第四章 第108話 学級対抗戦ー⑮ 決着
《シュゼット視点》
『やめて! ゴレムを返してっ! その子は私の唯一のお友達なのっ!』
『なんだよ、この変な生き物! 魔物じゃないのかー?』
『やい、魔物! 聖騎士の血をひく僕たちが成敗してくれる! とりゃー! ハハハハハ!!』
『やめてよぉー! ゴレムを棒で叩かないでよぉーっ!!』
御屋敷にやってきた、私の新しい家族―――分家の兄弟たちは、母の目を盗んでは、私に対して非道な嫌がらせの数々を繰り返してきた。
私が大事にしていた熊の人形の首をもぎ取ったり、私が大事にしていた絵本に中傷の落書きをしたり。
その行為は日に日にエスカレートしていき、彼らはあろうことか、私の唯一の心の支えであったゴレムにも手を出してきたのだ。
『死ねー! 魔物めー!』
腹違いの兄たちは木の棒を振り上げると、何度も何度もゴレムの身体に向かって攻撃を繰り返していく。
私はその光景を、目の前で、ただ黙って見ていることしかできなかった。
私は、大切な人を傷付けられている光景を目の前にしても、他人に対して拳を上げるのが怖かったのだ。
他者に攻撃するのも、他者に攻撃されるのも怖い、臆病で、どうしようもないか弱き少女。
それが、シュゼット・フィリス・オフィアーヌという人間の本質だった。
『ぐすっ、えぐっ、ごめんね、ゴレムぅ‥‥私、何もできなかった‥‥貴方のお姉ちゃんなのにっ! ごめんね、本当にごめんね‥‥っ!』
『ンゴゴ‥‥』
兄たちがゴレムを虐めるのに飽きて、その場を去った後。
私は、ボロボロになったゴレムを抱きしめて、泣きながらそう謝罪した。
すると、ゴレムはそんな私の目元に手を触れて‥‥涙を拭き取ってくれた。
顔を上げてみると、そこには、優しげな表情を浮かべる私の大切な友達の姿が。
私はその姿を見て、さらにゴレムを強く抱きしめた。
‥‥この子さえいれば、何もいらない。この子さえ無事なら、私はどうなっても良い。
この子は、亡き末の子の生まれ変わりなのだと、この時の私は本気でそう思っていた。
私を一人にしないように、神様が授けてくださったお友達。大事な家族。
絶対に、離しはしない。
――――――――――だが、神様は私の味方ではなかった。運命というものは、残酷でしかなかった。
分家の悪童たちは、容赦なく、私とゴレムの幸せな生活を奪っていったんだ。
『シュゼット。今日は、御屋敷に父上も義母上もいない。だから、ひとつ、僕たちとゲームをしようじゃないか』
5つ歳の離れた兄‥‥ジョシュアは、縄でグルグルに拘束されたゴレムを足で踏みつけて、ソファーの上からそう、私に言葉を放ってきた。
その隣にいるのは、ヘラヘラと嗜虐的な笑みを浮かべる彼の双子の弟、ヨシュアだ。
私は、その光景に肩を震わせながら、双子の兄に対して大きく声を張り上げる。
『や、やめてください、お兄様っ! ゴ‥‥ゴレムを返してっ!』
『返して欲しければ、僕たちの言うことを素直に聞くんだ。良いな?』
『い、言うこと‥‥? そ、それは、何ですか‥‥?』
『今からフィアレンスの森に行き、僕たちが隠した宝箱を取って戻って来るんだ。この地図に、その宝箱の位置が書かれている』
『‥‥‥‥それを見つけたら、ゴレムを返してくれるのですか?』
『あぁ、勿論だ。約束は守るよ』
『わかりました。取ってきます‥‥』
私は兄たちの言葉に素直に従い、御屋敷を出た。
『――――――はぁはぁ、はぁはぁ‥‥』
冬のフィアレンスの森は深い雪に覆われており、一面、雪景色となっていた。
足元に積もった深い雪が私の歩みを阻み、視界を遮る吹雪が、容赦なく体力を奪っていく。
コートを着てマフラーを巻いていても、吹雪に身体が当たると、凍えるように寒かった。
震えが抑えきれず、自然と、ガチガチと歯を鳴らしてしまう。
「もうすぐ‥‥もうすぐ、お兄様たちが指し示した場所に辿り着く。だから、だから‥‥」
私が家族だと思っていた人たちは皆、等しく死んだ。
父も、義母も、兄も、末の子も。
大好きだった人たちは死に、母は、代わりに嫌な人たちを御屋敷に連れてきた。
‥‥分家の人たちは酷い人たちばかりだった。
義理の父は時折私のことをいやらしい目で見てくるし、双子の義兄ジョシュアとヨシュアは、いつも私に酷いことばかりしてくる。
最年長の義兄のブルーノとアレクセイは、聖騎士養成学校に通っているため、一度も会ったことはないけれど‥‥きっと、ろくでもない人たちに決まっている。
私の希望はゴレムだけ。あの子だけが、私の生きる支えだ。
ゴレムを取り戻すためだったら、私は、何だってやってやる。
だって、私は―――――あの子のお姉ちゃんなのだから。
「私は、以前、叩かれているゴレムに対して何もできなかった。だから、今回こそは必ずあの子を助けてみせる。だって私は、お姉ちゃんなんだもん。お姉ちゃんは、下の子を護り、導くのが責務だって‥‥そう、アリサお義母様は言っていた。だから―――」
「グォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!」
「ひぅっ!?」
背後から突如、けたたましい獣の咆哮が鳴り響いてきた。
恐る恐ると後ろを振り向くと、そこには―――頭が梟で、身体が熊のような造りをしている巨大な魔物、オウルベアーが両手を上げて立っている姿があった。
昔、御屋敷にあった、冒険者が書いた伝記で読んだことがある。
確か、オウルベアーは、銀等級冒険者が五人がかりでやっと倒すことができるとされる‥‥討伐ランクB相当のとても凶暴な魔物だった。
これは‥‥はっきり言って、すごくやばい。
早く逃げないと、こんな怪物、ただの令嬢である私が勝てるわけがない‥‥!!
私は雪を蹴り上げ、脱兎の如く逃げ出した。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「ウグルゥアァァァァァァッッッッ!!!!!!!」
怖い‥‥怖いよぉっ!!!!!
な、何で、私がこんな目に遭わなければならないの!? 何で‥‥何で何で何で何で何で‥‥っ!!!!
私は、ゴレムと静かに暮らしていたいだけなのに!!!!
私は、何も悪いことなんてしていないのに!!!!
何でこんなことになるの!? 何で神様は、私からすべてを奪っていくの!?
アリサお義母様は私が良い子にしていれば、末の子はちゃんと無事に産まれてくるって、そう言っていた!!
それなのに、私は――楽しみにしていた末の子にも会えずに、家族を奪われ、ゴレムも奪われ、そして今、命さえも奪われようとしている!!
こんなの‥‥こんな非道い現実、あんまりだ!!!!
この国の神様、月の女神アルテミス様は、私をお見捨てになったというの!?!?!?
「あっ‥‥」
雪に埋まっていた小石に躓き、私は前のめりに転倒してしまう。
急いで上体を起こし、背後を振り返ると‥‥そこには、巨大なツメを振り降ろしている、オウルベアーの姿があった。
「なん‥‥で‥‥」
私は‥‥今、ここで死ぬ。
何とも不条理で、残酷な現実だろうか。
この世界は、力無き者に人権はない。
戦わなければ、奪われ、搾取されるのみ―――――。
それならば、私は‥‥私、は‥‥‥‥。
「‥‥‥‥‥‥今、分かりました。神様が、私などに、興味が無いということが」
私は、爪を振り降ろしてくるオウルベアーに向かって、手のひらを向ける。
そして、習得したは良いものの、今まで絶対に使うことはないだろうと思っていた――――忌むべき、攻撃魔法の詠唱を唱えた。
「―――――【アース・スパイク】」
その瞬間。地面から生えた鋭利な土の棘がオウルベアーの身体を串刺しにして、その動きを止めた。
「グギャァァァァァァァァァァァァアアアアアアアァッッッッ!!!!!!!」
青い血を吐き出し、オウルベアーは悲痛な叫び声を上げると――ピクピクと身体を震わせて、怪物は静かに絶命していった。
私は数センチほどの先に迫っていた目の前の鋭利な爪をじっと見つめた後、服に付いた雪を払い、ゆっくりと立ち上がる。
そして、蝶の標本のようになっているオウルベアーを無表情で一瞥した後、踵を返して‥‥屋敷へと帰宅するために雪山を降っていった。
「―――――神様が私をお見捨てになられたというのならば、私は‥‥けっして、神などは信じない。神であろうが、人であろうが、魔物であろうが――私から何かを奪っていくつもりであるのならば、等しく、その者の身に石の杭を打ち込んでやるとしましょう。私はもう、迷わない」
恐らく、この時だったのであろう。
私という人間、シュゼット・フィリス・オフィアーヌという人格が完成した瞬間は。
「ま、待て、シュゼット!! 僕は君の兄なのだぞ!? そんなことをして良いと、本当に思――」
「【アース・スパイク】」
兄、ヨシュアは石の棘に貫かれ、リビングに大量の血と臓物をまき散らし、即座に絶命していった。
その光景を見て、もうひとりの兄、ジョシュアは、尻もちを付いて半べそになりながら私の顔を見つめる。
「わ、悪かった! お、お前を雪山に行かせたことは謝る! 魔法の才があり、オフィアーヌ家の当主候補として名を上げているお前に、し、嫉妬していただけなんだ!! だ、だから、ゆ、許して‥‥ど、どうか、い、命だけは‥‥っ!!」
「貴方たちは約束を破り、ゴレムを殺しました。ですから私も同様に、貴方たちをこの場で殺します。命の代価は命で頂く‥‥何か、可笑しな点などありますでしょうか? お兄様?」
床に転がっている、四肢を捥がれ、バラバラとなったゴレムに視線を向けた後。
私は再度、ジョシュアに顔を向け、口を開く。
「私は、もう、何も奪わせはしません。‥‥オフィアーヌ家の屋敷に入る資格もない、分家の愚物が。今ここで、私が掃除してさしあげます。亡き家族たちも、きっと、私のこの行為に喜んでくださることでしょう」
「や、やめ――――」
「【アース・スパイク】」
双子の兄は串刺しになり、その場で息絶えた。
その瞬間、ビシャリと、兄の血が頬にべっとりとくっ付いていった。
私は、頬に付いたその返り血を舌で舐めとり、笑みを浮かべる。
「不味いですね。やはり、分家の人間はその中身も劣っている‥‥そういうことですか」
「キャァァァァァァーッ!!!!!」
屋敷にいたメイドが、リビングに広がるその惨状に、甲高い悲鳴の声を上げる。
私はそのメイドに対して、フフッと、妖しく微笑を浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
―――――私は、その後、強さだけを追い求め続けた。
自分が強者であり続けさえすれば、私の所有物を奪うような不届きな輩は寄って来ない。
強い戦士を降せば降すほど、私の中の不安は無くなっていき、代わりに胸中に安堵感が満ちていく。
膝を付く強者を見下ろし、自分が搾取される『弱者』側ではないことを実感できるその時こそ‥‥私は真の幸福を覚える。
暴力こそが、私を護る盾であり、矛なのだ。
「ゲホッ!!」
――――大量の血が口の中から溢れ、地面にポタポタと落ちて行く。
自身の身体を確認してみると、そこには‥‥右肩から腹部まで斬り刻まれた、深い斬撃痕があった。
その傷跡を見つめてフッと笑みを浮かべた後、私は、目の前にいる青紫色の髪の少女に視線を向ける。
「お見事です、ロザレナさん。まさか貴方がここまでの力を有しているとは思いもしませんでしたよ」
「はぁはぁ‥‥はぁはぁ‥‥」
「ふむ‥‥? 見たところ、魔力切れ、でしょうか? どうやら先ほど使用した闇魔法は、とても燃費が悪い代物のようですね。持続できる時間は観測した限りですと‥‥15秒程、といったところでしょうか」
「うぐっ‥‥」
ロザレナさんはフラッと身体をよろめかせると、木刀を杖代わりにして、地面に膝を付ける。
それと同時に、身体を覆っていた闇魔法は霧散して消滅し、魔力の気配が完全に消え失せる。
私はその姿を見つめた後、目を伏せた。
「今まで、敗北することはイコールで死ぬことだと、そう思っていました。ですが‥‥それは貴方も同じだったのですね、ロザレナさん。貴方もこの戦いは、けっして、敗けることはできなかった。お互いの信念がぶつかり、血肉を削り合い‥‥結果、勝敗はここに決した」
「あた‥‥しは、ま‥‥だ‥‥まだ、戦える‥‥っっ!!」
ロザレナさんはこちらをギロリと睨みつけると、歯を向きだしにして、何とか立ち上がろうとする。
「うご、け‥‥動け、動け動け動け動けっっ!!!!!! あぁぁぁああああああああ゛あ゛っっっ!!!!!!」
身体を動かす度に、彼女の身体にある無数の傷跡から、ドボドボと鮮血が地面へと零れ落ちていく。
だが、どんなに踏ん張ろうとも、ロザレナさんは立ち上がることが叶わず。
彼女はそのままドサリと、地面に倒れ伏してしまった。
「‥‥‥‥まだ‥‥あた‥‥し、は‥‥‥‥!!」
ゼェゼェと息を吐きながら、彼女は私の顔に鋭い眼光を向けてくる。
私はそんな彼女の様子にフッと鼻を鳴らすと、背後にいるルナティエへと、振り向かずに声を掛けた。
「ルナティエさん。この後、私の腕章を取ってすぐに学園長の元へと持っていってください。ロザレナさんのこの怪我は、早急に戦いを終わらせて治癒しないと不味いものです」
「‥‥‥‥言われなくても、わかっていますわよ」
「フフッ‥‥頼みましたよ。彼女はいずれ、剣聖になる女性です。こんなところで、絶対に死なせてはならない」
身体がフラッとよろめく。それと同時に、私は、扇子を空へと放り投げる。
そして、声を張り上げて―――ロザレナさんへと向けて開口した。
「――――お見事! ロザレナ・ウェス・レティキュラータス! この学級対抗戦、貴方の勝利です!」
身体がゆっくりと、後ろに倒れていく。
あぁ‥‥敗けるのですか、私は。
‥‥怖い。また、搾取される弱者へと戻るのではないかと思うと、とても怖い。
この敗北には、きっと、当主代理であるお爺様は酷く落胆されることだろう。
当主の座を狙うあの汚らわしい分家の者たちも、恐らく、私のことを強く責め立てるに違いない。
よりにもよって四大騎士公の中の恥ずべき汚点、レティキュラータス家の息女に敗けるだなんて‥‥と、お母さまも発狂してお怒りになられるでしょうね。
この世界は敗ければ、終わり。常に勝ち続けなければならない。弱者に人権はない。
だけど‥‥‥‥何故だろう。何だか、とても清々しい気分だ。
「ゴレム‥‥。私、敗けちゃった‥‥」
視界いっぱいに広がるのは、入道雲が浮かぶ、初夏の、清々しい青い空。
あの雲、ゴレムみたいな形をしているなー、とか、思いながら‥‥私は瞼をゆっくりと、閉じて行った。
投稿遅れてすいませんでした‥‥書籍の方の作業をしていました! 許してください! 何でもしま(
続きは近いうちに上げる予定ですので、また読んでくださると嬉しいです!
暑い日が続きますので、みなさま、日射病にお気を付けてくださいね!
三日月猫でした! では、また!