第四章 第109話 学級対抗戦ー⑯ 掃除
「‥‥‥‥‥‥ケホッ、ケホッ‥‥」
壁に叩きつけられたリーゼロッテは、血を吐き出し、その場でへたり込む。
俺はそんな彼女の前に立ち、箒で肩をポンポンと叩きながら、口を開いた。
「これで、実力の差を理解したか? リーゼロッテ先生?」
「ッ!! ‥‥アネット‥‥イークウェスッッ!!!!」
リーゼロッテは懐から投げナイフを取り出すと、それを俺へ目掛けて投擲してきた。
俺はそのナイフを、箒の持ち手に当てることで防ぎ、地面へと叩き落とす。
現状、奴が俺に対してできることなど、殆ど残ってはいないだろう。
リーゼロッテの愛刀『蛇影剣』は、先程放った一閃で、刃と刃の結合部分を完璧に破壊しておいた。
投げナイフも、森の中でのチェイスでその多くを使い果たしたはず。
もう、奴の武装は底を尽き、打つ手は、何も残っていないと思われる。
「‥‥‥‥ま、まさか、これほどのものだとはな‥‥。アネット・イークウェス、お前は恐らく、人類の護り手たる『剣聖』、リトリシア・ブルシュトロームと同格の剣士だろう」
「俺が‥‥リトリシアと同格の剣士、だと?」
「この王国で最強の剣士は【閃光剣】リトリシア・ブルシュトロームをおいて他にいない。貴様を倒せるとしたら、彼女以外に誰もいないだろう」
「‥‥‥‥クッ、クククククッ‥‥」
「!? 何が可笑しいっ!?」
「少しは頭が回る奴かと思っていたが‥‥めでたい野郎だな。まさか、俺が今まで手を抜いていたことに、一切、気が付いていねぇとは」
「は‥‥‥‥?」
「お前程度のレベルだったら、【覇王剣】を使えば一撃で消し去ることが可能なんだよ。何故、俺がそれをしなかったのか理解できてねぇのか? てめぇは」
「‥‥‥‥‥‥わ、私を、生かす目的があったから、か‥‥?」
「正解だ。俺はお前を捕まえて、ここまで追い詰める必要があった。最初に言っただろう、俺は、お前に話があるってな」
そう言葉を放つと、俺は、足元に転がっていた一枚の紙を拾いあげ、笑みを浮かべる。
「さて、これでようやく対話の席へと辿り着くことができたな。取引きの続きといこうか」
「取引き、だと‥‥?」
「‥‥契約内容、決闘の提案。これより行う決闘で、アネット・イークウェス(甲)が勝利した場合、リーゼロッテ・クラッシュベル(乙)は、勝者であるアネット(甲)の情報を他者に漏洩することができなくなる。また、同時に、アネット(甲)に危害を加えることも固く禁じられる。(※この危害は、アネットの周囲の人間も含まれる)。逆に、リーゼロッテ(乙)が勝利した場合は、敗者である(甲)を如何様に扱っても、アネット(甲)は抵抗することはできない」
「‥‥‥‥戦いを始める前に、お前が私に渡してきた‥‥強制契約の魔法紙、か。今更それを持ち出してきたところで、いったい何だと言うのだ?」
「もう一度言う。リーゼロッテ、お前、今からこの契約書に署名をしろ」
「断る。私は正義の聖騎士として、そのような不当な契約など、結ぶ気は毛頭―――」
俺は、彼女の右脚の脛を強く踏みつけ‥‥ボキリと、脛骨を中ほどからブチ折った。
「う、ぐっ! あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!!!!」
叫び声を上げ、リーゼロッテは右脚の脛を抑え、地面の上でのたうち回る。
俺はしゃがみ込むと、そんな彼女の髪の毛を掴み、強制的に自分の顔へと視線を向けさせた。
「俺は別に、今からてめぇを拷問して殺したって構わないんだぜ? 突き詰めれば、お前の口を塞げれば俺はそれで良いんだ」
「あ‥‥悪魔めッッ!! 貴様に、正義の心は無いというのかッッ!!!!」
「正義の心、だと?」
「我ら聖騎士は女神アルテミス様の加護を得て、神の代弁者として、剣を振っている!! だが、貴様の剣は私利私欲に塗れた我欲の剣だ!! お前の剣は、他者のため、国のための剣ではない!! ただ、自分自身の利益のためだけに、貴様は剣を振っている!!」
「‥‥‥」
「私は、この国、ひいてはこの国の盾である聖騎士団団長ゴーヴェン様のために剣を振っている!! 聖騎士とは、国のため、人々のために命を捧げ、剣を振る者である!! 故に、私利私欲のために振る剣など、邪剣でしかない!!」
「笑わせんな。てめぇのそれは正義なんかじゃねぇ。ただの妄信だろうが」
「な、何だと!?」
「てめぇがこの国を代表とする正義の味方なのだとしたら‥‥何故、お前は、俺の母親を殺したんだ? なぁ、リーゼロッテ」
「はは、おや‥‥だと?」
俺はリーゼロッテの髪の毛を離し、奴の顔を地面へと叩き落とす。
そして、ペッと、地面へと唾を吐いた。
「ある協力者から、聞いたよ。お前が、俺の母親‥‥アリサ・オフィアーヌを追い詰めた、弓兵部隊の指揮を執っていた張本人だってな」
「アリサ・オフィアーヌ、だと‥‥? ま、まさか、お前は‥‥!!」
「そうだ。俺は、先代オフィアーヌ家の血を引く、フィアレンス事変とやらの生き残り‥‥本来であれば、アネット・オフィアーヌと名乗っていた少女だ」
そう言って俺はリーゼロッテを見下ろし、睨みつけると、彼女はその顔に怯えの色を見せたのだった。
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学級対抗戦が始まる、二週間程前。
俺は、ヴィンセントに酒の席に呼ばれた際に、彼に今回行う計画の内容を話した。
その計画とは、転移の魔道具と強制契約の魔法紙を使用して、背後を監視してくるリーゼロッテを無力化する計画だ。
ヴィンセントは俺の話を最後まで聞き終えると、ソファーの上で腕を組み、難し気な表情を浮かべた。
『――――――アレスよ。お前の周りをウロチョロしている女教師――聖騎士団元副団長リーゼロッテ・クラッシュベルの口を塞ぐその計画の詳細は理解した。だが‥‥その、お前は‥‥知っているのか?』
『? 知っているとは、何でしょうか? ヴィンセント様』
『奴は‥‥フィアレンス事変で、オフィアーヌ家の第二夫人を討伐する部隊の指揮を執っていた人物だ。貴様にとって、あの女は‥‥母親の仇に相違ない存在なのだよ、アレス』
『母さんの‥‥仇‥‥? リーゼロッテ、が‥‥?』
思わず、目を白黒とさせて、ヴィンセントの顔を見つめてしまう。
そんな俺の様子にヴィンセントはソファーから立ち上がると、ポンと、俺の肩を優しく叩いてきた。
『無理をするな、兄弟。もし、貴様が辛いならば‥‥俺がその計画を代わりに実行し、奴の口を黙らせてやろう。元副団長ともなれば骨が折れるだろうが剣神である俺であれば、奴を仕留めることはできるはずだ。だから―――――』
『ヴィンセント様、大丈夫です。この計画は、私がやります。私がやらなければならないのです』
『アレス‥‥』
『兄、ギルフォードは、恐らく、リーゼロッテが母の仇であることを知りません。彼ならば、この事実を知ったその時、まず間違いなく、真っ先に彼女を殺しに向かっていることでしょうから』
俺はふぅと大きく息を吐き出し、ヴィンセントへと向けて笑みを浮かべる。
『母を殺した相手と向き合わなければならないのは、確かに辛いことです。ですが‥‥兄の代わりに、私が、彼女に報いを受けさせます。安心してください。復讐に囚われているわけではありません。私は、至って冷静です。私情を優先してしまうような、ヘマはしませんよ』
――――――俺がやらなければならないこと。
それは、今世で出会った大切な人たちを護り、彼らを傷付ける可能性がある敵を排除することだ。
失ってしまったものはもう戻らない。どんなに嘆いても、母さんは帰って来ない。
それならば、俺は、今生きている大事な人たちを守るだけだ。
満月亭のみんなが平和に日常を送れるように。
我が主人である、ロザレナ様が――――いつも笑顔でいられるように。
メイドとして、主人の視界に映らないように、汚いゴミは予め片付けておく。
メイドの俺がやるべきことは、掃除、ただ、それだけだ。
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「ぐっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」
「――――これで右手の指は全てへし折った。これでもまだ、てめぇは正義を掲げるのか? リーゼロッテ」
俺は手に持っていた奴の右手を地面へと放り投げ、ふぅと短く息を吐く。
そんなこちらの様子にリーゼロッテはギリッと歯を噛み締め、鋭い目を向けてきた。
「ば、馬鹿にするな、悪魔めが!! この程度の拷問で、この私が、折れるとでも‥‥!!」
「そうか。じゃあ次は、左脚の脛骨を砕く。次は大腿骨、膝蓋骨、上腕骨、尺骨、その次に足の指だ。右足の親指から順に左足の指まで、その骨を粉々に粉砕していく。お前がその契約書にサインすると答えるまで、身体中の骨が残っている限り、延々と拷問は続いていく」
「‥‥‥‥ッ!!!!」
「お前が正義の名の元に剣を振るならば、俺は別に、悪だろうと何だろうと構わない。お前はまだ、この俺をただのメイドの少女か何かだと勘違いしていそうだが‥‥俺は本来、人を殺して生計を立てていた側の人間だ。人一人壊すことなど、造作も無い。こんなもの、ただの流れ作業にしかすぎない」
俺の瞳の中にある闇を、奴の瞳の奥へと映させる。
すると、リーゼロッテは身体を震わせ、小さく言葉を発した。
「お、お前は‥‥本当に、何も、感じていないのか‥‥? ひ、人を痛めつけることに、負の感情も、愉悦の感情も、何の情念も抱いていないというのか‥‥?」
「お前は、俺の母親を殺した時に何を感じた? 罪悪感があった、なんて言うわけじゃねぇよな?」
「わ、私は、正義を執行しただけにすぎない‥‥!! 先代オフィアーヌ家当主は、王家に反旗を翻した!! 王家の剣として反逆者を断罪するのが、我ら聖騎士の責務だ‥‥!!」
「なるほどな。つまりお前は、聖王を、ゴーヴェンを、ただ妄信していただけの中身のない狂信者だった、というわけか。まったく、くだらねぇな」
「ぐはっ!! ‥‥や、やめろ‥‥」
「精神的に未熟な者であれば、感情任せにお前に怒りをぶつけ、その場で即座に殺害してしまうのだろうが‥‥生憎と俺は、そこまで優しくはない。例え親の仇であろうとも、感情を殺し、死なない程度のギリギリの境界で貴様を生かし続け、無限の痛みを与え続けることだってできる。ククッ、ジェネディクトの野郎だったら、拷問に悦びを見出すのだろうが‥‥俺にそんな趣味はないからな。ただ冷徹に、作業をこなしていくだけだ」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! ま、待て、わ、わかった‥‥‥‥サ‥‥サイン、する‥‥だから‥‥」
「良く聞こえないな。はっきり喋れ」
彼女の足の指を箒の柄で強く踏みつけ、骨を砕き、無表情でそう言葉を放つ。
すると、リーゼロッテは悲鳴を上げ、大きく口を開いた。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!? サ、サインする!! だ、だからもう、やめてくれ!!」
「そうだ。それで良い。人間というものは、極限の痛みの中では、大体の者が自己保身へと走る生き物だ。自身より他者を守り続けられる強い精神力を持っている者など、そうはいない」
俺はそのまま手に持っていた強制契約の魔法紙を、リーゼロッテの眼前へと落とす。
そして、静かに開口した。
「今日これよりお前は俺の傀儡だ。お前は、忠誠を誓ったゴーヴェンに俺の情報を一切喋ることができなくなる、ただの木偶人形と化す。そして、二度と、俺に逆らうことができなくなる。お前は、もう―――――――『正義の聖騎士』などではない」
俺のその言葉に、リーゼロッテは怯えた顔をして、瞳から涙を流していった。
その後、彼女は震える手で、指に付いていた血を使い、契約書にサインをしていった。
――――よし。これで、状況はクリアされた。
当初からの目的であった、聖騎士養成学校内でのゴーヴェンの懐刀であるこの女の無力化に、無事、成功することができた。
これでようやく学校生活内での監視の目は無くなり、行動の制限は消え失せたと見て良いだろう。
これからは鬱陶しい毒蛇王クラスからの嫌がらせも無くなり、再び、平穏な毎日がやってくることに違いない。
やれやれ‥‥ここまで来るのに、随分と手間と時間が掛かったものだぜ。
あとは、ロザレナたちが無事、学級対抗戦に勝利していることを願うばかりだな。
「‥‥‥‥まっ、もし、敗けていたとしても、アルファルドへの手は考えてあるから‥‥別段、今のところ問題は何もないんだけどな」
そう小さく呟いた後、俺は肩に箒を乗せて、ふぅと、大きく息を吐き出した。
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「‥‥‥‥勝利の女神は、黒狼クラスに微笑んだ、というわけか」
ゴーウェンは展望台の上でそう口にし、クククと不気味に微笑みを浮かべる。
そしてその後、彼は背後を振り返り、そこにいる6人の青年と少女たちに向けて開口した。
「どうでしたか、王子、王女殿下方。今回の学級対抗戦、お楽しみいただけたかな?」
その言葉に、ピンク色のハーフツインテールをした少女はハンと、苛立ったように鼻を鳴らした。
「どうでしたかも何も、この学級対抗戦に出てた四大騎士公の末裔は三人しかいないじゃない!! たった三人のためだけに、よくも私たち王位継承者を呼び出せたものね!! ゴーウェン!!」
「ククッ‥‥申し訳ございません、フレーチェル殿下。何分、我が校にいる騎士公の末裔はその殆どが学年、クラスがバラバラなものでして」
「言い訳してんじゃないわよ! 私たちの騎士を選ぶ選定会を作ったつもりならば、もっと騎士公の末裔を連れてきなさいよ! この木偶の坊!」
フレーチェルと呼ばれた少女はそう叫び、ゼェゼェと息を荒げ始める。
そんな彼女の頭をポンと優しく撫でると、190cmはあろう体躯をした青年は、優し気な微笑みを浮かべ、フレーチェルに口を開いた。
「まぁまぁ、そんなに怒らなくても良いじゃないか、フレーチェル。僕たち王位継承者は常に謙虚な姿勢であるべきだよ。何故なら、騎士公の末裔に主として選ばれなければ、僕たちは継承戦にすら参加できずに、王家から追放され、路頭に迷うことになってしまうのだからね。だから、この場で苛立ちを露わにするのは得策ではないよ」
「ジュリアンお兄様‥‥」
ジュリアンと呼ばれた青年はコクンと頷くと、ゴーヴェンに柔和な笑みを見せる。
「今回の学級対抗戦、素晴らしいものでした。まさか、レティキュラータス家の息女が、オフィアーヌ家の吸血鬼に勝利するとは‥‥流石に誰も予想してはいませんでしたよ、ゴーウェン殿」
「ロザレナ・ウェス・レティキュラータス、か。確かに、彼女の活躍には目を見張るものがありますな。ロザレナは成績表では、明らかに凡庸なる能力値をしている。にも関わらず、土壇場で尋常では無い急成長を見せている。察するに、ロザレナを裏で鍛えている師は余程優秀な者なのでしょうな。でなければ、ここまでの快進撃の説明が付かない」
「我ら王家の末裔も、レティキュラータス家の素養を改めて見直さなければならないかもしれませんね。やはり初代剣聖の末裔の血は、侮れない、と」
その発言に一瞬、ゴーヴェンは不快気に眉を顰めたが‥‥彼は即座に朗らかな笑みを見せる。
「左様ですな。かの黒狼の一族も、侮れないものです」
フフフッと、互いに笑みを見せて笑い合う、ゴーヴェンとジュリアン。
そんな二人の姿にフレーチェルは唇を尖らせると、チラリと、背後に視線を向けた。
「‥‥‥‥にしても、あの灰かぶりのネズミ女がこの場にいるのはまだ分かるけれど‥‥何で、父上から勘当されたバカ息子が、ここにいるのかしら。あの男に、王位継承権なんてなかったはずよね?」
フレーチェルのその視線の先にいるのは、白銀色の髪の――王国の至宝と呼ばれる『白銀の乙女』、エステリアルと、金髪の青年だ。
誰にも話しを聞かれない位置に立っていたエステリアルは、そっと、隣に立つ金の髪の青年へと声を掛ける。
「‥‥まさか、君がこの場に来るとは思わなかったよ。どういう風の吹き回しなんだい?」
「‥‥‥‥」
「だんまり、か。フフッ、相変わらず君はまた何かを企みを抱いているのかい? ――――マイスウェル」
マイスウェルとそう呼ばれた青年は、エステルのその言葉には何も答えず。
腕を組んだまま、ただ静かに、空を見上げたのだった。
第109話を読んでくださってありがとうございました!
次話は、近いうちに投稿する予定です!
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また次回も読んでくださると嬉しいです!
三日月猫でした! では、また!




