとは格が違う。光栄に思え、褒めてやるぜ?」


「貴様の賞賛の言葉などいらん。ただ俺は、剣聖になるために貴様を打倒するだけだ」


「ククッ、剣聖、か。正直、俺には剣聖なんざどうでも良いものなんだが……一つ忠告しておいてやる。てめぇじゃ、絶対に剣聖にはなれはしねぇよ」


「何だと?」


「お前たちの師匠、アレス・グリムガルドは天才だ。そして、この俺様も天才だ。だが、お前はせいぜい才人止まり。どう足掻いても、天才に才人が勝てる道理はない。そもそもの器が違うのさ。だから、どんなに努力したところで、お前が頂に立てることはけっしてない」


「器が違う、か……」


 そう呟いた後、額から流れる血を拭い……何故かハインラインは、ニヤリと爽やかな笑みを浮かべた。


「頂は、遠ければ遠い程、胸が躍る。逆境はむしろ望むところだ」


「は……?」


「俺は、気合いと努力で、大体のことは何とかなると思っている。どんなに高い壁と言われても、勝てない敵だと言われても、挑戦し続ける……それが、俺の生き方だからな。頂点に登ることよりも、俺は、その過程を楽しみたい」


「過程を、楽しむ……だと?」


 その不可思議な答えに、俺は思わず、大きく目を見開いてしまっていた。


 姉を失った怒りを鎮めるために剣を振ってはいたが、自身が楽しむために剣を振るなど、今まで俺は考えてこなかったからだ。


 ハインラインはそんな呆けている俺の姿に不思議そうに首を傾げると、静かに口を開く。


「どうして動きが止まったのかは分からないが……この隙、利用させてもらうぞ。お前という壁をここで乗り越えこえてやる、アーノイック!!」


 剣を持って、ハインラインはこちらに向かって駆け抜けてくる。


 俺は短く息を吐き、そんな彼に対して剣を構えた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……ったく、何度も何度も立ち上がってきやがって…諦めるっていうことを知らねぇのか、この男は……」


「ま、まだ俺は敗けていな…ど、努力は人を裏切らな…い…ガッツこそが、すべて……ぐふっ」


 ハインラインはそう一言言い残すと、ドサリと前のめりに倒れ伏し、白目になり気を失った。


 そんな彼を見下ろした後。俺は、背後にいる剣聖へと顔を向ける。


「ほらよ、お望み通りてめぇの弟子を相手してやったぜ。満足か、おら」


 剣聖は俺にニコリと微笑み頷くと、こちらに近付いて来る。


 そして、倒れ伏している弟子たちを見渡すと、笑みを浮かべながら口を開いた。


「まぁ、彼らのレベルじゃ、君を倒せはしないということは最初から分かっていたよ。君の実力は、既に剣神と同等…いや、それ以上のレベルだろうからね」


「だったら何でこのガキどもと俺を戦わせた? 意味が分からねぇぞ?」


「『剣を構えたら、あとは生きるか死ぬか、それだけだ』。君は、そう言っていたが――――見たところ、僕の弟子は一人も死んではいない。それは何でかな?」


「……殺す価値も無かっただけだ。チャンバラごっこしている素人のガキを斬っても、意味がない」


「そうかな。僕には、彼らを見て、君の中に潜む怒りが揺らいでいるように感じたけれど?」


「あぁ!?」


「アーノイック。そこで倒れている青年…ハインライン・ロックベルトを見て、君はどう思ったかな?」


「少々才能はあったみたいだが、ただの馬鹿だな、ありゃ。根性だけですべてが何とかなると思っている、正真正銘の阿呆だ」


「だけど、彼の生き方には惹かれるものがあった。そうなんじゃないのかな?」


「は? ねーよ、そんなもん」


「そうかな。仲間たちと共に剣の研鑽に励む少年たち。そして、剣というものを心の底から楽しんでいるハインライン。そんな彼らの姿に、君は、強く心が惹かれたのではないのだろうか」


「……」


「アーノイック、もう一度君に言うよ。どうか、僕の弟子になってくれ。君のその怒りを鎮めるには、他者との関わりが必要不可欠だ」


 その言葉にフゥと大きくため息を吐いた後、俺は、アレスを鋭く睨みつける。


「怒りを鎮めるだとか、そんなことはどうでも良い。俺がお前の弟子になる理由、それは―――――お前を超え、その喉笛に噛みついてやるためだけだ。自分を殺す可能性がある存在を育てる覚悟があるのなら、てめぇの弟子になってやるよ。もしかしたら、寝食の隙を付いて襲い掛かってくるかもしれねぇなぁ。どうだ? クソ剣聖。クククククッ」


「うん、それでも構わないよ。君が僕の弟子になってくれるのなら、命くらい、担保として差し出すさ」


「……ケッ、変な男だ。てめぇも、そこにいるハインラインも、どいつもこいつもイカれてやがる」


 俺のその嫌味に対して、剣聖はただただ優しく微笑むだけだった。

100話記念短編を読んでくださって、ありがとうございました!

この短編は、あと、残り二話程度で終わらせる予定です!

アーノイックの人生をできるだけ短く短編に納め、少年期、青年期、中年期と書きたい欲がありましたが、それはあまりにも長くなってしまいそうなので、少年期部分で完結させたいと思います笑

学級対抗戦は、私の悪い癖である、書きたいシーンを多く詰め込みすぎて冗長になってしまったと思われますので、この短編と新章はさくっと読めるように、できるだけ簡潔に終わらせたいと考えております!

お付き合いの程、よろしくお願いします!


すっごく久しぶりにハインラインが登場しましたが、この人はジェシカの祖父です笑

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